俺は偽勇者~仲間と別れて早数年、なんか復讐されかけている~
練習で書いてた奴が書き溜まったので、出してみる。
追記)若干数名、登場人物の名前が変更になりました。
俺の名は『ミスク・テルロウ』。
皇帝陛下にその力を認められ、魔王討伐を見事完遂して見せた英雄の中の英雄。この世に知らぬ者は多分いない、そんな感じのれっきとした勇者である。
まあ、偽物なんですけども。
――始まりは八年前。
なんか手の甲に不思議な紋章(十中八九寝てる最中にぶつけて出来ただけのアザ)があるからと言った意味不明な理由から拉致監禁。
皇帝に『お主は勇者じゃ、しばらくは修行となるだろうが、いずれは魔王を討伐してくるのじゃ』とか言われ、有無も言わせず勇者のレッテルを貼られた哀れなミスク青年。
なんか皇女様(ちなみに皇女=美人という方程式は存在しない)はやたらめったら媚び売ってくるし、鍛えてくれる兵士達は『へっ、こんな奴が魔王討伐だァ? そんなら俺らがやった方がよっぽど可能性あるんじゃねぇか?』みたいな話を平然と俺の前でしてくる始末。マジ同感。
もちろん味方などどこにもいない。
こっちの事を利用しようとするか、あるいは抹殺しようとするか、結局のところは二つに一つ。
もうね、心の底から叫びたかったね。
「お願い誰か気づいて! 勇者の紋章とか言ってるけど、多分これ寝てる間についただけのアザだから! 現にもう二日目くらいから消えかけてきてるから!」
もちろんそんなこと言ったら『不敬』にあたる。
だから貴族の人たちが聞いても問題ないくらいに、それはもうやりすぎってくらい遠まわしに、遠慮気味にそう伝えたさ。
で、その結果どうなったと思う?
「え、英雄の紋章が……なるほど! 既にお主の体の内には英雄の紋章が宿り、確かな力として顕現しておるのじゃな! 良かろう勇者『ミスク・テルロウ』よ! お主が魔王及びその配下、幹部共の討伐へと赴くことを許すとしよう!」
お願い許さないでええええええええ!!
頼むうううう! そんなっ、そんな大層なもの持っちゃいないからあああああ! 頼むからそんな都合のいい感じで捉えないでえええええ!!
そんな心の絶叫など知ったことかと、かくして俺は皇帝から四人の仲間を預かり、望まなさここに極まってる中、渋々魔王討伐の旅に出た。
ちなみに当時の四人の仲間の名前はこんな感じ。
『ボウゲン・センシー』
『マホ・ウアオル』
『エセ・セイジョー』
『シュン・ジコゥ』
――うん、見たまんまである。
何が? とか野暮なこと聞いちゃいけない。
まぁ、一応察しのついてない奴ににも分かるように彼らのことを説明するとしようか。
『ボウゲン・センシー』。
戦士職。
魔物達の攻撃を一手に引き受ける、いうなればパーティのタンク役で、防御力だけでいえば他の追随を許さない、正しく天才である。
ただし、物凄い調子者。女とあれば誰彼構わず鼻の下を伸ばし、セクハラしようとして嫌がられれば癇癪を起こすどうしようもないクソッタレ。イケメンなのがさらにムカつく上に、なんとこの野郎、あきらかに防御特化なのに盾すら持たず刀一振り携えて魔物の群れに突っ込んでいくのだ。
良くいえば勇猛。
正直いえばただの馬鹿。そんな奴。
『マホ・ウアオル』
魔法職。
後衛から魔物達を殲滅するパーティのメイン火力となる少女であり、魔力量だけでいえば魔王にすら匹敵する、紛うことなき天才である。
ただし、物凄いビッチ野郎。男(ただしイケメンに限る)とあれば誰にでも股を開くクソビッチ。美人なのがさらにムカつく上にこのう○こ野郎、口を開けばすぐ煽り煽り煽りまくって、どうしようもなく正直な意味でサークルクラッシャーしてしまうのである。
良くいえば自由奔放。
正直いえばただのう○こ。そんな奴。
『エセ・セイジョー』
回復職。
後衛からパーティ全体を俯瞰し、傷つき、状態異常を受けた者を回復させる聖堂教会の聖女であり、回復魔法に関していえば『神の奇跡』といっても過言ではないほどに優れた天才である。
ただし、物凄い毒舌野郎。回復魔法で体の傷を治す代わりに心をズッタズタに斬り裂いていくエセ聖女。信者が沢山いてそれすらも肯定されてるのがさらにムカつく上このクソ女、何故か俺に限って常軌を逸した毒を吐くのである。すわヒュドラのブレスかと錯覚するほどの毒舌の嵐、何この子ツンデレ? なーんて可愛らしいこと思う暇など微塵もない。
良く言えば正直者。
正直いえばただのクソ女。そんな奴。
そして『シュン・ジコゥ』。
支援職。火力と回復以外、つまるところ強化魔法や弱体魔法を駆使し、パーティ戦力を強化、逆に敵の能力を弱体化させるパーティの要を担う青年である。
この世界において珍しい黒髪黒目、加えて支援職として必要とされる冷静さ、さらには様々なマジックアイテムを作り出す能力もあり、天才でこそないものの晴れてこのパーティへと加入した俺の同類。つまるところ元一般人。
ただし、物凄い自己中野郎。人の話は聞かないし、仲間相手に平然と対価を要求するし、本ッ当に必要最低限しか支援しないしで……、極めつけはこの野郎、マジックアイテムを作るのはいいが、それで旅の路銀を尽く消費していくのである。
良くいえばパーティの要。
正直いえば厄介者。そんな奴。
以上、俺のパーティ。
なんだかどこかでデジャヴを覚えるほどに問題児ばかりが集ったこのパーティ。加えてリーダーである俺はなんの力もないただの一般人ときたもんだ。
これで魔王に敵対しろって?
はっはっはー…………俺に死ねと?
俺は確信した、これは死ぬ。
普通に死ぬ、魔王にすらたどり着けずそこら辺の魔物相手に普通に仲間割れ起こしてフレンドリーファイアの果てに自滅する。そんな未来が透けて見えてた。
――その時点で、彼らと旅して一年あまり。
彼らを率いるという名目で率いられ、強制的にレベルアップを重ねる傍ら、努力をし続けたことでそれなりに戦えるようになっていた俺は、その未来を透視して頭を抱えた。
「どうする、どうするよ俺、これ死ぬぞ? 多分この感じで幹部とかに出会ったら普通に死ぬよ俺、多分実力差云々より以前の問題で終わるぞ俺……ッ!」
やばい、やばいやばいやばい。
路銀が無いせいでまともな装備も整えられない。
マジックアイテムだけはあるけれど、それも所詮は道具でしかなく、魔王の幹部相手に通じるほど強力なわけでもない。
そして金がないということはマトモな準備期間も得られないということ。
さらに言ってしまえば準備期間があったとてこのパーティが今よりマシになる未来など――到底見えない。
なればこそ、なればこそである。
やること、やるべき事はただ一つ!
「――仲間と、別れるしかない」
☆☆☆
「お前、クビな」
至極端的に、そう告げた。
目の前にいるのは珍しい黒髪黒目の青年――シュン。
場所は彼の使っている宿屋の一室。
彼は俺の告げた言葉に限界まで目を見開いており、その姿にほんのり心が痛む――なんてことは微塵もない。
「……なんの、冗談だ?」
「冗談……? ハッ、おめでたい頭してるんだな」
俺は一年以上積み上げてきた今までの怨嗟を吐き出すようにして嘲笑すると、強く握りしめた拳を机へと叩きつけた。
鋭い音が周囲に弾ける。
これでも一年以上勇者続けてる。机は一瞬にして残骸へと変貌し、その光景に後ろの厄介者共が嘲笑を浮かべている。
「おいおい、この雑魚本気で言ってんのか?」
「はっ、これだから馬鹿は! 分からないなら言ってあげましょうか! アンタみたいな足手纏いは勇者パーティにはいらないって言ってんのよ!」
ボウゲンとマホが喚いてる。
いや、お前らもこれ終わったら追い出すからな、とか。
単純に一番被害が大きいヤツ最初に追い出すだけで、お前らも充分お馬鹿な厄介者だからな、とか。
そんなことは言わない。面倒だから。
だから、悪いがシュンには全ての暴言を受けてもらう。
まぁ、きついとは思うが今までやってきたことの報いだと思ってくれたまえ。
と、そんなことを思っていると、怒りに顔を歪めたシュンは拳を握りしめ、立ち上がる。
その瞳には俺に対する怒りと困惑だけが滲み出しており、彼は絞り出すようにしてたった一言問いかける。
「……お前、正気、なのか……?」
これでもパーティ内で唯一の常識人やってる自覚はある。
だからこそ、よく分かってる。
彼がこれから強化魔法、弱体魔法を極めていけば、いずれは他の追随を許さない支援職として引っ張りだこになるだろう。けれど、それでも――
「……ああ、ビックリするほど正気だよ」
……フラッシュバックする彼との思い出。
強敵と戦う時、もっと強化出来るにも関わらず相手と同格程度にまでしか強化せず、結局はどんな相手にも接戦を繰り広げてしまい、必要以上に疲労の溜まる旅道中。
戦闘中は一回くらいしか支援かけない癖して野営の時は『俺はアイテムの製造で忙しいから』と見張りを拒絶。翌日出来上がったマジックアイテムはただの高性能虫除け。
相次ぐ接戦と睡眠不足によりストレスの溜まっているところへ襲いかかる『やれやれ全く』という妙にイラッとくる口癖の嵐。
やっとこさ街に辿り着き、疲れた体を癒すために少しお高い宿にでも泊まろうかと思った途端に『アイテム製造のために借金がある。返済のためにこれらの金は頂いていくぞ』との狂気の発言。
怒り狂うパーティメンバー(俺も含む)に対し『いつも俺の作るアイテムに助けられている奴が何を言う』とのバカ発言。まぁ野営の時は虫除けに助けられましたが何か!
……あぁ、もう思い出してるだけでイライラが込み上げてきた! もう何なのこいつ、マジで腹たってしょうがないんですけど!!
「……もう、お前は俺らには必要ない。必要以上に輪を乱し、アイテム製造といいつつお前が作るのは決まってガラクタばかり……ッ。もう、もう懲り懲りなんだよ! 借金の傍ら微塵も使い道の見当たらないアイテムに囲まれて過ごすのは!」
なんという悲痛な叫びだろうか。
支援魔法のタイミングだけはピッタリで、いつかはなんか力とかに覚醒してもっと戦闘も楽になるもんだと思ってた。だからこそガラクタや借金には多少なりとも目を瞑ってた。瞑ってたんだ。それなのに……ッ!
「なんだよ借金一億ゴールドって! 馬鹿なのお前!? 何考えて虫除けアイテムに一億もつぎ込んでんだよ!!!」
――現状の勇者パーティ借金額『一億ゴールド』。
はっはっは、もう一周まわって笑みしか浮かんでこないねこりゃあ。最近じゃ夢の中にまで借金の取り立て業者が出てきました。
「……正直さ、もうほんっとうに迷惑なんだよ……。頼む、俺達の前から消えてくれないか」
「……ッ! ミスク、お前ッ!」
あわよくば借金を持って。
そんな俺の内心を読んだか、シュンは拳を震わせ俺を睨み据える。いや、お前が作った借金で恨まれても……。そんなことを思ったが口にはしなかった。
するよりも先に、彼は歩き出していた。
「……もう、いい。お前ら後になってから悔やんでも遅いからな」
いや、いやいやいや。
陰ながらパーティのこと支えてたとかならまだしもお前、普通に足引っ張ってるだけだったからね? そんなのが抜けて後悔するとかどんなマゾだよそのパーティ。
そんなことを思いながら、捨て台詞に誰も反応してくれなくてちょっと顔を赤らめてる彼に対し、俺は無慈悲にこう告げる。
「その装備もすべて置いていけ。それらは俺達が稼いで買ったものだ。パーティを抜けるお前にくれてやる義理はない」
せめて、その装備を売って少しでも有意義に使いたい。
そう言外に伝える俺に、奴は憎悪に歪んだ瞳を向けていたのを覚えている。
☆☆☆
そんでもって、何事もなく魔王討伐。
……え? あぁ。いや、別段アイツが陰ながらパーティのこと支えてて、それが影響でパーティが崩壊……とか、そんなことはありませんでした。
「にしても、来るところまで来たもんだ」
場所は帝国の貴族街に与えられた自身の屋敷。
その窓から町並みを眺めながら、しみじみと思う。
なにせ、元一般人が魔王討伐である。
明らかに俺は勇者として選ばれた人間じゃない。まぁ、魔王討伐に向けて旅していく中でそれなりに勇者っぽい力も会得したわけだけど、現に俺の手の甲には英雄の紋章は浮かび上がってはおらず――
「……どうしたの、ミスク」
幼い少女の声が隣から響き、視線を向ける。
するとそこにはいつかの誰かと同じ黒髪黒目の小さな少女の姿があり――その少女の手の甲には、なんだか見覚えのある青い紋章が浮かび上がっていた。
――英雄の紋章。
パチモンでも何でもなく、ガチな、マジモンの英雄の紋章。つまるところ勇者の証である。
彼女の名は――『ユウ・テルロウ』。
かつてシュン・ジコゥから奪還した装備を売り払い、たまたま町中を歩いている時に見つけた奴隷の少女。それが彼女であり、当時、奴隷の少女に英雄の紋章を見つけた俺はかなり動揺していたのを覚えている。
まぁ、勇者が奴隷をパーティに加えるのはどうとかこうとか言われたり、バカ貴族がユウを狙ってきたこともあり、紆余曲折あって俺の『義妹』として名を改めた。
彼女は本来の勇者たるその力を使い、俺の右腕としてよく働いてくれた。
むしろ実質の話、魔王討伐したのは彼女なんじゃないかと思えるくらいである。
「何でもないさ。随分と昔とは遠い場所にまできちゃったな、って思っただけで」
「……ん、たしかに」
彼女を仲間にした当初は、まだほかの厄介者共もパーティに所属していた。もちろん今では追放済みだけれど。
理由としては『ユウに手を出そうとした』だったり『魔王の幹部に篭絡されてなんか知らん間に裏切ってた』だったりする訳だが――
「なんで、コイツだけ残ってるんだろうなぁ……」
「あら、コイツ呼ばわりとは今日は虫ケラが良く吠える日ですね。胸糞が悪くて吐きそうです」
満面の笑みでそういったのはエセ・セイジョー。
つまるところ勇者パーティにおける俺を除いた唯一の初期メン。あの毒舌帝王、エセ・セイジョーである。
彼女は眩い銀髪を揺らしながら満面の笑みで毒を吐いており、こんな毒など挨拶替わり、これから天上知らずの勢いで溢れ出してくるであろう毒のブレスにため息が漏れる。
回復魔法の天才――エセ・セイジョー。
大陸における最大の宗教団体『聖堂教会』が公認するれっきとした聖女であり、こと回復魔法においていえば彼女を上回る存在など世界を旅して回ったが一人として存在しなかった。
辛うじて魔王ならば彼女と同等の回復魔法も使えるのかもしれないが……まぁ、魔王はなぁ。うん。そういうの考える暇もない激戦だったし。よくわからないって言うのが結論だ。
そんでもって、育ち過ぎた偽勇者(俺)に正真正銘ガチ勇者ユウ、その他マホの代わりに仲間になった賢者の爺ちゃん。計三人による理不尽なリンチにも真正面から相対できた魔王を倒すには、それこそ『世界最強の癒し手』が必要だったわけで……。
その、結局コイツはパーティそのものに与える被害が少なかったし……もう、本ッ当に、渋々、パーティ残留を余儀なくされたのである。
「はぁぁぁぁぁ……」
「人の顔を見て溜息とは最低を体現するようなゴミですね。ところで犬畜生どころかミジンコにも劣るゴミとユウさん。少しお話があります」
「ねぇちょっと? なんか対応違くない?」
伊達に八年も付き合ってるわけじゃない、その暴言もいい加減慣れたけどさ。
そう言いながらも彼女の声に耳を傾けると、彼女の口から聞き覚えのある人物の名前が放たれた。
「――シュン・ジコゥ。もちろん覚えておりますよね」
「……ああ、嫌な名前だ」
噂をすればなんとやら。ちょいとそいつについての回想をしてたと思ったらコレである。エセへと訝しげな視線を向けると、彼女は端的に一言。
「こっち見んなよゴミが」
「え、えぇ……」
い、今のってあれじゃないの。
今までの不抜けた空気を一蹴するべく、なんか重大な事件でも舞い込んでくるパターンじゃないの?
