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【書籍化】Fake Earth  作者: Bird
第3章 山手線バトルロイヤル
45/95

43話 13・14番線ホームの惨劇

【視点人物:吉岡誠一(Yoshioka Seiichi)】

(年齢)35歳

(家族)妻・息子

(職業)会社員

(備考)NPC

 ようやく「目当ての物」を手に入れた。


 ありとあらゆる通販サイトを1日中漁っても見つからず、都内の家電量販店すべてを何日もかけて回りきって、埼玉県川越(かわごえ)市の(みなみ)大塚(おおつか)駅から徒歩25分の家電量販店まで足を運んだ末に買うことができた。


 思い切って上司に頼んで、今日の午後に有給を取った甲斐(かい)があった。

 普段の営業仕事より歩き回って足がクタクタだったけれど、探し求めた物を手に入れたことにホッとする気持ちが疲労を忘れさせてくれた。


 アーカイブ社が発売する最新型のゲーム機。

 普段は携帯ゲーム機の形をしているが、ゲームカードスロットに空気を入れると、大型のロボットみたいな形に膨らんで、その中に入って様々なゲームを遊ぶことができる。

(とう)(じょう)できるゲーム機」として、どのメディアでも話題になっている。

 可愛い7歳の息子がサンタクロースに手紙を書いて、明後日のクリスマスプレゼントに欲しがっていたものだった。



『【サンタ速報】例のブツを入手した。

 報酬として、祝杯の缶ビールを要求する』



 帰りの電車に揺られながら、吉岡(よしおか)は妻の(なつ)()にLINEのメッセージを送る。

 任務完了したスパイっぽいスタンプを探していると、さっそく送ったメッセージに既読マークがついた。

(うたげ)だ~!」と笑っている麦わら帽子の海賊のスタンプが返信される。

 結婚してから10年、何かいいことがあれば必ず送られてくるスタンプだった。



『お疲れ様!

 冷蔵庫に一番(しぼ)りプレミアムを冷やしてるよ!

 ちなみに今日の晩御飯はとんかつです』



 夏美からメッセージが届いた後、15秒の動画がトーク画面に連投される。

 親指で再生ボタンを押すと、息子の(りく)が卵をまとった豚肉にパン粉をつけていた。

 両耳に装着したワイヤレスイヤホンから、『陸くんがお手伝いをしてくれます。鮮やかな手つきですね』と夏美が実況する声が聞こえる。

 撮影に気づいた陸は横目でウィンクして、少し照れたような表情でパン粉をつける作業を続けていた。


 この短い動画を繰り返し視聴して、吉岡は拍手しているブタのスタンプを送る。

 息子が家事を手伝っている様子に、自然とニヤついてしまうのが抑えきれない。

 花粉対策でマスクをつけて、口元が隠れていることに感謝した。


 終点の西(せい)()(しん)宿(じゅく)駅に到着して、ほかの乗客たちと一緒に電車から降りていく。

 千代田(ちよだ)区の自宅に帰るために、靖国(やすくに)通りの横断歩道を渡って、山手線の新宿駅に乗り換える。


 13・14番線の階段を上っている途中、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と思った。

 幼い頃になりたかったサッカー選手の夢は膝の怪我で諦めて、大学の4年間で毎日投稿していたYoutubeは登録者数が1000人にも届かず、何の変哲もないサラリーマンになった人生。

 仕事は安定性のあるものを選んだだけなので、好きでもないしやりがいもなく、年収1000万円を超える稼ぎがあるわけでもない。

 社会的に成功していると言い難く、同じ電車に乗り合わせたスーツ姿の人たちの人生と取り替えても代わり映えしなさそうな毎日だ。


 ただ、Youtuberとして成功した友達がテレビ出演しているのを観ていても、なぜか昔みたいに(うらや)ましくなかった。

 リビングで夏美と陸と一緒にテレビを観ているだけで、いつもの缶ビールが美味しく感じる自分がいた。

 休日は家族でドライブに出かけて、年に1回だけ2泊3日の国内旅行をする。

 学生時代は嫌だと思っていた「普通の人生」が、大人になった今は「充実した人生」であるように思えた。


 手に提げた鞄の中には、ラッピングされたケースが入っている。

 夏美に内緒で用意したクリスマスプレゼントだった。

 繊細な色合いの(しろ)(ちょう)真珠が羽を縁取った、蝶モチーフのネックレス。


「アクセサリーが似合う女じゃないのに」と夏美は恥ずかしそうにすると思うけれど、吉岡は絶対に似合うものだと確信していた。




──ファルルルルルル!




