70話 地雷クエスチョン
「えっ、マジ!? 綾瀬っち、酒いけんの!? 何が好きとかある?」
「そりゃアルコール入ってるやつ全部っしょ、七海ちゃん! ビールもポン酒もワインも普通にうまくね?」
「うわ、それ最高じゃん。じゃあ、杏珠誘って、成人組3人で今度飲みに行こうよ! あの子もお酒強いし」
「いいね! でも、『今度』とかヌルくね? オレたちがキメるのは、いつだって『今日』っしょ!」
「ひゅーー! かっこいい! イケメン!!」
豪華絢爛なシャンデリアの下、七海は嬉しそうに叫んで、寝坊で遅刻した綾瀬と握手するように手のひらを打ち合う。
そのままリズミカルに手の甲を打ち返して、握り拳を上下に交互にぶつけて、固い絆を結ぶようにお互いの親指を絡めて、残り4本の指を翼のようにバサバサと羽ばたかせた。
重厚感のあるソファに座る杏珠を七海が手招きすると、澄まし顔の杏珠は綾瀬と高速で複雑なハンドシェイクを披露して、「うぇーい」と平坦な声でハイタッチを交わす。
クールそうな見かけによらず、意外にノリがいいらしい。
遠巻きに見ていたレキトはスマートフォンを手に取り、ロック画面の時計をじっと眺めた。
──特殊防衛組織『アント』に協力しているプレイヤーのアジトに、綾瀬が遅れて到着してから15分が経過している。
──もう今日の打ち上げみたいな感じで飲み会が企画されているが、みんな遊戯革命党の計画を止めるために集まったことを忘れてないか?
「……イケメン……チャラ男……飲み会? うぅ、脳が、脳が、破壊されるぅぅぅ」
終わる気配のない談笑に紛れて、悲痛で情けないうめき声が微かに聞こえてくる。
レキトが横目で見ると、全身黒コーデの伊勢海が頭を抱えてうなだれていた。
この世の終わりみたいな顔をして、真っ黒な外ハネヘアも心なしか垂れている。
気軽に話しかけられそうにない負のオーラが漂っていた。
隣のラウンジチェアに座る明智に目を向けると、明智は片手で持ったスマートフォンを眺めていた。
覗き見防止フィルターが貼られているスマホ画面は横から見えないが、大理石のテーブルの陰で手をこっそり動かしていることから察するに、ハンドシェイクの動画を観ているようだった。
口元には穏やかな笑みを浮かべているが、猫みたいな目は明らかに笑っていない。
レキトが手に持ったスマートフォンの画面を見ると、《小さな番犬》は犬小屋のアイコンに逃げていて、怯えるようにプルプルと震えていた。
──今日何のために集まったのか、誰でもいいから本来の目的を早く思い出してくれないだろうか?
レキトはため息をついて、口の中へライムミント味のフリスクを一粒放り込む。
遊戯革命党の「全世界のNPCを機能停止にする計画」を阻止しなければ、この世界での妹の美桜も兄の優斗も恋人の真紀も死ぬことになる。
彼らの命が自分にかかっていることを考えると、胸の中で焦りや不安が渦巻いた。
NPCの両親が殺された悲劇も、特殊防衛組織『アント』の八重樫が真紀をかばって殉職した惨劇も繰り返したくない。
たとえNPCが作られたプログラムだとしても、この世界で本物の人間のように生きる彼らが──誰かにとって大切な「人」たちが、プレイヤーの都合によって殺されていいわけがない。
今すぐ七海たち3人のプレイヤーと情報を共有して、遊戯革命党の計画を止めるために早く動きたかった。
けれども、レキトは学級委員長のように呼びかけて、遊戯革命党の計画を阻止するための話し合いを促すようなことはしなかった。
空気を悪くして嫌われたくないからでもなければ、七海たちが初対面だから遠慮しているからでもない。
レキトが真紀とディズニーランドでデートした日、綾瀬と明智が自由気ままに同じ場所へ遊びに来たおかげで、彼女とお腹にいる子どもが無事に助かったからだ。
今は何の意味もなさそうに思える行動が、後で思わぬ形で重大な意味を持つことになるかもしれない。
それに、急いで遊戯革命党の情報共有を行わないことから、彼らの計画について確信できたこともある。
レキトはスクエア型眼鏡をかけ直して、新たにわかった情報を考察して時間を潰すことにした。
「よーし! 飲みに行く店も決まったし、ぼちぼちやろっか。杏珠、いつものお願い」
「了解。──《もしも光の絵の具があるとしたら》」
それから20分後、杏珠はスマートフォンを手に取って、端末下部のマイクにギア名をつぶやく。
薬指をホームボタンに当てた瞬間、富裕層の会員制のクラブみたいな部屋は日が沈んだように暗くなり、天井から吊り下げられたシャンデリアの蝋燭に青い炎が一斉に点いた。
いつの間にか目の前の長方形テーブルが直径10メートルのラウンドテーブルに変わっていて、地球のホログラムが中央に浮かんで自転している。
