53話 遊津暦斗はギルドを面接する
これはレキトがNPCの恋人とデートする前、綾瀬の家に集まったときの物語である。
「ねえねえ、良樹くん。ちょっと早く返してよ〜!」
「悪い、彩花。女の子の頼みはすぐ聞いてやりたいけど、あと5分だけ待ってくれ」
「それ、5分前にも言ってたからね!
ケルケルちゃんを独り占めしてズルい!」
「いやいや、オレに代わるまで、彩花も独り占めしてたじゃん!
今やっとポメ太郎といい感じになってきたとこだから、もうちょっとだけマジ頼むって!」
片手で謝るポーズを取った綾瀬は、申し訳なさそうにウィンクする。
ソファに座る彼の膝の上には、レキトのスマートフォンが置いてあった。
綾瀬は口元をだらしなく緩ませて、《小さな番犬》のアゴの下を人差し指で撫でる。
仰向けに寝転がった《小さな番犬》は、恍惚とした表情でよだれを垂らしていた。
明智は腕を組み、ソファの横から《小さな番犬》を覗き込んだ。
綾瀬の袖を引っ張り、交代を急かすように肩をバシバシと叩く。
レキトはため息をつき、綾瀬から自分のスマートフォンを取り上げた。
「あー! ちょい何すんだよ、レキト!
もしかして嫉妬か!?
オレにポメ太郎が取られると思って、邪魔にしにきたんだろ!」
「馬鹿なことを言うなよ、綾瀬。
まだ大事な話が済んでないだろう」
レキトは電源ボタンを押して、スマホ画面を真っ暗にする。
自己紹介の一環として行った、それぞれの所持しているギアの見せ合い。
「お互いのギアでどんな連携が取れるか」という話に発展すると思ったが、意外なことに2人は《小さな番犬》がホーム画面で動いている姿に食いついた。
綾瀬と明智はレキトと違う人間で、考え方が異なっていることはわかっている。
それでも常識的にこうなるだろうと思ったことが、まったく思ったとおりにならない。
凛子とゲームセンターで一緒に遊ぶ関係になったばかりの頃、協力プレイなのに息が合わず、絶妙に邪魔し合ってゲームオーバーになったことに2人で笑ったことを思い出す。
「えー大事な話って何だよ?
あ! これから仲良くやってくために、どっか旅行の行き先を決めたいってこと?
それならオレ的には王道のハワイ一択なんだけど!」
「たぶん違うよ、良樹くん。
レキトくんが話したいのは、『ギルド選びの基準』とかじゃないかな」
両手でスマートフォンを持って、明智はカチカチと操作する。
明智がレキトをちらりと見たとき、赤色のスマートフォンが振動した。
レキトが通知を確認すると、明智から「探偵の格好をしたクマのスタンプ」が送られている。
大事な話はギルド選びのことで正解かどうかを訊いているのだろう。
レキトは明智に目配せして、「両手で丸を作っているウサギのスタンプ」を送り返した。
「……『ギルド選びの基準』?
オレたち、なんか就活っぽいことでもやんの?」
「どちらかと言えば、スポーツのできる学生が強豪校にスカウトされることに近いかな。
山手線バトルロイヤルは、定期的に30人の新人プレイヤーが集まって戦うイベント。
一部のギルドのプレイヤーたちにとって、有望なプレイヤーを発掘する機会になっているはずだ。
とくに綾瀬は優勝賞品のギアを勝ち取ったから、色んなギルドから声がかかると思うよ」
ログイン1日目に戦った「教団服を着たプレイヤー50名」。
山手線バトルロイヤルで戦った「外国人留学生らしきプレイヤーの3人組」。
今までレキトは組織で行動しているプレイヤーたちに何度か出会ってきた。
おそらく賞金目当てではないプレイヤーたちの多くは、イベントなどの対戦で有利になるために協力しているのだろう。
──協力プレイの最大の強みは、戦術の幅を大きく広げられること。
──味方が所持するギアはもちろん、彼らがプレイヤーとして選ばれた才能を戦術に取り入れることができる。
そして、味方を増やしたいギルドにとって、新人プレイヤーは獲得しやすい人材だ。
新人プレイヤーに足りない「経験」、時間をかけなければ得られない「知識」を提供できるからだ。
新人プレイヤーより長くプレイして、仲間のプレイヤーがいる分、ギルドで活動しているプレイヤーたちは「ギアの入手条件」や「イベントでの体験談」などの情報を多く持っている。
先行プレイしていた者たちが切り拓いたルート。
新人プレイヤーたちはギルドに加入することで、彼らが試行錯誤の末に進んだ先へ最短距離で追いつくことができる。
「私はギルドに入るなら、楽しそうな雰囲気のところがいいかな〜。
この実質デスゲームを楽しんでるギルドって面白い人が多そうだし。
……レキトくんは?」
「俺はビジョンを持ってるギルドだな。
規模の大小関係なく、今後のゲーム攻略でやることが明確になっているところを選びたい。