そう考える俺をよそに咳払いをしたエセは、俺へと虫けらを見るような目で目を向けている。
「なんですかその訝しげな視線は。そも、今更貴方に楯突こうなどという馬鹿はこの世界を探したところで絶滅危惧種。仮に襲われたとてどうこうなる訳でもないでしょう」
「え、なにその過度な信頼」
まぁね、たしかに今隣に立ってる『勇者』と名高きユウなら大丈夫だと思うよ? ちなみになんで俺を差し置いて勇者って呼ばれてるのかは不明。
ただ、その、なんというか……ねぇ?
「何度も言ってるけどさ、俺本体とかあんまり強くないからね? 正直なところ『勇者の保護者兼オマケ』みたいなもんだからね?」
「……二年前、この国の皇帝がそう思って動いた果てにどうなったか忘れたんですか?」
けれども帰ってきたのは呆れの混じった声。
苦笑して隣へと視線を向ければ、ユウは腕を組み、うんうんと自慢げに頷いており。
「ん、ミスクに勝てるのなんて、魔王くらい」
……何この子達、信頼が重過ぎて息苦しいんですけど。
思わず頬を引き攣らせて身を引いていると、そんな俺を見据えたエセが脱線しかけていた話を本筋へと戻して見せた。
「で、話は戻るのですが、シュン・ジコゥ。あの男何を思ったか、私の方へと接触してきましてね」
「……へぇ? 会ったのかアイツと」
あの自己中の体現者と。
そう心の中で続けた俺に対してエセは頷くと、その時のことを思い返すようにして瞼を閉ざし、語り出す――
☆☆☆
それは雨の日のこと。
帝国の首都に佇む巨大な聖堂教会支部。
本部は聖王国に存在しており、毎日のように聖王国の本部に戻るようエセへと連絡が舞い込んでくるが、その連絡も二年前から『出来れば……』『申し訳ないけれど……』と言ったものに変化しつつある。
「……そんなにあの小物が怖いのでしょうか」
どこにでもいる金髪の、小物臭漂う一人の男。
自分への評価が低く、己自身を『偽勇者』と言ってやまないあの男。他でもない彼と一番長い付き合いをしている彼女からすれば、それこそ一番最初、本当になんの力も持っていない当時の彼を見ていただけあって、『小物』以外の感想が出てこないのだけれど。
「……案外、殺そうと思えば殺せると思いますけどね。ハニートラップして油断したところを仕掛人ごと宇宙空間に空間転移させて……ああ、よく考えればこれは無理でしたか」
偽とはいえ仮にも勇者。
トラップや毒に対する耐性でいえば本家本元の勇者であるユウと同等……いや、それ以上もありえる。
そんな耐性ガッチゴチに固めたミスクに悪意しかない転移魔法が通じるとはとてもじゃないが思えなかったのだ。
「さて、どうしたものか……」
最近日課になっている、どうやったらあのゴミを抹殺できるか考える、という娯楽を楽しんでいた――丁度、その時だった。
コンコンッ、と扉をノックする音が響いた。
雨の音に掻き消えぬような乱雑な音に、すぐさま『この教会のものではない』と察した彼女は、執務机のそばに立て掛けていた一振りの杖を手に取った。
それは魔王軍の幹部が一人『セルビア』が保有していたあらゆる魔法に関して絶大な補正をかける神話級武具【神魔王の杖】。
それを迷いなく扉へと構えた彼女は、けれども無遠慮に扉を開いたその男を見て目を見開いた。
「あ、貴方は……ッ!」
「……やれやれ全く。久しく会うかつての仲間にその態度とは、なってないなエセ・セイジョー。いや、こう言った方が相応しいかな」
そこに居たのは黒髪黒目の一人の男。
この世界には珍しいその容姿に、その口調。
そう、忘れるはずもない――
「あの男に未だ囚われし哀れな聖女よ。あの男に……勇者に復讐をしに来た、貴様の力を貸せ」
その男――シュン・ジコゥは、断られる可能性を一顧だにせずそう告げた。
☆☆☆
「お、お前っ、どんな日課してんだよ!」
俺の悲鳴が轟いた。
見れば彼女は悪びれる素振りもなく首を傾げており。
「……? ゴミを掃除する予定を立ててただけですが」
「怖い! この人怖いんですけど!」
全く悪意の見えないその姿に悲鳴を上げて後ずさっていると、そんな俺を見かねてか、ユウがエセへと話しかけている。
「……で、ミスクに捨てられたそいつ……なんだっけ? その、シュウ? そいつがなんでふくしゅう?」
「シュンですよシュンさん。なんだか聞く話によると『俺の有用性に気付かず、どころかパーティから追放した勇者に復讐する』んだそうです。きっと拗ねてるんですね、女々しくて鼻で笑っちゃいましたよ」
「……え、鼻で笑っちゃったの?」
二人の会話に思わず口を挟んでしまう。
なんかエセの日課が恐ろしくて話がズレてしまってるが、シュンが俺に対して復讐しに来たってかなーりヤバイ案件だと思うんですけど。
あいつの噂は俺の元にまで伝わってきている。
あらゆる万能具を用いて尽くを侵攻、侵略することから【天侵】と呼ばれるようになった男、シュン・ジコゥ。
俺が魔王討伐に勤しんでた間に隣の『王国』にて無数の伝説を打ち立てた幻の『SSSランク冒険者』にして爵位持ちの貴族……だっただろうか。
ちなみに『爵位持ちの貴族が聖女に殺人計画持ちかけて大丈夫なのかそれは』って考えが浮かんだけれど。
「あ、ちなみに聖女の私室への不法侵入罪で、シュン・ジコゥはただ今大陸全土で指名手配されてます」
「……可哀想に」
気づけばそんな感想が口から零れ落ちていた。
「しかし、彼の手法はなかなかに関心できるものだと聞いてますよ。純新無垢な少女達に傷心顔で取り入り、硬い絆が構築できた時点で自らの過去――つまるところどこぞのゴミに捨てられたという情けなさ過ぎる黒歴史を公開。魔王討伐の後ならいざ知らず、私たちが旅をしている最中、まだ結果を残せていない間にそのような情報を、しかも信頼する者から告げられたことにより『ミスク・テルロウ』に対する好感度が然るべき速度で消失。今回の件にはそれなりの人数が関わっているらしいですよ」
「然るべきってところ以外はすげぇなそれ」
シュン・ジコゥ、何たる策士。
そういや旅の最中、王国の街に寄った時ものすごーく嫌な顔されたっけか……なんて思いながら、思わず顎に手を当ててうめき声を漏らす。
正直、あれからどれだけの力を手にしていようとも『聖女の自室に不法侵入した性犯罪者』のレッテルを貼られた以上、もうこっちからどうこうする必要ないんじゃね? とは思うが。
「ま、なるようになるさな……」
そう呟いて、俺はソファーに寝転がった。
この都市の聖堂教会は他でもない『聖女』エセ・セイジョーが所属する、この国でも王城に次ぐ警備力を擁する場所である。なにせ聖女に何かあればこの世界中の聖堂教会関係者全員が敵に回るようなものだしな。
だからこそ、それを警備するこの国――どころか、この世界の聖女を崇拝する人達全員を敵に回したシュンが、エセに対してなにか害するようなことが出来るとは思えないけれど。というか鼻で笑われたからってエセを標的にするとは思えないけど。
「仮にもSSSランク。いざって時は――」
「その時は、流石に動きますか?」
あぁ、多分動くだろうな――――ユウが。
たしかに魔王にトドメを指したのは俺だけれど、一番ダメージを与えていたのは他でもないユウである。ぶっちゃけガチンコで殴り合いしたら一分経たずにノックダウンする自信がある。そんなレベル。
「ま、俺は動かないのが一番だよ、疲れるし」
そう、ぼんやりと。
間違っても復讐される対象がしていい態度じゃないとは思うけれど、それでも危機感が感じられないから仕方ない。
そんな俺に対して、エセは小さく笑んでその名を呟く。
「――【悪夢】のミスク・テルロウ。たしかに、貴方は動かないのが一番ですが」
なんとまぁ、大層な二つ名であった。
☆☆☆
そんな話があった、数日後。
仮にも、偽とはいえ勇者。
多分大陸で顔を知らない奴は居ないってレベルの有名人こと俺は、変装して帝都の街中へと繰り出していた。
隣にはちょこちょこと一切の変装をしていないユウがついてきてるが、彼女は……まぁ、戦闘中は黄金の鎧を着てるからな。眩いヘルムのおかげで俺ほど顔が知れ渡ってない。ま、十人に一人くらいは知ってる奴もいるだろうけど。
「さーて、今日はどうするか」
「ん、最近有名になった『ニホンショク』とやらの、店にいく。お腹へった」
……ニホンショク?
なんだそれは肉食みたいな意味合いか?
あるいは地方の独特な食事とかそういう意味か……いずれにしても、『ニホン』ってのが何か分からないから想像もつかない。
「……楽しそうだな。怖いけど」
「ん。どうする? バジリスクの丸焼きとかでてきたら」
「普通に食うかな。生憎毒は耐性あるし」
石化も致死毒もばっちこい。
アジ・ダハーカとかエセの毒に比べたら可愛いもんだ。
言いながら、二人並んで目的地へと歩き出す。
件の定食屋は、どうやら本当に人気らしく、歩いていたら人混みの多さで一発で分かった。
「お、あそこだ」
「けっこー、並んでる」
彼女の言う通り、店の前にはかなり長蛇の列が出来上がっていた。
ちなみにだが、ここで『あ、ミスク・テルロウっていいます。先にいいですか』とか言ったら並んでる人たち全員退けてくれるとは思うが、俺ってそういうのは望んじゃいない。
だって偽とはいえ一応は勇者。
魔王討伐して皇帝からも『多すぎじゃね』ってくらい金もらって、せっかく平和に過ごしてるんだ。これ以上諍いとか起こして無駄な反感とか買いたくないし。
そう、例えば――
「やれやれ全く、何故こんな列に並ばねばならないんだ。合理性に欠くね」
そんなこと言ってる奴の近くには、寄りたくない。
付け髭をつまみ、伊達眼鏡を押し上げて声の方へと視線を向ける。
すると――――うっはぁ、忘れるわけもねぇ。なんか見た事のある黒髪の男が列の最後尾に並んでた。
さすがに指名手配されてるのは理解されてるのか、かるーくフードこそ被ってはいるものの……うん、間違いない。
「……なぁ、ユウ。また今度にしない?」
そこにはいたのだ。
例の厄介者。
俺に復讐を企ててる――シュン・ジコゥが。
何たる不運、何たる運命の悪戯。
というかそれ以前に、指名手配されてるくせして普通に定食屋に並んでる頭のイカレ具合に関して一言物申したい。バッカじゃねぇの、と。
「……どうしたの?」
ユウが不思議そうにこちらを見上げる。
その瞳を受け、俺はシュン・ジコゥへとなんとも言えない微妙な視線を向ける。その視線を追って奴へと視線を向けた彼女は……うん、俺とは違って頭いいもんな。どうやら一瞬で察してくれたらしい。
「……狙ってる?」
「俺は違うけど、もしかしたら向こう側はあるかもな」
偶然……だとは思う。
ただ、もしかしたら俺らの情報がどこからか漏れてて、それを仕入れた奴が先回りして待ち伏せした――とか、そんな可能性も無きにしも非ず。
「……でも、やるなら最低でも姿は隠す。アレで不意打ち狙ってるならただの馬鹿。奇襲するより先に、姿見つかってたら話にならない」
「でもアレだぞ。奴自身がこっちの意識を逸らすためのトラップって可能性も……」
「ん、ない。周囲、私たちに注目してる人は、いない。辛うじて私の正体察した数人、ソワソワしてるくらい。ミス……じゃなかった。にぃのこと注目してる人は皆無」
……うん、ミスクって名前出さなかったのは正解かな。
あの名前は、街中で発言するには、いい意味でも悪い意味でも目立ち過ぎてる。だから違う呼び方にして大正解。
そんでもってユウちゃん。なんかその呼び方素晴らしいね、凄くいい。お兄ちゃんなんか嬉しい。
なんというか、初めてお兄ちゃん扱いされた気がして、なんかお兄ちゃん泣いちゃいそう。
「……なんだろう。無性に満足した。もう帰っていいかな」
「だめ。バジリスクの丸焼き、食べる。もうお腹が丸焼きの気分になってきてる」
付け髭を感慨深くいじる俺を他所に、彼女は俺の手を引いて列の最後尾へと並んでしまう。
すると……うん、当然ながら目の前には『奴』が来るわけでして。
「全くもう! アンタはすこし根を詰めすぎなのよ! たまにはこうやって気分でも発散しないと……復讐する前にアンタが倒れちゃうわよ」
「わ、私もそう思います! こ、シュンさんは、もう少し……なんていうか、気を抜いた方がいいと思います! 緊張してばっかりで、その……心配なので」
「あら、その言い方じゃ油断しろって意味にも聞こえるわよ?」
「ふぇっ? あっ、はわわわわわわっ! す、すいませんシュンさん!」
「……やれやれ全く、仕方ないな」
そのやり取りを真後ろで聞いて。
……なんだろう、無性にイラッときた。
え、何こいつら煽ってんの?