プレイ前のルール説明のときに見た物と同じ、宇宙空間から肉眼で直接見ているようなリアリティのあるホログラムだった。
「……これは幻覚を見せるギアですか?」
「そう。《もしも光の絵の具があるとしたら》は、使用プレイヤーがイメージしたものをリアルに投影するギア。だから、みんな偽物。このラウンドテーブルも存在してないから、物を置く場所には気をつけて」
杏珠はレキトに淡々と説明する。
実体がないことを示すために、ラウンドテーブルが透けて、隠れていた長方形テーブルが見えた。
「いいですね、このギア。雰囲気づくりにも使えますし、言葉だと伝わりにくいこともみんなに共有できますし」
「いいでしょう? ちなみに戦闘でも超役に立つよ。私たちが束になっても勝てないくらい、杏珠は上手く使いこなすからね」
涙袋のある目で七海は明智にウィンクした。
「嘘は良くない。私より七海の方が強い」と杏珠は否定する。
今とくに誰も褒めていないのに、なぜか伊勢海が腕を組んで、誇らしげな顔で胸を張っていた。
「さて、まずは遊戯革命党について知ってることを教えてもらおっか! どこまで把握してるのかわかんないと、私たちも何から話せばいいのかわかんないし。たしか遊津っちがギルドにスカウトされたんだっけ?」
「はい、そうです。『暁星明』と名乗るプレイヤー、遊戯革命党のギルドマスターに直接スカウトされました。ゲームマスターを見つけやすくするために、世界中のNPCを皆殺しにして総アバター数を70億体から20万体に減らす計画も、暁星がゲーム攻略プランとして話してくれた情報です」
「なるほどね。で、具体的にどこまで聞いてるのかな?」
「《同類を浮き彫りにする病》を使って、重度の喘息発作を引き起こすウィルスをばらまくことだけです。決行日がいつなのかを含めて、それ以上のことは何もわかってません」
レキトは手を握りしめる。
暁星が自分のギルドの紹介ムービーとして、《同類を浮き彫りにする病》で咳き込んでいるNPCたちの動画を楽しそうに見せた記憶が蘇った。
暁星はこの世界のNPCをプログラムとして割り切っている。
そして、プレイヤーとして桁違いに強い。
戦う前から勝てるイメージがまったく湧かなかった。
親しげにギルドに勧誘していたときから、「敵意を見せた瞬間に終わる」と本能が告げていた。
人間の皮をかぶった怪物のような、得体のしれない強さがにじみ出ていたことは、鮮明な印象として残っている。
特殊防衛組織『アント』の隊員が殺されるのを防ぐために、レキトが暁星に先制攻撃を仕掛けようとしたとき、対プレイヤー用レーザーを構えるよりも先にギアを起動されて、一瞬で返り討ちに遭った記憶がフラッシュバックした。
「あれ? 改めて遊戯革命党の計画を聞くと、なんかちょっとおかしくね?」
綾瀬が考え込むように腕を組んだ。
「何が?」と明智は首を傾げて尋ねる。
「だってさ、遊戯革命党は《同類を浮き彫りにする病》を使って、プレイヤーだけの世界にするつもりなんだろ? だったら今すぐギアを起動して、ヤバいウィルスをばら撒いちまえばよくね? なんか無駄に待つ意味あんの?」
綾瀬が投げかけた疑問に、空気がしんと静まり返る。
思いもよらない人の何気ない一言に全員がはっと気づかされる──そういう展開ではなかった。
七海は笑みを漏らして、杏珠の表情は変わらず、答えようとした明智は開いた口を閉じる。
先輩風を吹かしたいのか、後輩にマウントを取りたいのか、伊勢海は説明したそうにうずうずとしてた。
「やれやれ。そこの新人は大きな勘違いをしてるようだな。《同類を浮き彫りにする病》は本来プレイヤーとNPCを見分けるためのギアだ。ギアの効果は使用したプレイヤーの100メートル以内にしか影響はなければ、NPCに咳喘息を起こすだけで、健康なアバターを殺す力もない。連中はやらないんじゃなくて、できないんだよ」
「え? でも伊勢海パイセン、今さっきレキトが《遊戯革命党》はウィルスをばら撒くギアでNPCを皆殺しにする計画だって話したんすけど。……はっ! もしかして全員とんでもなくバカで、誰もそのことに気づいてないってことすか!?」
「まったく、そんなわけないだろ。《遊戯革命党》の連中は、《同類を浮き彫りにする病》だけで計画を実現できないことはわかってる。だから、別のギアと組み合わせることによって、効果範囲を広げて殺傷能力を高めることにしたんだ。『起動してから1万時間が経過した後に、指定したプレイヤーが次に使うギアの性能を1回かぎり大幅に強化する』サポート系のギア──《1万時間後に叶う夢》を使ってな」
