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8.遭遇


「…え、騎士様!」


 村娘がとても驚いた様子で、手に持ったたくさんの果物が入ったカゴを地面に置きつつ平伏した。


「すぐに村長を呼んで参りますので、しばしお待ちください!」


 村に到着するやいなや、もはやテンプレかとも思うくらいの様子で迎えられた。


(やっぱ騎士だと思われるのか…。)


 今度は下手に発言して、本当は騎士じゃないとバレないようにしないといけない。


「して、今日はどのようなご用件でございましょうか?何か問題でもございましたか?」


 村長は緊張した面持ちで質問してきた。騎士が村にやってくるのはとても珍しいことのようだ。そして、やってくることは、村にとって良く無いことなのだろう。村人の反応がそう物語っている。


「そう畏まらなくてもいいですよ。もう日も暮れるので、一泊させて欲しいだけです。もちろんお金は支払いますので。」


「滅相もありません!騎士様からお代をいただくなど!騎士様にご満足していただけるおもてなしができるかどうかわかりませんが、ご自由にご滞在していただいて結構でございます!」


快諾といってよいのかはわからないが、とりあえず今日の寝床は確保することができた。今、思えば朝以来食事をとれていない。早く温かい食事を腹に入れたいものだ。食事のあとやはり金を払う、受け取れないの押し問答になったが、強制して受け取ってもらった。