 待っている乗客の列の最後尾に並んだとき、電車の発車メロディが重なり合うように聞こえた。

 13・14番線ホームには電車が停まっておらず、ほかのホームにも到着している車両はなかった。

 発車メロディが鳴るだけでもおかしいのに、同じ音が3つくらい重なり合ったように聞こえてくる。

 周りの乗客が首を一斉に動かしたように、吉岡も近くから聞こえる音源の方へ目を向ける。


 発車メロディの1つは、黒マスク姿のサラリーマンのスマートフォンから鳴っていた。

 彼のスマートフォンの画面は、カメラのライトよりも(まぶ)しく光っていた。

 黒マスク姿のサラリーマンは新卒くらいの見た目で、前髪の分け目のところに星のタトゥーを彫っている。

 擦り傷の目立つ革靴のつま先がシアン色の血で汚れていた。


──山手線の乗客の中に「ヒューテック」に変異したらしき者が紛れている。

──今ここで奴らが戦い始めたら、何人もの乗客たちが間違いなく死ぬ。


 吉岡は乗客の列から離れて、急ぎ足で階段へ向かった。

 スマホ画面が光り輝いている乗客は前方に他2人もいた。


 真っ白なファーコートを着たお嬢様に、(あご)の先にヒゲを生やしたコンサル風の男。


 ヒューテックに変異したらしき者たちはスマホ画面から顔を上げて、同じホームにスマホ画面が光っている人たちがいることを目にする。



 黒マスク姿のサラリーマンは、王冠をかぶったドクロのケースをスマートフォンに付けた。


 真っ白なファーコートを着たお嬢様は、2台目のスマートフォンを取りだした。


 顎髭のコンサル風の男は笑顔になって、目立つようにスマートフォンを高く掲げる。



 ヒューテックに変異したらしき者たちは、それぞれの親指でホームボタンを長押ししていた。




──ヴィラァン!!




 懐かしいシューティングゲームっぽい効果音が聞こえたとき、「何かの光みたいなもの」が吉岡の両隣を駆け抜けた。

 とてつもない速さのあまり、目によぎった光が何なのか、吉岡は見極めることができなかった。

 ほんの一瞬だけどこかがチカッと光ったようにしか見えなかった。


 だが、吉岡は目にしたものが「ヒューテックの攻撃」であることはわかった。

 周りのいる乗客たちの何人かの体に、銃で撃たれたような風穴が開いていたからだ。

 それぞれのヒューテックが狙った相手の射線上にいた乗客たちに「ビーム光線みたいなもの」が貫通したらしい。

 シアン色の血が溢れていき、撃たれた乗客の衣服を濡らしながら足元へ伝っていく。


 茶髪のOLは自分の胸に空いた穴を眺めて、引き()った笑みを浮かべた直後に崩れ落ちた。

 列に並んでいた男は吐血して、後ろにいた乗客に寄りかかるように倒れた。

 泥酔して自動販売機のゴミ箱に(おう)()していた大学生は、撃たれた頭をゴミ箱に埋めた。


 巻き添えにした乗客たちを気にせず、ヒューテックたちはホームで戦いつづけている。

 大勢の乗客たちのいるホームでレーザー光線を撃ちつづけて、ほかのヒューテックから姿を隠すように乗客の後ろに回る。



 超常(ちょうじょう)(へん)()人種(じんしゅ)『ヒューテック』。

 10年前、約30億台のスマートフォンから怪音波が3分間鳴る事件が起きて以来、世界中の至るところで突然変異を起こした人間のことだ。

 彼らの特徴は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 さらに同じヒューテック同士で殺し合う習性がある。


