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3.はじまりの街


「お待ちください!!」


 イェルケにたどり着くやいなや、玲也の目論見はもろくも崩れ去った。城門を通り抜けようとしたとき、番兵の一人に道をさえぎられたのだ。

 城市イェルケ。東西交易の要衝に位置し、商業活動によって栄えている城塞都市。その外郭を形作る城壁は四方4キロにも及ぶかという巨大なもので、遠くからでもその存在感を示していた。

 城門は閉じられておらず、玲也以外にも入城する人々がいる。なぜ自分だけ呼び止められたのか疑問に思いつつ、指示通りその場で立ち止まった。


「通行証をお見せいただかなければ、お通しすることはできません。」


(げ、そんなものがあるのか…)


 この世界はやはり一筋縄ではいかない。都市に入るのも苦労しそうだ。

 通行証?もちろんそんなものは持っていないが、正直にもっていないことを主張すれば怪しまれるかもしれない。玲也はとぼけた顔をして、荷物を探すふりをした。


「あれ?」


 本来あるべきところに目当てのものがないような素振りをした。それを見た番兵は心配そうな表情で尋ねてくる。


「困りましたね。城内に身分を証明できるような方はいらっしゃいますか?」


 もちろんそんな人間はいるはずもなく、首を横に振った。


「残念ながら、それではお通しすることはできません。緊急のご用であれば、時間はかかりますが、上に伺いを立てることは可能です。いかがなさいますか?」




武45知36




 番兵が言い切ると、番兵の顔のすぐ横に、「武45知36」という表示が出現した。まわりを見てみると、応対していた番兵だけでなく、その他の番兵もそれぞれ「武44知27」「武41知32」という表示が出現していた。


(強行突破しろってことか?)


 ふと、そのような考えがよぎったが、転生早々暴れ回るような危険は冒したくない。この表示も可能性の一つとして、"強行突破"もありえるというだけのことだろう。

  "知"の情報まで出ているということは、うまくやれば番兵を言いくるめるのも可能であるということかもしれない。だが、今の玲也にはそれをする知識がなければ、度胸もない。ここはおとなしく引き下がっておくことにした。


「いえ、構いません。少し戻って知り合いを頼ることにします。お手数をおかけしてしまい申し訳ありません。」


「いえ、こちらこそお力になれず、申し訳ありません。あなたに神のご加護がありますことを。」


 都市から少し離れたところで、後ろを振り返るが、特に番兵の様子に異常はない。なんとか怪しまれずにこの場を乗り切ることができたようだ。


 いきなり出鼻を挫かれてしまった。まさか通行証なんてものが必要だとは…。

 しかし、改めて考えてみるとそれも当然のことのように思える。いくら堅固な城壁に守られていても、内側から開けられてしまえば、全く無意味なものになってしまう。戦乱の世であればそのくらいの対処はしているだろう。

 当初の計画が破綻したのは残念だったが、初めてこの世界の住人とふれあうことができた。もっと殺伐としているのかと思っていたが、案外物腰穏やかで親切なようだ。


(てか、やっぱり神様はいるんだな…)


 最後に番兵がいった一言が気になった。この世界にも"神"は存在しているようだ。考えてみれば当然か、なんせ自分自身がその神によってこの世界に送り込まれたのだから。


(まあ、俺が思ってる神様と一緒かどうかはわからないか…)


 この世界の神が玲也が想像している神とはまた別物かもしれない。玲也自身、天使にはあっているが、肝心の神には対面することはできていないのだ。

 この世界にも宗教のようなものは存在し、元いた世界と同様なものであれば、気をつけなければならない。日本人の玲也にとってはあまり理解できない感情だが、他国の人間にとって神への信仰というのは大きな意味をもっている。

 この世界が中世西洋の世界観であるならば、そのような宗教や慣習という世界の常識を学ばなければ、思わぬところに落とし穴があるかもしれないと玲也は肝に銘じた。


 現状は何も変わらないどころか悪化している。ひとまず都市に入れば情報が手に入ると思ったのだが、まさかここでつまずくとは…。なんにせよ、次の行動を考えなくてはならない。