饒舌に説明している伊勢海はキメ顔で人差し指を立てる。
綾瀬の素直な反応に気を良くしているようだった。
レキトが明智に視線を送ると、明智のくりっとした目とぴったり合う。
どうやら明智も同じことを考えていたらしい。
「はぇ〜、1万時間後ってそんなクソ時間かかるギアがあるんすか。ぶっちゃけマジ不便っすね」
「その代わり、1年以上の月日がかかって強化する効果は絶大だ。例えば、対プレイヤー用レーザーを強化すれば、大きな山も跡形もなく消し飛ばすことができる。おそらく運営が強化を1回かぎりとしたのは、そうしないとゲームバランスが壊れるからだろう」
伊勢海が引き続き解説する。
「マジっすか? それは激ヤバっすね。ていうか、伊勢海パイセン、なんでそんなこと知ってんすか? 冷静に博識すぎません?」
「そ、そりゃ、あ、当たり前だろ。俺はこの世界でお前より長く生き残ってるんだ。これくらいのことはプレイヤーの常識だ」
「おお! なるほど! さすがっすね! いや〜てっきり遊戯革命党に昔いたのかと思いましたよ」
「ば、ば、馬鹿言わないでくれ。そ、そ、そんなわけないだろ」
「ですよね〜。……となると、あれ? そもそもの話なんすけど、どうやって伊勢海パイセンたちは遊戯革命党の計画を知ったんすか? 今レキトが説明する前から知ってた感じっすよね?」
「うぐっ! そ、そ、それはアレだ! ほ、ほ、ほら、わかるだろ?」
「えっ? 全然わかんないっすけど。真面目にどういうことっすか?」
「……いい加減察してやれ、綾瀬。無邪気に質問してる分、余計にタチが悪いぞ」
居ても立っても居られず、レキトは2人の会話に割って入る。
どうして妙なところは鋭いのに、肝心なところは気づかないのか?
誤魔化しきれない伊勢海が可哀想で見てられなかった。
綾瀬はようやく勘づいたのか、「マジ?」と信じられないように目を見開く。
レキトは伊勢海を見つめて、容赦なく核心をつくことにした。
「伊勢海さん、あなたは遊戯革命党に所属していましたね? そして、彼らの計画を実現させないために、『アント』に情報を流して協力を頼んだ。違いますか?」
レキトの問いかけに、うつむいた伊勢海は無言を貫いた。
けれども、気まずそうな顔が答えであることを物語っている。
重たくなりかけた空気を吹き飛ばすように、両目を閉じた七海は大げさにため息をつき、冗談っぽく両手を上げて降参のポーズを取った。
「はぁ、もうバレちゃったか〜。後で教えて驚かせるつもりだったのに」
「変なサプライズはやめてください。信用問題に関わりますので、これから余計な隠し事はなしですよ」
レキトは呆れた顔を作り、七海の嘘に気づかないふりをする。
『アント』に所属している3人は、きっと本当は伊勢海が遊戯革命党にいたことを秘密にしておきたかっただろう。
もしレキトたちを驚かせるために隠していたのなら、隠し事がバレた伊勢海は本気で気まずそうな顔をしないからだ。
もしかしたら伊勢海が遊戯革命党に所属していた事実が印象を悪くすると思ったのかもしれない。
あるいは「仲間を裏切ったことのあるプレイヤー」という偏見の目で見られたくなかったのかもしれない。
どういう事情で隠すことにしたのかはわからないが、これから協力プレイする上でどうでもいいことだった。
それよりも重くなりかけた空気を和やかにした七海の言い訳は、咄嗟の機転か、それとも事前の準備か。
第一印象は「軽薄でだらしない」だったが、意外と細やかなところに気を配るタイプ。
裏表がなさそうに見えて、それらしい話をでっち上げるのが上手いらしい。
レキトは七海に対する認識を改めて、今日の話し合いで一番知りたかったことを訊くことにした。
「じゃあ、今度はこちらから質問してもいいですか?」
「もちろん。何でも訊いて」
「では、教えてください。どうして皆さんはアントと手を組んで、遊戯革命党の計画を止めようとしてるんですか?」
遊戯革命党の計画が実行されれば、プレイヤーたちのゲーム攻略は進むことになる。
全世界のNPCがウィルスで殺されれば、『Fake Earth』内の総アバター数は約70億体から約20万体まで激減して、誰かに変装しているゲームマスターを見つけやすくなるからだ。
賞金10億円のためにコインを集めているプレイヤーにとっても、プレイヤーだけの世界が実現すれば、街ゆくNPCたちの中に紛れているプレイヤーを探す手間がなくなる。
隣に座る人がプレイヤーかもしれない不安も消えるし、NPCの警察に追われる心配もなくなるメリットがあった。
それなのに、どうして七海たちはアントに協力して、NPCたちの治安を守る側にいるのか?
