92話 蟻が踏み潰されるように
「はいはい〜! 視聴者の皆さん、見えてますか? 1日100万円の警備員の仕事を受けたら、なんとガチで武装した人たちが攻め込んできました〜! いきなり閃光弾っぽい物を投げられましたし、過去最高にヤバい状況かもしれません!
……あっ、ダークウェブの重鎮さん、暗号通貨でのスパチャありがとうございます! えっと、『今まで楽しい配信をありがとうございました』──って勝手に殺さないで!? 僕、この闇バイトが終わったら、美味しいラーメン屋に食べに行くって決めてますからね! 死亡フラグじゃないですよ!!」
緊迫した空気に場違いな声が響き渡る。
サングラスをかけた男性アバターが、レキトたちを撮りながらライブ配信を行っていた。
右手にスマートフォンを固定したジンバル、左手にはステッカーで埋め尽くされた鉄パイプを握っている。
視聴者の注目を集めるためなら、犯罪に手を染めることも厭わなそうな危うさがにじみ出ていた。
そして、遊戯革命党のアジトの部屋で待ち受けていたのは、配信者らしき男だけではない。
2本の釘バットをぶら下げている者、ニヤつきながらスタンガンを鳴らす者、目出し帽姿で折りたたみナイフを回している者、死んだような目でメリケンサックをはめた拳を構えている者──。
まるで抗争前の暴走族の集会所のように、武器を持った人たちがまばらに立っている。
手前の人影に遮られて、奥の人数までは詳しく見えないが、およそ数十人のアバターたちがレキトたちを迎え撃とうとしていた。
──裏切られるリスクがある以上、総員10人にも満たない遊戯革命党が、50人以上のプレイヤーを味方に引き入れるとは思えない。
──目の前のアバターたちは、おそらく金で雇われたNPCなのだろう。
《小さな番犬》が激しく吠える中、レキトは両手でスマートフォンを構えたまま、敵のNPCたちをじっと観察する。
レキトたちプレイヤー6名+アントの隊員50名VS 抗争要員として雇われたNPC数十名。
数ではほぼ互角の状況で、戦えばどうなるのか?
レキトは頭の中で何度もシミュレーションを繰り返した。
『Fake Earth』ではプレイヤーが死ぬとNPCとして蘇るが、NPCは死ねば二度と生き返らないゲーム。
いくら遊戯革命党に加担する敵でも、レキトも仲間たちも殺さないように手心を加えるだろう。
逆に、敵のNPCたちは戦う気満々の目をして、暴力を振るうことを楽しむ雰囲気すら漂っている。
何の躊躇いもなく、良心の呵責も感じず、本気で殺しにかかってきてもおかしくはなかった。
だが、レキトは殺さないハンデを背負っても、彼らを制圧するのに1分もかからないと確信した。
凶悪な武器を見せびらかすように構えて、害意や殺意を隠さずに向けているにもかかわらず、目の前のNPCたちからプレッシャーをまったく感じないからだ。
今まで対戦してきた相手たちと比べて、生きるか死ぬかの修羅場をくぐり抜けてきた凄みがない。
金で寄せ集めたせいか、まともな陣形を組むどころか武器の間合いに味方が入り込んでおり、いざ戦いが始まれば、予想外の同士討ちが起きる未来しか見えなかった。
だから、レキトは不気味さを感じずにはいられなかった。
敵のNPCたちは時間稼ぎにもならない相手なのに、《小さな番犬》が激しく吠えていることに。
しかも、その吠え声はじわじわと大きくなっている。
この危険を察知するギアは、いったい「何」を警戒しろと訴えかけているのか?
部屋全体を見渡しても、《目立ちたがり屋の地雷》のような罠が仕掛けられている様子はない。
今、遊戯革命党に一番やられたくないことを考えたとき、レキトのスマートフォンからメッセージ受信の通知音が響いた。
『やあ久しぶりだね、レキト。僕たちのアジトに用意したサプライズ、驚いてくれたかな?』
『さて、きっと今この瞬間、頭のいい君は知恵を振り絞って、大量のNPCをアジトに配置した理由を考えてるだろう』
『けど、NPCと肩を並べて戦う君には、うちのブレインが立てた作戦を見破ることはできないよ』
『NPCを「人間」と認識しているからこそ、こういう使い方を思いつかないんだ』
遊戯革命党のギルドマスター・暁星はメッセージを立て続けに連投した。
《小さな番犬》の吠え声がさらに鋭くなった。
赤色のスマートフォンは手の中で荒々しく震えた。
アントの隊員たちは警戒の色を浮かべたまま、敵のNPCたちと睨み合いを続けている。
──これは暁星の勝利宣言。
──NPCに対する考え方の違いが、プレイヤーとしての優劣を決めたというメッセージ。
レキトは息を呑み、遊戯革命党が最も残酷な手段で決戦の号砲を鳴らそうとしていることに気づいた。
「全員、今すぐ伏せ──」
レキトが指示を出そうとした瞬間、サングラスをかけた配信者の男の胸から「灰緑色のレーザー光線」が飛び出す。
打ち上げ花火が炸裂したように、シアン色の血飛沫が散り、対プレイヤー用レーザーはレキトの真横を駆け抜けた。
背後から撃たれた配信者の男は口をパクパクとさせると、視聴者のコメントが流れるスマホ画面を見つめながら崩れ落ちる。
折れたジンバルに固定したスマートフォンのカメラには、サングラスが外れた配信者の死に顔が映し出される。