「30億台のスマートフォンから怪音波が鳴った事件」と「世界中の人間に起きた突然変異」に因果関係があることは、現時点で証明されていない。

 そもそも、30億台のスマートフォンから怪音波を流した犯人すら判明していない。

 ただ、彼・彼女らが殺し合うとき、主に未知の科学技術で改造されたスマートフォンを用いていることから、「スマートフォン」がこの現象の重要なキーであるという仮説は有力なものとされている。


「ヒューテック」という呼称は、ケンブリッジ大学のババゾロネ・ダーウィンが書いた論文「科学技術により変異した人類」で初めて用いられ、各国の国営放送でニュースとして報道されたことから世界中で使われることになった。


 ヒューテックは場所や時間を選ばずに争うため、その場に居合わせた人たちが巻き込まれる事故が多発している。

 世界各国では最優先で解決すべき課題として、国際テロ組織以上に問題視している。


 しかし、今日現在、人類はヒューテックに打つ手がなかった。

 どの人間がヒューテック化しているのかがわからず、正常な人間と細胞レベルで区別することができないからだ。

 ヒューテックを殺せば、その人間は突然変異する前の状態に再生するらしいが、逆に言えば「殺す」以外にヒューテック化しているかどうかを調べる方法がない。

 警察や自衛隊が街中で暴れ出したヒューテックを制圧する以外に対処方法はなく、一般人はヒューテックの戦いに巻き込まれないように逃げるしかなかった。



 13・14番線のホームにいる乗客たちは、近くにある階段に向かって逃げていく。

 誰もが全速力で走ったけれど、大半の乗客たちはホームからすぐに離れることができなかった。

 新宿駅は1日あたりの乗降客数が世界で一番多いのに、1つのホームにある階段は数ヶ所しかなく幅も狭く、大勢の人たちが一斉に避難することを想定して設計されていない。

 転落防止のホームドアが設置されているため、線路を横切って隣のホームへ渡ることもできなかった。


 駅員が大声で落ち着くように呼びかける声も虚しく、何十人もの乗客の悲鳴がホームで響きわたる。

 誰かが転んだことで前にいた人たちが次々と押されたのか、後ろの方でスーツ姿のサラリーマンたちが折り重なって倒れている。


 吉岡はプレゼントの入った手提げ鞄を抱えて、ホームの端にある新南改札口の階段を目指した。

 ほかの階段は逃げる乗客が殺到(さっとう)しているので、一番遠い階段に行ったほうが離れられると判断した。

 走っている最中に、スーツの腰ポケットに入れたスマートフォンが何度も振動する。

 片手でスマートフォンをつかんでみると、夏美からLINE電話がかかってきていた。



『池袋駅でヒューテックがテロだって!

