4.宿
数分後、ようやく準備が整ったらしく、二階の客室に案内された。部屋はよく掃除されており、元の世界のちょっとした風情のあるホテルのようだった。
(あ、鏡…)
鏡台があり、初めて自分の姿を直に見ることができた。一応、ステータス画面で見ていたが、やはり、実際に目の当たりにすると不思議な感じだ。目の前の美人が自分の意思と連動するのがなんとも可笑しい。
(まあ、これはこれで…)
以前とは性別は異なってしまっているが、その容姿にはなんら文句のつけようがないのだ。これが醜い見た目であれば思うところもあったのかもしれないが、今は絶世の美女である。不満を持つだけ贅沢というものだ。
まじまじと自分の姿を眺めていると、コンコンと軽くドアを叩く音が聞こえた。玲也が応答すると、少女がドアを開け、部屋に入ってきた。手には衣服を持っている。
「あの、もしよろしければ、これをお使いください。」
少女が持って来たのは、ありきたりの部屋着であった。着替えなんて持ち合わせていないから助かる。今日一日中来てた服で横になりたくはない。感謝の言葉を伝え部屋着を受け取ると、少女は深くお辞儀をして、部屋を出ていった。
鎧を脱ぐと、身体がとても軽く感じた。鎧がとても重いというわけではない。むしろ、見た目よりも全然軽いくらいだ。鎧を脱いだ開放感が心地いいのだ。
肌着だけになると、身体のラインを実感させられる。ふくらんだ胸、細くくびれた腰、以前にはなかった女性的なシルエットだ。
(…。)
ふと胸が気になってしまった。巨乳ーというほどではないが、女性らしさを感じさせるだけの大きさはある。自分の体であるのに触れることに変な後ろめたさを感じてしまったが、意を決して触れてみた。
(やわい…。)
元世界では結局経験できなかった感触。ただ自分の身体の一部なので不思議な感じだ。玲也はすぐに飽きて触るのをやめた。
(なんだか虚しいな。)
前の世界とおさらばするのが早すぎたのだ。玲也は自分ができなかったことを思い返してため息をついた。
(いや、せっかく転生したんだからこの身体でこの人生を満喫するんだ!)
玲也は自分自身に言い聞かせ、自分を奮い立たせた。この世界では以前の世界でできなかったことをやり遂げる。
(別に女性だからって女の子とイチャイチャしちゃだめってこともないしな!)
前向きに前向きに考えようと努めた。ただ、考えてみればそれもそうだ。加えてこの容姿だ。男装をしていればモテるんじゃないだろうか?まあ行為云々は別の話だが。
アホみたいなことを考えていると少し思考もポジティブになってきたような気がした。
(そういえばこの世界の食事はどうなんだろう?普段、食べたことのないような物が食べられるのかな?)
この後、ありつけるであろう食事に胸を膨らませ、ベッドに寝転んだ。今日経験したことが頭を駆け巡る。そして、異世界にやってきたことを実感する。
(これからどんな冒険が俺を待ってるんだろうか。くーっ、たまんねえー!!)
正直に言えば不安は沢山ある。だが、くつろいでいる時くらい、未来への希望に思いを馳せたかった。
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コンコン
再び戸を叩く音で目を覚ました。どうやらあのままベットで眠ってしまったらしい。返事をすると少女が夕食の用意ができたことを告げた。
一階に降りると、そこにはとても豪華なー正確に言えばあまり見たことのない西洋風で沢山の品数のー夕食が用意されていた。その豪華さにふと宿泊の料金について聞いていなかったことを思い出し、主人に確認してみると、「いただけません」の一点張りでなかなか料金を請求してくれない。
そこで、財布から金貨を取り出し握らせたところ、目の色を変えて驚き、声を震わせながら再度拒否された。まだ金貨の価値はわからないが、これは相当なもののようだ。今後はもう少し慎重に扱おうと心の中で呟いた。
「これは、あなたに渡したいから渡すのです。返すことは許しません。」
相手がこちらを目上だと思い込んでいるので、少し強い口調で強制するとすんなり受け取ってくれた。この世界では身分が大きな影響力をもつようだ。タダより高いものはないと言うし、ひとまず受け取ってもらえて安心した。
玲也は初めての異世界料理を堪能した。異世界料理といっても、ちょっとワイルドな西洋料理といった感じのものが並んでいた。チキンのローストやトマトスープ、そんな感じだ。食材なども特別目新しいものはなかった。元いた世界と同様の食材が利用されているように思える。
ただ、こちらの世界の西洋には、トマトなど、元々はアメリカ大陸原産のものがすでに存在しているらしい。メニューの都市画面などでは、大陸の一部しか見えておらず、世界全体は見えなかったのだが、地理や食料事情なども元世界とは全く異なるものと考えた方がいいのかもしれない。