実はNPCがいなければ『Fake Earth』を攻略できなくなるような、取り返しのつかない設定があるのか。
それともレキトが家族や恋人のNPCに複雑な感情を抱いてしまったように、七海たちにもNPCに対する価値観が変わったような出会いがあったのか。
もしこの世界の大切な人たちのために戦おうとしているなら、ゲームマスターを倒せば『Fake Earth』がサービス終了することについて、どう折り合いをつけているのか──。
レキトが答えを出せない問題について、七海たちの考えを知りたかった。
「あっ、そっか。普通に言ってなかったっけ。私さ、この世界で暮らした記憶しかないから、『Fake Earth』の方が本物だって思っちゃうんだよね」
「……記憶喪失で、現実世界のことをまったく覚えてないからってことですか?」
「そういうこと。いちおう自分がプレイヤーだってことは覚えてるから、ここがゲームだってことはわかってるんだけど、現実世界が本当の自分の世界って思えなくてさ。なんていうか物心ついてない頃だけ住んでた場所って感じ? もう愛着とかまったくないし、今ここで楽しくやってるし、帰りたくないってわけ」
──だからプレイヤーだけの世界になって、ゲームマスターが見つかりやすくなったら困るんだよね。
──誰かがうっかり倒しちゃったら、『Fake Earth』がサービス終了しちゃうし。
気持ちわかるでしょ? と七海はレキトに明るく笑いかける。
本当に大事なことだからこそ、あえて軽いトーンで言ったような口調だった。
なーんてね冗談だよ、などと発言を否定する言葉は続かない。
嘘偽りのない動機──嘘であってほしかった動機だった。
「俺も七海と似たような理由だ。せっかく新しい自分に生まれ変われたのに、元の自分に戻るなんて、ブラックカードをもらっても願い下げだ」
「私も同感。あそこに帰ったところで、本当に何もないから」
伊勢海と杏珠がレキトの質問に続けて答えた。
現実世界でどんな人生を歩んできたのか、2人はそれ以上のことを何も言わなかった。
多くを語らないことから、彼らの過去の重さが伝わってくる。
遠くを見るような目が、切実な理由であることを訴えている。
『Fake Earth』に居場所を求めて、ゲーム攻略を放棄したプレイヤーたち。
悪寒がレキトの背筋をぞわっと走り、血の気が引いた指先がすうっと冷たくなる。
選択肢でストーリーが分岐するゲームをプレイしている最中に、今の自分が間違ったルートに進んでいることに気づいたときと同じ嫌な感触だった。
──伊勢海先輩、今、『UNO』って言ってませんよね?