そして、今の一撃で殺されたのは、遊戯革命党に金で雇われたNPCだけではない。
隣には動かなくなったアントの隊員が横たわり、シアン色の血の海がレキトの足元に広がってきた。
他にも被弾した人がいたのか、明智が「《悪戯好きな天使の鞭》!」と回復系のギアを起動する声が聞こえた。
配信者の死体の向こうには、背後から撃たれた3体のアバターが連なって転がっている。
その先には、スマートフォンを手にした2人の人影が立っている。
──片目に魔道具のようなレンズを装備して、対プレイヤー用レーザーを構えた「豆田夜太郎」。
──全世界のNPCの機能停止を目論むギルドのボス「暁星明」。
遊戯革命党のプレイヤー2人が、金で寄せ集めたNPCたちの集団に紛れ込んでいた。
「いい使い方だろう、レキト? NPCを『遮蔽物』として利用して、壁抜きスナイプの要領で狙撃して、対戦相手の不意を突く。
──戦術に著作権はないから、真似してくれても構わないよ」
暁星は琥珀色のシャープな目をくしゃっと細め、爽やかな笑みを浮かべる。
レキトはホームボタンを力任せに押し込み、返事の代わりに対プレイヤー用レーザーを放った。
だが、ライトグリーン色のレーザー光線は暁星から大きく外れ、仲間の死に呆然としている敵NPCのそばを駆け抜けた。
「こ、殺される!」と誰かが叫ぶと、敵NPCたちは恐怖に駆られ、半狂乱になって武器を振り回し、敵味方を問わず襲いかかってくる。
アントの隊員たちも一斉に突撃し、それぞれのアプリ兵器を起動した。
「……リーダー、今の一発どう思います? 遊津暦斗の奴、本気でキレた目してますけど、仕掛けてきてますかね?」
「ああ、十中八九、レキトはわざと外したんだろう。『頭に血が上って狙いが定まらなくなっている』と思わせて、僕たちが隙を見せる瞬間を狙っている。
冷静さを失わないどころか、怒りも咄嗟に利用するなんて、本当に厄介なプレイヤーに育ったよ」
今から仲間になってくれないかな? と暁星は真剣な顔で言った。
あれだけ煽って怒らせたら無理ですよ、と豆田は呆れた顔で返した。
恐怖に駆られたNPCたちが暴れ回り、アントの隊員たちが雪崩れ込み、敵味方が入り乱れる戦場。
いつ誰の攻撃が飛んできてもおかしくない中、暁星たちは戦いがすでに終わったかのように談笑している。
彼らの周りには返り討ちに遭ったNPCたちの死体が転がっており、レキトたちが遊戯革命党に敗れたとき、世界中で同じような惨状が起きることを予感させた。
「杏珠さん、《もしも光の絵の具があるとしたら》で俺のホログラムで撹乱を! これ以上の被害を出さないために、暁星たちに接近戦を仕掛けます!」
レキトは大声で指示を飛ばし、再び親指でホームボタンを長押しした。
慌てるな。焦るな。NPCを利用した奇襲射撃を受けたが、戦況は意外と悪くない。
敵NPCたちが集団パニックに陥り、混沌と化した戦場。
杏珠の《もしも光の絵の具があるとしたら》でレキトたちの分身を投影すれば、さすがの暁星たちも全体への注意が届かなくなる。
その隙を突いて、《私は何者にもなれる》で透明化した綾瀬の奇襲を決められる。
大勢のNPCたちがいたおかげで、勝利の天秤はレキトたちに傾いていた。
──カチッ。
そのとき誰かがスイッチを押したような音がした。
ゲームで遊ぶとき、ハード機の電源を点ける音によく似ていた。
『Fake Earth』で生き残っている者なら、一度は耳にしたことがある音。
プレイヤーがゲームオーバーになったことを知らせる音。
生まれた頃からの記憶をすべて消され、NPCとして生まれ変わる音。
今ここで聞くはずのない音は、レキトの後ろ──「仲間のプレイヤーたちがいる場所」から確かに響いた。
嫌な予感がしたレキトは肩越しに振り返った。
NPCを遮蔽物として使って、肉壁ごと撃ち抜いて攻撃してきた場面がフラッシュバックした。
あのとき対プレイヤー用レーザーを撃った豆田は、片目に魔道具のようなレンズを装備していた。
透視系のギアでNPCの向こう側を見通して、標的のプレイヤーを狙い撃つ。
誰もゲームオーバーになってほしくないのに、最悪を裏付けるような可能性が脳裏をよぎる。
振り返った先には、胸を撃たれたアバターが倒れていた。
伊勢海は血の気の引いた表情で、言葉を失ったかのように立ち尽くしていた。
明智はスマートフォンの電源ボタンを押して、《悪戯好きな天使の鞭》を解除した。
心臓をレーザー光線で撃ち抜かれてしまった後では、回復系のギアでも間に合わなかったらしい。
倒れたアバターの胸から溢れていた、シアン色の血はゆっくりと逆流し始めた。
裂けた皮膚が再生していき、傷口は塞がっていた。
稲妻が走ったかのように、彼女のスマホ画面に亀裂が入る。
透き通った玉が銀色の皿から零れ落ち、傾いていた天秤が逆側へ振れる光景が浮かぶ。
遊戯革命党の計画を止めるために協力プレイしていた仲間、プレイヤー「須原杏珠」はゲームオーバーになった。
お読みいただきありがとうございます。
次回、93話「天才と天災」は10月に更新予定です。
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