一話 迷宮&召喚獣 (後編)
1話 迷宮&召喚獣 (後編)
目が覚めると、木目の荒い天井が見えた。
「……知ってる天井だ」
当たり前だった。なんせここは俺の部屋だ。
昨晩のおかしな体験のあと、俺はすぐに眠りにつくことにした。
全て夢だったんじゃないか。起きたら全て忘れているんじゃないか。
どこかでそんな風に思っていたのだが、残念ながらばっちりと目が覚めた今でも、昨晩のことはよく覚えている。
「一体なんだったんだ、あれはああああ?!!」
考えている最中に、俺の周りが銀色に光り始めて、体は浮遊感に包まれていく。
なんだ、めちゃくちゃ覚えがあるぞ! この感覚!
………………
…………
……
「はああ、またR?! ……って昨日のやつじゃない!」
ああ、聞き馴染みのある耳障りな声。
見るまでもないとは思ったが、一応声のする方へと視線を向ける。
いた。昨日のうるさい女が。
「きいいいいいい!! 二回も連続で出てくるんじゃないわよ! 売却よ、売却!!」
今度は発言の隙すら与えられず、昨日と同じ動作と言葉でまたも俺の体は浮遊感に包まれて……
………………
…………
……
はっきりした、夢なんかじゃない。昨晩、俺はあのうるさい女に召喚されて、すぐに元の世界に帰されている。
それに加えて、魔晶石、R、売却とかいう聞き覚えのあるワード。これは……
「これはつまりいいいいいい?!」
またもあたりが光って浮遊感があああ!!
………………
…………
……
目を開けると、見覚えのある見たくもない顔が目の前にあった。
「…………どうなってんの? なんで三回もあんたの顔を見なきゃいけないのよおおお!?」
「こっちのセリフじゃボケええええええええええええ!!!」
怒りでいつもよりでかい声がでた。
召喚→罵倒→売却の繰り返し。さすがに温厚な俺も頭にきた。
なにか言い返してくると思ったのだが、女は黙ったままだった。
どうせまたすぐに売却されるだろうとも思っていたのだが、なにもされないまま気まずい時間が過ぎていく。
「……おい、なんで黙ったままなんだよ。どうせ売却するんだろ? 早くしろよ、気まずいだろ」
「私もそのつもりだったわよ! そのつもりだったんだけど…………よくよく考えると特定のRが3回連続で出るなんて、それってもうSSRより確率低いのでは? ……つまりあんたはSSRよりレア……?」
なにを言ってるんだ、こいつは?
それからまたしばしの沈黙の後、女はでかい声で言った。
「……決めたわ! あんたで妥協してあげる。召喚獣としてわたしに従いなさい!」
なるほど、今の言葉で確信した。にわかに信じがたい話だが、現状をかえりみるとそうとしか考えられない。
ここは迷宮&召喚獣の世界だ。
俺は目の前の女に低レアとして召喚され、低レアだと罵倒された挙句、召喚獣としてコキ使われようとしている! だったら返答は決まっている。
「断る!!!」
俺が言うと、女は分かってましたといわんばかりに澄ました顔をして
「ふふん、そう言うと思っていたわ。だけど残念ね。自分の首をよく見てみなさい、綺麗な紋様の痣があるでしょ。その痣がある限り、あなたは召喚獣としてわたしには逆らえないようになっているのよ!」
自信満々にそう言い放った。
首の痣、そんなものがあるのか。
「いや、自分の首が見えるわけないだろ」
俺が言うと、女のこめかみに青筋が立っているのが見えた。怒ってるようだ、それもかなり。
「……あんた、召喚獣のくせに生意気ね。もしかして自分の立場が分かっていないのかしら。…………お座り!」
なっ?!
女の言葉によって、俺の体が勝手に正座の姿勢をとってしまう。
「あははははは! いい格好ね。ためしにワンと鳴いてみなさい! それからわたしのことは今後アザレア様と呼びなさい、いいわね」
「ワンワン! アザレア様! …………クソったれ!!!」
口が、体が勝手にアザレア様の命令に従ってしまう。クソったれめ。
「あははは、少しはわたしの気も晴れたわ。さてそれじゃあ最後に……」
そこまで言ってアザレアは椅子に座り、俺の目の前で足を組んだ。
すらりとした足から、微かに甘い香りが鼻を掠める。少しでもドキッとしてしまった自分にくやしさを覚える。
「あんたの忠誠の証を見せてもらおうかしら。体だけじゃなくて心も屈服するのよ。なんでもいいわ。あんたの世界にもそういうの、あるでしょう?」
俺を見下ろして、ほくそ笑みながら、アザレアはそう言った。
……なんてことだ。なんたることだ。
アザレアは俺に忠誠を示せと言っている。そんなの、やるべきことは一つしかないじゃないか!
俺だってそんなことはやりたくない。だが、命令で体が勝手に動いてしまう!
「あらあら、そんなにわたしに近づいて。一体なにをしてくれるのかし…………ひゃあああああああああ?!?!」
アザレアが悲鳴をあげた。最初に会ったときの金切り声より、少しだけ可愛く思えてしまった。くっくやしい。
「ちょっと、嘘でしょ?! なんで?! んっ、足を、あっ、舐め、ひぃやああああああ!」
くそぅ。こんなことやりたくないのに! アザレアの命令のせいで止まらない!
「いやぁああああああああああああ!」
◯
目の前に息も絶え絶え、といった様子のアザレアが転がっている。椅子からずり落ち、服も乱れて、肩でかろうじて息をしている。
……なんかエロいな。
「くっ、まさかこんな辱めを受けるだなんて。……認めてやろうじゃない。あんたに下手な命令をだすのは危険ね……」
情けない格好でアザレアが言った。
まさか足を舐めるだけで、ここまで大人しくなるなんてな。これからは生意気なやつ全員の足を舐めることにしよう。
「……でもでも! あんたがわたしの召喚獣であることには変わりはないわよ。確かに最初は言い過ぎちゃったけど、それとこれとは話が別よ。あんたの召喚を最後に魔晶石も尽きちゃったし、しばらくはダンジョン攻略に協力してもらうわよ!」
「いいよ」
俺が答えると、アザレアは目を丸くしていた。
「……え、いいの? 絶対断られると思ってたから、また舐められことも覚悟してたんだけど」
「おい、やめろ。俺が好きで足を舐めたみたいな言い方をするのは。あれはあくまで命令されて体が勝手に動いただけだ。俺も本当は嫌だったんだけど、おまえが命令には逆らえないっていうから」
「めっちゃ早口ね。逆に怪しい気もするけど。…………まあいいわ。それで、ダンジョン攻略には協力してくれるのよね?」
「いいよ。異世界っていうのに興味あったからな」
冷静になって考えると、俺がやりこんだソシャゲ、迷宮&召喚獣の世界で過ごせるというのは悪い話じゃあない。俺がRなのを除けばだけど。
最初に断ったのも、なんかアザレアがむかついたからって理由だけだ。この女の性格からして、一度断られたくらいで諦めるとは思えなかったしな。
「そう、あんた以外といいやつなのね! わたしのことを気安くアザレアって呼ぶことを許すわ。あんたは……」
そうとは知らずに、態度が柔らかくなるアザレア。こいつさてはチョロいな。
「サツキだ。伊藤皐月。イトウでもサツキでも好きなように呼んでくれ」
「わかったわ、サツキ。これからよろしく頼むわ」
差し出してくるアザレアの手を握る。
こうして、俺の迷宮&召喚獣の世界での生活が始まった。