65話 フレンド申請
「佐久間8番隊6名、現場に到着しました。
八重樫4番隊、全滅を確認。
ヒューテックの数は5体、そのうち2体は活動停止状態。
──罪状『精神憑依罪』により、拘束の手続きに移ります」
特殊防衛組織『アント』2番隊隊長の隊長らしき女性は、両腕を交差させて手錠とスマートフォンを構える。
彼女の親指がスマホ画面を叩いた瞬間、目の前のスマホカメラからフラッシュが焚かれた。
眼球に突き刺さるような鋭い光!
思わず目が眩んだレキトは、全神経を聴覚に集中する。
《小さな番犬》が吠えつづけている最中、前方から風切音が近づいてくるのが聞こえた。
急いでレキトは体をひねって、隊長の佐久間が投げた手錠らしきものを回避する。
「レキトくん! 敵の情報共有!
たしかNPCだって言ってたよね!?」
「ああそうだ、明智!
ただ、奴らはギアみたいなものを使ってくる!
実質1人1人がプレイヤーだと思ってくれ!」
レキトは明智に呼びかけて、4番隊の八重樫たちと対戦したときのことを思い出す。
7人の隊員たちに囲まれて、光の剣で代わる代わる斬りかかられて、息つく間もなく体力を削られつづけて負けそうになった戦いだった。
《小さな番犬》の吠える声の大きさから推測するかぎり、おそらく増援に駆けつけたアントの8番隊は八重樫たちと同等以上の危険度。
さらに厄介なことに、従業員やカップルに変装していた八重樫たちと違って、8番隊の6名全員はシールド付きのヘルメットやボディアーマーなどの防具で完全に武装している。
──だが、今この瞬間、真っ先に戦うべき相手は「NPC」ではない。
レキトは目を開けて、隊長の佐久間に背を向けて走り出す。
親指でホームボタンを長押しして、端末上部のイヤホンジャックに電気を溜めた。
後ろにレーザー光線を撃つと見せかけて、追いかけてきている佐久間を牽制する。
数十メートル離れた城の尖塔に視線を向けて、スコープ越しに覗いてる隊員に狙撃は警戒していることを目で伝える。
そして、光り輝くイヤホンジャックを目線の高さに合わせて、泣きそうな顔で電話をかけている豆田にライトグリーン色の照準点を定めた。
「ぎゃああああああ!
燈さん、レキトが俺を殺す気で狙ってる!
アジトに戻してよ、早く!
一生のお願いだから! 燈さぁぁぁん!!」
必死の形相で叫んだ豆田は、呼び出し中のスマホ画面とレキトを交互に見る。
慌てたように屈んで、レキトが撃ったレーザー光線を避けた。
すかさず低い体勢のまま後ろへ宙返りして、美女と野獣の城からアントの隊員が狙撃した銃弾もかわす。
ブレイクダンスを彷彿とさせる、軽やかでトリッキーな身のこなし。
情けない声で騒ぎ立てながらも、寝ている暁星のそばから離れずにレキトたちの攻撃を避け切っている。
──では、回避を得意とするプレイヤーをどう攻略すればいいのか?
頭の中で立てた問いの答えを閃いたとき、LINEの通知音がスマートフォンから鳴った。
レキトがサポートを頼むよりも早く、明智から「はーい任せて!」というメッセージが届いている。
「──《切っても切れない赤い糸》!」
明智はギア名をつぶやいて、親指でスマホ画面を叩いた。
人差し指と中指でスマホ画面を同時に叩くと、突如現れた「赤い糸」が明智と豆田の小指にぐるぐると巻き付いた。
2本の赤い糸はお互いに引き寄せられていき、ぶつかった瞬間にハート型の飾り結びで固く結ばれる。
悲鳴をあげた豆田は右手をブンブンと振ったが、鎖のように縛る赤い糸は豆田の小指から離れない。
走りながらレキトはホームボタンを長押しして、ライトグリーン色のレーザー光線をもう一度放った。
「うわああああ! ちくしょう!
もう一か八かだ! いい感じになれよ!
──《誘爆する玉突き人事》!」
豆田は拳を振り上げて、スマホ画面に勢いよく叩きつける。
泣いているのか笑っているのかわからない顔をレキトに向けたとき、灰緑色の光がスマホ画面から放たれて、噴水のある広場から美女と野獣の城まで一気に広がった。
《誘爆する玉突き人事》の光に呑まれた瞬間、撃ったレーザー光線も豆田も何もかもが見えなくなり、《小さな番犬》の吠える声すらも聞こえなくなる。
視覚も聴覚も役に立たない今、次に来る攻撃を避けたくても避けようがない!
