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【書籍化】Fake Earth  作者: Bird
第1章 Game Start
8/95

8話 悪意が紛れる都市

 渋い赤色のレンガ造りの建造物が、高層ビル群の前に立ちはだかっている。

 その全長は数百メートルを優に超えており、正面から改めて見ると、西欧諸国にある城壁に似ていた。

 美しくレトロな佇まいは、現代のオフィス街で異彩を放っている。

 雨で濡れたレンガは深い赤みを帯びており、その重厚感のある存在をより一層主張していた。


 開業100年を超えた、日本の表玄関と呼ばれた重要文化財。

(てい)()」という称号が東京に与えられていた時代の象徴となる建造物。

 この世界でレキトが目覚めた場所は、『東京駅赤レンガ駅舎前の広場』だった。


──初心者プレイヤーにとって、都会はプレイ環境に適さない。


 レキトは人差し指で眼鏡をかけ直す。

『Fake Earth』は人口が多い場所ほど、プレイヤーが集まりやすくなるゲーム。

 賞金10億円を獲得するためにも、戦いの武器となる「ギア」をガチャで入手するためにも、他プレイヤーからコインを奪わなければいけないからだ。

 もし都会で敵プレイヤーに見つかれば、「逃げる」選択も「戦う」選択も人混みの中から目立ってしまい、新たな敵プレイヤーに見つかる可能性が高いだろう。

 誰のコインでも同じ1枚である以上、初心者プレイヤーは絶好のカモでしかないはずだ。


 レキトは赤色のスマートフォンを手に取る。

 ホーム画面内にあるアプリを確認して、「カメラ」を起動した。

 端末の裏側のカメラレンズを向けると、目の前の光景を縮小コピーしたかのように、雨の中の赤レンガ駅舎がスマホ画面に出てくる。

 すかさずインカメラに切り替え、自分の顔をスマホ画面に映した。


「サブカル系って感じか。当たり前だけど、元の自分と全然違うな」


 大人びた男子高校生の顔が、スマホ画面に映っていた。

 濡れた髪はアッシュグレーに染められている。

 痩せた顔にはワインレッドのスクエア型眼鏡をかけていて、レンズの中の瞳の色は青かった。

 肌の色は白くも黒くもない。細めの眉毛はアーチの形に整えており、鼻と口も顔の大きさとバランスが取れている。


「……さて、()()は使えるかな」


 レキトはスクエア型眼鏡を外す。

 視線を斜め上に向けて、細い雨をじっと見つめた。

 落下する雨粒は空気抵抗を受けて、自らの形を変えていく。

「球体」だった雨粒は下半分が潰れて、「ドーム型」の雨粒に変形していく。

 一粒一粒の雨粒の中に、ビルの窓が映り込んでいるのが見えた。


 眼鏡をかけていたときよりも、目はよく見えている。

 遠くの雨粒の形まで鮮明に見えるようになったことで、脳内で処理する情報量は多くなり、頭がフル回転しているのを感じた。

 ゾーン状態に入ったスポーツ選手みたいに、集中力が最大限に高まっているのがわかる。

 けれども、後頭部が10秒後に(うず)き始めて、痛みは徐々に増していき、最後には血管がちぎれそうな激痛に変わった。


 レキトは目を閉じる。

 視界が真っ暗になると、後頭部の痛みは引いていった。

 鮮明に見えるようになってから頭痛に耐えられなくなるまで、有効持続時間は約60秒。

 プレイヤーが操作するアバターの「脳」は現実世界と同じだから、この世界でも眼鏡を外せば「力」は使えるらしい。


 最後に「ギア」のシステムを確認しようと思ったとき、急に降っていた雨は激しくなる。

 BGMの音量を上げたように、雨粒が地面を叩く音が強くなった。

 まだスタート地点から動きたくなかったが、これ以上雨にひどく濡れて風邪を引くわけにはいかない。

 外していた眼鏡を装備して、レキトは閉じていた目を開ける。


 赤レンガ駅舎前の広場を行き交うアバターたちは各々のペースで歩いていた。

 誰もが近くにいるアバターを気にかけることはなく、時には肩が触れ合いそうな距離ですれ違っている。

 全員が傘を差しているせいで、どんな表情をしているのかは見えにくい。

 彼らの中の1人が傘を手から離して、走ってレキトに襲いかかる──そんな悪い想像が脳裏をよぎる。


──NPCかプレイヤーか、見た目で区別することができない。

──東京駅前の広場を通る人たちが、みんな怪しい人に見える。 


 レキトは赤色のスマートフォンを握りしめた。

 頭からつま先までずぶ濡れになっている。

 額から流れる水滴が、雨粒なのか冷や汗なのか、レキトにはわからなかった。


「どうしたの君? 大丈夫? もしかして傘がなくて困ってるのかな。──初心者プレイヤーくん」


 雨音のBGMが流れている中、後ろから若い女性の声が聞こえた。

 優しくて安心感を与えるような声色。

 聞き覚えのない声のはずなのに、どこかで会ったことがあるような親しみを感じる。

 気品のあるヒールの足音が近づいてくる。


 レキトが振り返ると、傘を差したパンツスーツ姿の女性が手を振っていた。

 華やかな顔立ちで、スレンダーで引き締まった体型。

 後ろで束ねている髪は艶があり、暗めのブルージュに染めている。


 彼女のダークカラーのスーツの襟には、運営のアーカイブ社の企業ロゴと同じ「()()()()()()()() 」を着けていた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] イメージがわかりやすい描写が多く設定が多い中でも比較的読みやすい。
2021/11/07 20:59 退会済み
管理
[良い点] 序盤での感想ですが序盤の話の作り方やこれからどうなっていくのかというふうに思える伏線などがあり読んでいて読者を飽きさせないような印象を受けました。今後の展開がどのようになるのかドキドキする…
[良い点] 東京駅の赤レンガ駅舎前 ⬆物凄く、分かりやすくてイメージがしやすかったです。 主人公の焦りが伝わってきましたー!
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