4 家族との団欒?
お気に入り210超、PV8760超、応援ありがとうございます。
少々取り乱していたが、アリシアの母親は落ち着きを取り戻しテーブルの上に佇む俺に丁寧に挨拶をしてきた。
「娘の恩人とはつゆ知らず、大変失礼しました。私、アリシアの母でクレアと申します。よろしくお願いします」
「あっ、ご丁寧にどうも。ヴェルキュロサスです……ヴェルと呼んで下さい」
「はい。よろしく、ヴェルさん」
こうして中々衝撃的な初対面を経て、俺とクレアさんは無事に自己紹介を終えた。
はぁ……挨拶一つするだけで疲れたよ、本当。
「そう言えばお母さん、私が戻ってきた事はお父さん達に聞いたの?」
「ええ、そうよ。お父さん達は今、村の集会場で村の人達と今後の事について話し合っているわ。私はアリシアが戻ってきたと聞いて、慌てて戻ってきたの」
「そうなんだ……」
アリシアはクレアさんの話を聞き、納得した様に頷く。
そしてアリシアは一旦言葉を切り、ザックさんの話を聞いてからズット気になっていた事を聞く。
「ねぇ、お母さん……集会場にいたんなら聞いてない? 私の他に、森に入った人が戻ってきているのか?」
「……」
クレアさんは、アリシアの質問に無言で頭を左右に振り答えた。どうやら、まだ誰も戻って来ていない様だ。だからこその、クレアさんのあの喜び様だったのだろう。
そしてアリシアもクレアさんの無言の意味を悟り、暗い表情を浮かべ俯く。
「……そう」
「あっでも、まだ帰ってきていないだけで、無事に戻ってくる可能性も……」
「でも、森にはゴブリンが巣を作っているんだよね? 狩人でもない村の人が、ゴブリンから逃げられるなんて事……」
「……アリシア」
クレアさんが慰めるが、アリシアは俯いたまま暗い雰囲気を背負う。
どうやらアリシアは、自分だけがゴブリンが彷徨く森から無事に戻って来た事が気になっているようだ。この村はそこまで大きくはないからな……つまりその森で生死不明になっていると言う村人達とアリシアは顔見知りだと言う事だろうからな。自分だけが……と言う気持ちは分からなくもないが、それはお門違いな感情だろう。
アリシアは運が良かった。只それだけの事だ、アリシアが気に病む必要がある事ではない。だから……。
「アリシア。お前は運が良かった、只それだけの事だ。気にするなとは言えないが、そう抱え込むなよ」
「……ヴェルさん」
「俺の助けが偶然間に合っただけで、アリシアもゴブリンに襲われ死んでいた可能性もあったんだ。今は自分が無事に助かった事をきにするより、生きてまた家族と再開出来た事を喜んだ方が良いぞ?」
「ヴェルさん……はい。そうですよね、今はまた家族と再会出来た事を喜ぶことにします」
アリシアは俯いていた顔を上げ、ぎこちない笑みを浮かべながらそう言った。クレアさんはそんなアリシアの様子に安堵の息を漏らし、俺に向かって軽く会釈をし感謝の意を示してくる。まぁ、これでアリシアの気持ちが少しでも軽くなれば良いんだけどな……。
そしてアリシアの顔に笑顔が戻って暫くすると、また玄関の入口が開く音がし体重の軽い何かが走り近寄ってくる足音が聞こえてきた。その足音は部屋の扉の前でも速度を緩める気配を見せず、部屋の扉が荒々しく開けると小さな影が部屋に飛び込んできた。ウィリアムさん似の、10歳ぐらいの男の子だ。
「お姉ちゃんが帰ってきたって、本当!?」
「ティム!」
「! お姉ちゃん!」
アリシアの姿を見たティム君?は、感極まり目尻に涙を浮かべアリシアに抱きついた。アリシアも始めは驚いていた様だが、優しくティム君?を抱きしめ返す。
「心配かけてごめんね、ティム」
「お姉ちゃーん!」
ティム君はアリシアにの胸に顔を埋め声を押し殺しながら暫く泣き続け、その光景をクレアさんは優し気な眼差しで見守っていた。って、アリシアって弟がいたんだ……。
そして俺がそんな雰囲気を出していると、それに気付いたクレアさんが小声でティム君?の事を教えてくれた。
「ヴェルさん、あの子はティム。私の息子で、アリシアの弟です」
「そうですか……アリシアには弟さんが居たんですね」
「ええ。あの子もアリシアの事が心配で森に探しに行こうとしたんですが、私と一緒で村の人達に止められ義弟夫婦……ザックさんの所に預けていたんです。本当は私が一緒に居られれば良かったんですが、お義父さんの代わりに村長代理の仕事をしている夫の手伝いもしなくてはなくて……」
「そうですか」
クレアさんは少々悔しげな表情を浮かべながら、俺に事情を話してくれた。
村長一家である以上、今回の様な緊急事態には積極的に動く必要があるだろうからな。特に姉を探しに森に行こうとする等の、危ない行動をしようとする小さな子の相手は難しいだろう。誰かが監視の意味を込めて、一緒にいないといけないだろうしな。
「恐らく誰かから、アリシアが帰ってきた事を聞いたのでしょう。でも、あの様子からすると直接聞いたのではなく、噂話を聞いただけかもしれませんね……」
「そうですね。部屋の扉を開けた時のティム君の表情は、半信半疑といった感じでしたからね」
クレアさんの様にアリシアの無事を確信していたと言うより、信じたいと言った感じの表情だったからな。俺とクレアさんはその後、ティム君が泣き止むまで黙って2人の様子を眺めていた。
ティム君が泣き止むと日も暮れだした事もあり、アリシアとクレアさんが夕飯の準備を始め、俺はテーブルの上に座りティム君の話し相手をしていた。アリシアが俺がゴブリンを一撃で蹴り倒した事を少し誇張し話した為、ティム君が俺に向ける尊敬の眼差しが少々気恥ずかしい。
そうしていると玄関の扉が少々大きな音を立てて開き、ウィリアムさんが戻ってきた。若干慌てている様子なので、何かあったのだろうか?
