無形
「ここはロスト。夢を粉々に砕かれた者が招かれる場所。
私はこの村の案内人のリン。とはいえ君次第だ」
リンは静かに語った。
青い瞳の奥は見る者を貫く意志があった。
「夢、随分と漠然とした対象だな。
俺の名前はコウ。あとは覚えているのは、ここに座っていることだけなんだ」
木製のベンチをなでる。
ざらりと乾いた触感から感覚が蘇る。
満開の桜が咲き誇り人影はない。
漆黒の夜に月が鮮やかに浮かぶ。
心地良さに包まれ、このままでも良いかな……なんて、まぶたを下ろした。
「立ち止まるのも1つの道」
春風が長い金髪を揺らした。
「コウの心に添い遂げたならば」
柔らかにリンがささやいた。
「心に添い遂げれたやつが来る場所とは思えないが?」
強く青い目を貫き返した。
静かに頷きが戻る。
くちびるが切れて血がたれた。
否定の激情と確かな納得が心で波打った。
「そう……かよ」
吐息と垂れた視線の先に見慣れたズボンと革靴。
喪失していく思考と感覚の中で、リンの言葉が閃く。
視線を上げると、そこには誰もいなかった。
安心と寂しさが入り混じり、諦めに落ち着いていく。
月がぴかぴか。思わず目を凝らす。なお輝く。
「この地は心の影響を強く受ける」
声が心を貫いた。
先ほどと変わらぬ場所にリンはいた。
「死地、空地、生地……」
リンの声音に応じて、場が変化していく。
この地と心身が赤黒く染め上がり、止まり、煌めいた。
「いずれも受け入れる事を確約する」
その眼差しは容赦なく突き刺さる。
世界が伸縮する度に爆ぜる。
その速さも急変が激しく理解できない。
心身が掻き回され、吐き気と心の高鳴りが同時に感じる。
死んでは生まれ……幾星霜。
赤子から老い死に行くまで丁寧に刹那に繰り返された。
「よく分かった」
コウは澄み通る声が自分の中から出た事に驚く。
桜と月とリンが変わらずにあった。
髪をくしゃりとすると白髪が数本舞った。
「これは変えれるのかな?」
笑って問うと、首を水平に美しく振られた。
立ち上がり手を振り、一歩をかみしめていく。
金髪のぴったり前で止まる。
胸のあたりまでの小さい女。
その眼差しは胸を貫いたままだ。
コウはくるりと振り返った。
ベンチに差しかけられた傘のように、桜が優しく揺れていた。
「ありがとう」
言葉につられて、ほほを伝う涙が温かく、さらにとめどなく川のように重なっていく。
煌びやかさを増す視界と心を満たす何か。
ロストと呼ばれるこの地で、俺は何をするのか。
形は無く、今はただ無様に泣いた。
ゆるゆる描いていきます。
宜しくお願いします。