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【書籍化】Fake Earth  作者: Bird
第3章 山手線バトルロイヤル
47/95

45話 Change! Challenge! Chameleon!

夢現電脳海淵城(サイバーキャメロット)》ROOM-C、「大理石の円卓」の上。


 山手線の全線全駅を模した鉄道ジオラマには、参加プレイヤーの様子を映した3Dホログラムが浮かんでいる。

 30名の参加プレイヤーたちは次々と脱落していき、3Dホログラムは新宿駅で停車している電車の屋根で対峙している2つだけとなった。


 (しぶ)()駅代表──「(あそ)()(れき)()」。

 高輪(たかなわ)ゲートウェイ駅代表──「(あや)()(りょう)(じゅ)」。


 最後尾11両目の屋根と10両目の屋根の上にいる、2人のプレイヤーは約25メートル離れている。


──序盤で2人が戦ったときとまったく同じ舞台、11両目と10両目の上での再戦。

──ほかの参加プレイヤーの邪魔が入ることのない一対一。


 イベントの最終戦が今始まろうとしている。


 目の前のプレイヤーに勝利した者が、第27回目の山手線バトルロイヤルの優勝者となる対戦だった。



「うおおおおお! キタァァァァ~!

 ついに始まったで、ラストバトル!

 ぶちかましたれ、遊津の旦那! 綾瀬の兄貴をぶっ倒して、わいの優勝できへん予想を(くつがえ)すんや!」



 虎柄(とらがら)のメガホンを口に当てたハムスターのモグ吉は、小さな拳を高く突き上げた。

 喉の皮膚を破いてしまいそうな勢いのある声量。

 あまりにも大声すぎて、「声援」というよりは「怒号」に近い。

 円らな目はギラギラと血走っている。



「モグ吉先輩、落ち着いてください。

 何度も言いますが、僕たちが担当した新人プレイヤーの戦いを観戦してるのは、今後のチュートリアルの在り方を見直して、未来の新人プレイヤーの質を高めるためです。

 仕事に私情を挟むのは良くありません。

 ……だいたい、遊津君は明智さんに勝ったんですから、綾瀬君に負けるはずがないでしょう?」


「はぁ~? 何を言ってんの、ジョン?

 どう考えたって、綾瀬君が優勝するに決まってるでしょ!

 新宿駅のホームで見せた、あのキレッキレの『身体操作』!

 担当チュートリアルの私が優勝候補だと思ってた3人に圧勝した実力!

 ヒョロガリの遊津君なんて、秒でワンパンKOよ!」


「私もピー姫に賛成ですね。

 綾瀬さんの肉体美が素晴らしいのは当然のこととして、遊津さんは明智さんと戦ったときに、《迷える羊の子守歌》で眠らされないように、自分の脇腹などにレーザー光線を撃ったダメージがあります。

 一方、()()()()()()()()()()()

