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【書籍化】Fake Earth  作者: Bird
第3章 山手線バトルロイヤル
36/95

幕間 チュートリアル円卓会議

 これはアーカイブ社の社員たちが、山手線バトルロイヤルを観戦する物語である。

 №000:《夢現電脳海淵城(サイバーキャメロット)》。

 アーカイブ社の社員専用のギア。


 このギアは「『Fake Earth』内においてレイヤーの異なる仮想空間を構築すること」ができ、いわば「異世界の中に、さらなる異世界」を作成するギアだった。


 仮想空間の内部は、容量175ゼタバイト(1ゼタバイト=1兆ギガバイト)まで自由に設定可能。

 同じギアを持っていなくても、何名でも中に招待できる。

 各々のアバターで仮想空間に入れば、事実上対面で話し合うことができるため、アーカイブ社の社員はWeb会議のツールとして利用していた。



──日本時間(東京都)20時46分。

──《夢現電脳海淵城》ROOM-C。



 仮想空間の中央に「大理石の円卓」が置かれていた。

 この円卓の天板は「完璧な円」を表現していた。

 コンパスで描く図形の円よりも丸い、数学の理論でしか存在できないはずの円。

 たとえ(けん)()(きょう)で円卓の縁を(のぞ)いてみても、分子レベルで歪みのない円だった。


 その大理石の円卓に設置されているのは、縮尺1/220・()(かん)6.5mmのレールの模型。


 青虫色の電車の模型が49台、内回りと外回りの2つに分かれて周回している。

 品川(しながわ)駅から高輪(たかなわ)ゲートウェイ駅まで、山手線30駅の立体模型も間隔を空けて配置されていた。

 30駅の立体模型は屋根が取っ払われており、「改札口までの階段の段数」や「多目的トイレの手すりの高さ」まで駅の構内を忠実に再現している。


 山手線の全駅全線の鉄道ジオラマ。

 精巧に作られた模型の上には、複数の3Dホログラムが浮かんでいた。

 3Dホログラムの大きさは、スマホ画面と同じ6.0~7.0インチ(単位換算15.24cm~17.78cm)。

 山手線バトルロイヤルに参加して、今も生き残っているプレイヤーたちの様子が映し出されている。


 (いけ)(ぶくろ)駅に向かう電車の模型が減速する中、最後尾の車両で行われていた()(どもえ)の戦いが終わった。


 通路に倒れていた2人のプレイヤーが消えて、勝ち残ったプレイヤーが座席に腰を下ろす。


 ホログラムに映し出された(しぶ)()駅代表、(あそ)()(れき)()は肘を触って、左腕の塞がった(じゅう)(そう)を見つめていた。



「うおおおおお! 遊津の旦那、大勝利ですやん! 

 さすがわいの愛弟子!

『SPECIALコマンド』って必殺技も開発しとるし、ゲームを楽しんでそうで何よりやわ~!」



 ハムスターのモグ吉(社歴13年)は、小さな手で大きな拍手を送った。

 満面の笑みを浮かべて、ドールハウスの猫脚サロンチェアの上であぐらをかいている。


 総勢5名のチュートリアルが、《夢現電脳海淵城》の円卓に集結していた。

 全員が動物のアバターで、各々のアバターの大きさに合った椅子に座っている。


 野うさぎのキャロル(社歴13年)、緑亀のジョン(社歴2年・元プレイヤー)、インコのピー姫(社歴5年)、カブトムシの武士(ぶし)(まる)(社歴5年)。


 アーカイブ社内で「対人スキル」をとくに評価されて、全プレイヤーの育成を一任された社員たちだった。



「モグ吉先輩、落ち着いてください。

 今後のチュートリアルはどうすべきか、未来の初心者プレイヤーの質を高めるために、僕らは担当した新人プレイヤーたちの戦いを観てるんですから。

 業務多忙で担当した後の様子が見れなかった分、成長ぶりを喜びたい気持ちはわかりますが、仕事に私情を持ち込むのは良くないですよ」


「そうよ、ジョンの言うとおり!

 私たちはもっと大事なことを話し合わないと! 