 新宿は大丈夫? 今どこにいるの?』



 LINE電話の着信が切れて、安否を確認するメッセージが送られてくる。

 いつも作業BGM代わりに点けているテレビで、緊急ニュースのテロップが流れたらしい。

 吉岡は夏美とのトーク画面を開き、「大丈夫!」と走りながら返信を送る。

 今まさにヒューテックが近くで戦っているけれど、余計な心配はかけたくなかった。


 倒れた乗客たちから血だまりが広がる中、3名のヒューテックたちはお互いの距離を詰めた。

 次の瞬間、彼らのスマートフォンのイヤホンジャックから、光のナイフみたいなものが出現した。

 目の前の相手に斬りかかるや否や、すかさず別方向から迫りくる光のナイフを避ける。

 全員が殺し合っている相手しか見ておらず、逃げた乗客たちの方には目もくれなかった。



──斬り合っているヒューテックたちが、ビーム光線を撃ちそうな気配はない。

──このまま彼らから遠く離れれば、安全な場所まで避難できるだろう。



 だが、吉岡は足を止めた。

 後ろに続いている人とぶつかって転びそうになったけれど、いま目にしたものに足を止めずにはいられなかった。

 ヒューテックが戦っている近くで、陸と同じくらいの子どもが腰を抜かしている。

 ディズニーに家族と行った帰り道、逃げ遅れてしまったらしい。

 ドナルドダックの帽子が、子どもの膝にずれ落ちていた。


 腰を抜かしている子どものそばには、父親らしき男の死体が転がっているだけだった。

 13・14番線のホームにいる乗客たちは全員が走っていて、近くに助けてくれそうな人は見当たらない。

 後ろを振り返った乗客の何人が足を一瞬だけ止めかけたが、すぐに申し訳なさそうな顔をして前へ進んでいく。

 誰もが自分の命を優先する選択を取っている。


 ほかの乗客と同じように、13・14番線のホームから移動したほうがいい。

 ヒューテックが戦っている中、見知らぬ子どもを助けに行くのは危険すぎる。

 川で(おぼ)れた子どもを助けようとした人が溺れて死ぬ事故はよくある話だ。

 一時の感情に駆られて、無謀な行動を起こしてはいけない。


 もしも自分が死んだら、夏美や陸に買ったプレゼントを渡せなくなる。

 2人に喜んでほしかったのに、悲しい思いをさせることになってしまう。

 今後の生活も金銭的に苦しい思いをさせることになるはずだ。

 自由気ままに生きていた学生だった頃と違って、父親となった今の自分の命は自分だけのものではない。


 しかし、泣きそうな子どもと目が合ったとき、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 気づいたら、止まっていた足が勝手に引き返していた。

 逃げている乗客と何度もぶつかり、後ろに吹っ飛びになるほどの衝撃が肩や腕に走る。

 大勢の乗客たちとすれ違いながら、ヒューテックが殺し合っている戦場へ戻っていく。

 ほかの乗客たちと一緒に遠ざかっていたときよりも、人の流れに逆らっている今のほうが速く走っている気がした。


 腰ポケットに入れたスマートフォンが1回振動する。

 直感で夏美がメッセージを送ってきたのがわかった。

 おそらく「大丈夫!」と送ったメッセージに対して、「よかった! 気をつけて帰ってきてね」と返信しているだろう。

 吉岡は心の中で夏美に謝りながら、逃げ遅れた子どもの元へ駆けていく。


 お互いに光のナイフの間合いに入って、3名のヒューテックたちは殺意を込めて斬り合っている。

 顎髭のコンサル風の男は黒マスク姿のサラリーマンに視線を向けながら、反対側にいる真っ白なファーコートを着たお嬢様に光のナイフを振った。


 真っ白なファーコートを着たお嬢様が後ろへ飛び退いた。

 素早く2台のスマートフォンを構えて、彼女は親指でホームボタンを長押しする。

 それぞれの光り輝いたイヤホンジャックは、黒マスク姿のサラリーマンと顎髭のコンサル風の男に向いていた。

 逃げ遅れた子どもは黒マスク姿のサラリーマンを狙った射線上にいる。



──まもなく何人もの乗客を殺したビーム光線がもう一度放たれる。  



 避難する乗客の人波を抜け出した吉岡は、抱えていた手提げ鞄を離した。

 大事なプレゼントが中に入っていたけれど、コンマ1秒でも急ぐために持っている余裕はなかった。

 真っ白なファーコートを着たお嬢様が、2名のヒューテックにビーム光線を撃った。

 黒マスク姿のサラリーマンは軽やかに避けて、後方にいた子どもにビーム光線が向かっていく。


 吉岡は全速力で飛び込んで、腰を抜かしている子どもを突き飛ばした。

 陸と同じくらいの子どもの体重は軽く、簡単に押しのけることができた。


 ただ、飛び込んだ吉岡が子どもを押しのけた代わりに、ビーム光線の射線に入ってしまった。



 ふと陸が生まれたときのことを思い出した。

 元気な産声が病室で響き渡り、ベッドにいた夏美が安心した笑みを浮かべた記憶が蘇る。

 頭の中で死ぬ間際の走馬灯が駆け巡っていた。


 いつもどおり家に帰って、陸が手伝ったとんかつを食べることは、もう叶わない未来だろう。

 眩しいビーム光線が急にスローモーションになった。

 自分の体は素早く動かせず、ただ見ていることしかできない。

 まもなく眉間の3センチ上にビーム光線が命中することがわかった。



 逃げ遅れた子どもを助けられてよかったが、この瞬間は死ぬことへの後悔のほうが大きかった。


 さっき幸せな人生だと気づいたばかりだったのに、こんな最期を迎えるのはあんまりだと思った。


 陸と夏美を残して先立つことに、申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになる。



 もしも死んでから願いが1つだけ叶うなら、鞄の中に入っているプレゼントが2人の元へきちんと届いてほしい。




──ギィィィィィン!




