47話 線路は続くよ、どこまでも
これはプレイヤー名「綾瀬 良樹(Ayase Ryojyu)」がゲームに参加する前の物語である。
【ゲーム世界 :『Fake Earth』】
プレイヤー名=綾瀬良樹(Ayase Ryojyu)
【現実世界】
戸籍名=大久保翔平(Okubo Syohei)
茅ヶ崎の砂浜で肌を焼いていると、めちゃくちゃ怪しい勧誘のDMがTikTokのアカウントに届いた。
DMの送り主はアーカイブ社の公式アカウントだった。
担当を名乗るオッド・ストーンによると、なんでも『Fake Earth』とかいう聞いたことのないゲームのプレイヤーに、世界中の人たちの中から「身体操作」の才能を持っているということで、オレが選ばれたらしい。
もし現実世界を再現したゲームの世界から脱出することができれば、「賞金1億円」もしくは「アーカイブ社のブラックカード」がもらえるとのことだった。
──条件付きで大金が手に入る話を持ちかける。
──どう考えても、詐欺でお馴染みの手口だ。
サイバー犯罪者による、企業のアカウントの乗っ取り。
フォロワー数で見抜けるなりすましと違って、認証済みの青バッジを利用しているのはタチが悪い。
もちろんオレは騙されることなく既読スルーした。
長文なのに読みやすいDMは、超一流企業勤めの人が書いたような雰囲気があったけど、だいたいの詐欺師は自分を「本物」らしく偽ることに長けている。
ほかのユーザーが被害に遭わないように、TikTokの運営に乗っ取り被害の通報をしておいた。
ちょうど肌がいい感じに日焼けできたので、「大学生のオレより暇している人のところ」へ向かった。
「うぃーす、監督!
お待ちかねの差し入れ、持ってきましたよ!」
夏晴れの昼下がり、オレは元気よく挨拶して、コンビニの新作スイーツの入ったレジ袋を掲げる。
ピスタチオ味のプリンを中から取りだして、高級感のあるパッケージを強調するように見せた。
病室のサイドテーブルにレジ袋を置いて、オレは見舞い客用の椅子に腰かける。
高校時代に野球部でお世話になった桜沢監督は、ベッドの上でため息をついた。
「そんな何度も来なくていいって言ってるだろう、ショウ。
俺のところに顔を出す時間があるなら、サークルとか楽しんできたらどうだ?」
「いやいや、監督、そんな訳にはいかないっすよ。
ここの病院のナース、綺麗な人が多いんですから。
友達にも合コンのセッティング、マジで期待されてますし。LINEを交換するまで通い詰めないと」
「おい、めちゃくちゃナンパ目的じゃねえか。
俺の見舞いはついでかよ。
相変わらずお前はチャラいな」
桜沢監督は弱々しく笑みを浮かべる。
頬にえくぼができて、目尻に笑い皺が寄った。
先週お見舞いに来たときよりも、肌の色はさらに白くなっている。
写真の加工アプリで美白フィルターを重ねがけした人みたいに青白い。
オレが桜沢監督と出会ったのは、長野シニアで控え投手をやっていた中学3年生のとき、今年の夏の始まりを告げるように、セミが一斉に鳴き始めた日だった。
湘南の高校からバイクでやってきた桜沢監督は、誰よりも海パンが似合うくらい日焼けしていた。
関東遠征で行った練習試合を見て、今後の成長の方向性が予測できなかったオレをスカウトに来てくれたらしい。
ほかの学校から声がかかっていなかったので、オレは桜沢監督のスカウトを受けることにした。
「才能は植物にたとえられる。
『芽が出る』『花開く』『枯れる』と言うだろう?
そして、植物によって成長速度が異なるように、個々の才能も開花するまで遅い早いの差がある。
正しい努力をちゃんと続けていれば、みんなの才能はきちんと開花することを覚えてくれ」
高校に入学して以来、桜沢監督は同じことを事あるごとに語った。
オレはチームが二流の選手の集まりだから、こんな気休めの励ましを口にするのだと思った。
神奈川県は地方大会の激戦区で、マジで上手い奴らはみんな実績のある強豪校に通っている。
事実として、桜沢監督が率いる野球部は万年ベスト8止まりだった。
──どうせ途中で負けるんだから、毎日厳しい練習を頑張らなくてよくね?
