3話 ある世界のルール説明
このゲームの舞台は、現実世界を模倣した仮想空間です。
プレイヤーのみなさまが脳で知覚する、ありとあらゆるものを、完璧に再現した世界がそこには構築されています。
もしゲームの中で海に潜れば、青くぼやけた視界や海水の冷たさから、プレイヤーのみなさまは「海の中にいる」と感じることができます。
海に潜った状態で口を開ければ、海水が口の中に入って「塩辛い」と感じることができるでしょう。
長く潜りつづければ、息がだんだん苦しくなり、最後にはゲームの中で「溺れること」を体験することになります。
この世界に存在するすべてのものは、イメージとして「存在しているように見える」のではありません。
プレイヤーのみなさまは、皮膚や目などの感覚器官を通じて、「本当に存在している」と認識することになります。
これからプレイヤーのみなさまには、この現実世界によく似た世界に入っていただき、そしてそこから「脱出」するために、最善を尽くしてもらいます。
つまり、「世界からの脱出」がゲームの目的です。
もし〈ある条件〉を満たした上での「脱出」に成功した場合には、私たちアーカイブ社が発行する「ブラックカード」をお渡しします。
こちらは全世界で1枚しか存在しない、唯一無二の「クリア報酬」です。
ただし、このゲームには、「ゲームオーバー」もあります。
『大きなリターンを得るためには、それなりのリスクを背負わなければいけない』ということです。
ゲームオーバーになると、どうなるのか。
簡潔に言えば、ゲームオーバーになったプレイヤーは、現実世界に帰ることができなくなります。
10代から20代の頃に、将来の夢を語りあった親友とは二度と会えなくなります。
いつかは一緒に暮らしたいと思っていた彼、あるいは彼女にも二度と会えなくなります。
まだ年端のいかないお子さん、温かく成長を見守ってくれたご両親、家であなたの帰りを待つペットにも二度と会うことはできません。
そのため、プレイヤーのみなさまには、1つだけお願いしたいことがございます。
ゲームを始める前には、必ずあなたにとって大切な方へ、〝最後のあいさつ〟を済ませておくようにしてください。
さて、イントロダクションはここまでです。
このゲームの名前は、『Fake Earth』。
世界の表舞台に登場することのない、「偽りの地球」が舞台のゲームです。
それでは、さっそくゲームのルール説明を始めましょう。
まず、『Fake Earth』の世界から脱出する──ゲームクリアの方法は2つあります。
中性的な声のアナウンスが流れる中、頼助を含んだ19人のプレイヤーが囲んでいるラウンドテーブルの上には、「地球のホログラム」が浮かんでいる。
頼助はスクエア型眼鏡を外して、目の前で反時計回りに自転している惑星を見つめた。
鮮やかな群青色の海、立体感のある大陸、真っ白で渦巻いている雲。
この「地球」には宇宙空間から肉眼で直接見ているかのようなリアリティがある。
これが「虚像」であることはわかっているのに、本物の地球が1億分の1の大きさに縮小されたようにしか見えなかった。
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●脱出方法その1:【ゲームマスターを倒すこと】
この世界の管理者であるゲームマスターを活動停止にすることができれば、ゲームクリアです。
『Fake Earth』の世界が崩壊した直後、みなさまは現実世界に戻り、アーカイブ社の「ブラックカード」を手に入れることができます。
●脱出方法その2:【他プレイヤーが持つコインを7枚集めること】
他プレイヤーのスマートフォンを壊して、画面の下に埋め込まれた「コイン」を合計7枚手に入れる。
そして、電話アプリで自分のプレイヤーIDをダイヤルして、運営に「ゲームクリア」を申請すれば、『Fake Earth』の世界から脱出できます。
ただし、この脱出方法の場合の報酬は、「賞金10億円」のみとなります。
アーカイブ社の「ブラックカード」を手に入れることはできません。
ここでいくつか注意していただきたいことがあります。
▲注意その1、【アイテム】について。
ゲーム開始時、プレイヤーは「スマートフォン」を支給されます。
SIMカードの代わりにコインが中に埋め込まれた、ゲーム専用のスマートフォンです。
もし『コインが壊れる』あるいは『他プレイヤーのゲームクリア時にコインを使われる』など、ご自身のコインを失った状態になった場合、プレイヤーの故意・過失を問わず、ゲームオーバーになります。
また「プレイヤーはスマートフォンと一心同体」です。
わかりやすく説明すれば、「プレイヤーの心臓が動いているかぎり、スマートフォンの電池は切れない」ということです。
しかし、逆に言えば、「スマートフォンの電源を落とせば、プレイヤーの心臓は止まる」ということになりますので、くれぐれも丁重に扱ってください。
▲注意その2、【サービス終了】について。
このゲームは、ゲームマスターが活動停止した直後、サービスは即時終了いたします。
つまり、アーカイブ社の「ブラックカード」を手に入れることができるプレイヤーは、ゲームマスターを活動停止にした1名のみということです。
なおサービス終了時には、ゲーム内のプレイヤーは1人残らず現実世界へ強制転送します。
世にある多くのオンラインゲームのように、半永久的に存続することを目指していません。
あらかじめご了承ください。
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ゲームのルール説明は以上です。
これよりゲームを始める前に、質疑応答の時間を10分間設けますので、訊きたいことがある方は挙手してください。
質問はありますか、記念すべき第2000期の選ばれし挑戦者のみなさま?
中性的な声のアナウンスが呼びかけたとき、地球のホログラムが音もなく消えて、頼助を含む18名のプレイヤーたちの前に「ネームプレート」のホログラムが一斉に浮かび上がった。
『高校生 藤堂頼助(17歳)』と記された文字の前には、国籍である日本の国旗マークが付けられている。
質疑応答の残り時間10分を示すデジタル数字が、ラウンドテーブルの天板に映し出される。
頼助を含む19名のプレイヤーたちは、カウントダウンが始まるよりも先に手を挙げた。