表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化】Fake Earth  作者: Bird
第4章 汝は人狼なりや?
79/95

76話 極上お好み焼き、焦がし明太子もちチーズ玉(前編)



「んじゃ、とりあえず先に乾杯すっか! 今日はマジお疲れ〜〜!!!」



 綾瀬は明るく笑って、ビールのジョッキを掲げる。

 レキトもアップルジュースのグラスを手に取り、軽くカツンと合わせた。

 鉄板の付いたテーブルには、電話で席を外した明智のラムネの瓶が置かれている。


 甘辛いソースの濃厚な香りと、小麦粉と豚肉が焼けるジューシーな匂いが、大勢の客で賑わった店内に広がっている。


 七海たちにアジトで歓迎会を開いてもらった後、レキトは綾瀬と明智の3人で、浅草のお好み焼き屋『つる次郎』へ来ていた。



「いや〜にしても、ビックリしたな! まさか七海ちゃんが酒に弱いなんて! 瓶ビール5本でフニャフニャになるの意外じゃね?」


「……お酒のことはよくわからないんだけど、それって一般的に結構飲んでる方じゃないのか? まあ七海さんが自分で進んで飲んで、勝手に潰れたのには驚いたけど」


「逆に杏珠(あんじゅ)ちゃんは想像以上にヤバかったよな〜! だって瓶ビール、1ダース空けても、顔色一つ変わんないだぜ。酒豪(しゅごう)にも程があるだろ」


「ああ、あの人はすごかったな。……本当に何なんだろうな、あの人は」



 レキトはアップルジュースを飲みながら、歓迎会の杏珠の様子を思い出す。

 澄まし顔の杏珠が上品な仕草で瓶ビールをどんどん消費していく光景は、まるで不自然な合成映像を観ているかのようだった。

 そして、1ダースの瓶ビールを空けると、杏珠はスケッチブックを持ってきて、『こんなプレイヤーは嫌だ』というテロップ芸を淡々と披露し、歓迎会を盛り上げた。


 見た目からクールで優秀そうな人という印象だったが、実はかなりはっちゃけた人なのかもしれない。


「早く来ねえかな〜! マジ食うの楽しみ〜!」


 綾瀬は上機嫌そうに言って、テーブルの鉄板の熱気に手をかざした。



 ──どうしてレキトたちは、歓迎会終わりにお好み焼き屋へ行くことになったのか? 



 それは七海が酔い潰れる前に「締めにみんなでラーメン行こう!」と言い出したとき、綾瀬が「知らねえの? 最近は『お好み焼き』で締めるのが流行ってるんだぜ」と真偽の怪しい話を持ち出したからだ。


「酔っ払った状態で、熱々の鉄板のある店に行くのは危ないのでは?」とレキトは疑問を抱いた。

 だが、「行ってみたい!」「アリ寄りのアリ!」と明智と七海が食いつき、綾瀬のイチオシの店へ《ULTRA(ウルトラ) PASMO(パスモ)》でワープして行くことが決定。


 ところが、その5分後、酔いの回った七海がふらつき始めて、杏珠と伊勢(いせ)(かい)が彼女の介抱(かいほう)に回ったため、店に向かったのはレキト、綾瀬、明智の3人だけだった。



「……そういえば、明智帰ってくるの遅いな。誰と電話してるんだ?」


「さあ? 引っ越し業者とかじゃね? なんか近所に新築のマンションができて、セキュリティがいいから移るみたいな話してたし」


「こんな夜8時台にか? それに、もう5分近く話してるぞ」


「じゃあ、NPCの友達じゃね? 普通にいてもおかしくはないだろ。……もしかしてレキト、(さい)()に彼氏がいるかもって心配しちゃってる感じ⁉︎」



 綾瀬はニヤニヤと笑い始めて、ビールを楽しげにあおる。

 完全に誤解なのだが、人の恋バナを(さかな)に酒が進んでいるようだった。

 レキトは振り返り、明智が近くに戻ってきていないことにほっと一息つく。

 もし恋愛フラグに過剰反応する明智が今の話を聞いていたら、さらに面倒臭い事態に発展するところだった。



「そんなわけないだろ。恋人を作るために、このゲームを始めたわけじゃないんだし」


「え〜! それはそれとして、好きになることはあるっしょ。今日だって、天然でゆるふわな彩花、明るくてスタイル抜群な七海ちゃん、クールビューティーな杏珠ちゃん、可愛い系と綺麗系が揃ってるんだぜ。ぶっちゃけ3人の中で誰が一番好みとかあるだろ?」