 この山手線バトルロイヤルが始まってから、彼は血を1滴も流していません。

『万全な状態で戦えるかどうか』の差は大きいですよ」



 野うさぎのキャロルは微笑み、鮮やかなピンク色のサイリウムを掲げる。

 綾瀬の対プレイヤー用ナイフと同じ色だった。

 翼を前に構えたインコのピー姫は、綾瀬の顔写真を貼ったうちわを持ち上げている。

「絶対♡優勝」とポップ体のデカ文字が、うちわの裏面に貼られていた。


「遊津派」と「綾瀬派」に割れたチュートリアルたちは、鋭い視線で火花をバチバチと散らすように(にら)み合っている。

 ハムスターのモグ吉とインコのピー姫は肩をすくめて、残り1匹のチュートリアルに一点の曇りのない信頼しきった目を向ける。


 前足で腕組みのポーズを取っていた、カブトムシの武士(ぶし)(まる)はため息をついた。



「……勝敗を予想すれば、先入観で歪んだ観戦になる。

 どのみち勝負は何が起きるかわからない世界、言及は控えさせてもらうよ。

 例年のイベントと比較して、今回の参加プレイヤーのレベルは異常に高い。

 今までの参加プレイヤーと何が違っているのか。

──この疑問の答えを導きだすために、彼らの最終戦は大いに参考になるはずだ」



《夢幻電脳海淵城》ROOM-C内で、新宿駅で停車している電車の発車ベルが響きわたる。


 議論をやめたチュートリアルたちは前屈みの姿勢になった。


 遊津は片膝をついて、赤色のスマートフォンを持った手を背中に回している。

 綾瀬はナイフを手で回しながら、静かにステップを踏んでいる。


 全車両のドアが同時に閉まり、次の駅へ電車は動き出した。



 最後尾の車両が新宿駅を離れた瞬間、遊津は対プレイヤー用レーザーを構えた。

 背で隠していたスマートフォンを、アバターの正面にゆっくりと回した。

 電車のライトに偽装させていた光を、10両目の屋根にいる綾瀬に向ける。



「なるほど。

『戦う前の準備で勝敗を決める』ってことですか」



 緑亀のジョンは(あご)を撫でる。

 3Dホログラムに手をかざして、新宿駅に到着する前の遊津のログをさかのぼった。


 全プレイヤー共通支給ギア、《対プレイヤー用レーザー》。

 端末上部のイヤホンジャックに溜めた電気を放つギアは、ホームボタンを長押しするほど、威力とともに弾のサイズが大きくなっていく。


──明智との戦いが終わり、参加プレイヤーの位置情報がスマホ画面に公開された3分後。

──新宿駅の5つ前の大塚(おおつか)駅にて、遊津は対プレイヤー用レーザーを起動している。


 綾瀬にイヤホンジャックを向けるまで、ホームボタンを長押しした時間は11分29秒。


 遊津は親指をホームボタンから離して、「()()()()()()()()()()()()()()()」を放った。



 ライトグリーン色の光の球体は、雷鳴のような音を轟かせた。

 最後尾11両目の屋根を瞬く間に通過──集中式冷蔵装置が屋根から吹き飛ばされる。


 直径3メートル超えの光の球体は、綾瀬がジャンプで飛び越えた自動販売機より1メートル以上高かった。

 電車の横幅もはるかに超えている。

 低くスライディングして、光の球体の下を通り抜ける隙間もない。


 インコのピー姫は悲鳴をあげた。

 推しのプレイヤーのピンチに、全身は羽毛が縮んだかのように細くなっている。

 野うさぎのキャロルは固唾を呑み、3Dホログラムに映る綾瀬の横顔を見つめた。

 鮮やかなピンク色のサイリウムを不安そうに握りしめている。


 綾瀬は足を踏み鳴らすことをやめた。

 短く息を吐いて、全身をリラックスさせた。

 頭上の高さへスマートフォンを持ち上げる。

 電車の風圧で乱れた前髪を、落ち着いた手つきで整える。



「Make up! ──《私は何者にもなれる(フリー・カラー)》」



 綾瀬はギア名をつぶやく。

 

 自然な笑顔を作り、シャッターボタンを押した。



──ラシャッ。



 小気味のいいシャッター音が鳴った瞬間、ライトグリーン色の光の球体が綾瀬のいた場所を通過した。

 10両目の端から端まで一気に飛んだ。

 9両目に設置されたパンタグラフを粉々に砕く。


 しかし、山手線の全線全駅の鉄道ジオラマに浮かぶ3Dホログラムは、変わらず2つのままだった。

 電車の10両目の屋根には、アバターの肉片やシアン色の血が飛び散った跡もない。


 緑亀のジョンは目を瞬かせていた。

 ハムスターのモグ吉は口をぽかんと開けている。


 3Dホログラムに映る綾瀬は、「10両目の車両の窓の前」でぶら下がっている。


 電車の屋根から飛び降りた直後、車両の窓枠に対プレイヤー用ナイフを突き刺して、線路へ落下しないように握りしめていた。



「これは素晴らしい判断力ですね!

