7.逃走
衝撃は意外にもそれほど強くはなかった。背中が水面に叩きつけられたにもかかわらず、身体はピンピンしている。ミリィも自分がかばったおかげでどうやら無傷のようだ。
(これが武100の力か…。それともこの鎧のおかげか?)
クリスは与えられた力に感謝しつつ、ミリィの手をひいて泳ぎ始めた。あの高さから落ちたと言っても、兵士たちは生死を確かめにやってくるはずだ。もしかすると浮き上がって来ないのを怪しむかもしれない。
少しでも早くこの場から離れようと泳いでみると、鎧をつけているのが嘘のように速く泳げた。息も長く続いている。ミリィも獣人の特性かそれほど苦しそうな様子はない。息継ぎをする頃には水堀とつながる小川のあたりまでやって来れた。
案の定、城の兵士たちはクリスたちの落ちたところを捜索している。こちらに気づかれないうちに素早くもう一度潜ると、城から離れるように泳ぎ続けた。
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かなり泳ぎ進んだおかげで人気のないあたりまでやって来れた。ようやく陸に上がることができ、胸をなでおろすが、馬の駆ける音にとっさに物陰に身を隠した。どうやらクリスたちを探し回っているようだ。
(さて、問題はここからだな。)
城市内は敵兵だらけで危険すぎる。なんとかして、ここから逃げ出さないといけない。
城市を囲む城壁を思い出すが、周りに水堀などなく、今度は飛び降りることはできないだろう。だが、城門は常時開いていたはずだ。モノの集まる都市だからこそ、人の往来が多く、いちいち開けたり閉めたりしていられないのだろう。あとは、この緊急事態に閉まっていないことを祈るだけだ。
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人目を避けながら城門まで移動すると、城門は開いていた。ちょうど商人の一団が門をくぐろうとしているところだった。
先導している商人は馬に乗っており、馬を奪って、そのまま身を翻せば城門を閉められる前に突破できるかもしれない。
不安を振り払い、意を決すると、荷物の中から、金貨を手で掴めるだけ掴んだ。
「合図をしたら一緒に走って。せーっの!」
クリスは先導する商人の前まで駆け、金貨を投げつけ、商人が怯んだ隙に、馬から蹴落とし、馬を奪うことに成功した。
(よし!)
「ミリィ!!」
遅れてやってきたミリィを拾い上げると、そのまま馬首を翻し、城門に向かって一直線に駆け抜けた。突然のことで、城門前にいた兵士も対応できず、一気に城門をくぐり抜けることができた。
後方では異常事態を知らせる鐘の音が聞こえる。後ろを振り向くと数名の騎兵が追ってきているのが見えた。
(このままではマズいか…?)
このまま平野を駆けていては、いつまでも追手を撒くことはできないだろう。方向を変え鬱蒼と茂る森林の方へ向かった。
(森の中なら、馬から降りて身を隠せば、やり過ごせるかもしれない…。)
森に入ると、木々が入り組んでおり、とてもじゃないが騎乗したままで疾走することはできない地形であった。しかしながら、クリスは馬のスピードを少しも落とすことなく、木々の間をくぐり抜け、駆け抜けることができた。
(これが騎兵Sの力なのか?)
クリスは自分がわけもわからず発揮している力に驚きを隠せないが、このような場面ではとても助かった。本当は馬を降りて身を隠すつもりだったが、こんな芸当、並の人間にはできないだろう。一応、後ろを確認してみたが、やはり追手の姿は見えず、追ってくる気配もわからないくらいには離れることができたようだ。
(念のため、もっと距離をとったところで、このあとどうするか考えるか…)
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数時間は走り続けただろうか。ちょうど休めそうな水場があったので、そこで馬を止めた。
必死に馬に跨っていたので、気にしていなかったが、鎧の下に身につけた衣服は、時間は経っているといってもずぶ濡れで、鎧にも藻が引っかかっている状態だ。
(一度、全部洗っておくか…)
割と気温が暖かくてよかった。外で裸になっても、それほど寒くない。クリスは鎧や肌着を脱ぎ、泉で洗うと、日当たりの良い場所に干した。ミリィのものも同様だ。もちろん、何が起こるかわからないので、剣はすぐ手が届く場所に置いてある。
(よく生きてるよな…)
クリスは身体の水気を拭き取ると、泉のほとりの木陰で横になり、先ほどのことを思い出していた。もしも神にもらった最強に近い能力がなければ殺されるか奴隷にされていただろう。
ふとミリィを見ると、隣で眠そうにしている。救ったつもりがまた命の危険に晒される状況にしてしまった。
「ごめんね…」
クリスがつぶやくと、ミリィが眠そうな目をこすりながら答えた。
「ううん、ミリィなら大丈夫だよ。」
クリスに心配かけまいと気丈に振る舞っているのがわかった。これ以上この子を危険に晒したくはない。だが、今は追われる身だ。できるだけ遠くへと逃げなければ。
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嫌な感じがした。
本当に感覚的なことで、そう表現するしかないが、強烈な嫌悪感により、飛び起きた。気をつけなければいけないと思っておきながら、早速眠ってしまっていたらしい。
(ほんと、普通なら死んでるよな…)
苦笑いしながら、側に置いていた剣を手にとる。周りを警戒していると森の奥から、狼のような動物が姿を現した。シルエットは狼に近いが、より体毛や眼光が禍々しい姿かたちをしている。
(これは俗にいうモンスターというやつか?)