あと綾瀬と明智と3人で入れることが条件だ」
「ふーん、『私と良樹くんと一緒に』ってのは少し意外だね。
レキトくん、実力のあるギルドに勧誘されたら、1人だけでも入るかと思ってた」
「何を言ってるんだ、明智。
2人の強さがわからないギルドなんて、そんな見るの目のないところはお断りだよ」
レキトはスクエア型眼鏡をかけ直す。
どういうギルドに入りたいのか、ソファに座る綾瀬の回答を待った。
内心、軽い口調で「ぶっちゃけどこでもよくね?」と答えが来ることを予想する。
まだ一緒に行動した時間は短いけれど、綾瀬は誰かに何かを求めるタイプではないような気がした。
だが、しばらく綾瀬は考え込んでいた。
長い足を組んで、アゴに手を当てたポーズを取っている。
レキトと戦ったときに見せた真面目な顔をしている。
「……あのさ、マジな話していい?」
ギルドに入るのは全然アリなんだけどさ、と綾瀬は後頭部を掻いた。
◯
《遊戯革命党》の暁星明は腰をかがめて、両手を膝について頭を深く下げた。
そして、ギルドに勧誘したレキトへ首を差し出すように、頭を深く下げたポーズのまま静止した。
山手線バトルロイヤルを観戦して、東京ディズニーランドまでスカウトしにきたプレイヤー。
気配をまったく悟られず、レキトの背後を取った実力は確かだ。
自称レキトのファンを名乗る胡散臭さはあるけれど、今のところ《小さな番犬》が危険を察知して吠える様子はない。
レキトは肩越しに振り返る。
戦ったばかりの特殊防衛組織『アント』、 戦闘員のNPC8名のうち6名が意識を失っていた。
残りの2名はうつ伏せに倒れたまま、敵意を剥き出しにしてレキトを睨みつけている。
色々と訊き出したいことがあったが、とても対話できそうな雰囲気ではない。
話し合いができそうな隊長の八重樫が目覚めるまで、特殊防衛組織『アント』のことは後回しにした方が良さそうだ。
「……暁星、話はわかった。
お前たちのギルドについて、いくつか質問をしてもいいか?」
「おお! 興味を持ってくれて嬉しいな〜!
何が知りたい? 普段のギルドの活動? それとも今後のゲーム攻略プラン?
ちなみにうちはメンバー絶賛募集中だから、綾瀬くんと明智さんの加入はウェルカムだよ!」
暁星は頭を上げて、嬉しそうに目を輝かせる。
飛びつく勢いで近づいて、素早くレキトの手を取った。
まだギルドに加入するとは一言も言っていないのに、暁星は満面の笑みを浮かべている。
あまりにも感情をストレートに表現する態度。
実は暁星が演技しているのではないかと疑いたくなる。
「いや、まず質問したいのは、普段の活動や今後の攻略プランじゃない。
ギルドに勧誘されたプレイヤーの多くが、おそらく一番気にすることだ」
レキトは暁星に握られた手を引っ込めた。
今この瞬間、頭に浮かんでいるのは、ソロプレイでは思いつかなかった質問。
綾瀬と明智とギルド選びの基準を話し合った記憶が蘇る。
暁星の目を見つめて、綾瀬が気にしていたことを質問した。
「もしギルドで協力プレイするとして、ゲームマスターと戦うときはどうなる?
──ブラックカードは早い者勝ちだから、ゲームマスター戦は味方とも競い合うことになるのか?」
ゲームマスターを倒したクリア報酬にもらえる、アーカイブ社のブラックカード。
このカードを手に入れた者には、特典として【アーカイブ社グループのサービスを無料で受ける権利が付与される】ということを約束されている。
例えば、海外のトップシェフを自宅に呼び寄せることもできるし、月面に別荘を建てることも可能だ。
そして「死者を生き返らせること」も実現できる。
ただし、アーカイブ社のブラックを手に入れられるのは、ゲームマスターを倒したプレイヤー1名のみ。
ゲームマスターが活動停止になった後、『Fake Earth』はサービス終了するため、それ以外のプレイヤーは何も得ずに現実世界へ戻ることになる。
たとえ協力プレイでゲームマスターを倒したとしても、戦ったプレイヤー全員にブラックカードが配布されるわけではない。
──オレさ、ブラックカードはマジ欲しいんだよね。
──じゃなきゃ、こんなヤバいゲームに参加してないし。
レキトは綾瀬の言葉を思い出す。
なぜ綾瀬がブラックカードを手に入れたいのか。
本人が何も語らなかった以上、その理由はわからない。
ただ、山手線バトルロイヤルで、レキトは綾瀬が戦ったときの姿を知っている。
全身がボロボロになっても倒れない、何かを背負っている者の覚悟をこの目で見た。
おそらくギルドで協力プレイしている者たちの多くは、綾瀬と同じブラックカード目当てだろう。
他プレイヤーのコインでクリアしたときの報酬、賞金1億円では叶えられない願いを持っているはずだ。