オレはときどき練習をサボって、クラスの友達とカラオケに行って、TikTok映えしそうな振り付け選手権を開催した。
野球は好きだけど、普通の高校生らしいことを楽しみたい。
ぶっちゃけ罪悪感はあまりなかった。
ただ、練習をサボるたび、桜沢監督から体調を心配するLINEが届くのは、微妙にメンディーだった。
今日は野暮用があることを伝えると、「ショウがいないと始まらないから、明日は練習に出てくれよ~」と桜沢監督は軽い調子でお願いする返信を送った。
さらに、友達と遊び終わった後にできる自主練のメニューを書いた画像を連投した。
サボった翌日の練習で2年の林先輩が叱ろうとするのを制して、桜沢監督は嬉しそうに歓迎してくれた。
──オレが野球部からいなくなったって、代わりに投手をやれる部員は何人もいる。
──ぶっちゃけサボる部員なんて、いなくなったほうが部全体のためになるはずだ。
それでも桜沢監督は、ちょいちょい休みを入れるオレに対して、決まって「体調を心配するLINE」を送り続けた。
オレが体調不良でないことがわかれば、自主練のメニューを書いたメモの画像をトーク画面に貼り付けた。
指導者が成長の方向性を予測できない選手はとんでもない伸びしろがあることを熱弁して、「才能あるお前を開花させることが、監督の俺の責任だ」とドヤ顔で自分の胸を叩いた。
たぶんスポ根ドラマの登場人物なら、桜沢監督の熱意に心を入れ替えるだろう。
けど、オレはやっぱり練習をときどきサボった。
いちおう野球をもっと頑張ろうとは思ったが、最近カラオケ合コンで知り合った読モの子とのデートも頑張りたかった。
人生は一度きりだから、今やりたいと感じることは全部やっておきたい。
でも、彼女とデートが終わった後は、なんとなく桜沢監督から送られた画像を見返して、夜の川原で自主練に取り組んだ。
ところが、野球部が代替わりしてから初めて練習を休んだ日、桜沢監督から「体調を心配するLINE」は来なかった。
サボったときによく来るカラオケで遊んでいても、自主練のメニューが書かれた画像も送られてこない。
代わりに、野球部でバッテリーを組んでいる仲間からLINEが届いた。
「ヤバい! 桜沢監督が倒れて、救急車で運ばれた!」と通知がスマホ画面に表示される。
翌日の練習は顧問の先生が珍しく姿を見せて、桜沢監督は病気の手術で入院することになったことが発表された。
「いや~心配かけたな、ショウ。
練習には近いうちに戻れるよ。
俺にはお前をプロに送り届ける責任があるからな」
入院中の桜沢監督はダンベルを持ち、病院のベッドで筋トレしていた。
「まさかショウの方から、体調を心配するメッセージが来るなんてな」と明るく笑っていた。
日焼けした肌の黒さは、病院のベッドの白さから浮いている。
病人のイメージを正反対にしたような健康体に見えた。
──重い病気なんだって。まだ若いから進行も早いみたいでさ、あと2年とか、3年とかそういう話らしい。
桜沢監督と面会する前、新主将になった林先輩からオレにだけ教えてもらったことを思い出す。
完治は難しいそうだった。
「もし俺の入院中に練習を休む日があったら、これを代わりにやってくれよ」と桜沢監督はオレにいつものメモを渡した。
自主練のメニューを書いた字は、いつもより筆圧が弱く、線は少し震えていた。
それから練習以外のことをしても、オレはあまり楽しめなくなった。
クラスの友達とカラオケに行っても、読モの子とディズニーに行っても、途中で用事があるふりをして切り上げて、サボる予定だった部活に遅れて参加した。
暑い夏が終わって、スポーツの秋だから運動したい気分なのかもしれない。
気づいたら、オレはいつの間にか練習を休まなくなっていた。
TikTokに動画を投稿するペースが減るにつれて、トレーニングの負荷が増えていく。
練習は日々ハードになっていったが、ハードにすればするほど、全身が研ぎ澄まされていくような感覚が好きだった。
1つひとつのトレーニングが体のどこを鍛えているのか、細胞で感じ取るのは気持ち良かった。
部活中に流れる汗は、オレという存在をどんどん純粋なものというか、なんだかそういうものにしていってくれている気がした。
部活終わりに飲むプロテインがだんだん旨くなっていく。
仕事終わりにビールを飲むサラリーマンの気持ちが心の底から理解できた。
