赤髪
目前にリンが現れた。
聖母のような慈しみと憂いをたたえた瞳。
こんな顔も持っているのだな、と感心してしまう。
おでこの布は冷たく、窓から春陽。
「ありがとう、リン」
「ごめんなさい」
まどろむ体はそのままに、できる限り丁寧に伝える。
軽く頷き、ほほをつつかれる。
「予測の範囲?」
ひたっと射抜かれる。
「リンはいなくなることはないと予測していた。
.…..俺の心に添ってくれると信じているぜ」
しょぼいウインクをかました。
「私は信に背く事はない。命ある限りは」
華麗なスルーから、直向きおめめ。
変わらぬ姿にほっとする。依存といえるかも。
「あの惨状は意図しないものだった。生死すら、俺の心を映すのはおぞましい」
意識せずともフラッシュバックが延々と起きている。
だが不思議とコウは落ち着いていた。
先程の意識を失う瞬間から目覚めまでも受け止めている。
「声音が震えていれば精神をやられているとは思わない。むしろコウはそれ以上に心配だ」
リンは窓を大きく開いた。暖かな風がなでていった。
「平静を保つ事と精神の強さは必ずしも一致しない。むしろ精神の弱いものほど、平静を身につける」
外を見るリンの横顔は、透き通る肌が淡く世界に溶けてしまいそうに儚い。
「コウ……ためらいは必要な事だと私は思うよ」
柔らかな微笑みを向けてくるリン。
彼女の感想にすぎない。決して押し付けてこない。
ただそうかもしれないと引き寄せられる。
この感覚は悪くないものだった。
屋根を突き破り、床に突き刺さる。
破砕音が遅れてやってくる。
肩から上だけ出ているそいつは、例の少年だった。
ぼさぼさ赤髪に赤い目。ダメージはないらしい。
見上げてくるその目は好奇心に満ちていて爛々としている。
「俺の名前はコウ」
盛大に口の端をつり上げて、会釈。
「シン。よろしく!!」
盛大に突っ込まれ、壁ごとぶち抜き、空が見えた。
春の空は雲がほんわり浮かんでいた。
因果応報としては軽い。
後頭部を地面に強打、みぞおちにシンの頭をめり込ませ、また意識を刈り取られてしまった。