「悪いけど、まったくない」


「うわ、つまんな! こういうのは嘘でもいいから、誰か一人ちゃんと答えるのがマナーだぜ」


「じゃあ、いちおう聞くけど、綾瀬は誰が好みなんだよ」


「いや〜それが甲乙つけがたいなんだよな〜。みんな違ってみんないいっていうかさ。──あ〜あ、アバターが分身できるみたいなギア、運よく手に入ったりしないかな〜」



 綾瀬は頭の後ろで手を組み、遠くをぼんやりと眺める。

 すぐに気を取り直したかのように、空のジョッキを手に取ると、「すみませんー! 生おかわりください!」とテーブルの横を通りがかった店員に元気よく頼んだ。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 1つ前の発言に矛盾する綾瀬のいい加減さに、レキトは思わず頭を抱えたくなる。



 ──協力プレイしてから毎日思ってるけど、本当に自由な奴だな。



 レキトは心の中でため息をつき、綾瀬の能天気そうな顔を見つめる。

 いつもチャラついていて、その場のノリで生きていそうなプレイヤー。

 急なTikTokの撮影に付き合わされたり、綾瀬の家で待ち合わせしても、友達の家で寝過ごして不在だったり──。

 ……思い返せば、振り回されっぱなしだった。


 もし現実世界で出会っていたら、価値観が正反対すぎて、あまり関わることはなかっただろう。



 しかし、綾瀬が協力プレイしてくれたおかげで、この世界の恋人である真紀(まき)を間一髪のところで助けることができた。

 気まぐれにレキトがいるディズニーランドへ明智と一緒に来てくれたおかげで、彼女とお腹にいる子どもの命を失わずに済んだ。


 そして、今日の模擬戦で気づいた2つ目の弱点も、()()()()()()()()()()()()()、行き詰まっていたに違いない。


 攻略したストーリーをギャラリー機能で見返すように、頭の中で数時間前の記憶が蘇った。




           ◯




「あのさ、レキト、なんでプレイヤーキルしねえの? 倒した奴をゲームオーバーにしたら、コインもらえんのに。普通にもったいなくね?」



 綾瀬は首を傾げ、思ったことをそのまま口にしたような調子でレキトに問いかけた。

 純粋に不思議そうな目で見ている。

 七海が《旅の記憶の振り返(リプレイヤー)り》で見せた3つの映像では、どれもレキトが戦闘不能になっているプレイヤーにとどめを刺していない。


『Fake Earth』は、他のプレイヤーからコインを奪い合う事実上のデスゲーム。

 コインを奪うことはゲーム攻略につながるのに、何の理由もなく相手を見逃していた。



 レキトは頭が真っ白になり、言葉が出ず、ただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。

 プレイヤーキルができない──その異常な事実に、今までまったく気づいていなかった。

 いったい、いつからこうなってしまったのだろうか? 

『Fake Earth』を始めてからの記憶を振り返る。


 これまでレキトがプレイヤーと対戦した回数は10回以上。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



「なんでプレイヤーキルできないんだ? プレイヤーを殺してゲームオーバーにしても、そいつの記憶が奪われるだけで、現実世界の肉体が死にはしない。殺人を犯すわけじゃないだろ」


「いえ、死をどう認識してるかによって、抵抗を覚える人がいてもおかしくないと思います」



 伊勢海が投げかけた疑問に、明智は手を挙げて答えた。



「『Fake Earth』でゲームオーバーになったプレイヤーは、記憶を奪われ、別人格を植え付けられて、NPCとして生きることになります。

 現実世界の肉体は死なないように管理されますが、NPCに生まれ変わった人は、はたして本当に『生きている』と言えるのでしょうか?