プロテインを割ったミネラルウォーターは水道水より何が優れているのか、栄養と味の違いがわかる男に成長していく。
やがて校庭にある桜のつぼみが膨らんできたとき、いきなり投球練習中に頭の中で「アップテンポの音楽」が流れ始めた。
全身がやけに軽くなり、握ったボールと右腕の重みが消える。
音楽に合わせてストレートを投げてみると、凄まじい勢いで回転したボールは打者の手元で急速に浮き上がった。
桜沢監督の才能を植物にたとえる話が思い浮かぶ。
急いでオレはグラウンドを見回した。
今の投球を桜沢監督に見てもらって、この喜びを分かち合いたかった。
だが、グラウンドの隅々まで探しても、桜沢監督の姿は見当たらない。
普段はいない顧問の高木先生が練習風景を見守っている。
今日の練習は体調不良で休んでいるようだった。
月日が経つにつれて、桜沢監督は練習を休む回数が増えていく。
いつも元気そうに振る舞っていたが、真っ黒に日焼けした肌は少しずつ白くなっていった。
オレは気づかないふりをして、その日の練習にひたすら集中した。
今は何を重点的に鍛えればいいのか、桜沢監督の指示を仰がなくても、当日のコンディションで判断できるようになっていた。
散らばったビーズを指先で拾い集めて、ダンベルプレートでジャグリングする。
独自に考えた練習は遊んでいるように見えるが、オレにとって最も効果的な練習であることを確信していた。
毎日テクニックピッチで計測すると、ボールのスピン量は右肩上がりで増えていた。
頭の中で流れる音楽も鮮明になっていった。
──高校を卒業してから半年も経たないのに、野球部で過ごした日々がとても懐かしく思える。
──高校生には二度と戻ることがないから、過ぎ去った日常がエモく感じるのだろうか?
朝練のために早起きしていた習慣はいつの間にか抜けて、寝坊したオレは1限目の授業をぶっちするようになっていた。
同じ学部の仲間の家で鍋パをやったり、夜通しクラブで踊ったりするような毎日を送っている。
夏になっても肌が小麦色にならない、野球とは無縁の大学生活。
高校生の頃と変わらないのは、桜沢監督の見舞いへ週に何回か通うことくらいだ。
「そういえば関西にいる息子から電話で聞いたよ、ショウ。
お前が大学でも続けてるTikTok、若者の間で人気があるらしいな。
『担任してるクラスの生徒が話題にしてた』って言ってたぞ」
「ほら、前に言ったじゃないすか、監督。
フォロワー10万人超えはヤバいことだって。
オレの1人カップルユーチューバーごっこシリーズを観たら、マジで笑いすぎて腹筋バキバキに割れますよ」
「ここ最近の投稿は全部観てるぞ。
俺は若者じゃないから、何が面白いのかは全然わからないけど。
ただ、どれも元気そうにやっててよかったと思ったよ。
……本当に元気そうでよかった」
遠い目をした桜沢監督はベッドで吐息を漏らす。
とてつもなく長くて、あまりにも力のない吐息だった。
冷房の効いた部屋で、嫌な汗が首に流れるのを感じる。
「なに1人でチルってるんですか、監督。
オレが元気だなんて、いつものことっすよ」
「……たしかにそうだな。あの日の決勝戦のときも、お前は元気そうに見えたよ」
「いや、ていうか人の心配をしてる場合じゃないっすよ。
監督には元気になってもらって、早く退院してもらわないと。
1人カップルユーチューバーごっこシリーズで、彼女の父親役として、監督に出演してもらうつもりでいるんですから」
「ははは、ありがとう。
けど、お前のチャンネルには出れないよ。
──俺が映ってる動画なんて、炎上するに決まってるだろう?」
桜沢監督はオレに微笑みかける。
頬にえくぼができて、目尻に笑い皺が寄った。
いつも部員に親しみやすさを感じた笑み。
けれども、えくぼの窪みがいつもより深くて、どことなく痛々しさを感じさせる。
オレは返答に詰まった。
軽いトーンで否定することも、笑ってごまかすこともできたのに、何も言うことができなかった。
桜沢監督の潤んだ目を見て、その場で固まってしまった。
しんと静まり返った病室に、気まずい空気が流れる。
「ごめんな、ショウ。
俺は監督として、選手に一番やってはいけないことをしてしまった」
桜沢監督は震えた声で謝った。
潤んだ目から涙が零れたが、頬骨を過ぎたところで止まった。
細くて短い、勢いのない涙。
化粧水が肌に染み込むように、濡れた跡はあっという間に乾いていく。
「いやいや、急に何を言ってるんすか?