お互いに譲れないブラックカードのために、いざゲームマスターと戦うときに味方が敵に変わる可能性がある。
あるいはゲームマスターと戦う前に、ギルド内で潰し合いがあるかもしれない。
いつか仲間割れが起こる可能性の高いギルドに加入することは避けたかった。
「……ああ、なんだそんなことか。
どんな質問が来るかと思って、内心ビビって損したよ〜。
ブラックカードで揉めることはないから安心してくれ」
暁星は胸をなで下ろす。
迷彩柄のグレーコートからスマートフォンをつかみ、明るくしたスマホ画面をレキトに近づけた。
目の前のスマホ画面には、知らない男女6名がホームパーティーをしている写真が映っている。
暁星が親指でスマホ画面をスワイプすると、彼らが「ジムで筋トレしている写真」や「ホワイトボードを使って会議している写真」などに切り替わっていった。
「《遊戯革命党》の仲間たちの写真だ。
どうだ、けっこう仲が良さそうだろう? 実際、俺たちは本当に仲が良い。
だから、ブラックカードのことで、『ある取り決め』をしたんだ」
「ある取り決め? それは何だ?」
「なーに簡単なことさ。
俺たちギルドの誰かがブラックカードを手に入れたら、仲間のプレイヤーがブラックカードで成し遂げたかったことを代わりに成し遂げる。
これならギルドの全員が得するから、喧嘩になる心配はないだろう?」
暁星は屈託なく笑った。
琥珀色のシャープな目がくしゃっと細くなり、笑い皺が目尻に寄せられる。
性格の良さがにじみ出たような笑顔。
生まれ持ったカリスマ性みたいなものを感じさせられる。
レキトは口に手を当てて、暁星のブラックカードの取り決めが機能するかどうかを考える。
たしかにブラックカードをどう使うのかは、持ち主の自由だ。
親が子どもの欲しがっているゲーム機を買うように、他人のためにブラックカードを使うことはできるだろう。
「死者の復活」は1人あたり約30日間の時間を要するが、生き返らせる人数に制限は決められていない。
仲間とブラックカードで叶えたい望みを話し合っていれば、実現することは可能だ。
だが、ゲーム世界での約束が現実世界で果たされる保証はない。
たとえ《遊戯革命党》のプレイヤー全員が裏切る気がなくても、誰かが仲間のことを疑うようなことがあれば、信頼関係を前提にした取り決めが守られなくなるリスクもある。
ただ、綾瀬に暁星の話を伝えたら、ブラックカードの取り決めに賛成しそうな気がした。
暁星が見せた《遊戯革命党》の写真から伝わる和気あいあいとした雰囲気は、明智のギルド選びの基準に当てはまっている。
《遊戯革命党》のプレイヤーたちが楽しそうにしている写真の中に、レキトたち3人が加わっている姿のイメージが脳裏をよぎった。
「わかった。じゃあ次の質問だ。
《遊戯革命党》のゲーム攻略のプランを教えてくれ」
「え? まだ質問するのか?
今いい雰囲気になってたから、完全にギルドに入ってくれる気持ちでいたんだけど」
「話を勝手に進めないでくれ、暁星。
ただ『メンバー同士の仲が良い』って理由だけで、ギルドに加入することを決めるわけがないだろう」
「いや、真面目にそう言われたら、たしかにそうなんだけどさ。
……まあ、質問されたからには答えるよ。
俺たちのゲーム攻略プランは、今の君にとって大きなメリットがあるものだ」
暁星は含みのある言い方で答えた。
「君」よりも「今」の方が強いアクセント。
今さっきこの場所で戦った、特殊防衛組織『アント』が頭に浮かんだ。
そして妊娠した恋人の真紀が続けざまに思い浮かぶ。
「……もしかしてお前たちのゲーム攻略プランは『NPC』に関係することか?」
「大正解! このゲームはNPCが70億体もいるからね。
このプログラムが大量に存在するせいで、俺たちはゲームマスターを探すどころか、プレイヤーも見つけにくくなってる。
しかもNPCにプレイヤーだってバレたら、面倒な戦闘プログラム集団に追われるんだ。
──もし『Fake Earth』がプレイヤーだけの世界になれば、ゲーム攻略はだいぶ楽になると思わないか?」
暁星は明るく笑った。
笑い皺が目尻に寄せられて、片えくぼが右頬にできる。
一片の曇りのない笑顔には、悪意や邪気が感じられない。
琥珀色のシャープな目はレキトの目をまっすぐ見ている。
レキトは息を呑んだ。
心臓の鼓動が早まるのを感じる。
──《遊戯革命党》というギルド名の「革命」は何を意味するのか。
この世界のNPCに対する認識が、暁星とレキトで大きくズレていることに気づく。
「全世界のNPCを1体残らず機能停止にする。
それが《遊戯革命党》のゲーム攻略プランだ。
──日常生活や厄介事から解放されるんだから、レキトにとっても悪くない話だろう?」
誇らしげな顔をした暁星は親指をぐっと立てた。