彼女作ることも許されず、無口な義妹と、毒舌と回復魔法しか脳のない聖女と、エロいことしか頭にない賢者のジジイと一緒になって魔王討伐に命かけてた俺に対して喧嘩売ってる?
なんだか無性に腹が立って彼の両隣へと視線を向ける。
そこには、なんとなーく活発そうなオレンジ色の髪の少女と、どこか消極的な白髪の少女がシュンの傍に寄り添っており、これがまた……クソっ、可愛いじゃねぇか二人とも!
「チッ、リア充が……」
聞こえないよう、小さく吐き捨てる。
なんだこいつ。マジなんなんだこの野郎。
一億ゴールドも借金作り、『やれやれ全く、これだからやれやれ、全く、やれやれ本当にこれだから……』と無駄にイラッとくる独り言を延々と漏らし続け、虫除け作って『パーティに一番貢献しているのは俺』オーラ放ってた奴がなんでこう、ハーレムとか出来ちゃうんですかね。こちとらなんか魔王を討伐したのが一周まわって恐怖なのか、貴族令嬢さん達から裏で陰口とか叩かれまくってるんですけども。
「大丈夫。貰い手なかったら、私がもらったげる」
「おぉ……、お兄ちゃんの癒しはお前だけだよ……」
なんと男前。
お兄ちゃん、もう泣いちゃいそうですわ。
そんな茶番を背後で繰り広げてる間にも、眼前での茶番もまたヒートアップしてゆく。
「で、実際のところどうなのよ。聖女を仲間に引入れる作戦、失敗しちゃったんでしょ?」
「……あぁ。正直、未だに現実味がないがな。あの女とて、あの忌々しい男に苦渋を舐めさせられてきたはず。なぜ俺の誘いを断ったのか……。或いは、断った風を見せてあの男の油断を誘い、時期を見計らって俺たちへと接触してくるつもりなのかもしれない」
あぁー、有り得るなそれ。
エセって間違いなく俺のこと嫌いだし。加えてあの女、ユウ同様に俺のこと過剰評価してるからな。冗談半分で致死トラップとか仕掛けてきてもおかしくない。これでも状態異常に強いだけの一般人なんですがね。
「……にしても、そんなに酷い人なんですか? そのミス……その男の人って」
俺の名を言いかけて、白髪の少女は言い直す。
白昼堂々勇者の悪口を言うほど馬鹿じゃなかったようだが、よく考えたら本人達の目の前で作戦会議おっぱじめてる時点で色々と終わってる。
「……酷い、なんてもんじゃないさ。あれほど傲慢で、自分の力を過信した愚か者は――おそらく、かつて戦った邪神教の教祖、かの『ワルーイ・シソー』とあの男くらいなものだろう」
なんか知らない名前が出てきた。
ワルーイ・シソー? なんだその分かりやすい名前は。どっからどう考えても悪い思想広めまくってるようにしか思えんが……まぁ、アレなんだろう。例のごとく勇者の活動の裏側で色々と活躍してるんだろう。知らんけど。
「ワルーイ・シソー……!? そいつって聖堂教会の司祭の立場でありながら、邪神教の最高司祭であり、教祖でもあるあの男でしょ!? 聖女がいないのをいいことに自身の地位を上げ、宗教の教えも変えて、神に成り代わって好き勝手やってた私利私欲と傲慢の権化みたいな!」
「あ、あの男と、同等だなんて……!」
二人が戦慄く。
背後で俺も、こっそり戦慄く。
そんな奴と同等だなんて……えっ、なんか話盛ってません?
「……ああ、今でもたまに夢に見る。あの男が最後、俺を追い出す時に言った言葉を」
かくして彼は、口にする。
なんとなく身に覚えのある、その言葉を。
「『冗談……? ハッ、おめでたい頭してるんだな』……そう奴は嘲笑った。あの瞳はどこまでも冷たく俺のことを見下していて、どうしようもない憎悪に歪んでいた」
「な、なんてことを……」
ハーレムの片割れが目を見開いて驚きを露わにするが……いやお前、あの時の俺の立場になってみろよ。
暴言と煽りと毒舌と自己中借金メーカーに囲まれた一般人が勇者のレッテル貼られて魔王討伐だぜ? とてもじゃないけど正気じゃないってソレ。狂気の沙汰も極まってるよ。
無性に彼女らの後ろから『奴のイラッとくる所トップテン』を囁いてやりたくなったが、どーせ『そこもいいんじゃないのよ!』で終わるのがオチ。なんだかめんどくさくなって付け髭をさする。
「恋する乙女って、盲目だよな」
「恋はもーもく、愛はまやく」
ユウと二人、奴らの背後で歓談する。
そんな間にも、目の前で俺への恨みは募ってゆく。
「あの男は言った。『その装備もすべて置いていけ。それらは俺達が稼いで買ったものだ。パーティを抜けるお前にくれてやる義理はない』……とな」
「な、なんて酷い……!」
「あ、あんまりじゃないの! アンタは……アンタは頑張って、パーティに貢献してきたんでしょう!? そ、その果てが……そんな結末だなんて……っ」
なんだか演劇見てる気分になってきた。
鼻をほじりながら、そんなことを一人思う。
「奴は言った、『俺の目の前から消えろ』と。だから、決めたのさ。俺は奴の言葉をそのまま使い、復讐してやる」
そう拳を握った奴は、復讐対象の目の前でその内容を暴露する。
「――奴から、全てを奪う。奴の前から全てを消してやる。友も、恋人も家族も……何もかも」
その言葉に、鼻をほじっていた手が止まる。
前方へと視線を戻すと、そこには憎悪に瞳を揺らし、剣呑な笑みを浮かべた男――シュン・ジコゥの姿があり、その姿を見て不思議と目が細くなる。
「全てを奪い、奴を絶望の坩堝へと蹴り落とす。そのためにはどんな悪をも執行しよう。人を殺すことも、奴の恋人を寝取ることも一切厭わない。ただひたすらに、純粋な悪意を持ってあの男を叩き潰す」
その言葉に、両脇のハーレム二人が引き攣った笑みを漏らす。
その笑みは狂気すら感じさせる憎悪に対する『気味の悪さ』、そしてそれを上回るほどの『恍惚』に歪んでおり、その光景を前に、俺は――。
「あれぇー? コイツもしかして、聖女の自室に侵入したとかいう世紀の大変態、あのシュン・ジコゥじゃないか!?」
――思わず叫んだ。
剣呑な話をしていた眼前の三人はもちろん、変な雰囲気を感じ取ってソワソワしてた周囲の人々もまた俺を振り返り――そして、目の前の三人へと視線を向ける。
「……う、嘘だろ?」
「ま、マジだぜあの黒髪……」
「世紀の大変態、シュン・ジコゥ……!」
「俺も聖女さまは好きだが……流石にあれだよな」
「好意も程々にしないと……引くよな」
「あの野郎かッッ! 聖女様の自室に侵入した変質者は!」
「さっきから変な話してると思ってたんだ! あの野郎、聖女様に手酷く振られたからって復讐しようとしてやがったんだ!」
「なにぃ! 囲め囲め! ぶっ潰してやる!」
一斉にざわめきが伝播する。
その光景に三人は焦って周囲へと視線を向ける。
されどそこにあったのは、自分達へと向けられる侮蔑と嘲笑と、哀れみの視線。そしてそれを上回る憎悪だった。
「こ、れは……っ」
奴の驚く声を聞きながら、俺はユウの手を引いて野次馬の中へと紛れ込む。
――悪いなシュン・ジコゥ。
これでも、俺はれっきとした勇者だ。
実態がどうだったとしても、実績だけなら本物だ。
そして、その旅に同行したパーティメンバーだって、れっきとした本物なんだ。
「悪いが、途中離脱の半端野郎とは人望が違う」
――それこそ、圧倒的に。
既に、目の前から列なんて無くなっていた。
それをいいことに、背後から人々の怒声が聞こえる中、俺とユウは意気揚々とニホンショクの定食屋へと歩き出す。
ちなみに奴がその後どうなったかは知らないが、定食屋にはバジリスクの丸焼きなる危険極まりないメニューは売ってなかった。
☆☆☆
その数日後。
何やら今日は城でパーティ? 晩餐会的なやつがあるらしい。
一応俺の所にも招待状は来たものの、たぶん俺が参加したらパーティどころの話じゃなくなる。手紙の端々からも『出来ればきて欲しくないけど、まぁ来たいなら致し方なく歓迎します。一応勇者ですし』的な雰囲気が漂ってたし。
だから、俺は参加しない。
が、形式上、勇者パーティが誰も参加しないというのはアレなので、賢者の爺さんと俺を除く二人――ユウとエセを城に送って、俺は悠々自適に散歩していた。
「……そういや返事出してないけど、まぁいいか」
ユウかエセか、どっちかが『ミスク・テルロウは欠席です。良かったね』みたいな事言ってくれるだろう。そんなことを思いながらいつもの変装姿(付けちょび髭に眼鏡)で歩いていると、たまたま冒険者ギルドが目に入った。
「冒険者ギルド……か」
それは、冒険者と呼ばれる人々を雇い、育て、さまざまな依頼をこなす何でも屋みたいなものである。まあ、その中でもこと『魔物退治』に関して言えばかなりの技量と知識を誇っているものが多く、かくいう俺も半人前だったころは幾度となく冒険者の力を借りて戦ったものだ。
「よし、今日は冒険者ギルドで『長年ギルドの酒場に入り浸り、冒険者を見定めてる雰囲気で酒飲んでるだけのちょび髭親父ごっこ』でもするか」
ずいぶんマニアックな遊びだと思うだろう。
が、魔王を討伐してから今まで、娯楽といえば街中を変装して練り歩くだけ。いくら変装しようとも国外……どころか街の外にでも出ようものならすぐさま皇帝の下まで話が行く。現に今だって五……いや六人か。俺のこと監視してる奴らいるしな。
閑話休題。
ということで、俺が出来るのは街の散策……だけなのだが、さすがにこう、毎日毎日街中歩いてたらいい加減飽きが来る。結果的にはこうしたマニアックな遊びで時間を消費するしかないのである。
早速ギルドへと入った俺は、『なんだあの胡散臭いちょび髭は』みたいな視線を一身に浴びながら、勝手見知ったる風に隣接された酒場のカウンターに座る。
そして、困惑気味にこちらへと視線を向けるマスターへと。
「マスター、いつもの」
――そう、『いつもの』である。
このギルドに足を踏み入れたのはたぶん二回目か三回目。しかもちょび髭姿での入店は初めてと来た。いつもの、なんていわれたって俺でもわからない。
そんなものを、あえて頼む蛮勇。
こうして役に入ってみなければ決して手に入れることの出来ないこっぱずかしさとワクワク感。
「……はい?」と頬を引き攣らせて返してくるマスターに「ミルクで頼む、とびっきり甘いヤツを」と返しながら一人笑む。
ちなみにアルコールはダメだ。
アレはいざって時に感情を制御できなくなる。イラッとくるヤツらに八つ当たりしたくなる。だから勇者始めた頃から飲まないって決めてて、そんでもって今も飲んでない。
「なぁマスター、できるだけ怒ることなく、まるで凪いだ水面のような人生を送ってみたいと思わないか?」
「は、はぁ……」
マスターの顔が困惑に歪む。
何言ってんだこの変質者。そんな瞳で俺の事を見据えたマスターは注文通りにミルクを出してくれる。……そういや値段聞いてなかったけど、持ち合わせで足りるだろうか。
なんだか急に不安になってポケットを探っていると――はたと、聞き覚えのない声が耳に入った。
「ったく、物好きもいたもんだぜ……」
その声に含まれていたのは、呆れと疲労。
そして、隠しきれない恐怖だった。
少し気になってそちらへ視線を向けると、そこには俺と同様にカウンターに座って酒を飲んでいる男がいた。
「なぁ嬢ちゃん、一介の冒険者が皇帝陛下に話がしたいって城に乗り込むって……信じられるか?」
「えっ? いきなりなんですか? 情報屋のシールさん」
男――シールとやらは情報屋らしい。
酒場といえば情報屋。
情報屋と言えば酒場。
もはや公式化し始めたテンプレである。
ちなみに俺のよく使う情報屋は酒場になんて出没しないし、そもそもそいつが情報屋だって情報がいくら探しても出てこない。俺も最初は苦労したもんだ。
その面、あの男は酒場の店員にすら情報屋だと知られてる始末…………って、待てよ?
