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【書籍化】Fake Earth  作者: Bird
第3章 山手線バトルロイヤル
42/95

40話 もしも配られたカードで勝てないなら(前編)

 アーカイブ社のチュートリアル、緑亀のジョン(社歴2年目・元プレイヤー)視点。


【ゲーム世界 :『Fake Earth』】

 コードネーム=緑亀のジョン(John)


【現実世界】

 戸籍名=ジョナサン・グリーン(Jonathan Green)

『Fake Earth』を4ヶ月で引退した理由は「単純に飽きたから」だった。

 もともと大学4年生の暇を持て余した時期に、興味本位で参加しただけなので、この偽物の世界に留まる理由はなかった。

 人生を賭けたスリリングさは楽しかったが、その刺激も慣れれば飽きてくる。

 さらなる刺激を求めて、強いプレイヤーと戦いたくても、強いプレイヤーになるほどコインを奪うことに関心がない。


 今まで遊んできたゲームはインターネットに接続すれば、地球の裏側にいる対戦相手ともすぐに戦えたので、街に出かけてプレイヤーらしきアバターを探し回るのは面倒臭かった。

 かといって全プレイヤーの位置情報が発信されるアラートが鳴ることを待つのは退屈だった。


──完全クリア報酬のブラックカードはもらえるなら欲しい。

──だけど、世界のどこにいるのかもわからないゲームマスターを探すのは、どう考えても「割り」に合わない。


 たまたま夜に見かけたギルド同士の抗争(こうそう)に割って入って、一番強そうなプレイヤーのコインでその日のうちにゲームクリアした。

 報酬の1億円をもらった後、「この金で何をするのが楽しいかな」と考えていたら、アーカイブ社の人事部から『Fake Earth』のチュートリアルにスカウトされた。

 ちょっと驚いたけれど、少なくとも刺激に飢えることは無さそうだったし、超一流企業の肩書きを持つ人生も面白そうだったので、その場で入社することを決めた。



 だから、緑亀のジョンはチュートリアルになってから、多くのプレイヤーが『Fake Earth』に何らかの事情で参加していることに驚いた。


 とんでもないクリア報酬があるとはいえ、事実上のデスゲームに飛び込んできてプレイするのは、非日常の体験に飢えているジャンキーか、合法的に人を殺したいバカくらいしかいないと思っていたからだ。


 今まで100万人以上のプレイヤーが挑戦しているのに、誰もゲームマスターを倒せていない。

 他プレイヤーのコインでクリアできるプレイヤーでさえ、全体の0.01%を切っている。

 常識的に考えて、「クリアできる」と見積もって参加するゲームではない。


 それなのに、毎日新しいプレイヤーが続々と参加してくる。

 担当するプレイヤーたちは参加した動機をあまり話さないため、何のために人生を賭けたゲームに挑戦したのかはわからない。

 ただ、彼らが生半可な覚悟で参加していないのは、チュートリアルの説明を聞いているときの目つきの真剣さから伝わった。


 チュートリアルの仕事は、個人の裁量に任されている。

 先輩社員からの研修もなく、業務マニュアルは存在しない。

『Fake Earth』は人類の脳を研究するために開発されたゲーム。

 プレイヤーの多様性を失われないように工夫されていると同時に、チュートリアルにも多様性を求められた。

 緑亀のジョンはプレイヤーの質問に答えた上で、元プレイヤーとしての実体験を教えることにした。


 しかし、チュートリアルで担当したプレイヤーのほとんどが、1ヶ月も経たないうちにゲームオーバーになった。

 初心者狩りのプレイヤーにスタート直後に襲われなくても、『Fake Earth』は初心者プレイヤーが簡単に生き残れるゲームではなかった。

 プレイヤー同士の戦いが日常化している世界で、実力が近い者同士が勝負するランクマッチみたいなシステムもなく、格上の相手が手加減なしで襲いかかってくる。

 プレイヤーだった頃はその難易度の高さを楽しんでいたが、チュートリアルになった今は悩ましい問題だった。


『Fake Earth』の初心者プレイヤーの定着率は、ここ5年間下降の一途を辿っていた。

 初心者プレイヤーの9割がプレイ時間30日以内にゲームオーバーになった。


 ゲームオーバーになったプレイヤーたちは、切実に叶えたいと思っていたはずの願いすらも忘れ去った。



──どんなことも経験を積んでいくと、今まで見えなかったものがある日を境に見えるようになる。

──騙し絵に隠れたものが一度見えたら「それ」にしか見えないように、見たくなくても見えるようになってしまう。



 入社してから半年が経った頃、緑亀のジョンは()()()()()()()()()()3()0()()()()()()()()()()()()()()()()()()()がわかるようになった。

