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10.戦後


 階下に降りると、女性たちがクリスを出迎えた。彼らは皆口々に神への感謝を述べ、クリスを神が天より遣わした使いだと思い込んでいる。


「騎士様!!」


 クリスが賛辞の波に溺れていると、数名の男たちが教会へと入ってきた。やってきたのはこの村の村長で、教会とは別に、彼の家を拠点として盗賊たちに抵抗していた村人の集団があったようだ。村長はクリスに感謝をしたいと、自分の家へと招いた。




~~~~~~~~~~




 朝陽は、被害のさまをありありと照らし出した。親を亡くした子、子が命がけで守った老母、最愛の娘を失った父親、彼らは未だ現実を受け入れられず、物言わぬ骸の前でただただ泣き崩れるばかりであった。


「お父さん!お母さん!」


 そこには、村の外で出会った少女の姿もあった。彼女の両親を助けられなかった後ろめたさから声をかけることはできなかった。

 村長の家は、入り口にバリケードが設けられ、中では負傷者が手当を受けていた。クリスも血で汚れた身体を洗い流させてもらうと、上階へと案内され、そこで酒食を饗された。


「こたびのこと、騎士様がいらっしゃらなければ私どももどうなっていたかわかりませぬ。まことにありがとうございます。」


 村長は深々と頭を下げた。


「いえ、私は多くの人を助けられなかった…」


 クリスは目を伏せて応答した。もっと上手くやれたのではないか?という自問をせずにはいられなかったのだ。その態度は村長の信頼を得るに足りた。彼らにとって"騎士"という存在は、横暴でただ踏ん反り返っているだけのものであり、彼女の態度は異質であった。現に周辺の村々が襲われているという報せがあったにもかかわらず、領主は何の対策もせず、今に至るのだ。


「お名前をうかがってもよろしいですか?」


「クリスレイと申します。クリスレイ=レーゼリシアです。」


「クリスレイ様はなぜこの村へ?」


「旅の途中で、偶然火の手が見えたので。」


 村長は表情にはおくびにも出さず内心落胆した。近辺に領地を持つ騎士であればその庇護を受けられると思ったのだ。


「旅にあてはあるのですか?」


「いえ、とくにありません。行くあてもなく諸国をめぐり歩いています。」


「そうであれば当分、当村にご逗留ください。皆、村を救って下さった英雄に感謝したいのです。」


 村長の心持ちとしては、村を守るため、少しの間だけでもクリスに残って欲しかった。クリスはその言葉に甘えることにした。




~~~~~~~~~~




 クリスは村長とともに被害の確認に向かった。焼き払われた建物はまた建て直せばいいのだが、一番の痛手は壮年の働き手を多く失ったことだった。盗賊たちは立ち向かった村人たちを容赦なく惨殺した。戦い生き抜いた村人もいたが、それはむしろ少数派であった。多くの人々は盗賊の毒牙にかかり、妻や子供を守るために死んでいったのだ。村の復興に男衆の力は必要不可欠であるし、守り手がいないのも問題であった。


「生き残ったもので戦える人はどれくらいですか?」


「ごく少数です。再びやつらが襲いかかってきたらとても歯が立ちません。」


 村長は言葉には出さないが、クリスを見つめるまなざしから、有事の際の助力を期待しているのがわかる。


(だが、俺一人では村全体はとても守りきれないな…)