……ははん、さてはお前。俺みたいな感じで『酒場に入り浸り、勝手見知ったる顔で情報屋っぽい雰囲気を醸し出すごっこ』してるな?
しかも店員にすら名前が知られてるってことは……なるほど、俺の先輩に当たるわけだ。これは敬意を払わねば。
「おや、貴方は情報屋なのですかな?」
「……ん? 誰だアンタ。俺が見たことねぇってことは……この街の住人じゃねぇな?」
「ふはは、ご想像にお任せしますぞ」
巫山戯た口調でそう返す。
ちなみに『バリバリ住んでますがなにか』というセリフは心の中でだけにした。ごっこ遊びにマジレスなんてするつもりは無いさ。是非ともそんな感じで『らしく』行こう。
「……だが、どっかで見覚えあるんだよな……」
「……はて、新手のナンパですかな」
だが、どうやら彼は俺の正体に気付いているらしい。
流石は先輩だ。さり気なーく『お前が勇者だってことには気付いているぞ、偽物の方のな』という雰囲気を伝えてくる。
俺はまだ役に入りきれていないからそんな器用な真似は出来ないが……是非とも見習いたいものである。
「にしても、その話は冗談にしては面白いですな。一介の冒険者が皇帝陛下に謁見などと……。最低でもSSSランクはないと難しいでしょうに」
正体云々については詳しく掘り下げない方がいい。
なんとなくそう察して話を本題へとすり替えると、彼は迷うようにして目を泳がせる。
が、これでも勇者なんでね。
交渉に関するスキルのレベルはそれなりに高い。先輩といえど俺を前に隠し事なんて出切っこない。
「……一応言っとくが、冗談だからな?」
「ええ、分かってますとも」
これは冗談。
ごっこ遊びの域を出ない。
だからこそ、別に彼の言葉を聞いたからと言って何を思う訳でもないし、なにか行動を起こす訳でもない。
彼の目の前にいる髭紳士は、話を聞くだけ。
「大丈夫、私は貴方の話を冗談としてしか聞いちゃいない」
だからこそ、安心して話しておくれ。
――なぁ、先輩。
そう笑う俺に、彼の心の鎧は砕かれる。
「……まぁ、いいか。別に依頼主から情報を売るななんて話は無かったしな。おいアンタ、隣の国で最近現れた最高位冒険者、知ってるか?」
「……はて、最近はあまり遠出をしなくなったもので」
最近現れた高位冒険者……か。
ほとんど街の外にも出ないからな。正直いって俺のともにまで届く情報は限られる。
そう答える俺に対して、されど情報屋はその名を明かさない。
「ま、いいさ。でもって最初の話に戻るがよ。なぁアンタ、もしもその冒険者が皇帝陛下に謁見したいだなんて言ってたとする。だが、そう簡単に皇帝陛下にお目通り叶う方法は無い」
「でしょうな」
なにせ天下の皇帝陛下である。
ちなみに俺が「おいこら皇帝ちょっと来いや」って言ったらすぐさま飛んでくるくらいには俺の方が立場上だけど、なんか話の腰を折るのもアレなので黙っとく。
「しかもだ。奴は何を気狂ったか『謁見』じゃなく『交渉』、どころか取り入りに行きたいという」
「なお一層笑えますな」
そいつの頭は一体どうなっているのか。
最高位とはいえ、所詮は一般人。
しかしながら力だけは超一流。
そんな危なっかしい奴の前に皇帝陛下をそう易々と差し出す訳には行かない。そんなこと下っ端貴族にだってわかるし、俺も、情報屋にも分かってる。
「運良く今日は皇帝陛下の出てくる晩餐会がある」
それは知ってる、俺の所にも招待状が来たから。
だからこそ。
「――でだ、その招待もされてねぇ冒険者は、一体どんな手段で皇帝の前に現れると思う?」
まるで小説でも読んでる気分だ。
俺は瞼を閉ざし、笑みを漏らす。
あらすじとしては――こうだろうか。
かつて勇者から捨てられた主人公。
勇者と名乗る男は偽物で、パーティに貢献していた自分の実力を見計らうことも出来ない愚か者で。奴に捨てられ、心に傷を負った主人公は隣の国へと逃走する。
しかし主人公はその愚か者への憎悪を、復讐心を忘れてはいなかった。
だからこそ、主人公は新天地で仲間を得て、信頼を勝ち取り、英雄としての地位を獲得し――復讐に臨む。
かつて、自身をボロ雑巾のように捨てた偽勇者。
あの男が見誤った自分の力で。
この力で、あの男を完全に否定してやりたい。
――たった一言、『ざまぁ』と笑ってやりたい。
そんなどす黒い復讐心とプライドを胸に、主人公はかつて自身を捨てた偽勇者へと復讐する。
その初手として、偽勇者の仲間を味方に付けること。
そして次手として――勇者を庇護する皇帝陛下の、目を覚まさせること。
――とか。
ざっとこんな感じ。言ってみればよくあるテンプレ、うちの屋敷の書庫にもこんな感じの小説が何冊かあったと思う。
「なんともまぁ、スカッとする話だ」
ふと、口調を戻して呟く。
目の前の情報屋は不思議そうに首をかしげ――次の瞬間、まるで悪魔と遭遇したように目を剥いた。
「あ! あああ、アンタ! ど、どこかで見たことあると思ってたが……! ま、まさか――ッ!?」
顔を真っ青に染めあげる情報屋。
彼は恐怖に顔を引き攣らせて椅子から立ち上がる。
その光景に、その声にギルド中から視線が集まる。
その中で、俺は笑みを収めることなく眼鏡を外すと――途端に、ギルドの空気が鉛のように重くなる。
「……さて、有益な情報ありがとう」
別に何を思うことは無い。
俺は冷静だ。酒なんて飲んでないから。
実に平静、超クール。
ただまぁ、これだけ有益な情報をくれた彼になんの報酬もないってのも変な話だし。
俺は恐怖に打ち震えるマスターに、たった一言こう告げる。
「酒を頼む。とびっきり度数の高いヤツを」
☆☆☆
「……むぅ、にぃに押し付けられた」
彼女――ユウ・テルロウは不満げに呟く。
場所は帝国の首都、帝都の中心部。
豪華絢爛にして威風堂々とした佇まいの帝城において、控え室で待機中の彼女は頬を膨らませていた。
「まぁ、私は大変感動しておりますが。なにせあの排泄物にすら劣る醜怪なゴミが人を気遣うということをしたのですから。これほどまでにあの男の存在が世界に役立ったことなど、魔王討伐を除けば初めてではないでしょうか」
「……エセ、ようしゃない」
いつにも増して聖女然とした彼女にユウは苦笑う。
今のエセ・セイジョーの姿は白銀色のドレスに包まれていた。神々しさすら孕んだ美しさは同性であるユウですら見惚れてしまいそうなもので。
「……? どうしましたユウさん」
ユウは心の中で思った。
毒舌さえなければ完璧なのになぁ、と。
「……いや。なんでも」
「そうですか?」
「ん」
言葉少なく返して、ユウは姿見に映る自分の姿を確認する。
奴隷として拾われた頃から、ミスクは何かにつけて女の子らしい服をプレゼントしてくるが……やっぱり、こっちの方が自分には映えるし、似合うと思う。
姿見には完全なものでは無いが、金色の軽鎧をまとったユウ・テルロウの姿があり、その格好に彼女は満足げに頷く。
「……どしたの、エセ」
ふと、視線を感じて彼女へ問う。
視線を向ければエセは困ったような笑顔を浮かべており、その表情から彼女の内心を察したユウは、ため息を漏らす。
「私は、私。にぃに拾われて、救われた時から、私はずっと、にぃの右腕。にぃの剣で、盾だ。だから、文句はあるけどほんとはない」
「……その呼び方、もっとしてあげたら喜ぶと思いますが」
「や、恥ずかしい」
頬をあからめるユウ。
その姿は年相応の女の子のようでもあったが、その体に刻まれた無数の傷が、英雄の紋章が、どうしようもなく彼女を『普通』という世界から遠ざける。
そして他でもない本人が、それを心から望んでる。
「でも、にぃのために生きる。それが私の一番の願い。それは変わらないし、変えるつもりも、もーとーない」
ユウは胸を張ってそう笑い――次の瞬間、控え室のドアがノックされる。
「ユウ・テルロウ様、エセ・セイジョー様。パーティの準備が整いました」
「ん、今行く」
ユウはそう返し、歩き出す。
その後にため息を漏らしたエセも続き、扉の外で待機していた執事の男性の後を歩き出す。
「本当に、頑固な兄妹ですね」
一人呟いた言葉は誰の耳にも届かない。
歩き続けてどれだけ立ったか。
気がつけば彼女らの前には大きな扉が見えており、その前に控える騎士が開門の準備を進めてゆく。
「こちら、今回のパーティ会場となります」
「謁見の間……ですか。魔王討伐の三周年記念パーティと聞いていましたが」
「ん、皇帝、きあい入ってる」
一周年記念パーティは、訳あって潰れた。
二周年記念パーティは、別の『一周年追悼式』的な奴で潰れた。そう考えると三周年記念、なんだかんだで初めて魔王討伐云々を祝える記念パーティ。確かに気合が入るのも頷ける。
「……お、お二人共、よ、よくぞいらっしゃいました。し、ししし、して、我らが勇者、ミスク・テルロウ大閣下は……?」
声の方向へと視線を向ける。
そこには顔を真っ青に染めあげ、冷や汗をダラダラと流す宰相の姿があり、彼の胃からギュルルルルと酷い音が鳴る。
「……ん、ミスクは、今日はおやすみ」
「それに宰相様、あのようなゴミに閣下などとつける必要はありませんよ。あれは童貞拗らせて風俗にも一人で行けず、かと言って一緒に行く相手も居ないためチェリーのままでいるだけのチキン野郎です」
「ど、どうっ……、と、とてもとても、大閣下にそのような無礼を働く訳にもいきません故……」
宰相の顔から一層に冷や汗が吹き出す。
宰相ともあろうものが皇帝陛下を差し置いて『大閣下』など、本来では許されないのであろうが……あの男だけは例外だろう。
「まぁ、いい。さいしょう、早くいれて。お腹へった」
「あっ、はい! 騎士さん、門を開けてくださいな!」
「は、はいッ!」
かくして入場を告げる声が響く。
ゆっくりと門は開かれてゆき、その先に待っていたのは豪華絢爛な料理の数々。そして無数の視線だった。
そこに居たのは、貴族達。
そして上座に座る、皇帝陛下。
金色の髪に、赤い瞳。傲慢といった言葉が良く似合うその男は二人の姿を確認し――どうしようもない安堵に息を吐く。
「……一応聞く、ミスクさんは?」
「おやすみ」
その言葉に、皇帝の顔が初めて緩む。
「うっはぁ……! 良かったぜ、一応招待状送ったはいいが、もし本当に来ちゃったらどうしようかと思ってたわー!」
一国の王としては相応しくない言葉遣い。
ミスクと比べても大差ない年齢に、傲慢な態度も含め、その姿は皇帝の名には相応しくないように思える。
が、二人は身をもって知っていた。
この男が『らしくない』のは外面だけだと。
現皇帝、イタリ・フォン・エルロード。
前皇帝であり愚王と名高きグオウ・フォン・エルロードをクーデターを起こして抹殺。腐った上流階級の貴族達を血祭りに挙げ、たった一年足らずで国を以前にも増して発展させた麒麟児にして狂人。
戦えば一流の冒険者すら圧倒し、舌戦においては並ぶ者がいない程に優れた賢人。内政やその他全ての分野において非凡なる力を発揮するその姿は正しく神童。
唯一の問題らしい問題がその傲慢さ、慢心にも近い自身への絶大なる信頼であったが――それもある一件を境に改善され、今や彼はれっきとした賢王となりつつあった。
が、しかし。
「言葉遣いがなっていませんね、ゴミ二号。ゴミ一号に今言ったこと一言一句違うことなく伝えますよ」
「よ、よせ聖女! アンタが言ったら八割六分くらいの割合で言ってないこと付け加えられる!」
今の完全無欠な皇帝における、唯一の弱点。
それこそが『ミスク・テルロウ』その人であった。
貴族達が皇帝陛下相手に平気で罵倒を始めるエセに目を剥き、それに対して何も言わない皇帝陛下の正気を疑う中、勇者であるユウが首をかしげて疑問を呈す。
「皇帝、まだミスクのこと、怖い?」
「…………ったりめぇだろうが」
返って来たのは物凄く小さな声。
皇帝らしからぬその言葉にエセが鼻で笑うと、彼は困ったように悲鳴を漏らす。
「だってしょうがねぇだろうがよ! あんな、あんな化け物どうやったら勝てんだよ!? そりゃ最初は『あんなの勇者パーティのオマケだろ?』みたいなこと思うだろ!」
兵士たちから耳が痛くなるほど聞いていた。
曰く、ミスク・テルロウは微妙な男だと。
勇者の証である『英雄の紋章』があるにもかかわらず、剣の才能も槍の才能も弓の才能も斧の才能もないと来た。
加えて魔法に関していえば『火』『水』『風』『土』の四大属性、及び『光』『闇』の特殊属性も適性がなく、魔力こそ膨大であれど魔法の才能が欠如した欠陥品。
優れた所といえば、尽きる心配がないほどに膨大な保有魔力量に、それに裏打ちされた身体能力。正確に言えば身体強化能力か。
前皇帝は『英雄の紋章が体に取り込まれたことで、あの男は確実に何らかの力に目覚める』等とほざいていたが。
「明らかにアイツのあれ、寝てる最中にぶつけてたまたま出来ただけのアザだよな!? アイツってただ魔力がびっくりするくらいに多いだけの一般人だよな!?」
「「……否定はしない(しません)」」