「お帰りなさい、貴方」
「ああ、ただいま」
「どうでした、話し合いは?」
「ああ。その事で、皆に話さなければいけない事があるんだ。今から良いか?」
「……分かったわ」
クレアさんはアリシアに一旦調理の手を止め、リビングのテーブルに座るように指示を出す。全員が席に付くと、ウィリアムさんは一呼吸間を入れたてから重々しく口を開き始める。
「既に知っていると思うが、森にゴブリンの巣が出来ていた」
「「「「……」」」」
「巣が見つかったと言う話を聞いて直ぐに、父が村人には森への出入りを辞める様に連絡をしたが……アリシアを含め数名の村人が既に森に入っていた」
そこで一旦話を切り、ウィリアムさんはアリシアを見つめる。視線を向けられたアリシアは肩を揺らし、申し訳なさ気な雰囲気を漂わせた。別にこれは、アリシアのせいと言う訳じゃ無いんだろうがな……。
そしてウィリアムさんは、とても言い出しづらそうに表情を悔しげに歪めながら口を開く。
「そして残念な事に、アリシア以外の森に入った村人は……今だ村に戻って来ていない。恐らくは……」
「「「!?」」」
ゴブリンに殺された……と言う事なのだろうな。
「森に入っていった者の家族に話を聞いた所、彼等はゴブリンの巣が出来た方向に果実採取に向かったそうだ。採取の為の道具は持って行っていたそうだが、ナイフ程度の護身用の武器では村人がゴブリンに対抗するのは無理だろう」
「……そう」
ウィリアムさんの話を聞き、クレアさんは亡くなったと思われる故人を偲び苦々し気な表情を浮かべ、アリシアは自分も一歩間違えば死んでいたと言う事を改めて認識し顔を真っ青にし、ティム君は先程まで興奮して聞いていた英雄談義の様な話が生死を分けた絶体絶命の話だったと気付き顔を引きつらせ絶句していた。
因みに俺は、特にその村人に対する思い入れもないので、動揺する事無くウィリアムさんの話を吟味している。ゴブリンが森に入った村人を殺したと思われる以上、マデルフ村の存在をゴブリン達に知られている可能性が出てきたという事だからな。
「そして先程、ゴブリンの巣を見張っていた者が戻って来たのだが……より状況が悪くなった」
「……何があったの?」
ウィリアムさんが言う、悪い知らせを聞きたくないけど聞かねばといった表情を浮かべるクレアさんが質問を投げかける。
「……ゴブリンの巣に、ゴブリンキングが居る事が確認された」
「「!?」」
ウィリアムさんの告げたゴブリンキングと言う単語に、アリシアとクレアさんが椅子から腰を浮かべ立ち上がると言う激しい反応をした。
因みにティム君は首を傾げ、俺も表には出さず内心首を傾げている。
「ゴブリンキング?」
「そうか、ティムは知らないのか……」
「う、うん。まぁ……」
少々恥ずかし気にゴブリンキングの事を知らないと答えるティム君に、ウィリアムさんはゴブリンキングについて教え始める。
「ゴブリンキングと言うのは、ゴブリンの上位種だ。通常のゴブリンより強いのは当然として、コイツの厄介な所は頭が良く多くの仲間を率いると言う事なんだ。無論、頭が良いと言ってもゴブリンはゴブリンで、ヴェルさんの様な叡魔種の方とは比べ物にはなりませんよ」
ウィリアムさんは俺の方に視線を向け、そう言ってきた。今の説明を聞く限り、どうやら頭が良いモンスターと叡魔種は、きっちりと線引きがされているようだ。
「仲間を率いる?」
「そうだ。通常ゴブリンは単独や数体の仲間と狩りをするんだが、ゴブリンキングに率いられたゴブリンは数十や数百と言った集団で行動するんだ。そのせいで軍や冒険者パーティーでも、ゴブリンキングが率いる集団の討伐は困難とされているだ」
「……そんなのが、村の近くに巣を作っているの?」
「ああ」
ウィリアムさんの説明を聞き、ティム君もアリシアやクレアさんの様に愕然とした表情を浮かべた。そんなに厄介な存在なんだ、ゴブリンキングって。
俺は愕然とした表情を浮かべ方まる3人を一瞥した後、ウィリアムさんに質問を投げかける。
