90話 VS遊戯革命党・攻略プラン
遊戯革命党のアジトは、北千住エリアにある。
彼らが拠点に選んだのは、地下ショッピングモールの廃墟だった。
ギルドマスターの暁星のギア──《違法建築の匠》によって改造されたそのアジトは、迷宮のような構造になっているらしい。
出入口は廃止された駅の連絡通路を経由する1か所のみで、レキトたちはそこから侵入するしかなかった。
「よし! 綾瀬っちのギアでアジト近くへワープする前に、今回の作戦の最終確認をするよ!
──というわけで、『新リーダー』の初仕事として改めて説明よろしく、遊津っち!」
隣にいる七海がレキトの背中をバシッと叩く。
さも周知の事実であるかのように言われたが、新リーダーに任されたことは初耳だった。
代わりに説明してほしいことを一言頼めば済む話なのに、あえてリーダーの役職ごと押し付けたのは、七海なりの深い理由が──まあ別にないのだろう。
きっと「遊津っちは眼鏡で学級委員長気質だから、なんかリーダーが似合うんじゃね?」くらいのことしか考えていない。
とはいえ、誰かに説明することは、自分の理解度を確かめる上で役に立つ。
レキトは控え室のホワイトボードに歩み寄り、黒色のマーカーのキャップを外した。
「では、七海さんの代わりに、今回の作戦をおさらいさせてもらいます。俺たちの目的は、遊戯革命党のNPC機能停止計画の阻止です。《1万時間後に叶う夢》のチャージが完了すれば、大幅に強化される《同類を浮き彫りにする病》によって、致死性のウイルスが世界中にばら撒かれることになります。ゲームマスターを見つけやすくするために、この世界で生きる何十億もの人々を殺す──虐殺がゲーム攻略の最適解になる事態は防がなければなりません。
そのために必要なことは、この計画の核となるギアを所持するプレイヤーを倒すこと。
つまり、副ギルドマスター『朝日希羽』の撃破──これが俺たちアント側に課されたミッションです」
レキトは言葉を切り、「勝利条件:朝日希羽のゲームオーバー」とホワイトボードに書いた。
「あれ? 《同類を浮き彫りにする病》って別の奴が持ってなかったっけ? どっちかのギアを使えなくすりゃいいんだから、そいつも倒しちまえば、計画は止められんじゃね?」
「ああ、もともとは『昼神修』ってプレイヤーのギアだよ、綾瀬。ただ、元メンバーの伊勢海先輩によると、昼神は『味方に自分のギアを渡すギア』を持ってるって話だ。
となると、遊戯革命党はリスクを抑えるために、朝日にギアを2つ集中させてる可能性が高い。倒されちゃいけないプレイヤーは、2人より1人だけの方が守りやすいからね」
レキトはホワイトボードに『昼神修』と書き、《同類を浮き彫りにする病》が『朝日希羽』に渡ったことを、一目でわかるよう相関図で示す。
実は『味方に自分のギアを渡すギア』が存在する以上、朝日が伊勢海のギルド脱退後にそれを入手していた場合、計画の核となる2つのギアは、別のプレイヤーに引き継がれている可能性がある。
だが、その可能性について、レキトはあえて口にしなかった。
《1万時間後に叶える夢》は起動してから1万時間後に効果を発揮するギア。
もし起動中に味方へ渡した場合、今までチャージした時間は引き継がれるのか、それとも一からやり直しになるのか──その仕様は運営次第だ。
NPC機能停止計画が目前に迫った今、遊戯革命党が1年以上かけてきた時間を無駄にするかもしれないリスクを冒すとは考えにくい。
──作戦を伝えるときに最も重要なのは、情報を必要最低限に絞ること。
──味方が戦いに集中できるように、覚えるべきことを減らし、できるだけ自由に動ける体制を作る必要がある。
レキトはスクエア型眼鏡をかけ直す。ホワイトボードに星を描き、「VS遊戯革命党・攻略プラン」と記した。
「では、続きを。俺たちがやるべきことは、朝日希羽のゲームオーバーにすることです。……言葉にすれば簡単に聞こえますが、実際には攻略難易度の高いミッションになるでしょう。
今回の決戦の舞台は、遊戯革命党のアジト──敵のホームグラウンドです。危険な罠を仕掛けられ、不利なステージが待ち受けている可能性は十分にあります。
そして何より遊戯革命党のプレイヤーは、全員がギアを7個以上所持し、俺たちよりコインを倍以上集めてきた実力者たち。『個人の総合力』はもちろん、『チームプレイ』においても、ギルドとして長く共に戦ってきた分、向こうに軍配が上がります。50名のアントの隊員たちが協力してくれても、戦力的には遊戯革命党の方が圧倒的に有利でしょう」
「だが、俺たちには遊戯革命党に勝つための策がある。……そうだろ、遊津暦斗?」
伊勢海は前髪をさらっと掻き上げ、得意げな顔で指をパチンと鳴らす。
どこか頭脳明晰でクールな男の雰囲気を漂わせていた。
遊戯革命党との戦力差を作戦で覆す、その方針は何一つ間違っていない。
……けれども、伊勢海に決め台詞のように言われると、無性にモヤっとするのはなんでだろう?