 電車の屋根から側面へ避難することはもちろん、《私は何者にもなれる》で透明になることで、遊津暦斗の追撃を受けないように隠れることができています。

 少しでも気を抜けば、死ぬかもしれない場面で、『今この瞬間』だけでなく『先』も見据えられる。

 この余裕を持てるメンタルは相当なものですよ」



 野うさぎのキャロルは控えめに拍手を送った。

 綾瀬のプレイに二重丸をつけるように、耳の先をぐるぐると丸めている。

 黄色い声を上げながら、インコのピー姫は応援うちわを振っていた。

 真ん丸の眼から嬉し涙が流れている。


 全身の色を透明にした綾瀬は電車の進行方向を向き、前後へアバターを揺らした。

 勢いに乗ったところで、空中へ高くジャンプした。

 10両目の屋根へ舞い戻って、右足のつま先が着く瞬間に膝を曲げる。

 できるだけ着地する音を殺して、電車の窓枠に刺したナイフをそっと抜く。


 そして、綾瀬は先頭車両へ走った。

 軽く膝を曲げて、素早くスタートを切った。


 前傾姿勢になって──。

 交互に腕を振って──。


 電車の振動に合わせて──。

 屋根をつま先で蹴って──。


 全速力で走る音をかき消して──。

 前へ前へと距離を詰めて──。


 鮮やかなピンク色の光の刃を振って、遊津に斬りかかった。




──ケルベロ! ケルベロ! ケルケルケルベロ!




《小さな番犬》が激しく吠える直前、遊津は綾瀬の左側へ回り込んだ。

 すかさず10両目の屋根へ移り、綾瀬が真横へ斬りかかったところを(かわ)した。


 赤色のスマートフォンが振動する。

「DANGER」のポップアップがスマホ画面で点滅した。


 遊津はスクエア型眼鏡をかけ直す。

 片手をポケットに突っ込み、ライムミント味のフリスクケースをポケットから引っ張りだした。

 親指でフリスクケースの(ふた)を開ける。

 真っ白な粒を口の中へ放り込み、奥歯でガリッと噛み砕いた。



「出たぁぁぁぁぁ、遊津の旦那のクールプレイ!

 みんな見よったか、今の神回避!

 これが知的でクールなわいの愛弟子の実力や~!」


「……ちょっと待ってください。

 今のプレイ、おかしくなかったですか?

 遊津君、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「おぉ、よう気づいたな、ジョン!

 たぶんやけど遊津の旦那は相手が見えんでも、だいたいの位置を把握できるっぽいで。

 チュートリアルが終わった後、『視覚に頼りすぎない戦い方を身につける』って話しとったからな~。

 綾瀬の兄貴が足音を殺しても反応したあたり、『音』やなくて『視線の圧』を感じ取っとるんとちゃうか」



 虎柄のメガホンを口に当てたまま、ハムスターのモグ吉は関西弁で解説する。

 小さな手でガッツポーズを取っていた。

 満足げな顔をして、ピンク色の鼻の穴が膨らんでいる。

 細長いヒゲは上機嫌そうに揺れていた。


 3Dホログラムに映る遊津は後ろに下がり続けて、綾瀬のナイフを連続で避けつづけている。

 大きく踏み込んだ突き技も避けて、鮮やかなピンク色の光の刃に当たらない間合いを維持していた。

 両手でスマートフォンを構えて、綾瀬にイヤホンジャックを向ける。

 親指でホームボタンを連打して、短い光の弾を回避の合間に連射する。


 至近距離の射撃! 

 鮮やかなピンク色の光の刃を振ったタイミングで、綾瀬は光の弾のカウンターを額に受ける。


 綾瀬が9両目の屋根に離れると、切れた額からシアン色の血が流れた。



「……痛たっ! スタンガンくらい痛いな、これ。

 ていうか、攻撃が当たらなすぎて、透明になってる意味なくね? 