レキトは両腕を顔の前に上げて、防御の構えを取る。
だが、全身に力を入れて身構えていても、ギアを起動した豆田からの攻撃は来ない。
何も起きないまま5秒ほど経ったとき、《小さな番犬》の吠える声が聞こえるようになった。
辺りを覆い尽くした灰緑色の光も消えていく。
視界が噴水のある広場に戻った瞬間、目に飛び込んできたものを見て、レキトは頭が一瞬だけ真っ白になった。
慌ててホームボタンを押そうとしたが、思わず手元が狂って空振る。
今この瞬間レキトがいる場所は、噴水の正面から10メートル先。
今まで噴水の右側にいたのに、倒れている4番隊のアントの隊員と位置が入れ替わっている。
戦闘不能になった6人の隊員が一箇所に集められていた場所の中心へ移動させられている。
残り5人の気絶している隊員は、隊長の佐久間と8番隊の4人の隊員と入れ替わっていた。
「起動、アプリ兵器。
──《対ヒューテック用マグナム》」
《小さな番犬》の吠える声の音量が跳ね上がったとき、佐久間がスマートフォンに呼びかける。
端末上部のイヤホンジャックが3色に煌めいて、赤色と青色と黄色の光の弾が同時に横へ広がるように放たれた。
「部下の隊員を巻き添えにしてでも、絶対に敵へダメージを食らわせる」という意思を感じる範囲射撃!
光の弾で撃ち落とそうとしたが間に合わず、レキトは左右にいた隊員ともに被弾する。
当たった《対ヒューテック用マグナム》は爆発して、レキトの脇腹の皮膚をえぐった。
脳の回路を焼き払われたような痛み。
レキトは舌を強く噛んで、意識が飛びそうになるのを堪えた。
頭の中で体力ゲージが赤くなるイメージが浮かび、回復系のギアを持つ明智を探す。
しかし、噴水のある広場を見回しても、明智はどこにも見当たらない。
口の中で血が広がるのを感じながら、レキトは「最悪の事態」になっていることに気づいた。
広場にいるアントの隊員の数は、豆田がギアを使う前より一人増えている。
明智がいた場所には、今まで広場にいなかったスナイパーらしき隊員がいる。
レキトが美女と野獣の城の方を振り返ると、高さ20メートルの尖塔の上に明智の姿が小さく見えた。
──協力プレイしている明智と分断された上に、アントの8番隊の狙いが自分に集中している局面。
──《遊戯革命党》の2人を逃さないためにも、目の前の敵を早く突破する必要がある。
レキトは目を見開き、スクエア型眼鏡を放り投げた。
佐久間の目を見つめて、彼女の瞳に映る4人の隊員たちの動きを読み取る。
全力でアバターを横に回転させて、親指でホームボタンを猛連打した。
佐久間と4人の隊員の指を狙い澄まして、連射したライトグリーン色の光の弾を浴びせる。
4人の隊員は顔を歪めて、握っていたスマートフォンを落とした。
佐久間は歯を食いしばって、イヤホンジャックを構えようとした。
すかさずレキトは光の弾をもう一発撃って、相手に向けられるより先にイヤホンジャックを破壊する。
次にどのような行動を選択すれば、NPCに囲まれた状況を最短で抜け出せるのか。
頭の中で滴型の種が発芽して、樹形図が広がっていくイメージが浮かぶ。
様々なパターンの未来が脳内で並行して展開されて、5秒後に突破できるルートがいくつも見えた。
「燈さぁぁぁぁん! 本当にありがとう!