──……やれやれ。また俺はやらかしてしまったか。
──にゃはは! ほんと『また』だよね~。成郎っち、毎回やるたび『UNO』って言い忘れるし。
今ここにいるプレイヤー全員がUNOで遊んでいる場面が思い浮かぶ。
敵ギルドのプレイヤーたちを倒して手に入れたコインの取り分を決めるための勝負。
明智が楽しそうにドロー2を出して、杏珠が無言でドロー4を重ねて、「うぎゃー!」と綾瀬が頭をぐしゃぐしゃと掻きむしった。
こんな風に遊戯革命党の計画を阻止した後も、この6人の協力プレイはなし崩し的に続いて、みんなで『Fake Earth』を攻略していく──。
そんな和気藹々とした未来を当たり前のように思い描いていた。
だが、実際に待ち受けている未来は違う。
『Fake Earth』を存続させたいプレイヤーとゲームクリアして終わらせたいプレイヤー。
お互いに譲れない思いを持っている同士。
最終的には敵対する未来しかない。
レキトは質問したことを後悔した。
いつか相容れなくなることに気づきたくなかった。
でも、何も知らなかった頃に戻ることはできない。
NPCにプレイヤーであることがバレないように演技するように、七海たちにゲーム攻略を目指していることを隠さなければいけない。
──幸いなことに、遊戯革命党の計画を止める側にいるおかげで、七海たちにはレキトたちを同じ『Fake Earth』存続派のプレイヤーだと勘違いしている。
──いずれ仲間割れするだろう問題は、遊戯革命党との戦いが終わってからでも対処できる。
レキトは頭を切り替えて、今は遊戯革命党の計画を止めることに集中することにした。
「あれあれ? 急に黙ってどうしたの? もしかして私に見惚れちゃった?」
「ええ、そうかもしれないですね。そんなことより、もう一つ訊いてもいいですか?」
「こらこら、面倒くさいからってツッコミを放棄しない。で、訊きたいことって何?」
「一番大事なことですよ。──遊戯革命党の計画が実行されるまで、あと猶予はどれくらいなんですか?」
レキトは暁星が遊戯革命党の計画の実現まで、「あと1ヶ月を切ってる」と言っていたことを思い出す。
続けて、暁星に一瞬でやられた記憶や、豆田に攻撃を一度当てられず逃げられた記憶が脳裏をよぎった。
客観的な事実として、今のレキトの実力では遊戯革命党のプレイヤーに通用しない。
七海たちがどれくらい強いのかはわからないが、まだ遊戯革命党の計画を止めれていないということは、3人では勝ち目が薄かったのだろう。
レキトと綾瀬と明智が加わったところで、即席のパーティーで協力プレイの時間が1万時間近いギルドに勝てるとは思えない。
ボス戦までどれくらい準備できるのか、正確なタイムリミットを把握したかった。
「10日後だよ。正確に言えば、10日と3時間18分。ちなみに私たちが遊戯革命党のアジトに攻め込むのは、計画が実行される2時間前の予定だよ」
七海はレキトの質問に答えた。
予想よりも短いタイムリミット。
残された時間が頭の中で表示されて、1秒ずつカウントダウンが始まった。
その数字がゼロになったとき、美桜や優斗や真紀が苦しそうに咳き込み、シアン色の血を吐いて死ぬ姿が思い浮かぶ。
──ねえ、制限時間のあるゲームってさ、残り時間が少ない方が燃えるよね。
凛子の弾んだ声が記憶の彼方から蘇る。
制限時間が迫っているゲーム画面を前にして、心から楽しそうに笑っている凛子の横顔が脳裏をよぎった。
勢いの弱まりかけた闘争心が燃え上がり、胸の中で渦巻いていた焦りや不安が吹っ飛ぶ。
レキトは熱くなった手を握りしめた。
「ありがとうございます、七海さん。とりあえず俺が今すぐ訊きたいことは以上です」
「オッケー。じゃあ、明智っちと綾瀬っちはどうかな? 何か訊きたいことある?」
「いえ、私もないですよ〜」
「オレもまったくなーし!」
明智と綾瀬が交互に返事する。
「そっか。なら情報共有は一旦終わりにして、軽く模擬戦をやろっか」
──遊津っち、私の相手してもらっていい?
七海がレキトにウィンクする。
その日に出かけるデートに誘うようなノリの軽い口調だった。
ちょうど七海たちの強さを知りたいと思っていたときに、向こうからの願ってもない提案。
それに、一人のゲーマーとして、挑まれた勝負を断る理由はなかった。
「ぜひお願いします。七海さんが誘ってくれなかったら、俺から頼むところでした」
「よかった〜。そう言ってくれて。あたし、遊津っちには一番頑張ってほしいって思ってるんだよね」
「えっ、どうしてですか?」
「そりゃあ、もちろん決まってるじゃん。今のところ私たち6人の中で、遊津っちが一番戦力にならないからだよ」
冗談っぽい口調で七海は辛辣なことを言った。
けれども、涙袋のある目が嘘ではないことを物語っていた。
挑発めいた笑みを七海は浮かべて、長い指を2本ピンと立てる。
「遊津っち、今のあんたには弱点が2つある。それもプレイヤーとして戦う上で致命的なやつが。さ〜て、何でしょう?」
七海はクイズを出すように問いかけて、2本の指をチョキチョキと動かした。