──じゃあ、逆に姿を見せてみるか」



 綾瀬は立ち止まって、《私は何者にもなれる》を解除した。

 透明になっていたアバターは、頭からつま先まで元の色に戻った。

 オレンジ色のウルフカット気味の髪は、電車の風圧で外ハネパーマ風にアレンジされていく。

 アバターの肩の位置が低くなり、スマートフォンを持った手がだらんと下がった。


《小さな番犬》の吠える声が大きくなる。

 赤色のスマートフォンの振動が強くなる。


 遊津はスマートフォンを構えて、親指でホームボタンを連打した。

 人差し指でケースの裏側を押して、輝きが点滅したイヤホンジャックの向きをミリ単位で変えていく。

 3メートル先にいる綾瀬に向かって、ライトグリーン色の光の弾が10連射された。

 散弾銃を撃ったように、1発1発がばらけて、電車の屋根の上を駆け抜ける。


 だが、綾瀬は素早く屈んで、9両目の屋根を強く蹴った。

 10連射されたライトグリーン色の光の弾の下を通り抜けて、遊津との距離を一気に詰めた。

 滑り込んだ体勢から跳ね上がるように起きる。

 鮮やかなピンク色の光のナイフで遊津の喉へ斬りかかる。


 遊津は上半身を反らした。

 間近に迫った対プレイヤー用ナイフの切っ先から離れる。


 振り抜いたナイフを避けられたとき、綾瀬は肩の力をすうっと抜いた。




──ビルルキリッ!




 鮮やかなピンク色の光の刃が横に空を切った瞬間、綾瀬はスマートフォンを持った手を振り下ろした。

 水平を描いていたナイフの軌道が急降下!

 遊津の右腕を勢いよく斬りつけた。


 綺麗に開いた傷口から、シアン色の血が勢いよく噴き出す。

 噴き出した血の一滴がスクエア型眼鏡のレンズに当たり、コバルトブルー色のフレームをなぞった。


 綾瀬は一歩踏み込んだ。

 素早い動きで、音を立てない一歩。

 鮮やかなピンク色の光の刃を、遊津の胸へ向けて突きだした。


 遊津は息を呑み、屋根の中央から右側へ飛び退いた。

 斬られた直後、痛みが駆け巡る中での回避! 

 咄嗟の動きに、アバターの体勢がわずかに崩れる。

 歯を食いしばって、遊津は綾瀬にイヤホンジャックを向ける。


 綾瀬は静かに息を吐き、ナイフを持った手を緩めた。


 そして、急速にアバターを半回転させて、遊津の鎖骨の下を横一直線にズバッと斬った。



「うわぁぁぁぁ!

 遊津の旦那がやられとる~!!

 急いで距離を取るんや、距離を!!!

 とにかくアウェイ&アウェイや!」


「……これは驚きましたね。

 まさか綾瀬さんの『身体操作性』がここまで凄いとは。

 アバターを自由自在に操作できるために、動作と動作のつなぎ目を極限まで短くできる。

 対戦相手が回避した方向へ、咄嗟にナイフの軌道を変えられる。

──ジャンケンに例えるなら、綾瀬さんは手を出した後に、すかさず『後出しできる権利』を持っているようなものです」



 姿勢を正した野うさぎのキャロルは、顎に手を当て考えるポーズを取る。

 鮮やかなピンク色のサイリウムは膝の上に置いていた。

 真顔になったインコのピー姫も、綾瀬の顔写真を貼ったうちわを下げている。

 黄色い声を上げることなく、3Dホログラムに映る綾瀬を黙って見つめていた。


 遊津は斬られた鎖骨の下を手で押さえている。

 苦痛で顔をしかめて、息を切らしはじめていた。

 シアン色の血の滴が彼の足元にはいくつも落ちている。

 明智の《迷える羊の子守歌》で眠らないように自傷した傷も塞がっておらず、肩や脇腹からも血が流れつづけていた。


 綾瀬は左足に体重を乗せて、重心をアバターの左側に寄せた。

 すかさず右足を斜め前に出して、逆方向に重心を素早く移動させた。

 重心を振り子のように揺らして、電車の屋根の上で左右に切り返しつづける。

 遊津へ急速に迫っていき、右手から左手へナイフを瞬時に持ち替える。


《小さな番犬》は必死に吠えた。

 赤色のスマートフォンは激しく振動する。



「拡張能力『(さい)(しょう)(かい)()(じゅつ)』。

──モデル:(あけ)()(さい)()