「ウィリアムさん」
「……何ですか?」
「先程巣を見張っていた者がいたと言いましたけど、それなら巣にいるゴブリンの数は把握しているんですか?」
「……はい、ある程度は。戻って来た者が確認しているだけで、巣にはゴブリンキングを加えて60体は居たそうです。無論、この数が全てとは思えませんので、多く見積もって90~100体はいると考えた方が良いでしょう」
「90~100体……ですか」
「周辺探索に出ている個体もいるでしょうから、それらも加味して多めに見積もっています」
ウィリアムさんがゴブリン達の推定数を口にするとアリシアとクレアさんは力なく腰を下ろし、ティム君も唖然としていた顔が不安で満ちた物に変わる。
「その数のゴブリンがマルデフ村を襲った場合、領軍の援軍が来るまで凌ぎ切れますか?」
「……分かりません。少数の集団で襲ってきたのならば、村の周りには塀もあるので凌ぎきれると思います。ですが、ゴブリンキングが配下のゴブリンを全て率いて襲ってきた場合は……」
「無理……ですか?」
「はい。塀と言っても、野生動物が村へ入るのを防ぐ為の物ですからね。モンスターの侵攻を止める事を想定した作りにはなっていません。ですので、多少の足止めになると思いますがゴブリンが大挙として襲ってきた場合、塀は余り当てにはできないと思います」
「そうですか……」
俺の質問に答えるウィリアムさんの口調は、苦虫を噛み潰した様な苦々し気なものだ。
「ですので、先程の集会で決まった事なのですが、これから塀の補強を行う事になりました」
「これからですか?」
「はい。アリシアの襲われた位置を考えると、何時このマルデフ村にゴブリンが姿を見せるか分かりません。その前に塀を補強し、出来るだけ防衛の準備を整え領軍からの援軍を待つ事にします」
「そうですか……。あの、ウィリアムさん? 森からゴブリンが一掃されるまで、領都や近くの村に避難はしないんですか? ここを離れるのが、一番安全なのでは……?」
俺は話を聞いている途中で思った疑問を事を、ウィリアムさんにぶつけて聞いてみる。現状での一番の安全策は、避難の筈だからな。
しかし、ウィリアムさんは残念極まり無いといった表情を浮かべ、頭を左右に振り俺の提案を却下する。
「残念ながらヴェルさん、それは無理ですよ。今から村人全員を避難させようにも、その準備だけで2日3日掛かります。無論、着の身着のまま何も持たずに非難するのなら明日にでも避難は出来るでしょうが、直接ゴブリンに村が襲われているわけでもないのに家財を全ておいて避難するように言っても、村人は動かないでしょう。近くの村でも一度避難すれば、十数日は戻ってこれないでしょうからね。その間、無人の村が野党や無法者に襲われ家財一式を盗まれでもしたら、ゴブリンを一掃出来たとしてもこの村で生きていく事が出来ません」
「そう……ですか」
どうやら着の身着のまま家財を置いて避難するという選択は、この世界では目の前の脅威と戦う事と同じ最終手段のようだ。俺が居た日本の様に、災害で避難しても空家に空き巣がまず入らないと言う社会でないらしい。まさに、所変われば常識も変わるだな。
その上、村長の素早い動きのお陰で上手くいけば援軍が3,4日以内で到着すると言う情報が村人に伝わっている為、避難を渋る者も多いとの事だ。もう少し援軍が遅くなると言うのなら、避難に同意する者も多かっただろうにな。
俺とウィリアムさんの話の間に落ち着きを取り戻したらしいアリシア達3人に向かって、ウィリアムさんはもう一つの決定事項を伝える。
「それとこれも先程の集会で決まった事なのだが、塀の補強と同時に、村の周りを警戒探索する臨時の自警団を狩人達を中心に作る事に成った。せめて、ゴブリンどもの動きはある程度把握していないとまずいからな」
自警団……か。それで何とか援軍到着までゴブリン達をしのげれば良いんだけど。
家族との再会と、ウィリアムさんによるゴブリン対策の報告です。