やっとアジトに戻してくれるんだね!」
速く走り出そうと膝を曲げたとき、豆田の弾んだ声が聞こえてきた。
返り血を浴びた豆田が肩と耳でスマホを挟んで、寝ている暁星を抱き起こしながら通話している。
首をナイフで刺された跡のある2番隊の隊員2人が、広場の入口付近で転がっていた。
嬉しそうな顔をした豆田が電話を切ると、「円盤型のドローンみたいな物体」が彼の頭の上に現れる。
円盤型のドローンは稼働音を立てて、輝いた底の球体から透き通った光を降ろした。
照らされた豆田と暁星の足元に、魔法陣のような幾何学模様が描かれる。
頭の中に浮かんだ選択肢をすべて捨てて、レキトは親指でホームボタンを長押しした。
両手でスマートフォンを構えたとき、皮膚をえぐられた脇腹に激痛が走った。
照準がブレないように堪えて、円盤型のドローンへ対プレイヤー用レーザーを放つ。
明智も《切っても切れない赤い糸》を起動したようで、豆田の小指に赤い糸が巻かれ始める。
だが、ライトグリーン色のレーザー光線が命中する直前、円盤型のドローンは広場からワープしたかのように消えた。
透き通った光に照らされていた豆田と暁星も広場からいなくなる。
行き場をなくした赤い糸だけが、その場にポツンと残っていた。
『ケルベロ! ケルベロ! ケルケルケルベロ!』
《小さな番犬》が激しく吠えて、赤色のスマートフォンが強く振動する。
レキトは我に返り、佐久間のローキックを膝を上げて受け止めた。
《遊戯革命党》の2人のプレイヤーに逃げられても、特殊防衛組織『アント』との戦闘は終わっていない。
佐久間の目をもう一度見つめて、彼女の瞳に映る4人の動きを把握する。
しかし、姿勢をぐっと低くして構えたとき、佐久間の瞳に映っていた4人の隊員が1人減った。
思わずレキトが消えた隊員にいた方向を見ると、色黒の隊員は落としたスマートフォンを拾って、レキトに背を向けて走っている。
レキトは息を呑み、走っている色黒の隊員が何を企んでいるのかを悟った。
「NPCの母親が拳銃で撃たれた瞬間」や「恋人の真紀がギアで殺されそうになったとき」の記憶がフラッシュバックして、胸の奥底からドス黒い感情が湧いてくるのを感じる。
「起動、アプリ兵器。
──《対ヒューテック用ブレイド》」
色黒の隊員はスマートフォンに呼びかけて、寝ている綾瀬の首に光の剣を向けた。
「さて、あなたがこのヒューテックと行動をともにしているのは、山手線内の防犯カメラの映像で確認してます。
仲間を助けたいなら、どうすべきかわかっ──」
佐久間が脅迫を言い終える前に、レキトは光の弾を連射する。
親指に殺意を込めて、ホームボタンを壊す勢いで叩きつづけた。
ライトグリーン色の光の弾を一点に集中させて、防具のヘルメットのシールドにヒビを入れて破壊する。
割れたシールドの穴にスマートフォンを持った手を突っ込み、佐久間の眉間に光の弾をゼロ距離で浴びせた。
目の力のタイムリミットまで、残り30秒。
意識を失った佐久間の首をつかみ、レキトは襲いかかってきた2人の隊員にぶつけた。
もう1人の警棒で殴ろうとした隊員の腕をつかみ、ライトグリーン色の光の弾を連射する。
握った隊員の腕の力が抜けるまで、相手の腹部を狙いつづける。
周りにいる2番隊のアントの隊員は残り2人。
レキトは親指でホームボタンを長押しして、横から飛びかかってきた隊員の背後に回り込んだ。
隊員の背中にレーザー光線を放ち、地面に膝をついた相手の後頭部へ光の弾を連射する。
そして、最後の1人は体当たりで押し倒して、馬乗りになった体勢からホームボタンを連打した。
「……さて、これで残すはお前1人だけだ。
仲間を助けたいなら、どうすべきかわかってるか?」
レキトは連打するのをやめて、爪の先が割れた親指に息を吹きかける。
放り投げたスクエア型眼鏡を自分の顔にかけ直して、寝ている綾瀬を人質に取っている隊員を睨みつけた。
光の弾を浴びた佐久間と3人の隊員は失神している。
《小さな番犬》は静かになって、赤色のスマートフォンの振動は止まった。
「ふ、ふざけるな!
この人質がどうなってもいいのか!?
立場を弁えろよ、貴様ァ!」
色黒の隊員は怒鳴って、綾瀬の首に光の剣を近づける。
端末上部のイヤホンジャックから形作られた刀身は放電しており、紫色の電気が綾瀬の頬をかすめた。
傷ついた綾瀬の頬からシアン色の血が流れた瞬間、レキトは親指でホームボタンを強く長押しした。
対プレイヤー用レーザーが撃てる準備が整っても、光り輝いたイヤホンジャックに電気を溜めつづける。
「忠告だ。今すぐ両手を上げて降参しろ。
さもないと、お前はバッドエンドを迎えることになる」
「人間を見くびるなよ、ヒューテック。
そんな見え透いた嘘に引っかかると思ってるのか?
