44話 序曲に余韻を残さず
高輪ゲートウェイ駅代表:綾瀬良樹視点
【現実世界】
戸籍名=大久保翔平(Okubo Syohei)
【ゲーム世界 :『Fake Earth』】
プレイヤー名=綾瀬良樹(Ayase Ryojyu)
点字ブロック前にある柱の陰で、黒マスク姿のサラリーマンはスマートフォンを口元に近づけている。
顎髭のコンサル風の男は、階段と隣接した自動販売機のそばでスマホカメラを構えていた。
真っ白なファーコートを着たお嬢様っぽい子は、13番線の白線の外側まで下がっている。
お互いに電車の車両半分ほどの距離を離れて、駅看板の下にいるオレの方に視線を向けていた。
新宿駅のホームにいる3人のプレイヤーの服は、ほとんど汚れていなかった。
靴のつま先や袖のボタンに、返り血らしきものがついているだけだった。
ナイフで斬られたような跡はない。
レーザー光線で撃たれたような穴もなかった。
100人以上の外部のプレイヤーが乱入した山手線バトルロイヤル。
全プレイヤーの位置情報を発信するアラートも鳴り、何回か戦わざるを得なくなっただろう中で無傷で生き残っている。
プレイヤーは基本的にヤバい奴しかいないけど、この3人のプレイヤーはヤバい奴の中でも特にヤバい奴だ。
それなのに、《私は何者にもなれる》で全身の色を透明にしたとき、オレは自分でもビックリするくらい冷静だった。
どれくらい冷静かと言えば、今は本当に冷静なのかどうかを見つめ直して、「いや緊張してても勝つときは勝つし、冷静でも負けるときは負けるから、こんなこと考えても無駄じゃね?」という結論に至るほど冷静だった。
泥酔した友達を素面で介護しているときみたいなテンションになっている。
「……殺意を込めろ。
──《筐装に改造される弾丸》」
「対象指定『自動販売機』。
──《神様気分の模様替え》」
親指でスマホ画面を叩いて、黒マスク姿のサラリーマンはギアを起動した。
顎髭のコンサル風の男もギア名を同時につぶやいた。
戦いに負ければ人生の記憶を失う状況だったけれど、2人のプレイヤーの声は落ち着いている。
音楽の再生をスマートスピーカーに頼むような声。
プレイヤー同士の戦いに対する「慣れ」みたいなものを感じさせる。
黒マスク姿のサラリーマンは、親指でホームボタンを連打した。
全身の色を透明にしたオレがいそうなところに向かって、レーザー光線より短い光の弾を乱射した。
今まで戦いで見てきたモノと違う光の弾。
彼が撃った光の弾は様々な色にチカチカと変化していた。
いつもの銃弾みたいな形でもなく、空中でグニャグニャと変形しつづけている。
顎髭のコンサル風の男は、人差し指をスマホ画面に置いた。
彼がスマホカメラを向けていた自動販売機の上には、天使の輪っかみたいなものが回り始めた。
地面から3センチだけ自動販売機は浮かび上がる。
顎髭のコンサル風の男は、素早く人差し指を横へ振り払うように動かした。
──ギュファアン!
「あっ、これはヤバい流れだ」と思った瞬間、宙に浮いた自動販売機の残像が見えた。
コンサル風の男が横一直線に動かした人差し指に沿うように、総重量300キロの物体がオレの方へ勢いよく迫ってきていた。
競技かるたで1文字目が読まれた直後に、名人に吹っ飛ばされた札並みの速さ!
13・14番線ホームに風を切る轟音が響きわたる。
一方、空中でグニャグニャと変形していた光の弾は、刺々しく尖ったウニみたいな形に変わった。
それぞれの棘の長さは1メールくらいに鋭く伸びていた。
1発1発が当たれば即死級の破壊力を持っていそうな棘鉄球に進化している。
数十発の棘鉄球が横に連なり、「絶対に殺す棘の壁」となって急接近している。
──オレの姿が見えなくても当たる「範囲攻撃」!