オレにとって、監督はめっちゃいい奴っすよ」
「才能ある選手がプロで活躍する未来を奪ったのに、か?
俺はお前に甲子園の夢を背負わせて、地方大会の決勝戦で無理をさせてしまったんだぞ」
桜沢監督が自嘲気味に言ったとき、オレは肩がズキリと痛むのを感じた。
延長13回裏で投げ切った直後、肩を押さえてマウンドでうずくまった記憶が蘇る。
遠のいていく歓声。
野球帽を焦がすような日差し。
汗の染みついたマウンドの土の匂い。
試合後にスポーツ診療科の病院に連れて行かれて、医者から今までの競技レベルで野球を続けることは難しいと言われたことを思い出す。
けど、オレはあの日に投げたことを後悔していない。
ていうか、地方大会の決勝戦で登板することになったのは、連投を控えようとした桜沢監督に元気なふりをしたからだった。
決勝戦の相手は、甲子園4連続出場を果たしている強豪。
オレ以外の投手はみんなプレッシャーに呑まれていた。
桜沢監督を甲子園へ連れていくために、オレは投げ過ぎで痛んでいる肩を軽そうに回してみせた。
頭の中では、大音量で音楽が流れ続けている。
マウンドに立てば、昨日よりももっと良い球を投げられる気がしていた。
地区大会の決勝戦、延長13回のマウンドに立ったとき、オレは心の底から「人生楽しいな」と思った。
中学時代に強豪校にボロ負けして、高校で続けるかどうかも迷っていた野球。
オレが信じられなくなった自分の可能性を、桜沢監督は諦めずに信じてくれた。
今後の伸びしろが大きいことを熱弁して、練習を何度もサボるオレを見捨てなかった。
重い病気で初めて入院したときも、オレのために自主練用のメニューを考えてくれた。
もしも桜沢監督がスカウトしてくれなかったら、オレはずっと挫折感みたいなものを抱えていただろう。
たぶん今より毎日が楽しくなかったはずだ。
小さくまとまった生き方をする、ダサい奴になっていたかもしれない。
桜沢監督が信頼してくれたから、オレは信頼に応えるために、野球という1つのスポーツにハマれた。
死ぬほどハマった先に、自分の可能性が続いていることを知ることができた。
プロ野球選手になることよりも、オレにとって大事なものを手に入れることができた。
高校3年間を終えて、桜沢監督には感謝しかなかった。
「……お前はいい奴だな、ショウ。本当にありがとうな」
桜沢監督はオレを温かい目で見た。
オレが出会ってから、今まで一度も見たことのない目だった。
どことなく悟ったような雰囲気。
オレの野球人生に一ミリの悔いもないことは、本心中の本心だった。
でも桜沢監督は、オレの言葉を「優しい嘘」だと勘違いしている。
「監督、マジで言ってるんすよ!
オレが気を遣うタイプじゃないって知ってるじゃん!」
「ああ、わかってるよ。
お前のことはよくわかってる。
全部わかってるから安心してくれ」
桜沢監督は小さくうなずいた。
でも、オレを見る温かい目は変わらない。
何度もわかっているといいながら、オレの言葉を信じてくれなかった。
地方大会の決勝戦で肩の調子を隠したように、またオレが桜沢監督のために演技をしていると思い込んでいる。
──「真実」を話しているのに「虚偽」と判断されるなら、いったい何を話せば信じてもらえるのか。
甲子園出場のために部員を潰した監督の責任を問い質すネット記事がフラッシュバックした。
生まれて初めてオレの名前がトレンド入りしたSNS、桜沢監督を非難する言葉がたくさん並んでいた光景が脳裏をよぎる。
高校を卒業してからも、桜沢監督のお見舞いへ通いまくったのは、オレが楽しく大学生をやっていることを知ってもらうためだった。
TikTokのフォロワーを頑張って増やしたのは、野球をやらなくても人生うまくいっている姿を見せたかったからだ。
正しい努力を続けていれば、花開くときはちゃんとやってくる。
桜沢監督に野球を通して教えてもらったことが、今のオレの人生に活きていることを感じてほしかった。
けど、桜沢監督にオレの気持ちは態度でも伝わらなかった。
教え子がプロ野球選手になる将来を潰してしまった責任を感じている。
大学生活を楽しんでいるオレには、プロ野球選手になれなかった未練なんてないのに、今でも桜沢監督はオレのことを後悔したままでいる。
「……そろそろ院長先生が診察に来る時間だ。
どうする、ショウ?