夕食を楽しんでいたが、何分量が多すぎる。食べれないということはないのだが、時間がかかりそうだ。隣で主人がにこにこと笑みをたたえながら立っている。「美味しい」という言葉は伝えているが、それだけでは間が持ちそうにない。玲也は別の話題を振ってみた。
「とてもいい宿ですね。何年くらいやってらっしゃるんですか?」
その一言に主人の笑顔の質が変わった。それまでの、とって付けたような笑顔とは違い、本当に嬉しそうな笑顔だ。
「もったいないお言葉でございます。この店は祖父の代から営ませていただいております。」
「それは老舗ですね。娘さんが跡継ぎですか?」
「いえ、今は街に買い付けに行っていて、おりませんが、愚息に跡を継がせるつもりです。」
「そうでしたか。今は物騒な世になりました。心配ですね。」
「ご心配には及びません。この辺りはご領主様のご威光が行き届いており、狼藉を為す輩などおりますまい。しかし…」
主人の表情が少し翳った。
「最近は、ルーベン地方でも帝国に逆らう不届き者が現れたとのこと、戦火がこちらまで及ばなければよいのですが…」
戦争に巻き込まれる側としてはたまったものではないのだろう。物価の値上がりなどもあるのかもしれない。
「ところで、まだ騎士様のお名前を伺っておりませんでした。」
「僕は栗栖れい…(あっ!)」
玲也はしまったと思った。今の容姿で"僕"なんて一人称は違和感があるだろうし、元いた世界での名前をそのまま使うのも不自然だろう。主人の少し戸惑った表情に、現在の自分の状況を思い出したのだ。
「クリスレイ…様でございますか?」
「あ、はい。私はクリスレイと申します。」
玲也は内心ホッとした。主人が勝手に勘違いしてこちらの世界風の名前に受け取ってくれたようだ。
「して、どの辺りを治めていらっしゃるのでしょう?」
玲也は言葉に詰まった。元々貴族ではないのだから、自分の領地などあるわけがない。だが、何も言えないと不審がられる。玲也はとっさに拠点画面を開き、北西の端にある地名に注目した。
「レーゼリシア、のあたりです…。」
玲也は自信なさげに答えた。ただ目に付いた地名を言っただけなのだ。だが、それが功を奏した。
「レーゼリシア?あまりうかがったことがありませんが…」
「無理もありません。ここから随分北に向かったところですから。」
玲也は主人がその地名を知らなかったことを幸運に思った。これでそうそうバレることはあるまいと安堵した。
「そんなところからいらっしゃったとは…。道中魔人どもに遭遇しませんでしたか?帝都は惨憺たる有様とうかがっておりますが…」
主人の話によると、この大陸を12年前に統一した帝国だったが、先帝の崩御後、後を継いだ幼帝も謎の死を遂げた。そして、その責を負い、帝都守護の全権を任されていた帝国最上位の騎士団、聖星騎士団の団長が自決。騎士団は二人いる副長を旗頭に真っ二つに割れ、帝国の主導権をめぐって争い合う事態に陥ってしまう。
その混乱を見逃さなかった者がいた。先の大戦で敗北し、帝国北方、アンデヴェルナ山脈の向こうに逃げ込んでいた魔人たちだ。彼らが大挙して北方から押し寄せ、一挙に帝都を陥落させてしまった。さすがに騎士団も彼ら同士で戦うのをやめ、魔人たちから帝都を取り戻さんと戦うが、足並みがそろわず膠着状態が続いているという。
中央がそんな状態であるから、地方でも混乱が起きる。周辺に追いやられていた諸部族(主に魔族)が蜂起したのだ。北西の山岳地帯では有翼人が、西の湿地帯では竜人が、そしてここ南方でも獣人たちが不穏な動きを見せているらしい。
話に出てきた"帝国"というのは、この大陸を統一している"聖星帝国"という国だ。聖星帝国はその名に冠するように、"星"を聖なるものとして考えている。星々を神々として信仰し、その星を表すシンボル(元世界の星のマークと同様)の頂点と中心を繋ぎ合わせた図形を人間の五体と照らし合わせ、人間を神が創りし"完全な生物"と捉える"ステラ教"を国境にしている。
そのため、人間以外の種族、獣人や魔人ら、獣の耳や尻尾、魔物のツノなど付いている彼らを神の失敗作とみなし、まとめて魔族と呼び迫害した。彼らの存在は遠い神話から"ガイアス"と呼ばれるという。彼らはこの大地を神と崇めるガイア教を主に信仰している。
神話の時代、この世界には天上世界の神々が創りし自然と人間だけしか存在しなかった。だが、それだけでは人々は自活することができず、神々が絶えず食を施し、恵みを与えなければならなかった。その状態を憂慮した神々はこの世界自ら命を創ることを許したもうた。それが獣の始まりである。