二人の声が、モロに被った。
たまたま、という言葉では説明がつかないほどに彼の保有魔力量は多い。それこそ魔力量だけならば魔王や、かつてのパーティメンバー『マホ・ウアオル』すら軽く凌駕する程だ。
が、マトモな魔法が一つも使えない。
魔力による身体強化は可能だが、といっても身体強化を施したところでせいぜいがギリギリ人間を辞めてるか辞めていないかの境界線レベル。本物の勇者であるユウには遠く及ばない。
現皇帝、イタリはそこまで分かっていた。
育ちすぎた一般人。
勇者パーティに相応しくない凡人。
そう分かっていたからこそ、彼は強気に出て……その果てに、地獄を見た。
「……ありゃ、悪魔だよ。悪夢だ」
皇帝の言葉に、貴族達が顔を伏せる。
周囲の空気が鉛のように重くなる。
その場にいてもいなくても結局はパーティを妨害してしまうミスク・テルロウという男。
エセは、そんな彼に心の中で盛大な罵倒を吐き捨てて――。
「……何か、くる」
響いたのは、ユウの声。
一泊遅れて皇帝が弾かれたように顔を上げ、エセもまた背後の扉へと振り返る。
感じた気配は、かなり大きい。
間違いなく皇帝以上、超一流すらこえた大陸最高峰の冒険者クラス。そんな気配が一つに、それなりに大きな二つの気配が追随している。
計三つ。
それらの気配は騎士達を真正面から退けてこの謁見の間へと向かっており――次の瞬間、爆発とともに目の前の扉が弾き壊される。
「……だれ、こんな馬鹿な真似する馬鹿」
「……残念ながら、私はこんな馬鹿な事する人間は四人くらいしかしりません」
世界最低のゴミ、ミスク・テルロウ。
脳筋にしてプライドの塊、ボウゲン・センシー。
ビッチにして性格最悪、マホ・ウアオル。
そして、最後にもう一人――。
「やれやれ全く。偶然にも役者は揃っているようだな」
聞きたくもない口癖が聞こえてくる。
貴族達の悲鳴が響き渡る中、周囲に立ちこめる煙の中から現れたのは――黒髪の男。
忘れるはずもない。
借金と苛立ちと虫除けアイテムだけ残してパーティを去った、元祖勇者パーティにおける最大の汚点。
パーティ脱退後、『俺のいなくなったあのパーティは、おそらく今頃……まぁいい。俺にはもう関係ないことだ』とか、そんなこと思っていたら普通に魔王討伐してて、何だか無性に怒りがこみあげて来た哀れなナルシスト。
そう、その名も――。
「俺の名は『シュン・ジコゥ』。この国を勇者の薄っぺらい束縛から解放しに来た」
☆☆☆
シュン・ジコゥ。
隣国である『王国』において冒険者として名を馳せた、世にも珍しい黒髪の冒険者。
その実力は歴代冒険者の中でも最高峰だとされており、支援魔法を非常に上手く使いこなして敵を屠る天才だとも伝わっている。
そして、それは帝国の長、皇帝も別ではなく。
「……ほう、『天侵』のシュン・ジコゥ……か。知っているぞ、魔物の群れ数千を前にたった一人で戦線を留めてみせた『奇跡の半刻』、聖堂教会の内部に巣食っていた『邪神教』を摘発した『光中の闇』事件、特級禁止薬物『狂化魔神薬』を服役し、半魔神と化した邪神教の教祖『ワルーイ・シソー』の討伐。その他にも数え出したらキリがない、れっきとした英雄の一人だな」
「……やれやれ全く、懐かしい話だ」
いつもの様にシュンは答える。
その背後から両腕に無骨な篭手を装備したオレンジ髪の少女と、杖を抱いた白髪の少女が姿を現す。
それら二人も含め、三人の姿を皇帝は『らしい』姿で鋭く見下ろす。
彼の『素』を知っているものからすれば演技にしか見えないが、初めて彼を見る三人からすればその姿は怒れる皇帝のそれにしか見えない。
「――さて、その英雄が我が城に襲撃とは。なにか言い訳があるならば聞こう。その結果処罰がどうなるとも思えんがな」
皇帝が指を鳴らし――次の瞬間、どこからともなく無数の騎士達が姿を現す。
まるで最初から襲撃を知っていたような……いや、この男ならば本当に知っていてもおかしくはない。それだけ現皇帝は優秀であり有能であるとその場にいるほぼ全員が知っていた。ちなみにシュンとそのハーレムメンバー二人は知る由もない。
「……理解に苦しむな。これも全てあの偽りの勇者――ミスク・テルロウの束縛から貴様らを救うため。感謝こそされれど謝罪をする理由が見当たらないが」
唐突にシュンの馬鹿発言がおっ始まる。
その光景にエセはため息を漏らし、皇帝は心の中で頭を抱える。思い出したのだ、かつて父が国を治めていた頃、ちらっとこの男を見た時に感じた『うっわなにこのサイコパス野郎』という感情を。
「……おい、貴様は立場を分かっているのか?」
「……? 俺は貴様らを救おうと動いている。故に貴様らは迅速に意識を改め、勇者による洗脳、束縛から開放されたことに感謝するべきだと思うが」
――サイコパス。
その場にいた全員の頭にその五文字が過ぎる。
既にその場にいる全員が知っていた。
ミスク・テルロウは本物の勇者ではない。
というかこの国に居るほとんどの者が知っている。
――知った上で、現状がある。
それを今更ほじくり回し、見て見ぬふりをしている者達の前で明言し……この男は何がしたいのだろうか。そしてこの生意気な姿勢、もうちょっと正せないのだろうか。
そんなことを思っていると、オレンジ色の方の少女が慌てたようにシュンの前へと割り込んでくる。
「わーわーわー! な、なんでもないです皇帝さん! コイツちょっと頭アレなんで! 今の聞かなかったことにしてください!」
「……まぁよい」
もちろん言わなかった。
いや、お前も大概皇帝に対する口の利き方じゃないからね、とは。言ったら言ったで面倒くさそうだったから。
だからこそ何も言わなかったのだが、それがオレンジ頭を増長させる。
「でもね、皇帝さん。こいつの言ってる事は本質としては当ってるんですよ! 勇者は本当は偽物で、実はものすごーく性格悪いんです! なんで、さっさと勇者の味方なんか止めて、私たちの味方になってくれませんか?」
「…………正気かこの女」
皇帝は思わず素で呻く。
今までの経緯を纏めてみよう。
①城への襲撃。
②皇帝へ上から目線でタメ口。
③皇帝へと感謝を要求。
④勇者への侮蔑を吐く。
普通に考えたら一番目の時点で既に打ち首決定である。そこから更にやっちゃいけないことを積み重ね、既に英雄であろうがなんだろうが、罪人として処刑しても誰も文句を言わないレベルの所まで来ている。
が、気付かない。
この男と隣の女二人、全く気付かないのである。
それは彼らが英雄として長らく活躍をしてきたということが大きい。
聖堂教会における摘発を始めとして、彼らは今までに幾度となく不正を正してきた。
もちろん最初は認められなかった。そっちが間違っていると毎回言われ続けてきた。けれど、最終的には他全てをひっくり返して勝ち続けてきた。全てを正し、自分たちの正当性で塗りつぶしてきた。
だからこそ、彼らには『慣れ』のようなものが現れていた。
簡潔に言うと。
『めんどくさいなぁ。どーせ今回も最終的にはそっちが間違ってるって認めて感謝することになるんだから、いっそ最初っから間違ってるって認めてくれないかな』
みたいなこと思ってるのであるこの三人。
自分たちが間違っているとは思わないのだろうか。
そう皇帝は思考するが、すぐにやめる。
他でもない、『シュン・ジコゥ』は自己中心的という言葉の体現者だ。
そんな彼が自分を疑うということをするはずがなく、そしてその彼に従い、不幸なことにも成功続きの旅をしてきたオレンジ髪、白髪の少女にしても『自分たちが間違っている』という考えは浮かんでこないだろう。そこまで簡単に想像がついたから。
「簡潔に言うよ、皇帝さん。偽勇者であるミスク・テルロウを打倒するのに、この英雄『天侵』のシュン・ジコゥに力を貸してほしいんだ!」
「……一体何故だ?」
オレンジの言葉に、皇帝は問う。
その顔に驚きは一切ない。
それは単に、彼らがミスクに対して憎悪にも似た感情を抱いていると前もって知っていたから。どころかこうして城まで乗り込んでくることすらも視野に入れ、対策を練っていた。
まあ、後者に関しては完全に失敗。相手が想像以上に強かったために何の意味もなかったようだが――しかし。
「ひとつ聞きたい、何故だ?」
皇帝は再度問う。
その言葉にオレンジは眼に見えて面倒臭そうに眉根を寄せるが。
「だーかーらっ、ミスク・テルロウが偽勇者で――」
「ミスク・テルロウを打倒することで、こちらに何のメリットがある?」
聞き方を変え、問いは止まない。
「……はあ? 皇帝さん、悪い人を倒すのは当たり前じゃん。いきなり何いってんのさ?」
「……馬鹿にも分かるように説明しようか。ミスク・テルロウはこの国……どころかこの世界を救った英雄だ。その過去は何があろうと変わらない。そして、いまやあの男の存在は『そこに在る』だけで悪意の抑止力になるほど大きなものになりつつある」
おそらく、後にも先にも彼ほど世界に名を轟かせた者は現れない。
そう確信できるほどに、あの男は英雄として名を馳せた。馳せすぎた。
いい意味でも悪い意味でも大きな存在。
それはそこに在るだけで小さな悪を抑止し、大きな悪意を呼び寄せる。
そしてその大きな悪意も、彼に手を出した時点で朽ち滅びる。
「かつてはあの男を支配し、近隣地域――どころか世界までもを支配しようと目論んだが……今では考えもしない。私は割り切っている。あの男はいわば一種の道具だ、兵器だ。金と屋敷と安全を燃料にあらゆる悪を抑止するこの国の最強の盾だ。ここまで言って再度問おう。私たちに盾を捨てるメリットがあるのだろうか」
現に、彼がこの帝都に住むようになり、この国の犯罪者数は大幅に減った。
どころか世界中から犯罪者数が激減した。
何をしたわけでもない――ただ、彼の圧倒的な【実績】が物語る。
自分たちではかなわないと、絶対に勝てないと、物語っている。
だからこそ悪意が減少し、世界は平和となった。
それこそミスク・テルロウ本人の手を煩わせないほどに。
「でっ、でも! その人は偽者なんだよ!? 偽者なのに自分が本物だって言ってみんなの税金で暮らしてるんだ! そんなのって――」
「馬鹿を言え。あの男は最初から『自分は勇者じゃない』といい続けていたわ。それになにより、あの男が使っている金は全てこの私のポケットマネーだ。民に迷惑はかかっていない」
論破。
ものすごい論破であった。
もはや反論の余地もない皇帝の弁明。
それを前にオレンジ髪はぐうの字も出ない。
「貴様らの言いたいことは理解している。英雄ミスク・テルロウが勇者でもないくせにその称号で呼ばれていることが気に入らない。あの男を勇者という称号から引き剥がすには我が城を襲撃することも、我を前に敬意もなく感謝を要求することも、世界を悪意で満たすことも、魔王討伐の英雄を地獄に叩き落すこともいとわない――と」
「ち、違……っ!」
なんとかオレンジが否定の言葉を搾り出す。
「そんな……そんなふざけたこと言わないで!」
「そ、そうですっ! シュンさんはそんな子供みたいな理由で復讐なんてしない人ですっ!」
オレンジの叫びに白髪の方も便乗する。
復讐、と。
その二文字を聞き、皇帝はいかにも『初めて聞いた』みたいなニュアンスで声を漏らす。もちろん最初から知っていたが。
「復讐、とな。なるほど、隣国にまで名を轟かせる英雄、天侵のシュン・ジコゥは我が国の勇者に復讐しに来たと。ならば最初から『打倒』や『悪』といった言葉を使わず、正直に言えばよかったであろう。『自分を見限った勇者に、かつての己が失敗を味合わせてやりたい』と」
彼が言ったのは本当のこと。
だが、改めて明言されるとそれはそれで嫌なニュアンスに聞こえる。
オレンジと白髪は顔をしかめ、シュンは鋭い視線を皇帝へと突きつける。
「……その通りだ、あの男はかつて愚かなことにもこの俺を見限った」
「おや、貴様が抜けた直後から勇者パーティが持ち直し始め、一か月後には幹部討伐にまで至っていたと聞き及んでいるが」
「俺がいれば一週間と立たずに討伐も出来ていただろう」
どの口が言うのだろうかこの男。
皇帝とエセは思った。
しかしこの男に何を言ったところで無駄。もう説得するとかそういう未来は半ばあきらめていた。
皇帝は小さくユウへと視線を向けると、再びシュンへと視線を戻す。
「……まあ、そのような『もしも』の話はよして現実の話をしよう」
「やれやれ全くその通りだな」
シュンが笑い、何とか勢いを取り戻したオレンジが叫ぶ。
「そ、そうよ! その男はシュンを見限ったのよ! シュンの持つ力の本質にも気づかず、ただの足手まといとして……許せるわけないじゃない!」
「で、何故それを私に言う? 本人に直接言えばよいだろう」
が、鉄壁の守りは崩れない。
オレンジは思わず押し黙り、その沈黙を前に皇帝が意地悪そうに嘲笑する。