 遊津は目を見開き、スクエア型眼鏡を外した。




──ワップ。




 鮮やかなピンク色の刃に斬られる直前、遊津は左足を後ろに引いた。

 電車の振動でよろめいた人が無意識に反応する、何気ない足の動かし方によく似ていた。

 右足のつま先の前にあった状態から、右足のかかとの後ろへ下げただけの動作。

 下半身に連動した上半身も、親指1本分の長さしか動いていない。


 しかし、綾瀬のナイフは遊津に当たらなかった。

 真っ黒なパーカーの赤紐が切れているだけで、洋銀(ようぎん)のジップのスライダーにすら届いていない。

 遊津は綾瀬のナイフの間合いから数ミリだけ離れている。

 綾瀬がナイフを振る途中まで間合いにいたにもかかわらず、ナイフを振り終えたときに間合いから外れていた。



「はぇ~面白いことを考えよったな、遊津の旦那。

 綾瀬の兄貴が攻撃を途中で変えるなら、回避をギリギリまで遅くして、後出しさせへんようにする。

『最小の回避術』は動作がほとんどないから、相手にどう避けるのかを読ませへんのもポイント高いで」


「……すみません、モグ吉先輩、教えてください。

『最小の回避術』は体力の消耗を減らすために、僕が担当したプレイヤーの一部に教えるテクニックです。

 全身を細かく操作する技術が必要なので、要領のいいプレイヤーでも習得には半日かかります。

 ……今、遊津君が使えるのは、モグ吉先輩が教えたからですか?」


「いいや、わいは何も教えとらん。

 遊津の旦那があんなふうに避けられるのは、明智のお嬢ちゃんとの戦いで学んだんやろう。

()()()()()()()()()()()()()()()()』。

──本人は目の力の応用技と思っとるみたいやけど、ほんまに目の力でこんなことができるんか?」



 ハムスターのモグ吉はあぐらをかいた。

 虎柄のメガホンを頭に乗せて、考え込むように腕を組んだ。

 うーんと唸りながら、首をかしげている。

 椅子から転んでしまいそうなくらい、小さな体は横に大きく傾いていた。


 目の力のタイムリミットまで、残り50秒。


 遊津は姿勢を低くして、攻撃が当たる面積を狭めた。

 綾瀬がナイフを振り下ろしたとき、左足で弧を描くように動かした。

 端末上部のイヤホンジャックを綾瀬に向けて、親指でホームボタンを押す。

 鮮やかなピンク色の光の刃を避けると同時に、ライトグリーン色の光の弾が綾瀬の喉に命中した。


 目の力のタイムリミットまで、残り48秒。


 ()き込んだ綾瀬に照準を定めて、遊津は親指でホームボタンを連打した。

 4発の光の弾が綾瀬の両耳に突き刺さる。

 綾瀬の中指の爪先から右手の甲にかけて、7発の光の弾が連続で当たっていく。

 