 



~~~~~~~~~~




 深夜、ドアを開ける音で目を覚ました。慌てて側に置いていた剣を手にとり、灯りをつけると、そこには村長が立っていた。


「何か用ですか?」


「いえ、大きな物音がしたので、何事かと思いご様子をうかがいに参りました。」


 そんな音は一切聞こえなかったし、もし本当なら、こんなひっそりと忍び寄りはしないはずだ。明らかに様子がおかしい。


パリンッ‼︎


 村長を警戒していると、急に窓が割れる音がして、室内が急に明るくなった。

 光源を見ると、火のついた矢だった。慌ててミリィを抱え、窓から離れたが、次々と火矢が撃ち込まれ、一瞬にして部屋は火の海になった。


「いったい何なんですか⁉︎」


村長は不敵な笑みを浮かべて、扉の前を塞いでいる。


「大人しく殺されればいいものを…。お前たち騎士は奪うだけ奪っていくのみ、今度は我々が奪おうというだけだ。」


「くそっ!」


 何があったかはわからないが、この村の人々は相当、騎士を憎んでいたようだ。何が起こるかわからないと、鎧を着たまま寝ていてよかった。

 村長がナイフを手に襲いかかってきた。それを鞘に収まったままの剣で打ちはらい、頭部を強打し気絶させた。急いで換気をしようと、村長が背にしていた扉を押すがほとんど開かない。どうやら廊下になにか物が置かれて塞がれているようだ。


(絶対絶命だな…)


 体を低くかがめながら、窓の近くまで来た。

 もう矢は撃ち込まれてきていないが、端から外をうかがうと、村人たちが今か今かと待ち受けている。


(ふう、こういう時こそ落ち着くんだ…)


 クリスは煙を吸い込まないよう身体を屈めて、脱出の術を思案し実行した。

 まずはバッグから布を取り出し自分とミリィの口元に巻いた。これで多少は煙を吸い込まないで済むだろう。次に水瓶で2人の全身に水をふりかけた。窓も火に囲まれている。気持ちだけでも違うだろう。バッグを身につけ、外へ出る準備は整った。

 ふと、村長の方を見た。こんなときに心配している場合ではないのだが、彼にも事情があったのであろう。同情の気持ちもないわけではない。クリスはあることを思い立つと、村長にめいいっぱい水をかぶせ、外へ向かって叫んだ。


「気絶している村長を先に屋根から落とします!受け取ってください!」


 叫び終わるやいなや、窓枠から村長を転がすように落とした。高さはそれほどない。誰かが受け止めてくれれば助かるだろう。

 村長を窓から落とすとともに、クリスもミリィを抱えて飛び出した。村人が村長を助け出しているあいだに、脱出しようという魂胆だった。果たしてそれは成功した。

 村人たちも村長は死んだものと思い込んでいたらしく、まさかの報に対応してしまい、クリスへの警戒が薄くなっていた。

 それでも何人かはクリスに向けて矢を射かけてきたが、難なく躱すことができた。地上に降り、村人たちを軽くいなすと、クリスはそのまま駆け抜けた。

 森に逃げ込むと、木が矢避けになってくれ、その脚力に村人は誰も追いつけなかった。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 どれくらい走っただろう。村人たちの追跡はとうの昔に見えなくなっていたが、クリスはいまだ走っていた。危機から逃げるのは今日は2回目だ。厄日というやつだろうか。

 どこを目指すわけもなく、ただひたすら走った。夜の闇は恐ろしくはやく人の営みの明かりにたどり着きたかった。走り続けていると、明かりが見えてきた。しかし、それはクリスの求めるものではなかった。

 空が赤くなっている。


(なっ…⁉︎)


 村から遠ざかるよう走っていたつもりがいつの間にか戻ってきてしまったのだろうか。いや、これは先ほどの村ではない。火はさらに燃え広がり、時折悲鳴や怒号が聞こえる。何か良くないことが起きている。それだけは一瞬で理解できた。


(逃げなきゃ…)


 そう思った矢先、目の前から少女が駆けてきた。


「た、たすけっ…!」


ヒュンッ


 少女が言い切る前に、風を切り裂く音とともに矢が彼女の足を貫いた。少女はバランスを崩し、前のめりに倒れ込んだ。


「たす…けて…」


 少女は荒くなった息のまま、なおもこちらに向かって手を伸ばす。クリスは急いで駆け寄ろうとしたが、少女が走ってきた方向から野太い声が聞こえてきた。


「チッ、手こずらせやがって…」


 悪態をつきながら男が歩いてきた。髭は伸ばしっぱなしで、適当に繋ぎ合わせた皮の鎧を身に纏った、風体の悪い男。見るからに堅気の人間ではない。男は弓矢をしまい、ひどく反った刀を抜きながら近づいてくる。


「ああ、なんだてめえ?」


 男はクリスを睨みつけ、クリスもミリィを下ろし、剣を構えた。こちらに明らかに敵意をもったならず者といった様相に思わず身構えたが、表示された能力値を見ると心に余裕ができた。


武65


 城の衛兵よりは多少強いが、それでも問題にするほどではない。一体一なら確実に勝てる強さだ。


「たすけてっ…!」


 少女が力を振り絞って叫ぶと、怪訝な表情で男は彼女を見下ろした。


「なんだ、てめえまだ生きてたのか?」


男は憐れみなど微塵もない目で少女を見つめ、刀を振り上げる。


「さっさと死んどけ。」




ー!




 「まずい」と思った瞬間、クリスの身体が反射的に動き、男の手首から先を刎ね飛ばした。


「てめえ‼︎」


 激昂した男が残された左腕で腰の短刀を抜き、クリスを斬りつける。しかし、その刃は届くことなく、力なく垂れ下がった。男が斬りつけるより速く、クリスの長剣が男の喉元を貫いていたのだ。


「ガフッ…」


 口から血が吹き出し、剣を貫いたままのクリスの頭上へと降り注ぐ。男は憎悪に歪んだ眼で睨みつけ何か叫んでいる。だが、その声は発せられることなく、ただ顎が上下するだけであった。

 とうとう力尽きた男の喉元から剣を引き抜くと、身体はそのまま地面へと転がり落ちた。傷口から流れ出る血はとどまるところを知らず、一帯が紅に染まる。既に何も映すことのない死体の瞳が、いつまでも自分を見つめている気がした。


(お、俺が、殺った…?人を、殺してしたのか…?)


 剣から滴り落ち、両手をつたう鮮血に、自分が人を刺し殺したことを実感する。肉と骨を貫いた感触が未だこの手に残っている。


「騎士さま…」


 少女の助けを求める声でクリスは我に返った。振り返ると少女が悲痛な眼差しでクリスを見つめていた。


「大丈夫⁉︎」


 すぐに傍へ駆け寄ると傷口を確かめた。矢は少女の腓腹を貫いており、出血がひどい。


(このままじゃ、回復魔法を使っても矢が残ってしまう…)


 クリスが手当をしなければと思考を巡らすと、頭のなかにその術がイメージとして浮かび上がった。そして、イメージのままバッグのファーストエイドキットから包帯を取り出すと、傷口の上、膝関節のあたりを包帯できつく縛った。


「ひぐっ…!」


 矢を斬り、足から引き抜いた。少女の悲痛な叫びに胸が痛むが、我慢してもらうしかない。止血はしているとはいえ、傷口から血液が溢れ出る。すぐさまエクスキュアを唱えると、傷がみるみるうちに癒えていき、数秒後には傷跡一つ残さず消え去った。


「まだ、痛む?」


クリスは止血用の包帯を取り外すと、少女を安心させることができるようできるだけ優しく尋ねた。


「いえ…」


 少女は痛みがなくなったことを不思議に思い、自分の足を見てみると、傷がすっかりふさがっていることに驚いた。そして、クリスがまるで奇跡でも起こしたような表情で、「ありがとうございます。ありがとうございます。」と涙を流しながら何度も感謝の言葉を述べた。



ーーーーッ!



 森の奥から叫び声が聞こえてきた。振り返ると、地上の火勢を映して空までも燃えているかのようだった。


「おかあさんっ、おとうさんっ…」


 少女は瞳に涙をたえたまま、森の奥をみつめ、おそらく自分だけを逃してくれたであろう父と母の身を案じた。だが、彼女もこの状況で何も出来ないほど無力ではなかった。彼女はクリスの方に向き直ると意を決したように口を開いた。


「騎士さま、お願いがあります。この後、私はどうなっても構いません。私の命をかけてお願いいたします。どうか、どうか村をお救いください。」


 一人の人間の命をかけた懇願というものはこれほどの力をもつものか。少女の真摯な眼差しが痛いほど突き刺さった。目をそらすことさえできない。ましてやこの申し出を断ることなどできないだろう。


「わかった。だから、そんなことは言わないでくれ。せっかく助かった命だ。大切にしなさい。」


 少女はその言葉を聞いて、涙を流して感謝を述べるとそのまま意識を失ってしまった。血を失っていたところ、気丈に振る舞っていたのだろう。また、騎士に直言するのは相当の覚悟がいるのかもしれない。安心した途端に体の力が抜けたようだ。

 クリスは少女を木の下に寝かせると、森の奥、燃えている先へと振り返った。


(やるしかないな…)


 先ほどは咄嗟の出来事に勝手に体が反応して、人を殺めてしまった。村を救いに行ったとして、俺に盗賊が殺せるのか?誰も殺さずに村を救うことなんて出来るのか?クリスはそう自問しながら、村へと走った。悩んでいて間に合わなくなるのだけは避けたかった。


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