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6.城



「…ミリィ。」


 宿に戻る途中少女が呟いた。彼女には市場で買ったフード付きのローブを被せてある。街ゆく人に訝しまれることもない。


「ママはそう呼んでたの…。」


「いい名前だね…お母さんはどんな人だったの?」


「眠る時、唄を歌ってくれたの…うぅ…」


 そう言うと、ミリィは泣き出してしまった。今までは感情にも記憶にもフタをして生きてきたのだろう。クリスとであったことによってそれが外されてしまった。


「ミリィ…」


クリスはミリィを抱き寄せる。


(この娘は俺が守る。何があっても守らなくちゃならない…)


 行為には責任が伴う。「義を見てせざるは勇無きなり」。善く言えば信条だが、ともすればただのエゴだ。彼女が再び絶望に陥れられるようなことだけは絶対にあってはならない。クリスはミリィの肩を強く抱いた。

 



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




 宿に戻ると、見知らぬ若者が店主とともにクリスの帰りを待っていた。


「これはレーゼリシア卿、よくぞお戻りになりました。…おや、その子は?」


 やはり気にかかるか。なんと弁明しようかと考えているとあちらから話を変えてくれた。騎士の行動をむやみに詮索するのはあまりよいことではないのだろう。


「これが愚息です。ちょうど今、都市(まち)から戻って来たところです。」


「お初にお目にかかります、ライネルです。父がお世話になっております。」


 昨晩店主が言っていた息子とは彼のことだろう。大柄な体格に似合わず、その態度はかなり丁寧だ。


「初めまして、クリスレイです。気軽にクリスとお呼びください。」


 クリスも自己紹介したところ、彼はくすっと笑みをこぼした。


「すでに父からうかがっておりましたが、本当に丁寧なお方だ。わたくしたちが今までお会いしてきた方とは全くちがう。ああっ、これはもちろんいい意味でですよ!」


 ライネルは慌てて付け加えた。クリスはいつも通り接していただけだったが、それが好印象だったようだ。何はともあれ現地の人たちと仲良くなれそうでよかった。ミリィのこともそれ以上詮索されなかった。貴族が奴隷を買うくらい普通のことなのかもしれない。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



自室に戻ると、ミリィの体を拭き服装を着替えさせた。


(傷…)


 ミリィの背中には無数のムチで打たれたような古傷が残っていた。これまで彼女がどのように過ごしてきたのか察せられる。市場で買った服に着替えさせたあとは再びローブを被せた。変に目立つのはよくない。


(さて、これからどうするか…)


 金ならある。尽きることもない。このまま当分この街にとどまり、生活するのもいいだろう。だが、あまりに長居しすぎると、怪しまれるかもしれない。


(旅でもしながら暮らすか…)


 戦いの火の粉が降りかからないどこか遠くの場所へ行くのも悪くない。たとえゲームの世界だとしても、平和な日本で暮らし育った自分が何かできるとは思えないからだ。




~~~~~~~~~~




ガタンッ


 翌日、昨日と同じように軽い朝食をとりバドリオス親子と世間話をしていると、まだ店は開いていないのにもかかわらず、ドアが開いた。見ると鎧を身につけ帯剣した騎士風の男が立っていた。


「こちらに騎士の御仁がいらっしゃるとうかがったのだが…」


 男はそのままズカズカと店の中に足を踏み入れると、兜を脱ぎ、辺りを見回し尋ねた。


「はい、こちらにおわすのが騎士様でございます。」


 店主が恭しくクリスを示して答えた。クリスは席を立ち、騎士に向かって挨拶をした。


「クリスレイと申します。いかがなされましたか?」


 騎士は慌ててクリスに向き直ると姿勢を正して返礼した。


「これはこれは、女性という話はうかがっておりませんでしたので、気づかず申し訳ありません。私はロダン=シュタットと申し、イェルケ公ベリクル様にお仕えしております。主命よりクリスレイ様をお迎えに上がりました。」


 お迎え?何のことかと訝しんだが、ライネルが耳元で教えてくれた。


「まだ行ってらっしゃらなかったのですか?他国の騎士が来訪した場合、その騎士はその国の領主に挨拶にいき、領主はそれをもてなすのが習わしですよ。」


 また常識を知らないせいでドジを踏んだ。クリスは騎士に向かってとっさに言い訳を考える。


「赴くのが遅くなってしまい申し訳ありません。少し不都合がありましたので、近日中には出向こうと思っていたところです。」


「いえいえ、こちらこそお呼びたてするような真似をして、申し訳ありません。準備が整いましたらお声かけください。」