「ああ、皇帝を前に言えないか。ましてや『愚かにも自分を見限った偽物勇者が自分じゃ勝てない魔王を討伐していて、ムカついたから奴の仲間を全員裏切らせてやるつもりで城まで攻め込んできた』――とはな。貴様ら、まさか私が『えー? 勇者そんなことしてたのー? 魔王討伐して、世界救ってもらって、どころかアイツのおかげでいまも平和も保たれてるし、生きてるだけで経済効果ハンパないけど失望したわー。もういいよ、協力するから偽勇者ぶっちめるべ!』……などと言うとでも思ったか?」
そう、言うわけがないのである。
そんなこと言う奴いたらただの馬鹿である。
そんでもって、今の今までそうなると思ってた目の前の三人、こいつら馬鹿である。
「さて、この後の展開としてはどうなるかね? 俺が思うに、否が応でも自分たちの間違いを認めたくないお前らは、『お前ら全員勇者に洗脳されてるんだー!』とか。そんな大義名分を大きく掲げ、何の罪もなく、何の間違いも犯していない俺たちに暴力の限りを尽くすんだろうな? いいなァオイ、正義って言葉が付くだけでどんな暴力も許されるんだもんよ?」
もはや『素』を隠そうともしない皇帝。
彼が仮面をかぶるのをやめたのは、これだけ言ってまだ意見を変えないのなら、もう話し合いの意味は皆無だから。これ以上話し合ったところで平行線にしかならないと分かっているから。
「あらあら皇帝、彼らが言う何の力もなく愚かで無知無謀な偽勇者が、たった一人の力で貴方や本物の勇者であるユウさん、どころか聖女の私まで洗脳に掛けられるはずがないじゃないですか」
エセが続ける。
彼女の顔に浮かぶ満面の笑みは雄弁に物語っていた。
――手伝ってやるからこいつら完膚なきまでに論破してやろうぜ、と。
「ああ、そうだったな聖堂教会が認める聖女様。もしもあの男がこいつらの言うように『本質も見極められないような無知無謀な無力野郎』だったとしたら、俺らを全員洗脳にかけるだけの知略もなければ力もねえ」
「まあ、そうですね。もし万が一、知略が誰かの入れ知恵だったとしても、彼本人には力はありませんし、洗脳の力も第三者のモノだとすれば――はて、彼の役割は何なのでしょう?」
「ねえな、十中八九無関係だ。……っと、ああ、こうも考えられるぜ? ピンチになった魔王があの男の体をのっとって生き永らえているって可能性。そうすりゃ知略も能力もあって然るべきだが――そうなるとアレだよな。俺ら全く関係ないよな、被害者だし」
「ですね。むしろ本当にあの男が魔王だったとしたなら彼らに感謝したいくらいです。まあ、そんな証拠なんてどこにもありませんし、現状彼らは『何の罪もない帝国の城に頓珍漢な理由から攻め込んできた阿呆』でしかない訳ですが」
二人の視線が彼らを捉える。
もはや一周回って可哀そうですらある。
よくある感じでパーティを追放されたと思ったら、そのパーティは然るべき順序を辿って魔王討伐。まるで自分が足を引っ張っていたような感情を覚え、とりあえず腹立ったので復讐とか言ってみて城にまで乗り込んでみたが――結果これである。
シュンは思いっきり頬を強張らせていたが、すぐに息を吐いていつもの調子を取り戻す。
「……やれやれ全く、聞く耳を持たないか」
「そのセリフそのまんまお返しするぜ」
皇帝がすぐさま切り返すがスルーされる。
もはやガン無視、本当に聞く耳を持たない。
「二人とも、どうやらミスク・テルロウは俺が想定していたよりもはるかに狡猾らしい。どうやら奴は俺の才能が将来自身の邪魔になると考え、早々に俺を排除したのだろう。表向きは『有能と無能の区別もつかない愚か者』とした上でな」
「そ、それってまさか……!」
「……全く、能あるバトルホークは魔法を隠す、とはよく言ったものだ。あの男、本当はかなりの狡猾さと能力を持っているのだろう。この俺をもってしても今、この段階に至るまで想像だにしていなかった。あの男はまず間違いなく無能を装った有能だ」
なんだか話がきな臭い方向に進んできたな。
一同は何となくそう思った。
「あの男は、おそらくどこからか俺たちが復讐しようとしていることを聞きつけたのだろう。排除したつもりの男が想定外にも舞い戻ってきた。故に再び排除――こそできずとも、自身から遠ざけようと考えた。こいつらが今口にしたセリフも全て奴の入れ知恵といったところだろう」
「そ、そう考えると……辻褄はあいます!」
白髪少女が目を見開く。
こっちは別の意味で目を剥きたい気分だが、もう色々と諦めの方が勝ってきてる。
「やれやれ全く、侮っていた。ミスク・テルロウ、貴様、何処かでこの会話を聞いているのだろう? 貴様の魂胆としては、あらかじめこちらが取りそうな手段を先に明言、釘を刺すことによって俺の行動を縛ろうと……そういったところか? 残念だったな、貴様の思い通りには動かない」
誰もいない虚空を見上げ、満面のドヤ顔を披露する馬鹿。
余りの滑稽さにどこからか失笑が漏れる。
見れば皇帝の顔は能面のように凝り固まっており、もはや悟りの域に達し始めた『あ。もうコイツには何言っても無駄なんだな』って感情を、シュンはこれまた都合よくとらえてしまう。
「どうやらあちらも隠すのをやめたようだな。見ろ、皇帝の顔を」
「あ、あの生気を感じさせない顔……間違いありません! 聖堂教会でワルーイ・シソーの手によって洗脳されていた神父さんたちと同じオーラを感じます!」
「嘘!? そ、それじゃあ偽勇者は裏でワルーイ・シソーと繋がっていたってことじゃ……!」
「……やれやれ全く、きな臭くなってきた」
言葉とは裏腹に、シュンの顔には楽し気な笑みが浮かんでいる。
彼は懐から無数の爆裂ポーションを取り出すと、それに応じてオレンジと白髪もまた周囲へと武器を向け、闘争心をあらわにする。
何にもしてないのにいきなりバトルが始まりそうになっている事実。
ソレを前に皇帝は大きなため息を漏らす。
そして、彼らから視線を外して『彼女』を見据える。
そこには敬愛する兄に対して『復讐する』と明言され、どころかありもしない悪口と暴言と罵詈雑言を吐き捨てられ、既に『ぶっつん』来ている金ぴか鎧――つまるところ、正真正銘の『勇者』の姿があり。
彼女は冷たい光を瞳に宿し、たった一言皇帝へと問いかける。
「やっと、話し終わった。こいつら潰していい?」
止める者など、既にどこにも居やしなかった。
☆☆☆
純白のマントが大きく揺れる。
彼女が一歩踏み出す度に周囲へと威圧感が溢れ出す。
正真正銘、勇者としての圧倒的な存在感。
手の甲に描かれた『英雄の紋章』が強く輝き、彼女は腰の剣を抜き放つ。
「勇者……ユウ・テルロウ」
シュンがその名を呟き、緊張に喉を鳴らす。
他でもない、ミスク・テルロウを打倒するうえで最悪最大の障害であり、誰よりも彼に心酔し、付き従っている一番の被害者――だと、彼が勝手に思っている少女。
「無能を装ってる有能、のくだりはよかった。けど、それ以外は全部だめ。特に、にぃに危害、くわえようとしてるところ。ばんしに値する」
剣を軽く払う。
途端、周囲へと嵐のような風の塊が叩きつけられ、一瞬にして周囲の窓ガラスが砕け散ってゆく。周囲に控えていた騎士達が吹き飛ばされてゆき……その光景に皇帝は思う、これ全部シュン・ジコゥがやったことにしよう、と。
「……ふっ、クククク……、さすがは本物の勇者といったところか? ユウ・テルロウ。彼の忌み名を冠した哀れなる勇者よ」
「…………」
ユウは何も答えない。
ただその瞳は何処までも鋭くシュンの姿を睨み据えており、その視線を受け、奴は実に楽し気な笑みを浮かべる。
「やはり、俺は心のどこかでミスク・テルロウという男を見誤っていたのだろうな。本物の勇者を洗脳している、その情報こそあったモノの本物の勇者がここまでの怪物だと、本当の意味で理解はできていなかった」
「シュ、シュン……! ちょ、ちょっとやばいんじゃないの!?」
オレンジ髪が焦ったように声を上げる。
シュン・ジコゥのパーティは腐っても大陸最高峰――否、最強の冒険者パーティだ。
それは今や大陸中の誰もが認める事実であり、その一角を担うオレンジ髪にしてもかなりの実力を持っていることは傍目にも明らか。
――だが、今回ばかりは相手が悪い。
「……確かに今のままでは少々劣勢か。二人とも、今より全力でエンハンスをかける。これよりの目的は勇者ユウ・テルロウの無効化、及び洗脳された皇帝、その他この場にいる全員の捕縛だ」
シュンはそう告げ、体の底から魔力を汲み上げる。
その魔力量は膨大の一言に尽きる。
人知を超越した魔力量を以て行使されるエンハンスは異様な割合でパーティメンバーの肉体を強化してゆく。
「知っているか? 支援魔法を極めた者にのみ使用が許される神代の超魔法【加護魔法】を」
――加護魔法。
それは支援魔法を極限まで極め、【神格】を持った存在を屠ることで初めて手に入れることのできる、言うなれば原初の魔法。神々が用いたとされる魔法の根源、その一端。
「俺は手にした、加護魔法という最強にして至高の力を。……悪いな勇者、この魔法の上昇率は今や神の座にすら手を伸ばす」
途端、彼の両脇にいた二人の女性から圧倒的な威圧感が迸る。
先ほどまでとは全くの別人。感じる魔力量は優に先ほどの百倍……いや、千倍近くにまで膨れ上がっており、その光景に周囲の貴族たちが悲鳴を上げて座り込む。
「……すさまじいですね、そこの二人、ステータスだけならば下級の神の域にすら達しつつあるのではないでしょうか」
ソレを見ていたエセが、素で感心したように声を漏らす。
なるほど【天侵】。
神々が住まう【天】すら侵略し得る至高の力。
ソレを保有し、自由自在に使いこなすシュンという男。
エセは内心でシュン・ジコゥという男に対する評価を入れ変える。
「よしよしよーし! 来たよシュン! ひっさびさのこのモード!」
「ゆ、勇者さん! 悪いですけど、この状態だと手加減できませんので!」
オレンジが両手の手甲を叩きつけ、白髪がユウへと向けて杖を突きつける。
ビリビリと大気が魔力に当てられて振動し、パラパラと地面から砂塵が浮かび上がる。
その光景にはさしもの皇帝でさえ冷や汗を隠せなかったが……ふと、その光景を興味なさそうに見つめるユウが視界に入り、息を吐く。
「……終わった?」
彼女は小さく、問いかける。
その眼は興味なさげに細められており、その姿にオレンジが青筋を浮かべる。
「かっちーン……、洗脳されて可哀そうだから、何とか怪我しない程度で終わらせようかと思ってたけど、もういいや。シュン、本気でやるから支援お願い!」
そういうや否や、オレンジは床を踏み砕いて走り出す。
その速度はもはや目で追うのも難しいほど。
紫電一閃、音速の域にすら片足を突っ込んだ驚異的な速度に、ユウは咄嗟に籠手で防御を固める。
直後、防御を固めた場所をピンポイントで打ち抜くオレンジの拳。
一拍遅れて轟音と衝撃波が周囲へと突き抜け、謁見の間が破壊し尽くされてゆく。
いつの間にか貴族たちは謁見の間から退避を進めており、玉座に座る皇帝の前にはエセが【神聖魔法】で高位の結界を張っている。
「……おお」
ユウが少し驚いたように声を漏らす。
見れば彼女が防御に使用した籠手には大きなひびが入っている。
魔鋼『アダマンタイト』と神鋼『オリハルコン』をベースとし、伝説の金属『ヒヒイロカネ』を混ぜ込んで作り上げた人造の神話級武具。本家本元、神が作り上げた本物の『神話級武具』に比べれば確かに性能で劣るが――ソレを拳で打ち砕ける圧倒的な腕力に素直に驚く。
「まだまだあああああッ!」
目の前には、拳を強く握りしめるオレンジの姿がある。
すこしだけ目を細め、迫り来る無数の拳を剣を用いて受け流す。
その姿は、技量は正しく百戦錬磨の達人のモノで、音速すら超える拳の嵐を剣一本で完全に受け流してまえる実力にオレンジが歯噛みする。
「つ、強いじゃないのよ……ッ!」
「ん、もう慣れた」
ユウの淡々とした声が響き――次の瞬間、彼女の動きが一変する。
先ほどまで剣を用いて受け流していた拳の連打をその場から動くことなく、最小限の動きを以て躱し始める。
「な……ッ!?」
オレンジが驚きに声を上げる中、エセの声が響いてくる。
「職業【勇者】のオリジナルスキル『超学習』……ですか。相変わらずすさまじいですね。視認した相手の行動全てを学習し、完全に理解。どころか経験則を元に相手の行動の先読みまでしてしまう。魔王の完全理解には十時間ほどかかりましたが……まあ、その程度なら数秒あれば大丈夫でしたね」
「ふ、ふざけ――っ」
咄嗟にオレンジが喚こうと口を開き――その直後。彼女のみぞおちへとユウの肘が深々と突き刺さる。
オレンジの全身に電撃が走り抜けたような鋭い痛みが走り抜け、一瞬にして彼女の体ははるか後方へと吹き飛ばされてゆく。
「――ッ、こ、この……『炎神王の息吹』ッ!」
一撃で戦線離脱したオレンジを一瞥し、白髪が詠唱破棄で魔法を紡ぐ。
それは、彼の魔王すら用いたとされる炎系統における最強最大の魔法。
