7 招かざる客の到来
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ウィリアムさんへの届け物を済ませた俺とアリシアは、アリシアの家に戻り朝食を済ませた後、早朝の散策の続きを再開した。早朝とは違い村にある幾つかの商店も既に開店しており、俺はアリシアの案内で一軒一軒店を見て行く。中でも俺の目に止まったのは道具屋で、様々な種類の商品が所狭しに並べられていた。
「へー、色々な物が置いてあるな」
「マルデフ村は小さな村ですからね。自然と、1件のお店が色々な物を取り扱う様になるんですよ。このお店は基本的に生活雑貨を取り扱ってますけど、他にも数は少ないですけどポーションやマジックアイテムなんかも取り扱ってます。えっと……そこの棚に置いてあるのがそうですよ」
そう言ってアリシアは、店の一角にある棚を指さす。その棚は他の棚と違い鍵付きのガラス扉が付いており、棚の中には何種類かの色違いの液体が入ったガラス瓶や数種類の道具が飾られていた。
「これがポーションか……」
俺はガラス扉付きの棚の前まで浮いて移動し、棚に並べられたポーションやマジックアイテムを観察する。ポーションって、リビングアーマーにも効果はあるのかな?
俺がそんな疑問を思い浮かべながら棚に並んだポーションを見ていると、カウンターに座っていた道具屋の店主である腹の出た中年のおじさんが声をかけてきた。
「君、それが気になるのかい?」
「? えっ、ええ少し。このポーションって、俺にも効果あるんですか?」
「俺にって事は、リビングアーマー族の者にって事だよね? ……残念ながら、ウチに置いてあるポーションじゃ効果はないだろうな。うちに置いてあるポーションは低ランクの物が中心だから、怪我を治すと言っても高ランクのポーションとは違い使ったら直ぐにケガが治る様って代物じゃないからね。ウチに置いてあるランクのポーションじゃ、精々自己治癒力の強化が良い処だよ。だから、リビングアーマー族の人の怪我の治療にポーションを使うとしたら、最低でも中級から上級のポーションを使った方が良いだろうね。もっともリビングアーマー族の人の場合、軽いケガを治すのなら大抵は自己治癒任せか鍛冶屋に頼んで鎧を修復して貰うって話を聞いた事があるんだけど……どうなんだい?」
「ああその俺、生まれたばかりでその辺りの事は良くわからないんですよ……」
「ん? 生まれたばかり?」
「ええ。実は……」
俺は道具屋の店主に、自分の事情を軽く説明する。
すると……。
「なる程。だから君は、自分にポーションが効くか知らなかったんだね」
「ええ、そうなんですよ。だから知識不足で、見るもの聞くもの全てが初めてで……」
「そっか……じゃぁお近づきの印って事で、君にはこれをあげよう」
そう言って店主はカウンターの裏をゴソゴソと探り、少々日に焼けた感がする古ぼけた一枚の紙を取り出し俺に差し出してきた。
俺は差し出された紙を受け取り見てみるが、受け取った紙は何も書かれていない白紙だ。
「……何です、これ?」
「これは使用者の能力を鑑定し、紙面に書き出す自己鑑定紙だよ。最もこれは最低ランクの代物だから、あまり詳しくは鑑定できないんだけどね……」
自己鑑定紙……つまりゲーム何かで良くあるステータスチェックが出来るってアイテムか!? 森の中で色々試したけど結局出来なかったステータスが、これを使えば出来るって事か!
「ほ、本当に貰っても良いんですか!?」
「ああ。それは昔、私が発注を間違て仕入れた品の残りでね。店に置いておいても、誰も買わない代物だから君に上げるよ」
「あ、ありがとうございます!」
俺は自己鑑定紙を手に持ったまま、店主に感謝の言葉と共に頭を下げる。
「いいえ。じゃぁ、またのご利用をお待ちしてますよ」
「はい!」
そして俺とアリシアはにこかな笑みを浮かべる店主に見送られながら、道具屋を後にした。
自己鑑定紙を持った俺はアリシアの前に浮かび、嬉し気に自己鑑定紙をアリシアに見せながら道具屋の店主の事を褒める。
「いやぁアリシア、あの人良い人だな! こんな良い物をくれるなんて、思ってもみなかったよ!」
「そ、そうですね」
自己鑑定紙を掲げ喜ぶ俺に対し、アリシアは微妙な表情を浮かべ俺を見ていた。
そしてアリシアは、不憫気な眼差しを俺に向けながら言い出しづらそうに口を開く。
「あの、ヴェルさん? ちょっと……良いですか?」
「何だ、アリシア?」
俺が上機嫌にそう返事を返すと、アリシアはますます不憫そうな眼差しを俺に向けてきた。何故アリシアが俺にそんな眼差しを向けてくるのか分からない。
「……喜んでいる所悪いんですがヴェルさん。実はそれ、あの店主さんがやる販促の常套手段なんですよ」
「……販促?」
「……はい。店主さんはそれを売れ残りって言っていましたけど、実際は色んなツテを使って安く仕入れているそうです。店に買い物に来たお客さんに、オマケとして配る物として……」
「……」
俺はアリシアの話を聞き、自己鑑定紙を掲げたポーズのまま固まる。
……オマケ?