 もし『生きていること』を『その人が自由意思で活動できる状態』と定義するなら、『ゲームオーバーにする=その人を殺す』と考える人がいても不思議じゃありません」



 ──まあ、その〜私はレキトくんがプレイヤーキルできなかったおかげで、こうして皆さんに会えたんですけど……。


 明智は何とも言えないような表情で、口をもにょもにょと動かした。



「でもさ、レキトは普通に戦えるんだし、べつに『弱点』って言うほどじゃなくね? ゲームオーバーにできてなくても、戦闘不能にしてスマホを奪っちまえばいいじゃん」



 綾瀬は腕を組み、納得がいかない様子で反論した。

「たしかに一理あるな」と伊勢海は感心したように眉を上げる。


 だが、杏珠は無表情で「それは甘い考え」とばっさり切り捨てた。



「ゲームオーバーにするつもりで戦うことと、そうしないように戦うのでは、リスクが違いすぎる。意識を失う直前、プレイヤーは指一本でも動けば、指が動かなくても声が出せれば、ギアを起動できる。そして、そのギアでゲームオーバーになるのは、状況次第では遊津君だけで済まない。

 敵を仕留めることを躊躇(ためら)えば、その代償は味方が払うことになる。覚悟のない人を決戦の場に連れて行くことはできない」


「いや、ちょっと待ってくれよ。レキトが戦わない方がいいってのは、さすがに──」


「言いすぎじゃないよ、綾瀬っち。これは杏珠が正しい。(ゆう)()革命党(かくめいとう)とは一度やり合ったけど、あのギルドには『()()()()()()()()()()』と『()()()()()()()()()()()()()()()』がいるからね。遊津っちの弱点も確実に見抜いてるし、容赦なく突いてくるよ。

 それに、『Fake Earth』にはプレイヤーのコインをギアと交換できるシステムがある。

 ──正直キツいこと言うけど、隙のある味方は役に立たないどころか、敵の『強化素材』になるだけなんだよ」



 七海は眉をひそめ、真剣な眼差しでレキトを見つめる。

「プレイヤーキルできない弱点は克服できそう?」と問いかけるように。

 涙袋のある大きな目は、心配と申し訳なさで揺らいでいた。

 綾瀬や明智たちの視線もレキトに向けられていく。


 レキトは心臓がガリガリと引っ掻かれるような感覚を覚えた。

 現実世界でゲーマーだった頃、色んなゲームでプレイヤーキルは数え切れないほどやっている。

 リアルなグラフィックを売りにしたホラーゲームの過激な暴力表現や、臓器が露出した死体のようなグロテスクな描写にも耐性があった。


『Fake Earth』はゲームマスターを倒せばサービス終了となり、全プレイヤーは現実世界へ強制的に帰還し、その際ゲームオーバーになったプレイヤーは記憶を取り戻すことになる。

 たとえプレイヤーキルをしても、彼らの人生が事実上終わるわけでもない。


 何より、(りん)()を現実世界に連れ戻すためには、他のプレイヤーからコインを奪う必要がある。


 ゲームオーバーにする覚悟はとっくに決めていた──()()()()()



 だが、『Fake Earth』を始めた頃の初心に帰ろうとした瞬間、ゲームオーバーになったプレイヤーたちがNPCに生まれ変わったときの記憶が次々と蘇った。


 頭の中で「カチッ」というハード機の電源を入れるような音が鳴った。

 カチッ、カチッ、カチッ、カチッ──それが始まった場面が、ハイライトシーンのように脳裏を駆け巡った。

 流れ出たシアン色の血が逆流して、傷口へ吸い込まれて、皮膚が再生して、アバターが傷ひとつない状態へ修復されていくプレイヤーたちの様子が、一斉にフラッシュバックする。