もしかしたらレキトと明智が2人で頑張って考えた作戦なのに、まるで伊勢海が発案者であるかのように振る舞っているからかもしれない。
レキトは口の中にフリスクを一粒放り込み、気持ちを落ち着かせることにした。
「伊勢海先輩の言うとおり、俺たちには遊戯革命党に勝つための作戦があります。この場にいるプレイヤーだけではなく、NPCの隊員たちの力も活かす作戦です。いざ戦いが始まれば、状況に応じて臨機応変な判断が求められますが、基本的にはそれぞれの役割を全うするようにしてください」
──遊戯革命党との決戦は、「多対多」の集団戦。
──複数の敵を相手にするため、一人ひとりへの注意は分散し、奇襲の一撃が通りやすくなる。
レキトは、作戦の要となるプレイヤーから順に、名前と役割を記していった。
『綾瀬良樹』
〈役割〉
エースアタッカー
〈戦術〉
対プレイヤー用ナイフ+《私は何者にもなれる》で透明化し、遊戯革命党のアジトに突入。
透明化による「見えない」強みを活かして、奇襲によるプレイヤーキルを狙う。
ただし、味方にも綾瀬が見えないため、誤射されないための位置取りに注意が必要。
敵プレイヤーへ奇襲を仕掛ける際には、《ULTRA PASMO》の瞬間移動で一気に間合いを詰めることが望ましい。
『須原杏珠』
〈役割〉
エースサポーター
〈戦術〉
《もしも光の絵の具があるとしたら》で作成したホログラムによる撹乱を担当。
綾瀬のホログラムを投影し、敵プレイヤーの誤認を誘い、透明化した綾瀬の奇襲をサポート。
また敵プレイヤーのホログラムを展開し、本物との区別を困難にすることで、敵同士の連携を乱すことを狙う。
注意点として、攻守の要の役割を担う以上、杏珠本人が狙われる可能性が高い。
そのため、「自分自身のホログラムを展開する」、あるいは「綾瀬と連携して、《ULTRA PASMO》でポジションを定期的に移動する」などして、遊戯革命党に的を絞らせない対策が求められる。
『七海』
〈役割〉
サブアタッカー
〈戦術〉
NPCの隊員と連携して、対ヒューテック用ブレイドで接近戦を仕掛ける。
素早いスピードで翻弄し、得意の駆け引きで揺さぶりをかけ、敵プレイヤーのヘイトを引きつける。
もし透明化した綾瀬に意識が向いた場合は、陽動役と逆の立ち回りに切り替え、死角からプレイヤーキルを狙う。
『明智彩花』
〈役割〉
サブサポーター
〈戦術〉
《切っても切れない赤い糸》で敵プレイヤーを動きにくくし、《悪戯好きな天使の鞭》でダメージを回復させて、味方をサポート。
敵プレイヤーが透明化した綾瀬の位置を音で捉えようとした場合、《迷える羊の子守唄》の催眠音波を流して妨害する。
《迷える羊の子守唄》は一撃で戦闘不能にできるギアでいる以上、その場にいるだけで脅威となるため、敵プレイヤーからは一定の距離を保つ立ち回りが望ましい。
『遊津暦斗』
〈役割〉
コマンダー
〈戦術〉
視野の広さを活かして、後方から戦況を見渡して、全体の指揮を執る。
敵と味方の動きを見極めて、対プレイヤー用レーザーで援護。
また敵プレイヤーが未知のギアを起動した際には、分析して対策を講じることに集中する。
必要に応じて、「サブアタッカー」として起用する。
『伊勢海成郎』
〈役割〉
フリー
〈戦術〉
お任せ、自由行動。
「お、おい! 俺の戦術、明らかに短すぎだろ! いったいどうなってるんだ⁉︎」
伊勢海は目を剝き、「10文字もないじゃないか!」と抗議の声をあげる。
……まずい。全員の戦術を不備なく書こうと集中しすぎたせいで、思ったことをそのまま書いてしまった。
慌てて「ホワイトボードの余白がなかった」と言い訳しようとしたが、どう見てもまだ100文字以上は書けるスペースが残っていた。
