4話 10分間の質疑応答(Question)
質問者:サンダー・ディヴィス(41歳・男性)
職業:輸入車ディーラー/国籍:アメリカ
【Q1】
Hey! プレイヤーの初期状態はどうなってる!?
現実世界の自分と同じかい?
それとも希望したら、僕は美少女アバターになれるのかい?
【A1】
プレイヤーの初期状態は、運営がランダムで決めさせていただきます。
スタート地点も、スマートフォン以外の持ち物も、そしてみなさまがゲーム内で操作するアバターさえも。
生まれるときに国や肌の色を選べないように、アバターの名前から性別・年齢・職業・身体能力など何もかもが運によって左右されます。
そのためゲームが始まったとき、現実世界の自分と大差ないと思う方もいれば、まったくの別人に生まれ変わったと思う方もいるでしょう。
ただし、当たり前のことですが、「脳」は現実世界と同じものです。
「質問するために、手を挙げよう」と思ったときに手を挙げられるように、みなさまが操作するアバターもそのアバターの能力の限界を超えない範囲で、思いどおりに動かすことができます。
また「絶対音感」や「共感覚」など、脳に関わる能力は引き継いでおりますので、プレイ時にはどうぞご活用ください。
質問者:シャルル・ヌニーナ(120歳・女性)
職業:地主/国籍:フランス
【Q2】
もし操作するアバターが私のような老いぼれになった場合、どう戦えばよろしいのでしょうか?
「『操作するアバターの年齢』もランダムで決まる」ということは、高齢者でもゲームを楽しめるように設計されていますよね?
【A2】
どんなアバターでも戦えるよう、このゲームには『ギア』というシステムがあります。
支給されたスマートフォンで使えるアイテムで、おおよその仕組みはアプリと同じです。
ちなみに『ギア』は《ガチャストア》という専用アプリより、他プレイヤーのコイン1枚でギア1つをランダムで交換することができます。
このほか運営が開催するイベントを攻略したり、一部の特殊な条件を満たしたりすることで入手することもできます。
もちろん『Fake Earth』は現実世界を再現したゲームですので、ぜひ拳銃や鉄パイプなどの武器もご活用ください。
質問者:マリウス・イプセン(54歳・男性)
職業:週刊誌記者/国籍:ノルウェー
【Q3】
ギアはどんなものがある?
魔法みたいに炎とか出せるのか? 他人に変身できるのか?
もしかして空とか飛べちゃうのか?
【A3】
まず全プレイヤーは《対プレイヤー用ナイフ》と《対プレイヤー用レーザー》のどちらかを使うことができます。
この2つのギアは「スマートフォンの電力を『ナイフ』または『レーザー光線』に変換する機能」です。
ゲーム開始から12時間経つまで、新人プレイヤーはどちらのギアも特別に使うことができますので、お試しになった上で合いそうな方をお選びください。
なお、このほかのギアにつきましては、ゲームが始まってからのお楽しみです。
ご自身の目でご確認ください。
質問者:ネラ・フレイザー(15歳・女性)
職業:祈祷師/国籍:ニュージーランド
【Q4】
すみません、アーカイブ社の「ブラックカード」とはどういうものでしょうか?
私、今日までスマホも知らなかった世間知らずですので、どれくらい価値のあるものかわからなくて……。
【A4】
「アーカイブ社グループのサービスを無料で受ける権利が付与される」──これがアーカイブ社の発行するブラックカードの特典です。
たとえば、一人旅で月に行くことができます。
ミシュラン三ツ星のレストランの食事を日替わりで楽しむことができます。
全身をハリウッド俳優そっくりに整形することができます。
そして、「死者を生き返らせること」も実現できます。
みなさまがブラックカードを手にできれば、これからの人生で物質的な不自由を被ることはありません。
アーカイブ社が存続するかぎりは、無期限の保証が適用されますので、お子さん、お孫さんの代までお使いください。
質問者:武青蝶(22歳・女性)
職業:拳法家/国籍:中国(女性)
【Q5】
「死者を生き返らせること」、本当に信じていいんだな?
もし嘘だったら、“タダ”じゃ済まさねえぞ。
【A5】
はい。西暦2000年以降に生存していた人間であれば、誰でも生き返らせることができます。
肉体につきましては、病院の電子カルテデータから、記憶につきましては、みなさまや生き返らせたい人の家族の思い出などから、情報を集めて、完璧に再現することができます。
数世紀前の絵画を復元するように、本人そのものを30日間で復活させることをお約束いたします。
──おかしい。この質疑応答、明らかに不自然なことが起きている。
頼助は手を挙げたまま、他のプレイヤーたちを横目で見る。
同じ疑問を持っていそうな人は誰もいないようだった。
質問するプレイヤー以外は発言できそうにない緊迫した空気の中、19人のプレイヤーの前にあるネームプレートのホログラムのうち、頼助の右2つ隣にあるプレートが縁取られるように光り輝く。
挙げていた手の指が6本あるマフィアのボスみたいな人相の男は、威圧するように指をボキボキと鳴らした。
質問者:メフメト・セイスマン(69歳・男性)
職業:政治家/国籍:トルコ
【Q6】
実際プレイヤーがゲームオーバーになったらどうなる?
「現実世界に帰れない」というのは、やはり「死ぬ」という理解でいいか?
