ある夜
閑話。
リンとコウの出会いの話を少し
「リン、ありがとう」
コウはリンを抱き寄せた。
リンは耳元でささやかれる声を幸せそうにほほを染めて聞いている。
「リンがいなければ、ベンチで枯れ果てるしかなかっただろうな」
心に添えと言ってくれたリンの言葉の意味が、記憶が戻ったコウには強く沁みた。
記憶を刈られ、動けなくなったコウは死を無意識に悟った。
記憶がなく走馬灯すら起きず、狂った心は幻の世界を見せた。
あの桜はコウが最後に見た……。
「コウの心の世界は何故か私も見えた」
甘い声が聞こえた。コウは目をとろけさせる。
「初めて見たのに美しく切なくて……不思議な感覚」
ぎゅっと抱きしめる力が強まる。
「コウは動かないのに……コウの世界はどんどん変わっていく。少しでも力になりたいと」
「ここに決着をつけたら、リンを連れて行く」
目をしっかり見つめ、決然と言い放った。
根拠は何もない。だがコウは決めた。
リンはほほをすり寄せた。
自身もコウと同じ立場でありながら、リンは案内人と名乗り助けてくれた。
初対面の人間を助けるのは勇気と清らかさが必要だと、コウは思う。
だからこそ、あの桜をリンと共に見るのだ。
「リンはよく取り戻したな」
髪をなでながらコウは感心する。
「私の能力が関わっているのかも」
リンの能力は破邪。
邪に記憶奪取も含まれたのだろうか。
リンの心根が能力と合っていたのも一因だろう。
記憶を奪われるというのはロストの悪意ではあるが、能力を得た衝撃も一因としてあるとコウは推察している。
突如体内に現れた能力を、心身が異物として吐き出そうとする。
「力を得る。漠然とした話だよな」
ロストに来た目的の力は余りにも胡散臭く抽象的だ。
そこに各自の願望が込められると幾千にも変化する。
こんなとこに来る方がバカなのだろう。
「それでも後悔はない。今も力を手に入れると決めている」
リンは優しい眼差しをキラキラさせて、コウを見ていた。
月明かりが窓から差し込みキラキラ光る。
涼やかな春風が窓を揺らした。
2人の世界は今宵も1つ、静かに深まっていった。




