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【書籍化】Fake Earth  作者: Bird
第4章 汝は人狼なりや?
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77話 極上お好み焼き、焦がし明太子もちチーズ玉(後編)

「……あれ? どうしたレキト? 急に静かになって。もしかして酔ってる? おーい、聞こえてるか? おーーーーい!」


 甘辛いソースの濃厚な香りと、小麦粉と豚肉が焼けるジューシーな匂いが鼻を刺激する。


 綾瀬は何度も呼びかけられて、レキトは我に返った。

 どうやらテーブルの鉄板から立ち上る熱気に当てられ、いつのまにかぼんやりとしていたらしい。

 綾瀬はテーブルに身を乗り出して、レキトの顔の前で手をひらひらと振っていた。


「お酒飲んでないから、酔うわけがないだろ。ちょっと考え事してただけだ」


「……えぇ、素面で考え事してたのか。レキト、お前やっぱりヤバい奴だな」


「なんで引くんだよ。おかしくないことだろ」


「あはは! 冷静にそれはそう! で、何を考えてたんだ?」


「いや、それは──実は綾瀬に教えてほしいことがあって」


 レキトは「嘘」をついて、赤色のスマートフォンをちらっと見る。

《小さな番犬》はホーム画面でお座りのポーズを取り、お好み焼きの上で踊るかつおぶしのように、上機嫌そうにゆらゆらと揺れていた。

 とりあえず今のところ「危険」は迫っていない。

 店内にもプレイヤーらしきアバターは見当たらない。

 もし万が一戦いになるようなことがあれば、綾瀬と二人で返り討ちにすればいいと考えながら、前から気になっていたことを尋ねることにした。


()()()()()()()()()()()()()()()()()? ゲーム攻略のことだけ考えたら、遊戯革命党の計画が実現した方がいいだろう?」


 レキトは綾瀬が仲間になったときのことを思い出す。

 今こうして協力プレイすることになったのは、綾瀬にクリア報酬のブラックカードを渡す約束をしたからだ。

 綾瀬にはブラックカードで叶えたい願いがある。


 遊戯革命党の計画が実現して、全世界のNPCが機能停止してくれた方が、世界のどこかにいるゲームマスターは探しやすく、綾瀬にとっては好都合のはずだった。


「うわ〜〜〜。たしかに言われてみれば、冷静にそうじゃん。……あのさ、マジで申し訳ないんだけど、オレさ、遊戯革命党に入るわ」


 綾瀬は両手を合わせて、誤魔化すようにウィンクする。

 そして、2杯目のビールを一気に飲み干すと、「次会うときは敵同士だな」としみじみとした口調で言った。

 冗談かと思ったが、狼のような目には数時間前と同じ真剣さが滲み出ている。

 みんなによろしく伝えといてくれ、と綾瀬は一万円札をテーブルに置いて、《ULTRA PASMO》を起動して店からワープしていなくなった──。



 ………………。

 一瞬、「()()()()()()()()()()()()()()()」が頭の中に浮かんだ。


 ──何も訊かなければよかったかもしれない。

 ──しかし、綾瀬が流されるまま付き合っているだけなら、いざというときに遊戯革命党につく可能性は十分にある。

 ──酔っている今のうちに本音を確かめて、必要があれば説得しておかなければいけない。


 レキトは膝に置いた手を握りしめて、綾瀬の返答をじっと待った。


「うわ〜〜〜。たしかに言われてみれば、冷静にそうじゃん。……でも、まあ遊戯革命党のプレイヤー倒したら、コイン手に入るからいっか」


 綾瀬はウィンクして、親指と人差し指で輪っかを作る。

 そして、2杯目のビールを一気に飲み干すと、「一緒に頑張ろうぜ!」と人懐っこい笑顔を浮かべた。


 酔っ払って調子のいいことを言っているのかと思ったが、狼のような目は数時間前と同じ真剣さが滲み出ている。


 遊戯革命党の計画が実現すれば、ゲーム攻略は進むはずなのに、どうして綾瀬はあっさりと一緒に戦う道を選んでくれたのか?