 充実していた日々が終わることに、胸が張り裂けそうになったとき、「鮮やかなピンク色の光のナイフ」がビーム光線を弾いた。

 何もない空間から、いきなり光のナイフだけが目の前に現れた。

 斜め上に弾かれたビーム光線は、電光掲示板の真ん中を貫く。

 電光掲示板からノイズが鳴り、到着時刻を示していたオレンジ色の文字が消えた。


 吉岡は自分の体に触れてみる。

 どこか痛むところもなければ、血が流れているところもない。

 いつもより心臓が速く鼓動しているのを感じる。

 死ぬことを覚悟していたのに、まだ自分は間違いなく生きていた。



「ふー、ギリギリセーフ。

 わりと空振るかなって思ったけど、ワンチャン振ってみるもんだな」



 鮮やかなピンク色の光のナイフから、能天気そうな男の声が聞こえてくる。

 緊迫した場の空気を壊しそうな明るい声だった。


 吉岡は右手で目をこすって、宙に浮かんでいるナイフを見つめる。

 透明の手らしきがナイフをつかんでおり、成人男性くらいの輪郭がぼんやりと見えた。


 透明の手の指が動いて、スマホらしき画面を上方向にスワイプする。


 シャイン系のバングルをつけた手が色づいて、(えり)の立てたロングコートやシボ革のクラッチバッグが彩られていく。



 オレンジベージュ色の髪色をした、遊び人っぽい大学生らしき男が姿を現した。



「……どうして?

 なんでヒューテックが人間を助けるんだ?」


「えっ、なんでって、そりゃ『()()()()()()()()()()()』だろ。

 そんなことより危ないからさ、そこの子どもを連れて逃げてくんない?

 オレ、NPCがリアルに死ぬゲームが嫌いでさ、普通に死人が出るのはマジで無理なんだよね」



 遊び人っぽい大学生らしき男はため息をついて、ホームに転がっている乗客の死体を見る。

 子どもに手を差し出して、ゆっくりと立ち上がらせた。

 シボ革のクラッチバッグのストラップに手首から外したバングルを通して、ホームの柱の裏側で剥き出しになっている鉄筋に引っ掛ける。

 襟の立てたロングコートを脱いで、天井から吊り下げられている電光掲示板に掛けるように放り投げた。


 吉岡は子どもに目配せして、一緒にヒューテックたちがいるところから逃げた。

 プレゼントの入った手提げ鞄を拾って、ほかの乗客たちが避難した南改札口の階段へ走った。

 階段を駆け上げる途中、乗客が誰もいなくなったホームを振り返る。


 遊び人っぽい大学生らしき男は、左手でポケットからハンカチを取り出した。

 シアン色の血溜まりに膝をついて、子どもの父親らしき死体の顔にハンカチを覆い被せる。


 3名のヒューテックたちの方を向いて、静かにステップを踏み始めた。

 鮮やかなピンク色の光のナイフがくるくると回り始める。



 黒マスク姿のサラリーマンは、口元にスマートフォンのマイクを近づけた。

 

 真っ白なファーコートを着たお嬢様は、オフホワイト色の光のナイフを両手に構えた。

 

 顎髭のコンサル風の男は、スマホカメラを自動販売機にかざす。



「Make up! ──《私は何者にもなれる(フリー・カラー)》」



 遊び人っぽい大学生は前傾姿勢になって、魔法の呪文みたいな言葉を唱える。


 静かにシャッター音が鳴ると、遊び人っぽい大学生らしき男は透明になって見えなくなった。





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― 新着の感想 ―
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