別にここにいてくれも大丈夫だけど、長くなるかもしれないから気を遣わなくてもいいぞ」
「んじゃ、今日はここで帰りましょうかね。
院長先生が監督のところに来るってことは、その隙にナースの人にLINEのIDを訊けるチャンスですし」
「了解。それなら、俺が体調の悪いふりをして、院長先生との診察を長引くようにしといてやるよ」
「あざっす、監督! オレ、マジで頑張ります!
次に見舞いに来たときに、結果報告するんで、楽しみにしといてくださいよ!」
オレは親指を立てて、にかっと笑った。
行きつけのラーメン屋から出る感じで、いつもどおり桜沢監督のいる病室を後にする。
見舞いに行ってから2日後、桜沢監督からLINEが届いた。
通知のポップアップに、「いつも主人がお世話になっています。妻の晶子です」と表示される。
本人の代理でLINEを送ることが、何を意味するのかはすぐにわかった。
オレの嬉しい報告を聞く前に、桜沢監督は亡くなったそうだった。
桜沢監督の葬式は、よく晴れた日差しの強い日に行われた。
卒業してから何年も経つOBが多く集まり、わざわざ地方から新幹線でやってくる人もいた。
棺の中で眠る桜沢監督の顔は、死化粧で青白さが消えていた。
けど、元気だった頃の日焼けした肌色まで再現されていない。
真っ白な死装束が似合う姿は、亡くなったことをより実感させた。
【あなたの才能の本質は『身体操作』です。
頭で考えたとおりに、体を完璧にコントロールできる力を持っています】
【たとえば普通の人はバク転のやり方を教えられても、思い通りに体が動かせずに失敗するでしょう。
筋力や柔軟性が十分ある人でも、後ろへの回転の勢いが足りなかったり、手をつくタイミングが遅かったりします。
正しいやり方を言葉で説明できるのに、実際の動きでは説明したとおりにできないのです】
【しかし、あなたは体を教えられたとおりに動かすことができます。
身体能力で可能なことであれば、初めてやる動作も完璧にこなすことができます。
『Fake Earth』でアバターを操作することにおいて、これほど恵まれた才能はありません】
葬式の帰り道、オレはアーカイブ社のDMを読み返す。
DMの最後に送られたメッセージには、担当のオッド・ストーンの携帯番号が表記されていた。
突然プレイヤーに勧誘された、『Fake Earth』とかいう謎のゲーム。
クリア報酬の「アーカイブ社のブラックカード」を手に入れれば、死者を生き返らせることも実現できる話を思い出す。
冷静に考えて、オレを詐欺で騙すとしたら、もっとリアリティのある作り話をするのではないだろうか?
「嘘」だと思えるようなことが、実は「真実」なのかもしれない。
『Fake Earth』が本当に実在するなら、ちょっとプレイしたいなと思った。
オレはゲームに向いているみたいだし、ワンチャン無双できる可能性もある。
──桜沢監督で開花させてくれた「身体操作」の才能で、『Fake Earth』をクリアする。
──アーカイブ社のブラックカードを手に入れて、悔いを残して死んだ桜沢監督を生き返らせる。
オレは電話アプリを起動して、オッド・ストーンの携帯番号にかけた。
オッド・ストーンは電話にワンコールで出る。
「あのさ、『Fake Earth』に参加させてくんない?」
オレは単刀直入に用件を切り出した。
「承知しました。
それでは弊社が送りましたメールをご確認ください」
誰からの電話なのかを尋ねることなく、オッド・ストーンは驚くほど聞き取りやすい日本語で返事する。
通話状態のままメールを確認すると、『Fake Earth』に参加表明する30分前に、「アーカイブ社ゲーム事業部」からメールが届いていた。
次回、第3章「山手線バトルロイヤル」最終話。