「実際効果はありますよ? 私も小さい頃はオマケが欲しくて、お父さんやお母さんに道具屋さんで商品を買ってくれないかとお願いした事が何回もありますし……」
つまり、あれか? 将を射んと欲すれば先まず馬を射よって事か? 自分のステータスが気になる年頃の子供をオマケで釣って、親に商品を買わせるって……。
俺は自分の手の中にある自己鑑定紙が、急に見た目以上に薄汚れている様に思えてきた。同時に俺はアリシアが何故俺に不憫げな眼差しを俺に向けてきていたのかその理由を察し、無邪気に浮かれていた俺は急に恥ずかしくなってきた。
「……あの、ヴェルさん? 気にしない方が良いですよ? うちの村の人は、大抵引っかかっている事ですし……」
「ああ」
落ち込む俺に、アリシアは皆同じだとフォローを入れる。
まぁ確かに村にある商店だからな、一番引っかかるのは村人だよな……。
「それとこれも少し言いづらいんですけど、別にそれを使わなくても一年に一回、領都から神官さんが巡回してくる時に詳しく鑑定をしてくれるので、冒険者でもない村人は子供以外貰っても使わないんですよ……それ」
アリシアのその一言で、俺は更に落ち込んだ。
「あっ、でもヴェルさん。あの店主さん、別に悪い人じゃ無いですよ? 置いている商品はちゃんとした物ですし、適正価格で販売し無闇に高額な代金は吹っ掛けて来ませんから」
アリシアは店主フォローを入れるが、俺は店主の浮かべていたにこやかな笑みを思い出し溜息をつく。
してやられたな……と言うのが俺が抱いた感想だった。
「はぁ……分かったよアリシア。店主さんの商売方法は兎も角、これは使えるんだよな?」
「はい。店主さんが言ってた様に、神官さんに見て貰う物に比べれば詳しくは鑑定だ出来ませんけど……」
「まぁ、使えるのならそれで良いよ。それでアリシア、早速これを使ってみたいんだけど、どこか落ち着いて座れる様な場所はあるか?」
「それなら集会場が近いですから、集会場で使いませんか?」
集会場と聞き、俺は早朝立ち寄った集会場のことを思い出す。土を盛った壇上と、丸太椅子を置いただけの簡素な作りだったが、腰を落ち着かせるには十分だろう。
「……そうだな、じゃぁ集会場で使ってみよう」
「はい」
俺は広げていた自己鑑定紙を丸めて持ち、空いている片手をアリシアの肩にかける。
アリシアは俺が肩に捕まった事を確認し、集会場に向かって歩き出した。
集会場に到着した俺は早速、丸太の椅子に座ってアリシアに使い方を聞きながら自己鑑定紙を使用する。
「なぁ、アリシア? これってどう使うんだ?」
「えっと、普通は紙に血を一滴垂らせば良いんですけど……ヴェルさんの場合」
そう言い淀んでアリシアは首を傾げながら、困ったような表情を浮かべる。
って、ここでも血が必要なのかよ!
「血……か」
「ヴェルさん、何か代わりになる様な物は出ませんか?」
「代わりになる物って……」
血の代わりになるものって、俺の場合はオイルとか冷媒とかって事か? 出せるのか、そんなの?