~~~~~~~~~~




 クリスは迎えの騎士ロダンとともに馬でイェルケに向かった。もちろんミリィも一緒である。騎士に素性がバレないようフードを深く被らせ、"人見知り"ということで通してある。馬は宿の親子に貸してもらった。

 以前は阻まれた城壁に今度はあっさり入ることができた。城壁番の衛兵も先日とは違う面々だったので疑われることもなかった。

 場内は活気に満ち溢れており、人通りもルプルより遥かに多い。建物も2階、3階建のものまである。この時代のレベルで、耐震性能など大丈夫かと思ったが、そもそも地震はないのかもしれない。


 大通りをまっすぐに歩いて行くと、城が見えた。今度は城壁ではなく、中世ファンタジーに出てくるような城だ。ただ、世界遺産のように白く美しいものではなく、石の色そのままの堅固な、それでいて支配者の権威を示すのに相応しい装飾の施された城であった。


(これがこの世界の城か…)


 元いた世界でも海外旅行などしたことのないクリスは、初めて見る実物の城に心が踊った。周りを水堀で囲まれているため、一行は城壁から降ろされる跳ね橋の上を通って、城壁の内側へと入った。

 中ではロダンが馬から降りたため、それにならうと城内へと通され、身体検査などもなく、豪華な扉の前まで通された。


「お連れの方はあちらの部屋でお待ちしていただけますか。」


ミリィは嫌がったが、少しの間だけとなんとかなだめて部屋で待っていてもらうことになった。


「これよりご領主にお会いしていただきます。私がクリスレイ様をご紹介いたしますので、それに続いてご挨拶をお願いいたします。」


 扉が開くと、正面の豪華な椅子は領主らしき人物が座り、真ん中に敷かれている絨毯の両翼にたくさんの兵士が列をなしており、錚々(そうそう)たる光景が広がっていた。

 クリスは息を飲み込むと、先導するロダンに追随していく。ロダンは領主の正面にある段の手前で立ち止まり、兜を絨毯の上に置く。そして、片膝をつき、右手の拳を左手で包み胸の前で水平に構える。クリスもそれにならった。


「不肖ロダン、ただいま戻りました!こちらがクリスレイ殿です。」


 武人らしい堂々した振る舞いである。クリスも負けてはいられないと思い、声を張り上げた。


「お初にお目にかかります、クリスレイと申します!」


 騎士らしく振舞えているか不安だったが、周りの様子を見てもとくにおかしいことはなかったようだ。


「クリスレイ殿、表をあげてくだされ。ロダンもご苦労。もう下がってよいぞ。」


 ロダンは立ち上がると、先ほどの構えで一礼し、そのまま部屋を退出した。クリスがそのままの姿勢でいると、領主が声をかけてきた。


「かなりお若い方と見えるが、緊張なさっておいでかな?ずっとその態勢では苦しかろう。立っていただいて結構。」


 領主が冗談めかしく言うと、周りの兵たちも苦笑しており、クリスは少し気恥ずかしかった。


「それでは失礼して…」


 クリスが立ち上がると早速領主が語りかけてきた。


「クリスレイ殿…と申されたか、此度はどのようなご用件でこの地に参られたのかな?」


「はい、諸国をめぐり見聞を広めたいという所存でございます。」


「ほう!それは若いのに殊勝なことだ。して、どちらからいらしたのか?」


「かなり北のほうからやってまいりました。」


「ほう、北とな…。」


 領主の表情が変わった。周りの空気もピリついている。クリスは何か失言をしたかと焦りを感じた。


「北というとどのあたりかな?」


 クリスは額に汗がにじむのを感じた。


「レ、レーゼリシアの方です…。」


周りの兵士たちがざわつく。


「レーゼリシアと申されたか?あそこはいいところだ。私自身ここに来る前はあそこにいたのだよ。自然豊かで人々も優しく活気で溢れている。全くもっていいところだったよ。」


 まるで昔話でもする老人のように領主は語りかけてきた。先ほどの表情や兵たちのざわめきは見知った土地だったからということだったのか。クリスもそれに答えた。


「はい、本当にいいところだと思います。」




「「「スチャ」」」




 クリスが言い終えると、領主が右手をあげ、周りの兵士たちが一斉にクリスに向けて槍先を構えた。


「バカめっ…。レーゼリシアは先の大戦で滅び、今はもう人など住んでおらぬわ!」


 やってしまった。レーゼリシアは確かに地図には存在していた。空白都市だったからこそ選んだのだが、それがまずかった。ゲームでは空白都市はいわば自治領のようなものであったが、この世界ではすでに滅び去ってしまっているところも含まれるようだ。

 クリスは慌てて、剣の柄に手をかけた。


「いまだにこういうバカがおるとはな。どこぞの馬の骨かは知らんが、騎士を(かた)るなどと万死に値する‼︎」


「誤解です!話を聞いてください!」


「何が誤解か!もし本当にレーゼリシアの者であったとしても、帝国の敵国だ。生かしておく価値などないわ!!」


 激しい口調で罵る城主に対して説得を試みたが、一蹴されてしまった。クリスも剣を抜きはなち、まわりを警戒する。


「ハッ、この状況で逃げられると思うてか!」


 城主の言う通り絶体絶命の状況だ。絨毯の横にならんでいた兵士だけでも20人はいる。さらに周りで警戒していた兵士も合わさって、包囲は二重三重となっている。


(くそっ、どうすればいい!)