本来であれば一国を飲み込むような超巨大魔法。ソレが威力を圧縮、凝縮することによって通常時よりも小さく、静かに、そして高威力へと変貌していた。
恐らく触れれば魔王の幹部でも瀕死だろう。
ユウはなんとなくそんなことを思いながら――。
「秘儀――『魔法殺し』」
――ただ、剣を振り抜いた。
彼女が振るった剣から放たれたのは魔力の斬撃。
ソレは真っすぐに白髪の放った魔法へと吸い込まれてゆき――次の瞬間、かの魔法が跡形もなく消失した。
「…………はっ?」
白髪が、茫然と目を見開いた。
唐突に、それこそ何の前触れもなく魔法が消えた。
――いや、かき消された。
「……まさか、魔法の『核』を斬ったのか?」
限界まで目を見開いたシュンが、その可能性を口にする。
魔法の核。
それは魔法を展開する上で、必ず設定しなければいけない魔法の弱点だ。
その核を中心として魔力を展開、事象を設定して魔法を引き起こすため、その核さえピンポイントに破壊することが出来ればあらゆる魔法がその時点で消失する。――だが。
「あ、ありっ、ありえないです! ま、魔法の核は、使用者すらも追えない速度で魔法の中を駆け巡っています! そ、それを見切ったうえで、しかも魔法の核を完全に、それこそ一寸の狂いもなく破壊しなければ、まず間違いなく魔力暴走……! こ、この国が跡形もなく消し飛ぶ超爆発ですよ!?」
白髪は叫んだ。
そう、魔力の核をピンポイントで斬り裂くなど、そんなものは机上の空論だ。
圧倒的な動体視力と、圧倒的な経験と。
そして動き回る核をピンポイントで斬り裂く技量、身体能力がなければまず不可能。
それを、この少女は――。
「……ん、魔王のつかってた【大禁呪】って奴の方が、百兆倍くらいむずかった」
その言葉に、とうとう白髪は絶句した。
――大禁呪。
ソレは神々でさえ使うことのできない正真正銘の禁忌だ。
理論上は展開できる、が、それを行使するだけの膨大な魔力と人並外れた緻密な技量、そして生まれ持った天性の才能があって初めて行使できるかもしれない。そういった程度の机上の空論。
その一撃は複数の世界線をたった一撃で灰燼と化し、過去も未来も全ての事象を焼き尽くすとされる完全無欠の超破壊力。それを、この少女は……ッ。
「き、斬った……とでも、言うのか」
シュンの背中に冷たいものが走り抜ける。
想像以上に――この少女はヤバすぎる。
今になって理解した、本物の勇者と言うモノの強さ、恐ろしさを。
「ふ、二人とも! 今すぐここから離脱する!」
シュンの判断は早かった。
彼は、なんだかんだ言いつつ舐めていたのだ。
偽勇者『ミスク・テルロウ』の仲間だから、と。
あの偽物の仲間ならば、大したことがない相手だ、と。
「逃がすと思う?」
シュンの背後から、声が聞こえた。
気がつけば、視線の先からユウ・テルロウの姿は消えており、彼のすぐ背後から幻覚を覚えるほどの圧倒的な殺気の塊が放たれる。
――死。
はたと、頭の中にその言葉が過る。
視線の先には悲鳴を上げてシュンへと視線を伸ばす白髪と、苦痛に顔を歪めて倒れ伏すオレンジの姿があり、それらを見て、彼は――。
「――くっ、発動【超過加護】!」
☆☆☆
それは、唐突な変化だった。
首を跳ねるつもりで放った一閃。
ソレが気がつけば奴の右腕に阻まれており、肌を薄く切り裂いただけに終わった『殺す気の一撃』にユウ・テルロウは初めてこの男に寒気を覚えた。
「――この姿は、使いたくはなかったんだが」
そう、シュン・ジコゥは独白する。
彼の体は、先ほどまでとは別人のよう。
体中から金色のオーラが溢れ出しており、その黒髪は美しい青色に染まっている。
両の瞳は真紅の魔眼へと変貌しており、その服装までもが先ほどまでとは一変している。
「全ての加護の力を、この一身に限界を超えて注ぎ込んだ。……さて、勇者ユウ・テルロウ」
声をかけられ、咄嗟にユウは距離を取る。
今の一撃によって刻まれた傷が、蒸気を上げて癒えてゆく。
振り向いた奴の姿はもはや『人間』のソレでは到底なく。
「……驚いた、【神化】してる」
彼女の言葉に。その驚愕に。
黙って瞼を閉ざしたシュンは――次の瞬間、彼女の背後に現れる。
「俺の仲間を傷つけた。その罪、万死に値する」
「――ッ!」
咄嗟に背後へと剣を振るい、距離を取る。
されど振るった剣は奴の右手にしっかりと阻まれ……いや、完全に掴まれてしまい、かなり本気で振るった一閃を止められた事実に頬が引きつる。
「ちっ……」
すぐさま剣を手放し距離を取ると、同時シュンが刀身を握り潰す。
伝説の金属『ヒヒイロカネ』の剣が素手で握りつぶされる。もはや人間業ではない。
彼女は腰に差していた予備の剣を抜き放ち、舌打ちを漏らす。
(……まずった。聖剣も聖鎧も持ってきてない)
彼女の職業【勇者】の一番の特徴は、神々が造りし最強の武具【聖剣ラグナロク】と【聖鎧バグナスク】を使いこなすことが出来るということ。それ以外は身体能力が高いということ以外にさして強力無比な力はなく……おそらく、今のシュン・ジコゥを相手にすれば勝ち目は薄い。
何せ、今の奴は完全に神と化している。
先ほどまでの二人とは完全に異なる。自分の加護魔法を全て自分の体へと行使し、力技で神の力を習得した。しかも下級の神の力ではない。間違いなく上級神……下手をすれば最高神クラスの力だってあるかもしれない。
「エセ!」
「とりあえず賢者の爺を呼びました。あの爺なら転移魔法で数分もしないうちに来るでしょう」
エセへと視線を向けると、通話用の魔道具を片手に結界を張っている彼女と視線が交差する。
まず間違いなく、今のシュン・ジコゥは強い。
そんな相手に【育ち過ぎた偽勇者】【世界最強のエロ賢者】、二人の主力を除いた上で、しかも聖剣も聖鎧もなしで相対しなければならないと来た。
賢者の方はエセの言った通り数分もしないうちに現着する。
育ち過ぎた偽勇者の方は……正直何をしているか全然わからないし、あの男は連絡用魔道具など一切持ち歩かない主義だから連絡も取れない。つまるところ頼ることが出来ない。
「かなり、まずいかも」
そう苦笑を漏らすユウの前で、シュン・ジコゥは両手を広げる。
途端、彼の周囲へと無数の光球が浮かび上がり、奴は閉ざしていた瞼を開く。
真っ赤な瞳がユウの姿をしかと捉え、圧倒的な魔力が吹き荒れる。
「さて、正直なところ、この状態はあまり長く維持できないのでな。一瞬で終わらせてもらうぞ、勇者ユウ・テルロウ、聖女エセ・セイジョー!」
【天侵】シュン・ジコゥは威圧を込めてそう叫ぶ。
城が風圧を伴う威圧感に軋みを上げ、二人の心に恐怖が落ちる。
皇帝はもはや引きつった笑みしか漏らしておらず、シュンへと覚悟の篭もった視線を向けた彼女らは――。
「「「…………あっ」」」
――いつの間にかヤツの背後に佇んでいた、ちょび髭男の姿を見た。
☆☆☆
「…………はっ?」
シュン・ジコゥは、目の前の光景に思わず硬直した。
眼前の二人――ユウ・テルロウと、エセ・セイジョー。勇者パーティのれっきとした主力にして偽勇者によって洗脳を施された哀れな被害者。
彼女らを致し方なく武力行使でおとなしくさせ、洗脳を解く。
そうすれば彼女らも自分に感謝し、仲間の二人と同様、俺の仲間になってくれるだろう。
そしてその果てに、奴へと復讐を――と、そう考えていた。
矢先の出来事。
「いやー、酔っ払った酔っ払った。間違って城の中に潜りこんで、間違って転移魔法に巻き込まれ、ついでに三人くらい巻き込んで魔王城前にまで来てしまった」
背後から声が聞こえて、勢いよく振り返る。
周囲に広がっていたのは、完全に荒れ果てた街並みだった。
上空を曇天が覆い尽くし、大粒の雨が体を濡らす。
遥か先には天を突くような巨大で禍々しい城――魔王城が存在しており、それを背後にその男は立っていた。
軽薄そうな薄い笑みに、変装にもなっていないチープな付け髭。
忌々しい金髪はいまだに健在であり、昔と同様、全く『強さ』が感じられないひょろっとした体。
「き、貴様……偽勇者、ミスク・テルロウ……ッ!」
シュンの怒りの咆哮に、されど男は笑みを潜めない。
「シュ、シュン……?」
「ここは……というか、あの人が偽勇者の……!?」
聞き覚えのある声が聞こえてきて、声の方へ振り返る。
そこには驚いたように目を剥く二人の仲間――オレンジと白髪の姿があり、その光景に彼は歯噛みをしながら前方の偽勇者へと視線を戻す。
「こいつらまで……ッ。貴様、転移魔法を使えるようになっているとは知らなかったが……いったいどういうつもりだ」
「転移魔法? よせよシュン、俺が魔法を使えないのはお前もよく知っているだろう」
その言葉に、シュンは思わず押し黙る。
よく、知っていた。
偽勇者『ミスク・テルロウ』には魔法の才能がない。
火魔法も。
水魔法も。
風魔法も。
土魔法も。
闇魔法も。
光魔法も。
ありとあらゆる、それこそ人類史において人が扱うことのできた全ての魔法に全くと言っていいほどの適性を示さなかった。
それは帝国での執拗なまでの適性検査で嫌というほどに明らかになっていたし、魔王討伐の旅道中においてもなお、彼が魔法を使えるようになる素振りは微塵もなかった。
と、なれば。
「……なるほど、何処かに【賢者】ジイ・エロジが隠れているな?」
賢者、ジイ・エロジ。
件の問題児、マホ・ウアオルの代わりに勇者パーティへと入った稀代の大賢者。
噂に聞くに、かの大賢者は人類史において人が使用できた魔法はほとんど使用することが可能であり、他に類を見ない魔力操作の熟練度と狡猾さを以て、多彩な魔法で敵を翻弄するとの話だ。
しかも魔力量は魔王ほどではないにしても人類の中では間違いなく最高クラス。
恐らく魔力だけの木偶の坊『ミスク・テルロウ』、魔王に匹敵する魔力の持ち主『マホ・ウアオル』の二人に次いで三番目の魔力量を誇るだろう。
「かの大賢者ならば、俺たち三人をこの場所へと転移させることも可能だろう。そして後の作戦としてはこうか? 貴様が俺に対して無駄な謝罪やいいわけでもして時間を稼ぎ、その隙に勇者ユウ・テルロウが聖剣と聖鎧を装備し、完全防備でこの空間に送られてくる。そして同時にエセ・セイジョーも転移で現着。最後に賢者であるジイ・エロジまで姿を現せば……これは驚きだ。勇者パーティがそろってしまうじゃないか」
シュンの顔はミスクの作戦を見破った愉悦に歪んでいる。
「一つ言っておくぞ、ミスク・テルロウ。俺は貴様に復讐するためにありとあらゆる状況をこの頭の中に叩き込んできた。そしてその対応策も、だ。ただ、勇者の実力と、貴様が『自分が倒されれば平和が崩れる』などと言った言い訳をしてくるのは想定していなかったがな」
「……平和が崩れる?」
ミスクは眉根を寄せて問い返す。
対して機嫌よく鼻で笑ったシュンは、愉悦の表情で口を開く。
「ああそうだ、魔王を討伐した貴様が帝国に『在る』だけで世界から悪が消えると、そういう言い訳だったか? なるほど言い得て妙だな偽勇者! 貴様の魔王討伐が他人の功績を盗んだだけの盗品だったとしても、魔王を討伐した、世界を救った英雄がそこにいる、というのはそれだけで世界から悪を減らすだろう!」
だが、とシュンは続ける。
「しかしだ偽勇者! だからといって貴様が偽りの功績を残し、間違った名誉を与えらることが許されるわけではない! 貴様が、勇者パーティの事実上の『一番の足手まといだった』お前が、俺を差し置き人類最高の大英雄と呼ばれて良いはずがない! そう、良いはずがないのだ!」
結局は、彼の復讐は醜い嫉妬から始まったモノ。
どれだけ言いつくろっていても、始まりはそこなのだ。
『勇者パーティで一番弱かった足手まといが自分を『足手まとい』と見限り、どころか魔王討伐に成功してしまったから、どうしようもなく嫉妬した』
端的に言えば、今回の一件はそれで片が付く。
全てがその一文に集約される。
嫉妬したから、復讐することにした。
憎悪ではなく、嫉妬からくる人工的な復讐心。
ソレを前に大きく息を吐いたミスクは、自身の付け髭へと手を伸ばす。
「だが、貴様の言い分だけは認めておこうか、ミスク・テルロウ! だが故にこそ! 今、ここで貴様を殺し、偽勇者を打倒し、世界を偽りの正義から救った【天侵】……否、【真の勇者】として、この俺が! この俺様が平和の象徴へとなり替わる! 貴様よりも上位の、完全なる互換として君臨する!」
ミスクが、自らの付け髭を外す。
ポケットへと付け髭を戻し、頭をかかえるようにして右手で顔を押さえたミスク。
そんな彼を見て、シュンは自らの完全勝利を確信する。
「そ、そうよ! 私たちは邪神を討伐した、世界最強の冒険者パーティなんだから! アンタみたいな偽物じゃない、本物の平和だって作って見せるわ!」
「た、確かに難しいかもしれません……けど、私たちなら出来るって信じてます! どれだけつらい現実に当たったとしても、最後には平和を掴めるって信じてます!」
オレンジと白髪の決意の声が響く。