オレは目を閉じて、その場に立ち止まった。
真面目にピンチだったけれど、目の前の攻撃を避ける方法を考えようとは思わなかった。
いつもどおりオレにできることは1つだけ。
頭の中で流れている「形のない音楽」と一体化することだ。
短く息を吐いて、オレは全身を脱力させた。
肩の力を抜いて、膝から下をリラックスさせる。
口をゆっくりと閉じて、少し強張っていたアゴの力も緩める。
意識は何にも集中せず、頭の中で流れている音楽をゆったりと聴いた。
履いているブーツの重みが消えた。
オメガの時計をつけていた手首も急に軽くなった。
どっちの手でスマートフォンを持っていたのかもわからなくなる。
高性能なイヤホンに切り替えたかのように、頭の中で流れる音楽の解像度が上がっていく。
地面に立っている感覚がなくなったとき、今まで聴こえなかったドラムペダルを踏む音が微かに聴こえるようになった。
──ラフッ。
目を開けると、オレはいつの間にか空中へ高くジャンプしていた。
両方の膝を胸に近づけながら、3人のプレイヤーのつむじを見下ろしていた。
刺々しく尖った形の光の弾は、空中にいるオレの真下を駆け抜けていく。
ギアで操作された自動販売機も、ブーツのかかとに当たるスレスレで通り過ぎていく。
「……あら、攻撃の当たった音が聞こえない。
──空中に逃げてるとしたら、だいたいあの辺にいるのかな?」
真っ白なファーコートを着たお嬢様っぽい子が、両手で2台のスマートフォンを構える。
光り輝いたイヤホンジャックは、透明で見えないはずのオレがいる斜め上に向けられていた。
愛嬌のあるえくぼが、彼女の口の端にできた。
真上に跳んだオレが重力に引っ張られることを計算したかのように、お嬢様っぽい子はスマートフォンを持った手の位置を少しだけ下げる。
彼女の親指がホームボタンから離れて、2発の対プレイヤー用レーザーが放たれた。
宙にいるオレは全身の力を抜いた。
左足を振り上げて、空中で仰向けの体勢になった。
両腕を大きく広げて、思いきりアバターを回転させる。
遠心力でアバターの位置をズラして、飛んできたオフホワイト色のレーザー光線を避けた。
誰にも話したことはないし、誰にもわかってもらえないと思うけど、「人間は空中にいるときこそ、体を一番自由に動かすことができる」と思っている。
多くの人が空中で体の動きが悪くなるのは、「地面を蹴ったり壁を押したりしないと、力の向きを変えることができない」と思い込んでいるからだ。
空中に地面や壁がないなら、身の回りにある「空気」を利用すればいい。
全身を大胆かつ速く動かせば、体にかかる空気抵抗が地面や壁の代わりとなる。
空気を身に纏うようにすることで、好きなときに好きなように体を操ることができる。
オレは息を吐いて、右足のつま先から着地した。
つま先からかかとへ下ろすと同時に、全身を縮めるように膝を曲げる。
できるだけ着地した音を殺して、右足にかかった負荷を爆発させるように前へ飛び出した。
凄まじい風を肌に感じながら、電車の1両くらいの距離を一気に詰めた。
一番近くにいたプレイヤーの足を踏んで、相手のスマートフォンを持っていた手を押さえる。
そして、鮮やかなピンク色の光の刃を突きだした。
黒マスク姿のサラリーマンの胸に深く突き立てる。
吐血した血が黒マスクの下側から漏れた。
目の前のプレイヤーが膝から崩れ落ちるように倒れる。
足元に転がったスマートフォンから、「カチッ」というスイッチを入れたような音が聞こえた。
──ザシャアアアアアア!