伊勢海は今にも泣きそうな顔になって、「だいたい役割が『フリー』ってなんだ! 俺がフリーターみたいだって言いたいのか⁉︎」と、レキトの胸ぐらをつかみそうな勢いで食ってかかる。
現実世界でどんな人生を歩んできたのかは知らないが、どうやら意図しない形で心の傷をえぐってしまったらしい。
「……違いますよ、伊勢海先輩。あなたの戦術を自由にしたのは、俺が先輩に無限の可能性を感じてるからです」
「む、無限の、可能性⁉︎」
「そうです。伊勢海先輩には無限の可能性があります。だからこそ、戦術という枠にはめて、あなたの可能性を狭めるわけにはいきませんでした。
遊戯革命党との決戦で、伊勢海先輩はきっと何か大きなことを成し遂げる。どうしてそう思うのかはうまく説明できませんが、ただそう強く感じるんです。
あなたの役職をフリーにしたのは、俺の想像を超えてほしいからですよ」
レキトは熱弁して、伊勢海の顔色を窺う。
さすがにわざとらしすぎただろうか?
だが、伊勢海は「なんだ、それなら早く言ってくれ」とまんざらでもなさそうな顔をしている。
割と自己評価が低いからか、他人から褒められて嬉しいようだった。
──理想を言えば、伊勢海は不死身になれるギア・《太陽を克服した吸血鬼》を持っているため、「捨て身の特攻役」や「味方への攻撃をかばうタンク役」を任せたかった。
──だが、「完全記憶能力」という特異体質により、ダメージを負うことにトラウマを抱えているらしいので、心身ともに負荷の高い役割は任せられない。
俺の想像を超えてほしい。
レキトが伊勢海にそう言ったのは、紛れもない本心だった。
「遊戯革命党と戦う際の作戦は以上です。……何か質問や意見がある人はいますか?」
レキトが尋ねると、2人の手が同時に挙がった。
綾瀬と明智──レキトは綾瀬を先に指名することにした。
理由は2つ。
まず1つは、挙手するタイミングがかぶったことで、明智の顔がかあっと赤くなり、「こんな些細なことで息が合うなんて、良樹くんに運命の人とか思われちゃうかも⁉︎」といった妄想で頭がいっぱいになっていそうだったから。
そして、もう1つは、そんな恋愛脳になっている明智を指名すると、「私が良樹くんのことを意識しかけたときに呼びかけるなんて……もしかしてレキトくん嫉妬してる⁉︎⁉︎」と、面倒極まりない事態に発展しかねないからである。
「んじゃ、エースアタッカーとして質問させてもらうんだけど〜」
綾瀬は冗談っぽく前置きして、レキトに質問をぶつけた。
「あのさ、遊戯革命党の連中と戦うときの立ち回りはわかったけど、『罠』とかはどうすりゃいいんだ? 敵とぶつかる前にやられたら、作戦も何もねえだろ?」
たしかに遊戯革命党のアジトの入口付近に、侵入者撃退用の罠が仕掛けられている可能性は十分にあるだろう。
伊勢海の話によれば、参謀役の『栗木燈』は、《目立ちたがり屋の地雷》という「光り輝く爆弾を地面に設置できるギア」を持っている話だ。
もし光る爆弾が人工芝やペンキでカモフラージュされれば、設置場所が見えにくくなり、誤って踏んでしまうかもしれない。
「それなら大丈夫だよ、綾瀬。敵と遭遇するまでは、罠に引っかかるリスクは低い。
──俺たちには『頼りになる仲間』がついているだろう?」
レキトは綾瀬に笑いかけ、赤色のスマートフォンの画面を見せた。
真っ黒なサングラスをかけた《小さな番犬》は、ホーム画面で火の点いた葉巻をくわえていた。
まるで裏社会を牛耳っているマフィアのボスのような貫禄を漂わせている。
《小さな番犬》は前足で葉巻を口から外すと、煙の輪っかをふわりと吹き出した。
お読みいただきありがとうございます。
次回、91話「《小さな番犬》の弱点」は7月7日に更新予定です。
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