 目の力のタイムリミットまで、残り45秒。


 綾瀬は出血した耳に触れて、前髪を血で染まった手で()かした。

 オレンジベージュ色の髪が、シアン色の前髪とのツートンカラーになる。

 鮮やかなピンク色の光の刃を回して、真正面から斬りかかってくる。


 目の力のタイムリミットまで、残り42秒。


 遊津は親指でホームボタンを1秒間長押しした。

 赤色のスマートフォンのイヤホンジャックが輝きはじめた。


 綾瀬の対プレイヤー用ナイフが当たる1ミリ手前で、左側へ滑るように間合いをわずかに取る。


 光り輝いたイヤホンジャックを目線の高さに揃えて、綾瀬へ対プレイヤー用レーザーを放った。




──ワップ。




 遊津のレーザー光線が当たる直前、綾瀬は右足のつま先の向きを変えた。

 カメラマンの指示に従って、ファッションモデルがポーズを微調整したような所作。

 つま先の向きに連動して、上半身がわずかにひねられる。

 ほんのわずかな移動で、対プレイヤー用レーザーの射線から数ミリだけ外れる。


──『Fake Earth』対戦テクニック:「最小の回避術」。

──遊津が明智との戦いから学習したように、綾瀬は優れた「身体操作性」によって、遊津の回避モーションを完璧に模倣している。


 至近距離のカウンターで放たれたレーザー光線を、綾瀬は紙一重で回避した。



 目の力のタイムリミットまで、残り40秒。


 5名のチュートリアルは、2人のプレイヤーの戦いを無言で観戦していた。

「応援」どころか「解説」の言葉も挟まない。

 隣にいる者と目配せすることもなかった。

 3Dホログラムを食い入るように見つめている。


 目の力のタイムリミットまで、残り37秒。


 電車の屋根にいる2人のプレイヤーは接近戦を仕掛けた。

 遊津は光の弾を撃つ。綾瀬はナイフを振った。

 お互いの攻撃を当たる寸前で避けて、すかさず対戦相手へ反撃する。

「最小の回避術」で反撃をギリギリで躱して、後の先を取ろうと切り返す。


 攻守のターンのめまぐるしい変化。

 合間にフェイントを交えても、どちらの技はかすりもしない。

 電車が減速していき、代々木(よよぎ)駅のホームに停車する。

 戦況は(こう)(ちゃく)状態と化して、時間だけが過ぎていく。



 目の力のタイムリミットまで、残り30秒。

 目の力のタイムリミットまで、残り20秒。

 目の力のタイムリミットまで、残り13秒。

 目の力のタイムリミットまで、残り9秒。


 残り8秒、残り7秒、残り6秒──。

 残り5秒、残り4秒、残り3秒──。


 目の力のタイムリミットまで、残り1秒。


 代々木駅のホームから電車が発車した、その瞬間──!



 後頭部に激痛が走り、遊津は目を強く閉じた。

 外したスクエア型眼鏡を顔にかけて、素早く後ろへ跳んだ。

 綾瀬から距離を取りながら、空中でホームボタンを長押しする。

 瞬時に間合いを詰められないように、目の前の対戦相手へ対プレイヤー用レーザーを放つ。


 だが、綾瀬は遊津に向かって走った。

 軽く上半身を傾けて、迫りくるレーザー光線を止まらずに避ける。

「最小の回避術」は動作が少ない分、次の行動に移る時間が短い。

 後ろに跳んだ遊津が着地した瞬間、綾瀬はナイフが当たる間合いまで接近した。


──遊津の「目の力」の使用制限時間は60秒。

──綾瀬の「身体操作性」は体力が尽きないかぎり持続する。


 綾瀬は肩の力を抜いた。

 対プレイヤー用ナイフを振り抜いた。

 鮮やかなピンク色の光が駆け抜ける。


 遊津が斜め後ろへ下がる──が、綾瀬が斬る動作を終える方が早い。


《小さな番犬》が叫ぶように吠える中、シアン色の血が夜空へ噴き上がった。



 緑亀のジョンは(うつむ)いた。

 カブトムシの武士丸は背もたれに寄りかかる。

 インコのピー姫は翼をくちばしに当てた。

 野うさぎのキャロルは、遊津の担当チュートリアルに目を向ける。


 ハムスターのモグ吉は表情を変えなかった。

 (にら)んでいるような、真剣な顔をしている。

 小さな腕を組み、あぐらをかいたまま微動だにしない。

 瞳には斬られた遊津の姿が映っている。


 電車の屋根にいる遊津は顔を下げて、自身のアバターを見下ろした。

 真っ黒なパーカーは肩から腰にかけて切り裂かれている。

 アンダーシャツも破けて、斬られた皮膚の下の肉が露出していた。


 線路を走る電車の振動で、足がふらつき始める。

 電車の屋根の左端へ、アバターがよろめいていく。


《小さな番犬》は激しく吠えていた。

 赤色のスマートフォンが強く振動した。

「DANGER」のポップアップがスマホ画面に溢れ返っている。



──山手線バトルロイヤル、ルール2。

──「線路に落ちた」場合、イベント失格となる。



 口の端からシアン色の血が漏れたとき、遊津は電車の屋根から足を踏み外した。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白い! [一言] スマホを読み進める手が止まらず、一気に読ませていただきました。これからも頑張ってください!
[一言] チートキャラvsチートキャラ 大丈夫ですか?今後新しいギアが戦いに介入する余地ありますか?笑
[良い点] 遊津暦斗VS綾瀬良樹 とても熱いです! ギア的に不利な遊津が工夫に工夫を重ね、綾瀬は身体操作を駆使しての戦いカッコイイです。 [気になる点] 直径3メートル超えのレーザーは流石に先読みがな…
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