1人目のプレイヤーを撃破した、その直後──。
ギアで操作された自動販売機が、ホームで倒れているNPCの死体に突っ込んだ。
NPCの死体はホームドアへ吹っ飛ばされて、死体から広がっていた血だまりから飛沫が上がった。
シアン色の血の滴が勢いよく飛んで、対プレイヤー用ナイフを持っていたオレの右手に当たる。
ほぼ透明で見えなかった手が、シアン色の血で色づいた。
顎髭のコンサル風の男が、人差し指をスマホ画面に滑らせる。
ギアで操作された自動販売機はオレに向かって加速していく。
当たる直前でオレは左へ避けたが、ギアで操作された自動販売機の方向転換は素早かった。
一息つく間もなく、総重量300キロの物体はオレが避けた方へ向かってくる。
目印となる右手についたシアン色の血を拭い取ることはできない。
真っ白なファーコートを着たお嬢様っぽい子が撃ってくるレーザー光線も回避しながら、《私は何者にもなれる》で透明になる余裕もなかった。
けれども、頭の中で流れる「形のない音楽」は、澄んでいて奥行きがある響きだった。
全身は熱を帯びていき、指先からつま先まで血管でつながっていることを感じた。
心臓の鼓動に呼応するかのように、音楽のテンポが徐々に速くなっていく。
ひたすら攻撃を躱しつづけたことで、適度な疲労がアバターをさらに脱力させている。
もっと自由に、軽やかに、アバターを操作することができる。
形のない音楽とより一体化するために、なんとなく存在する「枠組み」みたいなものを外せるような気がした。
今日は調子が良いし、オレの人生でやったことのない動きを試してみよう。
この世界に入ってから3ヶ月間かけて肉体改造したアバター、今こそ腹筋をバキバキに割った成果を見せるときだ。
オレは左足に体重を乗せて、重心をアバターの左側に寄せた。
すかさず右足を斜め右前に出して、逆方向に重心を素早く移動させた。
地面に着地する瞬間、右足のつま先を軽く蹴りつけて、アバターの肩を斜め左前へわずかに倒す。
ふたたび左側へ重心が引き戻されて、アバターが左側へ強く引っ張られた。
右から左へ、左から右へ、重心を振り子のように揺らしつづける。
地面を着地する瞬間につま先で蹴ることを繰り返した。
振り幅が少しずつ大きくなっていく。
だんだんスピードも速くなっていく。
地面につま先が接する時間が極限まで短くなっていき、体重がゼロになったかのように軽く感じる。
急速な切り返しの連続に、ギアで操作された自動販売機との距離が開いていった。
顎髭のコンサル風の男が狙いを絞れない速さで、オレは斜め前へ交互にアバターを動かしていた。
どの瞬間につま先の高さや角度はどうあるべきなのか、直感でミリ単位のズレが修正されていくことがわかる。
意識するよりも先につま先が地面を蹴るようになって、「アバターを動かす」というよりも「アバターが動く」という感覚に変わっていく。
左から右へ移動している途中で、オレは地面を左足のつま先で強く蹴った。
顎髭のコンサル風の男に飛び込んだ。
正面から対プレイヤー用ナイフで斬るように見せかけて、対戦相手の股下をスライディングで通り抜ける。
「……参ったな。ここでゲームオーバーにーになるなら、お昼は湯島の江戸富士の海鮮丼を食べればよかった」
顎髭のコンサル風の男は独り言をつぶやいた。
素早く背後を振り返り、対プレイヤー用ナイフを起動する。
だが、オレが対プレイヤー用ナイフを胸に突き刺す方が早かった。
鮮やかなピンク色の光の刃の先端が、顎髭のコンサル風の男の背中を突き破った。
ギアで操作された自動販売機の上にあった、天使の輪っかみたいなものが真っ二つに割れる。
地面から浮いていた自動販売機は倒れる音がホームに響きわたる。
中から漏れたコーラらしき液体がホームに広がったとき、「カチッ」というスイッチを入れたような音が聞こえた。
「わあ、とっても強いんだね、プレイヤーさん。
実力のある方、ちょっと素敵かも。
……このまま2人きりだと惚れてしまいそうだから、『私の可愛いペット』を呼んじゃうね」
真っ白なファーコートを着たお嬢様っぽい子は、両手で持っている2台のスマートフォンに微笑みかける。
ペットの頭を優しく撫でるように、親指をスマホ画面にそっと滑らせた。