 例えば、高輪ゲートウェイ駅代表の(あや)()(りょう)(じゅ)くん。

 犬顔のイケメンなのに、なんで私が担当してないの? おかしくない?」


「……何もおかしくないさ、ピー姫。

 (はら)宿(じゅく)駅代表の(まち)()エリカちゃんが負けたんだから、何が起きたっておかしくない。

 あんな素っ気ない感じして、《巨人変換機(ギガント・アダプター)》の練習を陰で一生懸命頑張っていたのに……。

 この世界は本当に残酷だ」


「武士丸、あなたの気持ちはわかりますよ。

 私が注目していた、大胸筋が素晴らしい大塚(おおつか)駅代表の熊越(くまこし)(とおる)さんも、上腕二頭筋が素晴らしい品川駅代表の(とよ)()(はな)さんも、イベントから脱落しましたから。

 私が応援していると、みんな負けてしまうんですよ。

 ……もうこれ以上観ないほうがいいかもしれませんね」



 遠い目をした野うさぎのキャロルは、ドールハウスの椅子にもたれかかる。

 真っ白な立ち耳は後ろに垂れ下がっていた。

 カブトムシの武士丸もうなだれて、沈痛な雰囲気を漂わせている。


 緑亀のジョンは挙手して、わざとらしく咳払いした。

 推しのプレイヤーで脱線した話を戻そうと、口を開こうとする──その瞬間だった。



──山手線バトルロイヤル開始から、経過時間35分45秒。

──(しん)宿(じゅく)代々木(よよぎ)間の架線に止まっていたカラスが夜空へ羽ばたいたとき。



 3Dホログラムに映るプレイヤーたちは、それぞれのスマートフォンの画面を一斉に見た。

 電車の座席に座っているプレイヤーも、秋葉原駅のホームで交戦中のプレイヤーも、別々の場所で同じ行動を取った。


 そして、参加プレイヤーたちの表情は4パターンに分かれた。

 (きょう)(がく)の表情が9名、恐怖の表情が7名、無表情が3名、()(えつ)の表情が1名。

 全員、スマートフォンを持つ手に力が入ったのは共通している。

 ホーム画面に表示されたモノを見て、「緊張」の反応を示した。


 彼らが次に取った行動は、「イベントで生き残る」のための一手だった。

 ある者は一目散に逃げ出し、ある者はNPCの乗客の中で息をひそめて、ある者は切羽詰まった声でギアを起動した。


 反応ではなく反射の速度で──。

 理性よりも本能に委ねて──。


 各々のプレイスタイルから、「最善」の選択を導きだした。



(かん)()駅代表:プレイヤー名「(やく)師寺(しじ)一郎(いちろう)」棄権。

浜松(はままつ)(ちょう)駅代表:プレイヤー名「(あら)()祐奈(ゆな)」棄権。

(うえ)()駅代表:プレイヤー名「サラ・ワイト」棄権。

▼代々木駅代表:プレイヤー名「シーザー・ロバーツ」棄権。

高田(たかだの)馬場(ばば)駅代表:プレイヤー名「小野(おの)まや」棄権。



 だが、次々とプレイヤーたちがイベント失格となり、模型の上に浮かぶ3Dホログラムが消えていく。

 コンマ一秒も経たないうちに、棄権したプレイヤーの映像は打ち切られた。


 逃げ出したプレイヤーは追い詰められて、NPCの乗客の中で息をひそめたプレイヤーは隠れきれず、シアン色の血を流しながら「カメラ」を起動する。

 悔しさがにじんだ自分の顔をインカメラで撮り、「ゲーム開始時のスタート地点」へ転送されて、山手線バトルロイヤルから離脱していった。


 激化した戦場についていけないプレイヤーが脱落していく。


 池袋駅のホームの上に浮かぶ3Dホログラムでは、《小さな番犬》が激しく吠えていた。

 遊津暦斗は階段を駆け上がりながら、ホーム画面に表示された時計を見ている。


──山手線バトルロイヤル開始から、経過時間40分32秒。

──参加プレイヤーたちが同時にスマートフォンの画面を見てから、約5分後。


 西日(にしにっ)暮里(ぽり)駅の改札の前から、3Dホログラムが音もなく消える。


 残り20名だったプレイヤーたちは10名に減った。



「へぇ、興味深い展開ですね。

 まさかこんなことをやるプレイヤーがいるなんて。

 大胆というか、盲点を突かれたというか。

 ルール違反ではないですが、みなさんはどう思いますか?」


「とくに何の問題もないだろう、ジョン。

 ある意味で一番合理的な戦略だ。

 そもそも、初心者プレイヤーの中で、これと同じ戦略ができる者はなかなかいない。

 イベント前にどう手を回したのかはわからないが、実行できたことが評価に値すべきことだ」


「まあ、最後まで残ったプレイヤーが勝つイベントだからね。

 誰が一番強いのかを競ってるわけじゃないからいいんじゃない?