 そして、NPCとして目覚めた彼らは、プレイヤーであったことを忘れ去っていた。



 レーザー光線の雨でやられたプレイヤーは、必死に生き延びようとしたことを忘れて、自分が事故に遭ったタクシーが燃えている写真をヘラヘラ笑いながら撮っていた。


 警察官の淀川(よどがわ)は、目的のために何人も冷徹に殺したことを忘れて、 みっともなく無実の罪を主張していた。


 兄の(ゆう)()は、レキトの誕生日プレゼントを用意したことを忘れて、「お祝いの気持ちを目に見える形にしてくれる人は大事にしろよ」と優しく言った。



 できない、と思った。

 ()()()()()()()()、と思ってしまった。


 プレイヤーをNPCに変えることに対して、「殺す以上に恐ろしく残酷な行為」という(ぬぐ)えない拒否感を抱いてしまっている。


 ゲームオーバーになって記憶を消されないかぎり、この致命的な弱点だけは克服できそうになかった。



「あのさ、みんなの言いたいことはわかったけど、()()()()()()()()()()()()()?」



 綾瀬は肩の力を抜いて、後頭部を軽く()く。

 重苦しい空気を吹っ飛ばすような軽い口調だった。


 レキトは目を瞬かせて、綾瀬を見つめる。


 晴れやかな顔をした綾瀬は、自分の発言に満足したかのように、うんうんと(うなず)いていた。



「ちょっと綾瀬っち、気持ちはわかるけど、さすがにこれはなあなあにしていい問題じゃないよ」


「わかってるって、七海ちゃん。遊戯革命党の計画はガチでぶっ潰さなきゃいけないから、半端な状態で挑みたくないってことだろ?

 けどさ、レキトの最初の『考えすぎ』って弱点を聞いたときから、なんかずっと引っかかっててさ〜。で、今やっとわかったんだよ。──『ああ、レキト一人に背負わせるのは違うよな』って」


「なんで? 遊津っちの弱点の話じゃん。何が違うの?」


()()()()()()()()()()()()()()()()()()? レキトがプレイヤーキルできないなら、代わりにオレたちがぶっ殺せばいいだけじゃん。戦い中に考えすぎちまうなら、オレたちが考える時間を稼げばいい。それでよくね?」



 綾瀬は決めポーズを取るように、指をビシッと突き出した。

 (おおかみ)のような目には、真剣さが(にじ)み出ている。



「ていうか、ぶっちゃけオレたちはみんな弱点あるだろ。七海ちゃんはスマホなくしてるし、彩花はぜん息で長く戦えない。オレに至っては馬鹿だから、遊戯革命党の計画の話は半分も理解できてねえよ。

 でも、一人で全部なんとかできる奴なんていないじゃん。だから、みんなでいい感じにするために、こうやって協力プレイするんじゃねえの?」



──私さ、協力プレイって、息が合うから楽しいわけじゃないって思うんだよね。

──むしろ、お互いの違いを知って、自分の世界が広がるから楽しいんだって思うんだ。



 凛子とゲームセンターで一緒に遊んだ思い出が脳裏をよぎる。

 綺麗な輪郭の横顔。

 彼女の鳶色(とびいろ)の瞳は、煌びやかなゲーム画面より輝いていた。



 あのとき、心に十分深く響いた言葉。


 まさか今になって、さらに深く響くことになるとは思わなかった。



「で、さっきの話に戻すか。遊戯革命党との戦いに、プレイヤーキルできないレキトを連れて行くかどうか、だっけ? そんなの結論出てんじゃん」



 綾瀬は自信満々の笑みを浮かべた。

 まるで今から語る言葉が()(らい)永劫(えいごう)揺るがない真理だと言うように。



「普通に一緒に戦った方がいいに決まってる。だってレキト強いじゃん。さっきの模擬戦でヤバいところ、みんなで見ただろ。──馬鹿なオレでもわかるって」



 綾瀬はきっぱりと言い切って、指先でこめかみをトントンと叩いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
投稿お疲れ様です! 焦がし明太子もちチーズ玉食べたい(*´﹃`*)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