当初は神々の思惑どおり、人と獣の関係は良好であった。だが、いつしか人の姿を模した獣が現れるようになった。それが今の魔族の源流だ。世界のバランスが崩れた原因は、世界の管理・統括のために神々が創りし、神造神ガイアナの存在だった。神に代わりこの世界を見守る役割を与えられた彼女は、自身の力を拡大させてしまう。その結果生まれたのが魔族であった。ガイアナの眷属、よってガイアスと呼ばれるのだ。
もちろん天上の神々もただ傍観していたわけではない。彼らは人間に魔族と対抗する手段を与えた。それが魔法である。その聖なる力は、魔族にとって致命的であった。だが、その魔法さえも魔族は手に入れてしまった。
現在魔法は大別すると、聖魔法…天上の神々が人間に与えし魔法と、それ以外…彼らの恩恵にあずからぬ、この世界で独自に発達してしまった魔法、の二つに分けられる。聖魔法は魔族の弱点となる。帝国では聖魔法がもてはやされ、ふつうの魔法は"外法の業"と軽蔑される。
(俺の魔法はいったいどっちなんだ?いずれ確かめなきゃいけないな…)
神話の時代から、人間と魔族は争ってきた。その感情を利用し、人間たちをまとめ上げ、大陸を統一したのが帝国であった。
(それが今や人間同士の争いによって瓦解しつつある。皮肉なことだ。)
一通り話し終えた頃には既に食事も無くなっていた。この世界で生きていくうえで貴重な話を聞くことができた。玲也は主人に礼を述べ、自室へと戻った。
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食事を終え、部屋に戻った玲也はそのままベッドへと倒れ込んだ。貴族用になんとか準備したのだろう。布が何枚も重ねられていて、それほど固さや寝苦しさを感じない。
玲也はそのままの体勢でメニュー画面を開いた。情報に何か更新がないか確認したかった。"人物"画面を開くと案の定変化があった。
クリスレイ=レーゼリシア
シエナリリー=ビラーチェ
バドリオス=ビラーチェ
ラッセル=ロゥ
ビラン=サルヘラ
ジェフ=ウェルソン
まず自分の名前が変わっていることに気がついた。先ほどとっさに名乗った名前が表示されている。こちらの貴族は領地の名称がそのまま姓になるのかな?
主人に特に訝しまれることもなかったので、とりあえずこの名前で通していこうと思った。
(愛称をつけるとすると"クリス"になるのかな?なんにせよ慣れていかないとな…)
玲也、もといクリスは新しい自分の名を受け入れて、今後を過ごしていくことに決めた。新しい身体に新しい名。クリスは全く生まれ変わったことを思い知らされるとともに、このままの自分ではいけないとも考えた。
(騎士らしいふるまいというのも身につけていかないとな。さて、あとは…)
クリスは表示されてる他の名前に注目する。シエナリリーとバドリオスというのは、姓が同じなので、この酒屋の親娘だろうか?気になって、項目を開いてみると、ステータス画面の顔グラはまさにその通りであった。
名:シエナリリー=ビラーチェ
種族・性:人間・女、齢:13
統4 武8 知41 政24 魅51
義理45 野心6
歩兵:G、騎兵:G、弓兵:G、魔術:G、兵器:G、特殊:G
特能:ー
名:バドリオス=ビラーチェ
種族・性:人間・男、齢:41
統22 武34 知55 政48 魅42
義理52 野心48
歩兵:G、騎兵:G、弓兵:G、魔術:G、兵器:G、特殊:G
特能:ー
ステータスについてもさっと眺めてみたが、全く特筆すべきところがなかった。要は"一般市民"ということだろう。
その下の3人のステータスを開いてみると、昼間見たイェルケの番兵たちだった。
名:ラッセル=ロゥ
種族・性:人間・男、齢:28
統25 武41 知32 政15 魅28
義理41 野心28
歩兵:G、騎兵:G、弓兵:G、魔術:G、兵器:G、特殊:G
特能:ー
名:ビラン=サルヘラ
種族・性:人間・男、齢:24
統35 武44 知27 政5 魅33
義理56 野心45
歩兵:G、騎兵:G、弓兵:G、魔術:G、兵器:G、特殊:G
特能:ー
名:ジェフ=ウェルソン
種族・性:人間・男、齢:31
統40 武45 知36 政38 魅42
義理62 野心15
歩兵:F、騎兵:G、弓兵:G、魔術:G、兵器:G、特殊:G
特能:ー
彼らはビラーチェ親子とは異なり、兵科適正も持ってはいるが、それでも"一般兵"といった域を出ない能力でしかなかった。
現に、武将カテゴリーでソートをかけると、彼らはリストに上がらなくなった。今後、出会っていく膨大な人間の中から、将の素質がある者だけ取り上げて調べることが出来るのはありがたい。出会った人間一人ひとりをいちいちチェックしていくのは骨が折れる。
寝転びながら、メニュー画面をいじっていると、ふいに強烈な眠気が襲ってきた。特に他にやることもなかったクリスはその眠気に身を任せ、深い眠りへと落ちていった。