 クリスは方策を考えた。そして、あることを思いついた。それはとても最善の策には思えず、反発も招くかもしれないが、時間が経てば使えない方法だ。すぐに実行に移すべく、メニューを開き情報を確認する。村長には聖金貨と引き換えに金を工面してもらった。




~~~~~~~~~~




「はあはあ…!」


 かなりの距離を走っただろうか。太陽は既に中天に差し掛かり、サグの体力を奪っていった。


(早く、一刻も早く遠ざからなければ!)


 男は恰幅の良い巨体を震わせ懸命に走った。


(天罰だ。あれは俺たちを滅ぼすためち遣わされた神の使いだ!)


 昨晩の出来事を思い出す。あの、グレゴリオが討たれたのだ。誰も寸毫敵わなかった、あの男がだ。まさに神がかりとしか思えなかった。


 (奴は…、俺たちはやりすぎたんだ…!)


 男たちの集団も端から残虐無道の集団ではなかった。元はみな労役逃れの人夫たちだ。帝都での過酷な労働に堪え兼ね、こんか南方まで逃げてきたのだ。

 劇的に変わったのはあのグレゴリオという男がやってきてからだ。奴は元々帝国の脱走犯だ。仲間をひきつれサグたちの目の前に現れると、集団の長を一太刀でひねり殺し、それに取って替わってしまった。初めはしぶしぶ奴らの横暴に従っていた仲間たちも次第に感化されていき、平然と非道をやってのけるようになっていた。


(これが報いか…)


 自分たちが手にかけた村人たちを思い出し、サグは自問する。たとえ、命を失ったとしてもグレゴリオを止めるべきではなかったかと。それも今になってはもう遅い。奴に天の裁きが下り、次は自分たちの番であろう。願わくばもう一度やり直すチャンスが欲しい。


「おーい!!」


 聞きなれた声が遠くから聞こえてくる。声の方向を注視すると、あらかじめ決めておいた非常の際の合流地点には、すでに大勢の仲間が集まっていた。


「お前も生きてたか!」


 サグが合流すると仲間内の一人が歓迎してきた。


「スレイフ!お前も無事でよかった!」


「無事なものかよ!ほれみろ、ケツに火傷を負っちまった!」


 スレイフはややズボンを下ろし、深刻そうな顔で叫んだ。周りで笑いが起き、昨晩の出来事も忘れ、暗い雰囲気を吹き飛ばせそうな気がした。


(そうだ。こいつらとならやり直せる。もうグレゴリオの連中は居ねえんだ…)


「何人残った?」


「今、いんのはお前あわせて35人だ。」


 やられたのはほとんどが教会周辺にいたグレゴリオの脱獄囚の部下たちだった。


「よし、わかった。あと一刻もしたら出発する!もうこんなところとはおさらばだ!」


 サグは決意した。この場所を離れて真っ当に生きる術を手に入れる。当初の目的通り、帝国の訴追も手の届かない、遥か西にあるという桃源郷を目指すのだ、と。だが、その希望はもろくも打ち砕かれた。


「おい、見ろ!あいつは…!」


 仲間の一人が叫び、その方向を見ると、騎士が一騎、猛烈な勢いで駆けてきた。近づきその容貌が露わになると、それは昨晩の女騎士であった。


(神は俺たちを赦しはしない、か…)


 サグは観念した。グレゴリオが敵わなかった相手に自分が敵うはずがない。もはや罪を悔いて神に祈るしか術はないと思った。仲間たちの中には我先にと逃げ出そうとしているものもあり、混乱を極めていた。


「動くな!!!」


 凛としてよく通る声が辺り一帯に響いた。その声に思わず皆動きを止め、その場に立ち止まった。


「貴様らの罪は重い!」


 女騎士は騎乗したまま闊歩し、話し始めた。


「本来であれば、ここで全員なぶり殺すべきだろう…。だが!」


 かなりの距離まで近づくと、馬を下り、その足で近づいてきた。


「その罪を償う機会をやる!」


 そう言うと懐から、嚢を取り出し、サグたちの目の前へと放り投げた。中からはたくさんの金銀銅貨幣がこぼれ落ちている。


「お前たちを飼ってやる。」


 女騎士は、そう言うと剣を抜き放ち構えた。


「さもなくばここで死ね!」


 拒否権はなかった。一致団結して、四方に逃げ出せば、チャンスはあったかもしれなかったが、誰もそうはしなかった。男たちはその場にひざまずき、皆クリスに屈服した。


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