いつの間にか彼女はオレから数十メートル離れている。
どうも対プレイヤー用レーザーを撃ちながら、自分が有利な距離へじりじりと下がっていたっぽい。
「《遵法させる交通標識》+《群れを成す弱者は怪物に化ける》、2つのギアの力を合成。
さあ、ご挨拶なさってください。
【集塊合金材鳥『アルミちゃん』】!」
真っ白なファーコートを着たお嬢様っぽい子は、2台のスマホ画面を親指で同時に叩いた。
それぞれのスマートフォンを近づけて、光り輝きだしたスマホ画面をくっつけた。
スマホ画面から放たれていたブルーライトがより眩しくなる。
13・14番線ホームの両側にあるホームドアまで照らされている。
「『可愛いペットを呼ぶ』って、やっぱチワワとかじゃねえよな」と思った瞬間、「通行止めの標識」が背後に現れた。
何基もの交通標識がジグザグに組まれている。
バリケードで封鎖しているような光景だった。
ホームからの逃げ道を塞ぐように、各出口に続く階段の前にも「一時停止の交通標識」が大量に設置された。
電車にも乗ることができないように、「歩行者横断禁止の交通標識」がホームの白線に沿って並んでいく。
そして、13・14番線のホームに出現した交通標識は、遠くにあった物から順番に引っこ抜かれ始めた。
突き刺さっていた場所はひび割れて、支柱に取り付けた根枷まで露わになる。
引っこ抜かれた交通標識は、真っ白なファーコートを着たお嬢様っぽい子の頭上へ向かっていった。
等間隔になるように配置されていき、メリーゴーラウンドのように旋回していく。
強力な磁力で引き寄せられたかのように、宙に浮いた交通標識は近くにある交通標識と引っ付き始めた。
円形の案内板を支柱が貫いたり、支柱と支柱が十字に交わったりして、瞬く間に1つの塊として大きくなっていく。
細長い支柱が固められて、「鋭い鉤爪」らしきものが作られた。
十字に交わった支柱が組み合わされて、「大きな翼」らしきものができあがった。
円形の案内板が集められて、「真っ赤な眼」らしきものが仕上がった。
数えきれないほどの交通標識の集合体から、古代生物みたいな大型の鳥が誕生した。
──ギィビィィィラララララララッ!
交通標識で作られた怪鳥は雄叫びを上げて、支柱から織りなされた翼を力強く振った。
突風を吹きつけた同時に、1枚1枚の羽を飛ばすように、十字に交わった支柱を射出した。
十字に交わった支柱は高速回転して、天井から吊り下げられている電光掲示板を破壊する。
13・14番線ホームの約半分の長さ、南口の階段から中央改札の階段まで降りかかってきている。
オレは首に手を当てて、頸椎の関節を鳴らした。
絶望的にヤバい状況なのに、今日一番リラックスしている。
マジでヤバすぎるあまり、一周して逆に落ち着いているのかもしれない。
大量の交通標識の支柱が降りかかってくる最中、オレは普段どおりのペースで歩くことにした。
頭の中で流れている「形のない音楽」がフルートの音に変わったので、オレ自身も速い動きから変化をつけることが自然に思えたからだ。
降りそそぐ支柱が空気を裂くような音が、頭の中で流れている「形のない音楽」と調和している気がした。
余計な音はノイズになってしまうので、オレは足音を極限まで殺すことにした。
衣擦れの音もうるさかったので、袖と裾が当たらないように気をつけた。
手を振る音も邪魔だったので、正面で右手の甲に左手を重ねた。
瞬きする音さえ耳についたので、目を閉じることにした。
世界に溶けたかのように、本当に透明になった気分になる。
大量の交通標識の支柱が降りかかっても、1本たりとも服にかすりもしなかった。
さっきまで前後に手を振っていた位置を通過する音が聞こえる。
数センチ手前で突き刺さったりする音が足元に響く。
誰かの息遣いがしたとき、オレは真っ白なファーコートを着たお嬢様っぽい子の前に立っていた。
お互いの鼻が触れそうな距離まで近づいていた。
右手についたシアン色の血は、重ねた左手で覆い隠されている。
真っ白なファーコートを着たお嬢様っぽい子は、全身の色を透明に変えているオレに気づいていない様子だった。
交通標識で作られた怪鳥は、両翼から支柱を放ちつづけていた。