 レキトは綾瀬の思考回路が理解できなかった。


「……本当にいいのか、綾瀬? 俺としてはかなり助かるけど」


「おいおい、そんな水臭いこと言うなよ〜。まあ正直な話、なんでレキトが家族とか恋人とかのために戦うのか、1ミリもわかんないんだけどさ。大学に仲良い友達いても、やっぱそれとこれは別だって普通に思うし」


「じゃあ、なんで? 俺と一緒に戦ってくれるんだ?」


「なんでって『()()』だからに決まってんじゃん。レキトが大切にしたいことなら、オレも大切にする。人生を賭けて戦うなら、オレも人生を賭けて付き合う。

 ──目先の損得だけで動くとか、死ぬほどダサいことやりたくねえじゃん」


 綾瀬は右手を丸めて、握り拳をレキトに向ける。

 山手線バトルロイヤルで戦い終えた時と変わらない、穏やかでまっすぐな視線だった。

 レキトは左手を丸めて、綾瀬に握り拳を向ける。


 拳と拳をコツンと突き合わせたとき、綾瀬に()()()()()()()をまだ訊いていなかったことに気づいた。


「綾瀬、あのさ──」


「ごめん、長引いちゃった! もう乾杯しちゃったかな?」


 思い切って質問しようとしたとき、店の外で電話していた明智が席に戻ってくる。

 12月の夜の気温で冷えたのか、寒そうに手をこすり合わせていた。


 明智はレキトと綾瀬が向かい合って座っているのを見て、赤面してテーブルの前で固まった。


 どちらの席に座るべきか、隣に座った相手に好意があると思われないか──。

 また自意識過剰なことで悩んでいるらしい。


「お疲れ~! 超飲んでたところ! てか、レキト、今なんか言わなかった?」


「……ああ、大事なことだよ。『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』ってね」


「ちょ、ちょっと! 嘘でしょ、レキトくん!? 私のために争うってこと!?!?」


「いいね、乗った! 彩花の隣はマジ譲らねえからな。よーし、いくぞ! ──最初はグー。ジャン、ケン……ポン!」


 綾瀬の掛け声に合わせて、レキトは頭に浮かんだ手を出す。

 今回のジャンケンも最初に出した手で勝敗が決まった。

 レキトは開いた手を下ろして、綾瀬は勝ち誇ったようにピースサインを天高く掲げる。

 そして、嬉しそうに明智へ目配せすると、隣の席をバシバシと叩いて急かした。 


「お待たせしました~! 『焦がし明太子もちチーズ玉』3つです~!」


 アルバイトの店員が注文したお好み焼きを持ってきて、フライ返しでテーブルの鉄板の上へ滑らせていく。


『つる次郎』名物の焦がし(めん)(たい)()もちチーズ玉。


 ふっくらと焼き上がった生地の上に、ほんのりピンク色のクリーミーな明太子ソースがたっぷり広がり、仕上げの刻み海苔(のり)が彩りを添えている。

 見た目にも美しく、淡い色合いが優しい印象を与える一品だった。


 熱々の鉄板から立ち上る香ばしいソースの香りが、和の風味とともに食欲をそそる。


「わー! 美味しそう!」


「マジでうまいよ! んじゃ、彩花も戻ってきたし、もう一回乾杯しようぜ!」


「いいのか、綾瀬? そのジョッキが空だけど」


「いいんだよ。おかわり待ってたら、お好み焼き冷めちゃうし。ちゃちゃっとやろうぜ!」


 綾瀬は空になったジョッキをつかみ、早く食べたそうにしている明智もラムネの瓶を手に取った。


 レキトはため息をつき、アップルジュースのグラスを持つ。


 ──さっき綾瀬に訊けなかったことは、また今度でいいだろう。

 ──大事なことは焦って訊くものじゃないし、少なくとも酔ってるときに無理に訊くものでもない。


「つーわけで、またまたお疲れ〜!!!」


 綾瀬が元気よく声をかけて、3人で乾杯した。


 レキトと明智は相手へ同時にヘラを渡そうとして、顔を見合わせ、くすっと笑う。



Q、どうして綾瀬は『Fake Earth』に挑戦しようと思ったのか?



 そう遠くない未来、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、レキトはこの時まだ知らなかった。


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