 業務のチュートリアルを行っている最中、「30日以上生き残るプレイヤー」と「30日以内にゲームオーバーになるプレイヤー」の見極めができるようになった。

 どうして長続きしないと思ってしまったのか、裏付けとなる理由は考えても思いつかない。

 ただ、その予感めいたものは必ず的中した。


 チュートリアルの役割は、ゲームの基本的な操作説明のみ。

 プレイヤーが実力を発揮できるように、プレイの仕方でわからないことを手ほどきするだけだ。

 担当したプレイヤーがその後ゲームオーバーになろうと、その責任はプレイヤー本人にあるのだから、緑亀のジョンが気にする必要はない。


 自分自身の立場はわかっていたが、緑亀のジョンは「30日以内にゲームオーバーになる」という予感がしたプレイヤーへの対応に悩んだ。

 彼らがどうなるのかを知っていて、何も伝えないのは見殺しにすることと同じような気がしたからだ。


『Fake Earth』はギブアップが許されているゲーム。

 プレイヤーは二度とゲームに挑戦できなくなる代わりに、現実世界へ戻ることができる。

 何も手に入れられないけれど、何もかも失わないで済む。

 合理的に判断すれば、ゲームオーバーで記憶を奪われるよりもマシな未来だった。


 だが、緑亀のジョンは「30日以内にゲームオーバーになる」と予感があっても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 担当するプレイヤーにギブアップしてほしいと思うのは、「なんとなく後ろめたい感情から逃れたい自己都合」でしかないからだ。


 多くのプレイヤーは大切な何かのために、記憶を失うリスクを承知で『Fake Earth』に挑戦している。


 彼らに対してすべきことは、その覚悟に水を差すことではない。


 志半ばでゲームオーバーにならないように、一般的なチュートリアルの域を超えた、実戦的なトレーニングを行うことだ。



 30日以内にゲームオーバーになる予感を無視して、担当するプレイヤーに生き残るための術を教える。

 緑亀のジョンは自身のチュートリアルを見直して、再現性の高い指導プログラムを考えた。

 一撃が致命傷となりうるゲームなので、あらゆる攻撃に当たらないように回避の特訓を行った。

 戦闘中に一瞬の隙が命取りになることを説いて、スマホ画面を見ずに操作するブラインドタッチの技術を教えることもあった。


 チュートリアルは最大24時間の時間しかなく、プレイヤーに教えられることは限られている。

 必死に試行錯誤を重ねて、チュートリアルの改善を行っても、長く生き残れない予感がしたプレイヤーはすべて30日以内にゲームオーバーになった。


 それでも緑亀のジョンはチュートリアルの改善を続けた。

 担当したプレイヤーがゲームオーバーになるたび、その原因を分析して対策を考えた。

 ゲームオーバーになったプレイヤーが記憶を失っても、緑亀のジョンは彼らのことを忘れない。

 次に担当するプレイヤーが同じ過ちを繰り返さないように、未来へつないでいくことができる。



 インターン生の(あけ)()(さい)()を担当したのは、社歴2年目をちょうど迎えた頃だった。

 幼さの残る顔立ちの女子高生のアバターで、明るい髪はミディアムくらいの長さに伸びている。


 彼女と顔を合わせた瞬間、「30日以内にゲームオーバーになる」と予感がした。



「はじめまして、ジョンさん。

 プレイヤー名、明智彩花です。

 私の膝の上にいるのは、野良猫のノラ。

 散歩してたら懐かれたので、いま名付けました」



 公園のベンチに座っている明智彩花は野良猫の前足を持ち上げる。


「どうも。野良猫のノラです」と裏声でアテレコして、一人でくすくす笑った。

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― 新着の感想 ―
[一言] 改めて『Fake Earth』の過酷さを知れた回でした! 暦斗の凄さが際立ちましたね。 更新おつかれさまです!
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