 過去のイベントだと『手製の催涙(さいるい)ガス』を持ち込んで、駅でばらまいたプレイヤーもいたしね~。

 ()()()()()()()()も全然アリでしょ」


「そもそも、『Fake Earth』の戦いにルールはありませんよ。

 たとえばプレイヤーが爆弾を所持していれば、NPCの警察に捕まるリスクはありますが、私たち運営は何も禁止していないです。

 ただ、こうなってしまったら、今後の戦場はますます荒れるでしょう。

 残った10名のプレイヤーは、誰が勝ち残ってもおかしくありません。

 ……あなたが推している遊津暦斗さんも、本当に優勝するかもしれませんね、モグ吉さん?」



 野うさぎのキャロルは微笑みを浮かべる。

 長い耳の先をくるりと丸めて、クエスチョンマークの形を作った。

 カブトムシの武士丸は複眼をモグ吉に向ける。

 緑亀のジョンとインコのピー姫は目配せを交わす。


 ハムスターのモグ吉は腕を組み、真剣な顔をしていた。

 普段の陽気な雰囲気と違って、不気味なほど静かだった。



「……せやな。遊津の旦那は頭もキレるし、逆境にも強いプレイヤーや。

 わいは師匠として、めちゃくちゃ期待しとるで。

 けどな~、あいつが残っとるからな~。

 できれば外れてほしいんやけど、うーん」



 ハムスターのモグ吉は薄茶色の頭を()きむしった。

 小さな体を揺らしながら、唸り声をあげている。


 出っ歯の口から大きなため息が漏れた。

 何もない天井をぼんやりと見上げた。


 そして、薄茶色の頭に手を乗せたまま、がっくりとうなだれる。



「今回のイベント、たぶん()()()()()()()()()()()と思うわ」




──青虫色の電車の模型は、大理石の円卓の上に敷かれた線路を進んでいく。

──山手線内回り・外回りの49台全車両、イベント開始より半周分を回り終えた。


──自動改札機の門を通り、環状の戦場で争うプレイヤーたちは知らない。

──第27回目の開催となるイベントは、歴代最短のタイムで終了。

──全車両が線路を一周したとき、山手線にはイベントの勝者だけが残ることを。

 

──緩やかな曲線を描く線路、半周より先はスタート地点へ戻る復路。

──各駅を代表した主人公たちの戦いの物語は折り返す。

 

──残り10名のプレイヤーの優勝争いとなった、山手線バトルロイヤル後半戦。


──優勝賞品のギアを手にするのは誰なのか?

──遊津暦斗が敗北する予想は的中するのか?


──初心者プレイヤーたちの戦いは、『Fake Earth』内で起きた250万以上の対戦の中で、()()()()()()()()()()を迎えることになる。




【山手線バトルロイヤル 生存プレイヤー10名】


●池袋駅代表

 プレイヤー名「(あけ)()(さい)()

 称号:停戦の戦乙女


(うぐいす)(だに)駅代表

 プレイヤー名「吉良(きら)(りゅう)(じん)

 称号:大型トラック斬り


●恵比寿駅代表

 プレイヤー名「瀬名(せな)アリス」

 称号:ビギナーズ・ハードラック


●駒込駅代表

 プレイヤー名「犬塚(いぬづか)忠臣(ただおみ)

 称号:青染めの狂犬


●渋谷駅代表

 プレイヤー名「遊津暦斗」

 称号:超新星ガンナー


●新橋駅代表

 プレイヤー名「パク・ヨンファ」

 称号:聖なるビジネスマン


●高輪ゲートウェイ駅代表

 プレイヤー名「綾瀬良樹」

 称号:Mrカメレオン


●東京駅代表

 プレイヤー名「()(とう)ハル」

 称号:期待の新人プレイヤー


●目黒駅代表

 プレイヤー名「藤原(ふじわら)紗耶香(さやか)

 称号:非合法令嬢


●目白駅代表

 プレイヤー名「松風牙(まつかぜきば)

 称号:殺戮ピアニスト



 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 生存プレイヤーのデータ、色々と気になるところが!(;゜Д゜) プレイヤーの特徴が想像できるものと、そうでないものが……! 特に「NO DATA」とか「ビギナーズ・ハードラック」とか、めちゃ…
[良い点] 良いですね。犬顔のイケメン!笑笑
[気になる点] > 仮想空間の内部は、容量175兆ギガバイトまで自由に設定可能。 エクサ、ゼタ、ヨタって単位は増えるのでこの書き方であんまり知識ないのかなってがっかりしてしまいます。 仮想空間の内部…
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