神に頼んだのは「剣と魔法のファンタジーな世界」だ。モンスターなんかもいたって不思議じゃない。
そうこうしているうちにその狼風のモンスターに周りを囲まれてしまった。数は全部で6匹。強さの情報が欲しいが、兵士相手の時のように武の数値が出たりはしなかった。
(野生の獣に「武」なんて無いってことか?)
今までは相対する敵の強さがわかっていたからこそ、少しは気が楽になったが、今回は違う。今度こそ殺されるかもしれない。そう思うと、剣を握る手にも力が入る。
「…ん、クリス?」
ミリィも目を覚ましたようだ。
「ミリィはさがってて。」
クリスがミリィを気にかけた瞬間、狼たちが飛びかかってきた。
1匹目の飛びつきを躱しながら、2匹目を両断し、3匹目を振り向きざまに蹴り飛ばす。
仲間が真っ二つにされたことで、恐怖を感じたのだろう。残りの3匹は飛びかかることなく後ずさり、最初に飛びかかってきた2匹も怯えた様子で、距離をとった。そして、そのままある程度の距離まで離れると一斉に逃げ出した。
「はあ、はあ」
初めて生物を斬った。横に転がっている見るも無残な狼の死体を見ると、気分が悪くなった。
(こんな調子で大丈夫だろうか。)
今後、身を守るためには人も斬らなければならないかもしれない。その時、俺は躊躇することなく斬れるのだろうか。ほんの一瞬の躊躇いで命を落とすかもしれない。
(覚悟しておかないとな…)
それにしても、あっさりと両断したな。普通、こんなにも簡単に動物が斬れるものなのか?それともやはり、力の影響だろうか。ともかく、自分の強さを確認できたのは大きい。
対兵士、対狼と戦ってきたが、戦いの際には自然と次にどう動けばいいかイメージが頭の中に湧き、体も実際にその通りに動いてくれる。戦闘に関しては問題なさそうだ。まあ、より強敵が出てきたらどうなるかはわからないんだが…
「…クリス?」
ミリィが怯えた表情でクリスを見ている。眼前で起きた惨劇に困惑しているようだ。
(怖がらせてしまったか…)
「怖がらせてごめんね。もう大丈夫だから」
ミリィを抱きしめて落ち着かせようとして自分が返り血で真っ赤なことに気がついた。これでは怯えるのも無理はない。クリスはもう一度泉で体を洗い流した。干してある衣服や鎧を確認すると、もうほとんど乾いていた。
(さて、どうしたものか…)
衣服や鎧を身につけると、今後の方針について考えた。
とりあえず城市イェルケからはできるだけ離れた方がいいだろう。周辺の村々にも、捜索の手が回っているかもしれない。
"拠点"画面を開いてみると、自分は地図の南端とイェルケとの中間あたりにいた。南端より先にも陸地はつづいているのだが、"魔獣の森"との表記があり、それ以上は地図がスクロールできなかった。
おそらくこれより先は未開拓地域であり、人間が進入できないような地形になっているのだろう。
(「魔獣の森」なんて、RPGっぽいんだけどな…)
これがRPGなら「魔獣の森」は攻略できるダンジョンで、推奨レベルなんてのも設定されてるんだろうが、戦略SLGならそれは本当に進入不可なのだろう。
ただ時代が進むとそのような場所も開拓されたりするのだろうし、得てしてその先には貴重な資源や未知の文化や技術をもつ文明が存在していたりする。
(この大陸から抜け出して遠い異国で暮らすのもありか…)
そんなことを考えたりもしたが、まずは自分の安全を確保しないとただの夢物語だ。魔獣の森まではまだ距離がある。立ち入らないように気をつけながら、もう少し南へと逃げた方がいいだろう。
(夜になる前にはどこかの村に立ち寄りたいな。)
準備を整えると早速出発した。