俺は自分の体を見回し、何か体外に排出出来る液体は無いか考えた結果……。
「ああ、カメラアイの洗浄液なら行けるかも……」
俺は手を叩き、そんなことを思いついた。
「……洗浄液?」
「ああ……涙の様な物の事だよ」
洗浄液という言葉を聞いたアリシアが首を捻り疑問符を浮かべていたので、俺はカメラアイの洗浄液の事を涙と伝えた。
「えっ!? ヴェルさんって、リビングアーマーなのに涙が流せるんですか!?」
「あっ、ああ。と言っても、涙みたいな物何だけどな? まぁ取り合えず、これが使えるかどうかやってみよう」
アリシアは俺が涙を流せると聞き驚いている様だが、俺は気にせず洗浄液が自己鑑定紙に使えるか早速試す事にした。自己鑑定紙をアリシアが座る丸太椅子のとなりの丸太椅子の上に広げ、俺はその上に浮かんでカメラアイの洗浄を開始する。
俺の体のサイズがサイズなので洗浄液は極々微量ずつしか出ず、暫くカメラアイの洗浄を繰り返し漸く一滴の洗浄液が自己鑑定紙の上に落ちた。
「あっ、ヴェルさん! 自己鑑定紙に、文字が浮いてきましたよ!」
洗浄液が自己鑑定紙に落ちると、アリシアの言う様に白紙だった自己鑑定紙にジワジワと文字が浮かび上がってきた。
文字が、俺の知らない異世界文字。つまり……。
「……読めん。悪いけどアリシア、これ読んで貰えるか?」
「あっ、はい! そう言えばヴェルさん、生まれたばかりだから文字は知らないんですよね……」
「ああ」
「ヴェルさん……家に帰ったら私が文字を教えましょうか?」
「……そうして貰えると助かる」
俺はアリシアに文字が浮き出しきった自己鑑定紙を手渡しながら、頭を下げ文字を教えてくれる様に頼んだ。何故か普通に会話が通じるから気にもしなかったが、良く良く考えてみればここは異世界。言葉や文字が日本と違って、当然なのだ。
寧ろ、何故会話は普通に出来たんだろう?
「えっと……じゃぁ上から順に読んでいきますね?」
「ああ、頼む」
そしてアリシアに読み上げて貰った、自己鑑定紙の内容は以下の通りだ。
名前:ヴェルキュロサス
種族:リビングアーマー?
レベル:2
契約者:なし
本当に、詳しくは鑑定出来ないんだな。と言うか何で、種族名に?マークが付いているんだよ。鑑定紙なのに、自分がした鑑定結果に自信が持てないのか?
それとレベルが地味に上がっているのは、ゴブリンを倒したからか?
「有難うアリシア、お陰で助かったよ」
「いえ。でも、ヴェルさん? 結局これを使って新しく分かった事って、レベルだけですよね?」
「まぁ、そうだな」
名前や種族名は元々分かっていた事だし、叡魔契約を誰かと交わした覚えもないからな。
でも、まぁ……。
「元々店主さんのご好意で貰ったオマケ物だしな、過剰な要求はしない方が良いよ」
「……そうですね、元々オマケですもんね」
「ああ」
多少の不満はあるが、俺はアリシアから自己鑑定紙を返して貰いこの話を終わる事にした。これ以上詳しいステータスが知りたいのであれば、ランクが高い自己鑑定紙を買うか領都まで趣いて神官に鑑定して貰うしか無いからな。
「じゃぁ、ヴェルさん。そろそろ次の場所を見て回りますか?」
「ああそうだな、頼むよアリシア」
俺とアリシアは片付けを済ませ集会場を後にし、再び村の散策を再開した。
アリシアの案内で店を回っていると、村の入口の門のあたりから人が言い争う声が聞こえてきた。
一体何の騒ぎだ? もしかして、ゴブリンが姿を現したのか?
「……何かあったんでしょうか?」
「さぁな? 気になるなら、見に行ってみれば良い。野次馬も騒ぎを聞いて、集まっているみたいだしさ」
「そうですね……じゃぁちょっと行ってみましょうか」
「おう」
俺とアリシアは周囲の野次馬の移動の流れに乗って、入口の門へと移動する。
そして門の近くに到着すると、騒いでいる者達の会話が聞こえてきた。大声で騒いでいるのは軽鎧を纏った若い男の3人組で、入口の門の補強作業をしていた人達と言い争っている。
「だから言ってんだろ! ゴブリン程度、俺達が蹴散らしてやるって!」
「そうだ! お前らと違って、俺達はCランク昇格間近のDランクの冒険者なんだ!」
「ゴブリン程度に怯んで、受けた依頼を諦めるわけ無いだろ!」
どうやら彼等3人組は、何かの依頼でマルデフ村を訪れた冒険者らしい。
「だから言ってんだろ! 今森の中にはゴブリンが巣を作っているから、領軍がゴブリンの巣をを討伐するまで森に入るなって! ゴブリン共を討伐した後なら、好きな様に森に入ってくれて構わねえと!」
「その領軍は何時来るんだよ! こっちは急いで依頼をこなして、帰らないといけないんだ!」
どうやら、彼等が森に入る入らないで揉めているようだ。
確かに今、彼等が森に入ってゴブリン達と事を起こした場合、ゴブリン達が近くの村を……マルデフ村を襲うかも知れない。領軍の援軍が間に合いそうなのに、藪をつついて蛇を出されたら溜まったものではないからな。
冒険者の登場です。厄介事が置きそう……。