まあ私は答えを知る必要はないが、他のプレイヤーのために教えてくれ。
【A6】
もしプレイヤーがゲームオーバーになった場合、生まれたときからゲームオーバーになるまでの記憶を消去させていただきます。
そして、アーカイブ社が作った記憶を組み込んで、『Fake Earth』のキャラクターとして寿命が尽きるまで生きてもらいます。
“第二の人生”といいましょうか。
新たな記憶に替わったみなさまは、路上ライブからメジャーデビューを目指したり、気の合う仲間と新しい会社を立ち上げたり、愛する人と結婚式を挙げたりなど、現実世界と同じように人生を体験することができます。
なお現実世界の肉体につきましては、こちらで「完璧」に管理させていただきます。
これからみなさまが中に入ることになるハード機のコクーンで、1日に必要な栄養量は血液への点滴注射で摂取して、適度な運動は微弱な電気で全身を振動させる方法で行います。
みなさまの体は、概ねゲームを始める前よりも健康な状態になりますので、ご心配なさらずにプレイしてください。
質問者:フォラフ・アルバジーニ(27歳・男性)
職業:ITエンジニア/国籍:オーストラリア
【Q7】
なんでゲームオーバーになったプレイヤーをゲーム空間で生かす?
高額なクリア報酬まで用意して、おたくら何が目的だ?
【A7】
人間の脳のデータがほしいからです。
それもできるかぎり詳細なデータを。
みなさまもご存知のとおり、アーカイブ社は「人類の進化」を目標としています。
生物の起源から、宇宙の果ての先まで、世界のすべての謎を解き明かすために。
IT・医学・脳科学を中心としたあらゆる分野に注力して、全人類が種族として進化する方法を研究しています。
長年の研究の結果、人間の四肢や内臓器官などは、赤ん坊から老人までの移植も問題ないレベルで再現できるほどに解析しました。
しかし、「人類の進化」の鍵と考えられている脳につきましては、研究の行き届いていない部分があります。
補足しますと、物体としての脳はすでに再現できているのですが、どうすれば生物としての限界を超えた成長ができるのか、進化のメカニズムを解明できていないのです。
だから、数多くの脳のデータを集めて、人類共通の進化理論を見つけるために、ゲームオーバーになったプレイヤーは、その後も「人類の進化」の協力者として、ご活躍いただきます。
とりあえず、「アーカイブ社がみなさまの命を奪うことはない」とお考えください。
質問者:アジダ・ネシャット(33歳・女性)
職業:現代アート作家/国籍:アフガニスタン
【Q8】
運営ちゃん、ゲームオーバーの条件って何~?
【A8】
ゲームオーバーの条件は、次の3つになります。
1.自分のコインが壊れる。
2.他プレイヤーにスマートフォンからコインを奪われる。
3.ゲーム内で死ぬ。
みなさまの残機はたった1つしかありません。
〈任天堂のマリオ〉や〈CAPCOMのロックマン〉のように、ゲームオーバーから数秒後に復活することはありません。
人生と同じように、1回かぎりのチャンスとなります。
質問者:ルドラ・シン(24歳・男性)
職業:カバディ選手/国籍:インド
【Q9】
はいはい質問っす!
馬鹿なんでルールまったく理解してないっすけど、とりあえず「ゲーム内で死ぬ」ってどういうことっすか⁉︎
【A9】
簡潔に言えば、「アバターの活動が完全に停止すること」です。
現実世界では「死んだら終わり」と考えられているように、このゲームでも高層ビルから飛び降りるなどして、アバターが生命を維持できない状態になれば、みなさまはゲームオーバーになります。
もちろんアバターと現実世界の肉体は別物ですので、みなさまがゲーム内で死んだとしても、現実世界で死ぬことはありません。
今後はゲームオーバーになったということで、『Fake Earth』のキャラクターとして、「人類の進化」の研究にご協力いただきます。
ラウンドテーブルに映し出された残り時間は、まもなく半分の5分に差しかかろうとしている。
第2000期の参加者たちは、誰ひとり質問の順番を譲るつもりはないらしく、質問を終えた人を含めた全員が手を挙げつづけていた。
「操作するアバターを選べないこと」や「『ギア』を使って戦うシステムがあること」といい、運営がルール説明で開示していない情報があまりにも多い。
セーブの有無やゲームマスターの居場所など、まだまだ訊きたいことはたくさんあるのだろう。
だが、頼助は挙げていた手を下げた。
運営に確認しておきたいことは、他のプレイヤーたちが代わりに質問してくれている。
この質疑応答が始まってから抱いていた疑問に、思考のリソースを割きたかった。
人差し指でスクエア眼鏡をかけ直して、今まで質問したプレイヤーたちの前にあるプレートの国旗マークを改めて見ていく。
アメリカ、フランス、ノルウェー、そしてニュージーランド──。
質問した9人のプレイヤーたちは、その国を代表するかのように出身国が異なっている。
事実上、英語を公用語としている国からの参加プレイヤーは4名、各国特有の言語を公用語とする国からの参加プレイヤーが65名。
今のところ頼助と同じ日本人はいない。
──どうして世界中から来たプレイヤーたちは「自国の言葉」ではなく、「日本語」で質問しているのか?
頼助は口元に手を当てて、9人のプレイヤーたちが質問したときのことを思い出す。
彼らが話した日本語は、日本人が声の吹き替えをしているかのように流暢な発音だった。
全員の唇の動きを見るかぎり、運営が同時通訳している可能性はない。
誰もが日本語を使いこなせることに不自然さを感じる。
そして、一番奇妙なことに、頼助以外のプレイヤーたちは、質疑応答が日本語で行われていることに疑問を抱いている様子がない。
お互いに初対面であるはずなのに、他の外国籍のプレイヤーたちが日本語を話せることを当たり前のように受け入れている。
もし頼助以外のプレイヤーたちが知っている何かがあるなら、ゲームが始まる前に解き明かさなければいけない。
質疑応答の終了まで、残り5分3秒。
後半に出そうな質問と運営の回答はだいたい想定がつく。
頼助はプレイ前の質疑応答に耳を傾けながら、他の18人のプレイヤーたちに隠された謎の答えを導き出すことに集中した。