二人の決意に背を押され、シュンは決意を込めてミスクを睨む。
「貴様は何処まで行っても偽勇者。貴様にできてこの俺にできないことなど有るはずもない。故に、安心して死に逝くがいい」
シュンの周りに無数の光球が浮かび上がる。
ミスク・テルロウに勇者の到着など待たせはしない。
賢者がどこかに控えているのだろうが、そんなことなどどうでもいい。ただ、他の邪魔だてが入る間もなく――目の前の男を殺すまで。
かくして彼は体中の魔力を汲み上げ、彼へと無数の魔弾を放――
「分かんねえか。テメェらもう終わってんだよ」
――つ、その直前。
指の隙間から奴の青い瞳が彼らの姿を睨み据え、膨大な魔力が迸る。
同時に感じたのは、死すら生ぬるい絶望の感覚。
咄嗟にシュンはミスクへと全力で魔弾を放ち――次の瞬間、地中から現れた巨大な腕が全ての魔弾を弾いてしまう。
「な――」
ソレは、正しく異形だった。
禍々しいという言葉をこれ以上なく体現した、漆黒の腕。
ミスクの足元の地面が大きく隆起し、腕の先から肩が地上へと現れてくる。そして――その頭部を見た瞬間、三人の心に絶望が影を落とした。
「そ、それ、は……ッ」
「お前は知らないよな。実は俺、一つだけ魔法の才能があったみたいでな」
勇者として旅を続けて、その果てに一つ。
ただ一つだけ、どうしようもなく適合する魔法を見つけた。
それは、今迄の人類史において、ただ一人として使用することのできなかったマニアックにして特殊極まる魔法だ。
周囲から土を食い破るような異音が響き、シュンら三人は周囲へと視線を巡らせる。
かくしてそこにいたのは、地面の中から現れる無数の異形。
中にはコボルトやゴブリン、オークにオーガと……見知った魔物の姿もあったが、それらすべてに該当して言えるのが――肉が腐り果て、腐臭を放っているということ。
「ぞ、ゾンビ……っ」
白髪の少女が叫び、その言葉にミスクが笑う。
――かつて、帝国を悲劇が襲った。
それは、自業自得の果てにおきた、凄惨な悲劇だった。
若く才能にも恵まれていた新たな皇帝。
彼は知っていた、勇者が偽物であるということを。
何の魔法の才能もなく、ただ魔力量だけしか取り柄の無い木偶の坊。
然しながら、世間一般に奴は勇者として名が通っている。だからこそ、彼はその偽勇者を傀儡にしようとたくらんだ。
が、その手段が間違っていた。
若き皇帝は、偽勇者の妹を標的にした。
本物の勇者であり、他でもない偽勇者の最も大切な人。
そんな彼女を人質に取り、洗脳し、偽勇者と本物の勇者を二人そろって支配下に置こうと考えた。
――ソレが、虎の尾を踏む行為だとも知らずに。
「――【死霊の支配者】、自ら手を下したあらゆる生物を、死霊に堕とし、強化した上で支配下に置く。多分今のところ、世界で俺だけの力」
かつて、帝国は地獄を見た。悪夢を見た。
他でもない勇者が倒したはずの魔王軍。
その大半――それこそ幹部から一兵卒に至るまで、あらゆる魔族が死霊となって蘇り、かつての魔王軍の侵攻が遊びに思えるほどの苛烈さをもって帝国の首都を襲い、たった一時間で占領したのだ。
「言ってたな。俺を殺して、新たな平和の象徴として君臨すると。……まあ、俺は別段平和を守りたいとかそういうのを思ってるわけでもないし、好きにしろってのが本心なんだが――」
そう言って――彼は、笑うのをやめた。
ただ冷たい瞳を彼へと向けて、ぞっとするような威圧感と共に問いかける。
「お前らさ、頭に小説でも詰まってんのか?」
恐怖に三人の喉が鳴る。
「仮に俺を殺し、俺が偽物だったと公表するとしよう。そうしたらたぶん、今まで不満を持ってた奴らが一斉に悪を為し始める。それこそ際限なく悪が広がり始める。もちろん死ぬ奴だっているだろうし、そのせいで心に傷を負う奴だって絶対に出てくる」
彼らは言った、いつか本物の平和を手にして見せる、と。
然しながらミスクは考える、【いつか】じゃダメだろう、と。
「お前らに責任が取れるか? 俺が死んだことで広がっていく悪に、俺が死んだことで死ぬ奴に、俺が死んだことで心に傷を負う奴に。世界に。お前ら責任とれるのか?」
「そ、それくらい――」
「取れるわけねえんだよ。テメエら三人の命と世界の全て。秤にかけるまでもなく後者が重い」
ミスクは笑った。
どうしようもなく凄惨な笑顔で、冷たく笑った。
「言ったよな、自分たちなら平和を掴めると信じてるって。辛いことがあったとしても、最後には平和がつかめるって信じてる、って。じゃあお前らさ。世界を一時的に悪に貶めて、数百数千人と人を殺して、その果てに『辛かったけど、よりよい平和を掴んだから、自分たちのせいで死んでった数千人は仕方ないよね』って言えるってこったよな」
だとしたらお前らは魔王よりも悪役だ。
そう鼻で笑い、彼はパチンと指を打ち鳴らす。
途端、地面から半ばまで現れていた『ソレ』が完全に地上へと姿を現す。
見上げるほどに大きな体躯。
禍々しい瘴気が体中から立ち昇り、恐怖を体現するその形姿。
死してなお体中から溢れ出す膨大な魔力に、威圧感。
勇者であるユウ・テルロウなんてレベルじゃない。
生前よりも更に強化された状態で顕現したその存在は、正しくその名に相応しい。
「――やれ【魔王】。死なない程度にぶっ殺せ」
かくして、一方的な蹂躙が幕を開ける。
育ち過ぎた偽勇者。
――二つ名【悪夢】。
あらゆる死霊を使役し、死した魔王すら操る最強の死霊術師。
加えて偽勇者としての状態異常耐性まで保有しており、本家本物の勇者ユウをして『彼を倒せるのは魔王くらい』と言わしめた怪物の中の怪物。
彼は何処からか取り出した酒瓶を取り出し、奴らへ背を向け歩き出す。
「悪いな、妹に手ぇ出そうとするやつは、基本的に許さない主義なんだ」
☆☆☆
なんだかんだで、その数週間後。
どうやら魔王にフルボッコされたシュン・ジコゥ一行は完全に心が折れたらしく、おとなしく隣の王国へと帰っていった――との情報が入った。
ちなみに聖女の自室に侵入及び、帝城への襲撃。その他もろもろとアイツらには多大な賞金が掛けられたとの情報も来てるが、そこら辺はもう俺には関係ない話である。
「にしても」
毎度毎度思うが、一体あの情報屋は何処からここまで詳しい情報を手に入れているのだろう。俺も情報収集に長けた死霊を常時百匹近く大陸中に放っているけど、あの情報屋は毎回毎回俺でも知り得ない情報を送ってくる。そう、送られてきた手紙を読みながら頬を引きつらせる。
「ま、本業は違うってことか」
言いながら手紙を机の上へと放り投げ、窓の外から空を見上げる。
――支援職、シュン・ジコゥ。
なかなかに懐かしい奴だったが、結構強くなっていた。
ユウもエセも素で驚いたって言ってたし、かく言う俺もアイツが『神化』まで出来るとは想像していないかった。
「神化……人間の体を捨て、神の座に至る一種の到達点」
正直、俺やユウはもちろん、賢者の爺やエセあたりもやろうと思えば習得できる、と思う。
が、あえて習得しない理由がある。
「全く……あいつは魔王をなんだと思ってんだか」
魔王。
それは、世界どころか神々にすら甚大な被害を与えた災禍の体現者だ。
アイツのおかげで俺らの住む『人界』はもちろん、神々が住んでいる『神界』もまた半壊という憂き目に遭っており、俺が知る中でも、最高神連中が大群引き連れて魔王に挑んでいった回数は十回を超えている。
にもかかわらず、勝てなかった。
それはどういうことか――考えれば単純な答えだ。
「神さんってのは、ステータスは生まれつき高いが打ち止めも早い。でもって、人間はステータスが生まれつき弱いが、打ち止めがない。だから育ち過ぎた魔王に神々は全く勝てなかったし――神になったアイツに、魔王を倒した俺らを倒せるはずがない」
至極単純なことなのだ。
シンプルに、あいつは魔王を舐めすぎた。
【魔王討伐】って言葉の重さを測れなかった。
ま、今回の奴の失敗を一言で表せばそんな感じ。
そう一人自室で空を見上げていると、外から見知った気配を感じる。
振り返ると同時、額から汗を流すユウが勢いよく扉を開き、その後ろからなんだかとっても楽しそうなエセが顔を出す。
「ミスク、まためんどうなことになった」
「……なにユウちゃん。なんだかとっても嫌な予感がするんだけど」
主に後ろのエセの笑顔から。
そう頬を引きつらせる俺へ、彼女は一枚の紙を渡してくる。
どうやら隣国である『海洋王国』で開催される天下一勇者大会――言ってみれば腕自慢が集まる武闘会――のお知らせの用だが……。
「これが何を――」
と、そこまで言ってその一文に気がつく。
『なななんと! 天下一勇者大会、第十回目の開催を祝って、帝国の【悪夢】ミスク・テルロウ、【勇者】ユウ・テルロウの勇者兄妹が参戦決定!』
「おいどういうことだこれ」
ふざけんなよオイ。
こちとら帝国に引きこもって悠々自適なスローライフしてんだよ。天下一勇者大会も天下一武〇会も興味ないんだよ。そう言わんばかりに二人を見ると、満面の笑みを浮かべたエセがもう一枚の手紙を差し出してくる。
嫌な予感を覚えながら受け取ってみると――うん、案の定というかなんというか。
☆☆☆
『クソったれた偽勇者へ。
俺の地元で開催される天下一勇者大会にテメエらの名前を書いといたぜ。
もちろんテメエらの許可なんざとってねえ。
が、既に大陸中にテメエら参戦の噂は流してある。
こんな状態で来なかったりした日には――民衆は、テメエら勇者にガッカリするだろうな?
とにもかくにも言いたいことはただ一つ。
――あの時はよくも俺を見捨てたな。観衆の面前でぶっ殺してやる。
【世界最強の侍、ボウゲン・センシーより】 』
☆☆☆
ソレを見て、頬が引きつるのを実感する。
見ればユウはどこか困ったように俺を見上げており、エセはめちゃくちゃ楽しそうな笑顔で俺の方を見つめている。
そんな二人を前に大きく息を吐いた俺は、手紙を握り締めて空を見上げる。
――俺は偽勇者。
仲間と別れて早数年、なんか復讐されかけている。
《人物名、ネタ一覧》
ミスク・テルロウ→見捨てる苦労
ボウゲン・センシー→暴言戦士
マホ・ウアオル→魔法・煽る
エセ・セイジョー→エセ聖女
シュン・ジコゥ→主人公
ユウ・テルロウ→勇者の『勇』
ジイ・エロジ→エロジジイ
《小ネタ集》
【死霊の支配者】
自ら殺した生物を死霊に堕として使役する。
死霊契約には対象の死体が生前に有していた魔力量と同等の体内魔力が必要であり、契約の際に使用した魔力は未来永劫に回復しない。
また、それとは別枠で『死霊を動かす』際にも同じだけの魔力量が消費されるため、純粋な計算でも『死霊が保有していた二倍の魔力量』が必要となってくる。
かの魔王でさえ『魔力を持たぬ前衛特化魔物』のみに使役を抑えていたが、ミスク・テルロウの場合は魔王城近くにいた魔王軍ほぼ全員を使役しているため、基本的にどんな魔法でもスキルでも間接的に使用可能。
例)魔王を介した転移魔法。
【勇者】
英雄の紋章に選ばれた者にのみ与えられる力(職業)。
神々の作りし『聖剣ラグナロク』と『聖鎧バグナスク』を使いこなすことが可能であり、その他にも無数の『力』が保有されている。
また、この力は『英雄の紋章』と共に代々受け継がれてきたものであり、多くの文献に前任の勇者達による活躍が記されている。
しかし英雄の紋章は未だ多くの謎に包まれており、王国の禁書庫には『かつて、特異にも魔物へと英雄の紋章が現れるが、数日にて消失。後にその魔物は膨大な魔力に目覚め、自身を【魔王】と自称せり』等といった記載もあるが、詳細は不明。
【加護魔法】
支援魔法の強化版。
神殺しの偉業を成し遂げた者だけが手に入れることが出来る、神々が世界創世の頃より使っていた原初の魔法。その一端。
ちなみに余裕で神々ぶっ殺してたため、普通に魔王も使えた。つまり魔王を使役してるミスクとかも余裕で使える。偽勇者とはいえ、ミスクとシュンではレベルと魔力量が圧倒的に隔絶してるため、別に魔王が支援に徹してても余裕でボコれた。
【神聖魔法】
エセがほんのちょっとだけ見せた力。
神殺しの偉業を成し遂げた者だけが手に入れることが出来る、神々が世界創世の頃より使っていた原初の魔法。その一端である『光聖魔法』の完全なる上位互換。
魔王討伐という偉業を成し遂げ、神々でもまだ到達していない『その先』へと熟練度が上がってしまった故に誕生した、世界でも彼女しか保有していない最強の光系統魔法。
【神化】
神に昇華する能力。
一時的に神の力を手にすることが出来るが、使用したが最後、ステータスの打ち止めが定まってしまう。普通の人間相手には『やれやれ全く、俺を誰だと思ってる? ……そう、俺は【神】だ』みたいなことも出来るが、育ち過ぎた連中には全く通用しない。フル装備状態ならエセとタイマンしても負ける。
ちなみにどこかの誰かは『加護魔法』で限界超えてドーピングしなければこの力すらも発動できなかった模様。