 玲也は"都市"画面の下にある"拠点"画面を開いてみた。すると画面いっぱいに多数の拠点のマークが映し出された。

 都市イェルケの近くにもいくつか村や街がある。一番近くの街、"ルプル"に注目してみると、街の外観が映し出された。この街は物見櫓のようなものはあるが、城壁までは備えていないようだ。ひとまず玲也はルプルに向かうことにした。




~~~~~~~~~~




 ルプルに到着する頃には陽が傾き始めていた。玲也としても、さすがに異世界生活初日が野宿という事態は避けたいところである。宿屋を探してみるが、某有名RPGのように"INN"と書いてあるわけもなく、なかなか見つからない。人に聞いてみようと思っても、先ほどまで少なからずあった人通りもいつの間にか消え去ってしまっていた。これからどうしようかと途方に暮れていると、路地から出てきた男と危うくぶつかりそうになった。


「申し訳ございません!」


 男は玲也の姿を見るなり、地に額をつけ平謝りした。突然の出来事に玲也も呆気にとられた。大の大人が自分に向かって、五体投地する勢いで謝罪しているのである。こんな場面に出くわしたことなどあるわけがない。どう対処すればいいかも全く見当がつかない。それでも玲也はなんとか謝罪をやめさせようと、男のそばに寄り添う。


「そんなに謝らないでください。こっちこそボーッとしていたので…」


 まだ男は地に額をつけたままだ。何がこれほどまで男を恐怖させるのだろう。

 帯剣していることか?確かに町の人間で剣を差している者はほとんどいなかった。剣を身につけている者といえば、いかにもコワモテのごろつきといった風貌の男くらいだった。帯剣というのは荒くれ者の象徴なのだろうか。

 または、この鎧が原因だろうか?町中ではこんな金属製の重装備の鎧に身を包んだ人間は一人もいない。これは明らかに異質だろう。しかしながら、この世界に来たばかりで拠点もない玲也にはどうしようもなかった。着の身着のままでいるしかないのだ。

 さまざまな憶測はしてみるが、実際に聞いてみるのが一番だろう。玲也は思い切って、未だひれ伏している男に問いを投げかけた。


「ええと、なぜそんなに謝るんです?」


「なぜと仰られましても…。騎士様にご無礼を働いてしまったので当然のことにございます。」


 男は心底困惑した顔で答えた。玲也の帯剣し鎧を身にまとった様相というのは、こちらの世界の"騎士"に思われたようだ。


(騎士か…。)


 まさに剣と魔法のファンタジーの世界に来たということを実感させる言葉ではあるが、どうやらこの世界における騎士というのは、庶民とは大きな隔たりのある特権階級もしくは支配階級に属するらしい。単純にジョブとしての"騎士"ではなく、身分としての"騎士"、つまりは"貴族"のような存在として捉えるべきであろう。この世界では剣と鎧はまさにその騎士を表す象徴であったのかもしれない。


(さんざんこの世界の常識には気をつけないとといっておきながらこのザマか…)


 玲也はうんざりしながら腰に差した剣を眺める。今の自分は何の知識も特権も持ち合わせていないのに、貴族の格好をしている、はたから見れば頭のおかしい奴だろう。そんな状態であるにもかかわらず、剣と鎧を脱ぐ気にはなれない。この世界で唯一守ってくれる存在なのだ。彼らを手放す勇気は玲也にはなかった。


(まあ、すぐにはバレないだろうし…)


 そう自分に言い聞かせた玲也は、当初の目的を果たすため、男に宿泊施設について尋ねてみた。男が言うにはこの街にやってくる旅人は酒場の二階に泊まるようだ。玲也は男に礼を言って別れ酒場を目指した。




~~~~~~~~~~




「⁉︎」



 酒場に入ると、賑やかだった場が凍りついたように一瞬で静かになった。やはりこの格好は目立つのだろうか。そんなことを思いながら酒場の主人らしき人物の前まで歩を進めようとしたが、先んじて彼のほうが目の前にやってきた。


「よくぞお越しくださいました。なにぶん今日ご来店いただくというようなことは存じませんでしたので、散らかってございますが、最大限おもてなしさせていただきます。」


 そう玲也に告げると、店主は周りにいた客を追い出し始めた。


(これも"騎士様"への態度なのか…)


 せっかくの酒と料理と談笑を楽しんでいた人々に申し訳ない気持ちになった。


「あの、お気遣いなく…」


 申し訳のなさからふと口をついて出てしまったが、その言葉に店主は一瞬驚いたような顔で振り返った。彼らが想像する"騎士様"のイメージではなかったのだろう。この世界の"騎士様"はもっと踏ん反り返っているべきなのだろうか?


「いえいえ、存じなかったことはこちらの不手際、今できる最大限のおもてなしをさせていただきます。」


 玲也の言葉も虚しく、一番綺麗なテーブルの上に、素早い手際で綺麗なクロスがかけられ、一席が用意された。そこに座らせられると、金属製のグラスで飲み物が運ばれてきた。


夕餉(ゆうげ)もご用意いたしましょうか?」


 ゆうげ?文脈から推測するに夕食のことだろうか。そういえばこの世界に来てからまだ何も口にしていない。そろそろ腰を落ち着かせたいものだ。


「それは是非お願いしたいところなんですが、先に少し伺ってもいいですか?」


「はい、なんでございましょう?」


「今日、宿泊させていただくことはできますか?」


 玲也が聞くと店主は少し困惑した様子を見せた。


「それはもちろん大丈夫でございますが、本当によろしいのですか?」


「何がです?」


「わたしくどものこの店は高貴な方をお泊めするのを想定しておりませんので、お気に召すおもてなしができるかどうか…」


 店主はばつが悪そうに答えた。やはり玲也のことを貴族かなにかと勘違いしているらしい。


「ここからイェルケまでは距離もそれほどありません。今からでも馬車をお出しすることもできますが…」


「いえ、お気遣いには及びません。今日はこの街に泊まりたいと思っていたので。あと、そんなに畏まらなくてもいいですよ。みなさんが思ってるほど偉い人間でもないのですし…」


 もう一度イェルケに送り返されるとたまらない。玲也は申し出を断った。また、ずっと貴族だと思われて気を遣ってもらうのも気がひけたが、完全に否定してしまうのも、自分が貴族でもないのに貴族の格好をしている変な奴だと言うようなものなので、当たりさわりのない一言を添えておいた。


「またまたご謙遜を。騎士様がよろしいとおっしゃるのでございますれば、こちらでお部屋をご用意させていただきます。少しお時間をいただくことにはなってしまいますが、先にお食事になさいますか?」


「いえ、急に押しかけたのはこちらですので。食事はもう少し落ち着いてからとりたいと思いますので、あとで構いません。」


 鎧兜を着たままで食事とは落ち着かない。玲也としてはゆっくり食事をとり、今日一日の疲れを癒したいのだ。実際、身体の疲れはそれほど感じてはいないが、精神(メンタル)が削られている感じがした。見も知らない世界に送られるということは想像以上に過酷なことだと痛感した。


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