オレは両手で対プレイヤー用ナイフを構える。
目の前のプレイヤーの胸の高さまで、鮮やかなピンク色の光の刃を持ち上げた。
微かな音も立てないように、アバターの腕を前へゆっくりと伸ばす。
そして、花束を優しく渡すように、彼女の心臓へナイフを突き刺した。
──カチッ。
誰かがスイッチを入れたような音がした。
ゲームで遊ぶとき、ハード機のスイッチを入れる音によく似ていた。
交通標識で作られた怪鳥は、翼の先から崩壊していく。
散り散りになった支柱は、地面へ落下する途中で消えた。
オレは対プレイヤー用ナイフを抜いて、ゲームオーバーになったプレイヤーを支える。
近くにあるホームの柱へ歩き、彼女を寄りかからせるように置いた。
ホーム画面からマルチタスク画面に切り替えて、《私は何者にもなれる》を強制終了させる。
ほぼ透明だったアバターは、頭からつま先まで元の色に戻った。
真っ白なファーコートに広がった、シアン色の血の染みは小さくなっていく。
胸に空いた穴へ血が吸い込まれていき、青く汚れた繊維が漂白されていった。
蒸気が穴から噴き出るとともに、穴の周りの皮膚が再生していく。
斬られた繊維が修復されていき、ナイフで刺した跡が消えていく。
NPCに戻ったお嬢様っぽい子は、横長の目をゆっくりと開けた。
寄りかかっていたホームの柱から立ち上がり、寒そうに手をこすりながら白い息を吹きかける。
オレと目が合ったけれど、何も見なかったかのように目を逸らした。
スマートフォンの通知を確かめて、南口の改札口に続く階段を上っていく。
黒マスク姿のサラリーマンはどこにも見当たらなかった。
顎髭のコンサル風の男も、13・14番線ホームからいなくなっている。
いつの間にかNPCに戻った後、2人はプレイヤーが戦っている場所から逃げだしたっぽい。
オレは地面をきょろきょろと見回して、落ちていた金色のコインをすべて回収する。
クリア報酬の賞金1億円に興味はマジ皆無だけど、なんとなく自分が持っていなければいけないような気がした。
「……えーと、追加ルールのときに残り5人で、いま3人がゲームオーバーで脱落だろ。
ってことは、オレを除いたら、あと1人か。
あ~イベントに乱入したプレイヤーが代わりに倒してくれねえかな~。
そしたらオレが優勝ってことになるのに」
オレはため息をついて、スマートフォンのロック画面を見つめる。
山手線の路線図のポップアップが立ち上がっており、生き残っているプレイヤーの名前と現在位置が表示されていた。
正直に言えば、ロック画面を見なくても、もう1人のプレイヤーが誰なのかはわかっていた。
それでもロック画面を見ることにしたのは、「ワンチャン違う奴だったらいいな」という淡い期待があったからだ。
だが、もう1人のプレイヤーは「あいつ」だった。
山の手線内回りの電車に乗って、まもなく新宿駅に着くところまで来ているらしい。
13・14番線ホームに、電車の到着を知らせる放送が流れる。
暗い線路の向こう側で、青虫色の電車のヘッドライトが光っていた。
新宿駅に近づくにつれて、車体上部にあるヘッドライトは眩しくなっていく。
最後尾の車両の屋根に、見たことのある奴の人影らしきものが見える。
14番線のホームにやってくる電車に向かって、前傾姿勢になったオレは全速力で走った。
加速した勢いに乗ってジャンプした。
ホームドアを踏み台にして、減速している電車の屋根の上に着地する。
親指でホームボタンを長押しして、対プレイヤー用ナイフを再起動した。
初めて会ったときみたいに、逃げなかった理由は「生存プレイヤーが2人だけになったから」だ。
逃げても隠れても意味がなさそうなので、3人のプレイヤーを倒した勢いに乗ることにした。
電車の屋根の上なら、NPCを戦いに巻き込まずに済む。
新宿駅のホームで死体を見たときみたいに、なんとなく居心地の悪い気分になることもない。
髪を染めたチャラ眼鏡の男子高校生は、オレが着地したところの2両先の屋根にいた。
彼のスマートフォンから、小型犬の吠える声が聞こえてくる。
頭の中で「形のない音楽」が流れた。
アバターが自然とリズムを足で取り始める。
山手線バトルロイヤル、優勝をかけた最終戦。
渋谷駅代表──遊津暦斗はスクエア型眼鏡をかけ直した。