 思案しながら周りを見渡すと、衛兵たちの上に彼らの"武"の値が表示されていた。どれも、数値が40~50あたりで、数名60近くがいるくらいだ。


(表示されるってことは、切り抜けることができる可能性もあるってことか?)


 クリスは一筋の光明を見出した気分だ。そんなクリスの様子も知らず、領主が舐め回すよう視線で眺め、口を開いた。


「ふむ、そなたはなかなかの器量だ。愚かな自分を悔い改めて、奴隷として私に飼われるというなら、助けてやらんこともないぞ?」


 下卑た目だ。もしここで言いなりになれば、命は助かるかもしれないが、一生奴隷のままだろう。それに俺には守らなきゃいけない存在がいる。ここで一人諦めるわけにはいかない。


(だが…)


 もう一度冷静になって周りを見渡すと、こちらが剣を構えているため兵たちも警戒している。警戒を解くために領主の言葉を使わせてもらおう。


「死ぬよりはましか…」


 クリスは肩を落とし、剣を手放すとその場に置き、両手を挙げた。それを見た兵士たちの顔に少し、ゆとりが浮かんだのがわかった。

 兵士の1人が剣をクリスから遠ざけようと、槍を構えながら近寄ってきた。 ほんの少し、ただそれで十分だった。

 クリスはその槍を掴み、兵士を自分の近くに引き寄せた。さすが武100の(りょ)力である。ほんの一瞬でその兵士はクリスと交錯する形になった。

 取り囲んでいる兵たちもあまりの一瞬の出来事に動けない。クリスを突き刺そうと動こうとしたものも、仲間がクリスに覆い被さっていたために躊躇いが生じた。

 クリスはその間隙を縫い、落とした剣を拾い上げると同時に、交錯した兵士の胸ぐらを掴み、後方、扉がある方向へ思いっきり投げつけた。

 囲いをなしている数名が巻き込まれ倒れる。クリスは倒れ込んだ兵士たちを踏み台に、兵士の壁を飛び越え、扉を体当たりで開け、そのまま廊下を駆け抜けた。


「ミリィ!!!」


 クリスは叫びながら、ミリィの待つ部屋へと走った。城の兵たちは謁見の間に集められていたのだろう。廊下で遭遇することはなかった。部屋に飛び込むとミリィが驚いた表情で迎え入れた。


「ここから逃げる!すぐに!!」


 クリスはミリィを抱えると再び走り出した。身体能力強化のおかげか、かなり足が速い。兵たちで追いつけるものはいなかった。


(このまま一気に駆け抜ける!)


 だが、そう上手くはいかない。城門までやってきたが、跳ね橋が上がり城門は閉まっていた。城門の周りにはたくさんの兵士がたむろし、呑気に城門を開けている余裕はなさそうだ。


(くっ…。ここまでか)


 観念しかけたが、クリスは城に入った時のことを思い返した。城の周りは水堀が囲んでいた。城壁の上から飛び降りても、一か八か助かるかもしれない。そう決意し、城壁へ上がる階段を目指して駆け出した。

 城門を守っている兵士や追手に追いつかれずに、城壁下の階段までたどり着いた。

 階段を上ろうとすると、城壁上にいた兵士が階段を降りて剣を振るってきた。一撃を避けると、バランスを崩した敵を体当たりで階段下に突き落とした。続いて上からやってきた2人目は足を払い体勢を崩している隙に横を通り抜けた。

 城壁の上にも数名兵士がいたが、仲間があっという間にのされた様を見て怯んで距離をとっていた。

 クリスはこれ幸いと城壁上から下を覗き込むと、やはり水堀になっており、それは街中へと流れる川につながっていた。


「クリス…?」


ミリィが不安そうな表情で語りかける。


「大丈夫!信じて!」


その言葉にミリィも小さく頷く。


「息を大きく吸って、鼻をおさえて!」


クリスは意を決して堀へと身を投げた。体をミリィに覆い被せ水面から守る。


(神様…‼︎)


さほど信じてもいないはずの神に懇願し重力に任せるまま落下する。爆音とともに水面に激突した。


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