このヒューテックを助けたかったら、あと10秒以内に武器を捨てろ!」
色黒の隊員はレキトを睨み返して、《対ヒューテック用ブレイド》を起動しているスマートフォンを握りしめた。
「10! 9! 8!」と大声でカウントダウンを始める。
「……そうか。お前の選択はよくわかったよ。
──けど、残念ながら俺の忠告は『嘘』じゃない」
レキトはため息をついて、親指でホームボタンを長押ししつづけた。
色黒の隊員の右側100メートル先にそびえ立つ、美女と野獣の城の尖塔がピカッと光る。
次の瞬間、緋色のレーザー光線が色黒の隊員の手を撃ち抜いた。
明智が美女と野獣の城の尖塔から放った対プレイヤー用レーザー。
撃ち抜かれた手の中にあったスマートフォンは破壊されて、寝ている綾瀬に突き付けられていた光の剣は消える。
色黒の隊員は目を丸くして、はっとしたような顔でレキトを見つめる。
レキトは両手でスマートフォンを構えて、ライトグリーン色の照準点を色黒の隊員の心臓に合わせた。
そのまま親指をホームボタンから離して撃った──と見せかけて、眩く輝いているイヤホンジャックを発射する直前で上に傾ける。
ライトグリーン色の光の球体は色黒の隊員の頭上を瞬く間に通過した。
噴水の中心にあったガストン像に衝突して、派手な爆発音とともに跡形もなく消し飛ばす。
色黒の隊員は顔面蒼白になって、貧血で倒れた人のように膝から崩れ落ちて気絶した。
「特殊防衛組織『アント』8番隊、制圧完了。
……さすがに増援はもうないか」
レキトは一息ついて、美女と野獣の城の尖塔を見る。
純白のドレス姿に変身した明智は、《悪戯好きな天使の鞭》をロープ代わりにして降りていた。
広場にいるレキトと目が合うと、赤面した明智はドレスのスカートを手で押さえて、変態を蔑むような目を睨みつける。
どうやらドレスのスカートの中をレキトに下から覗かれていると勘違いしているらしい。
レキトは噴水のある広場を見回す。
《遊戯革命党》のアジトの特定に役立ちそうなアイテムは落ちていなかった。
地球を舞台にした仮想空間で、70億体のアバターの中から特定のアバターの居場所を突き止めるのは不可能に近い。
暁星と豆田に敵対の姿勢を見せてしまった以上、《遊戯革命党》のプレイヤーがレキトに接触してくることはないだろう。
「……仕方ない。
奴らがドロップしたアイテムを代わりに使うか」
レキトは撃たれた脇腹の傷口を押さえて、意識を失っている佐久間に近づく。
音を立てないように屈んで、「無線機のインカム」を回収した。
「無線機のインカム」を装備して、両耳にイヤホンを差し込む。
マイクの位置を調整していると、『佐久間2番隊、聞こえてるか? 応答せよ』と男性の呼びかける声がイヤホンから聞こえてきた。
「心配しないでくれ。聞こえてるよ。
お前たちの仲間は倒させてもらったけど。
……今から『提案』したいことがある。
誰か話のできそうな人に代わってもらってもいいか?」
レキトはマイクに話しかけて、イヤホンを装備した耳を澄ませる。
無線で通信していた男性の声は聞こえなくなった。
レキトは黙って、相手からの応答を待つことにする。
それから30秒後にノイズ音が入り、誰かの咳払いする声がイヤホンから響いた。
「……司令官の門松だ。
その声は遊津暦斗だな?
そちらの『提案』を聞かせてもらう。
『要求』と言わないあたり、こちらにも利があると思っていいのか?」
「ああ、これはお互いメリットのある話だ。
ただ、お前たちには受け入れ難い提案だろう。
正直に言えば、俺だって襲ってきた相手にこんな話を持ちかけたくはない。
けど、この世界の家族と恋人を守るためには、これが『最善』の選択だ」
レキトは赤色のスマートフォンを握りしめる。
死んだ4番隊隊長の八重樫を見つめて、恋人の真紀の身代わりになって大量の剣を全身で受けた姿を思い出した。
特殊防衛組織『アント』はNPCがプレイヤーから自衛することを目的とした治安部隊。
「誰かの日常を守りたい」という点で、彼らはレキトと共通した思いを持っている。
「一部のヒューテックたちが徒党を組んで、全世界の人たちを虐殺することを企んでる。
今さっきそいつらを取り逃したせいで、もう俺たちの力だけじゃ止められない。
──だから、一緒に戦ってくれる仲間として、俺たちと協力プレイしてくれないか?」
レキトは語気を強めて、特殊防衛組織『アント』に同盟を結ぶことを提案した。