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第4話

「元気そうで、よかったわね」


 病院からの帰り道。母はコンビニで羊羹を手に、そう言った。

 その横顔は、二年前よりいっそう老いている。私は曖昧に頷きながら、肘をつかむ。東京でも、福岡でも、コンビニは変わらないからありがたい。


「父さん、集中治療室? ってところに入って、それで、私は眠かったし、一旦帰ったから会えなかったの。本当に心配だったんだから」


 同意を求めるように母は続ける。私はまた曖昧に頷いて、母に続いてコンビニを出る。

 暑くなり始めた空がアスファルトを焦がすようだった。首筋にあっというまに汗が吹き出る。ハンカチタオルを出すより早く、母は大げさな声を上げて、トートバッグからタオルを出して私の首筋を拭こうとする。


「本当にあんたは、昔から鈍くさいわねえ」


 振り払おうとしたけれど、乱暴にこちらの手を押さえられた。乱暴に肌をこすられて痛い。母は非難するような目を向けた。


「なによその目は」

「……なにが?」

「とぼけないでくれる? 久しぶりに会ったんでしょう? お父さんだって大変なのに、いつまでも子どもみたいな顔して」


 溜息をこらえる。胸が、気持ち悪い。鼓動が激しくなる。母といると、まるで手足をもがれたような気持ちになった。

 思わず、顔に出ていたのだろうか。母は目を見開いた。


「なによその顔」

「あのさ」


 思わず、口をついて出そうになる。私はぐっと、喉に力を入れた。


「なんでもない。……久しぶりに街歩きたいんだけど」


 こう言うと、母はいつも、どこそこへ行こうとか言ってそちらに気を取られてくれる。私自身、口論に発展するより楽だし、それでいい。

 だけど母は申し訳無さそうに首を振った。


「そう。じゃあ、先帰ってるから。最近疲れやすくなっちゃって。もう歳ね、私も」


 荷物持ってあげるからと、母は私のキャリーケースを引き取った。



 なんとなく、ズレを感じたまま街を歩く。

 配置は変わらないというのに、店はいくつか変わっている。

 道路からは吸殻は消え、アスファルトのひび割れはひどくなった気がする。

 中学の頃、ジュンや母と歩いた街は、時の流れに従って曖昧になっていく記憶のように、どこか朧げにそこにあった。


 人々とは無関心に建つビルディングは、東京の真新しい、壊されてはまた作られる建物とは似ても似つかない。

 老木のように、ずっと昔からそこにあるような顔つきだ。

 年老いてるから、区別はつかない。

 はじめから世界はこんな形で作られてて、変わりっこないように思えた。


 国道沿いの歩道を歩くと、大型量販店が左手に見えてくる。母がここの百円のマッサージ機を使ってる間に、よく書店に行ったっけ。

 ジュンとも度々行った場所だ。今はどうなっているだろうかと思っていると、自然と足がそちらへ向いた。


 国道沿いをまた歩く。首筋に浮かんだ汗をハンカチタオルで拭おうとして、かばんに汗ふきシートがあったと気づく。母の言葉を思い出す。はっきり否定できないのは、こうした自分のドジのせいだ。

 汗を拭って、また歩く。


 歩いて、歩いて。

 しばらくすると、書店に出るはずだった。

 だが、一向に見えてこなかった。


 体の感覚ではとっくに見えてきて良いはずなのに。不思議に思って、スマホのマップで書店の名前を検索する。だけど、なぜか、出てこない。

 地図を睨んで、当時そばにあった店も検索する。そちらはすぐに出てきて、通り過ぎていたと解った。


 来た道を戻って、その店につく。

 見逃したりしないようにゆっくり歩いて、それでようやく、気づいた。

 昔書店が会った場所は回転寿司に変わっていた。


 あっけにとられて、寿司屋の入口で立ち尽くしていると、子連れの女性がガラスの引き戸を開けて出てくる。

 女性は私に気がつくと、驚いた様子で目を開けた。


「クニちゃん?」

「……はい?」


 女性は私に駆け寄ると、手を握って上下に揺する。明るい茶髪のボブカットが華やかで、そんな女性には見覚えがなかった。


「え、えっと……」

「あ、そっか。髪、色変わってるから気付かないかな。私だよ、三尋。三尋ジュン」

「……ジュン?」

「そう!」


 そう言って、ジュンは中学から変わらない笑顔を浮かべた。

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