2 いきなりイベント発生らしい
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男の叫び声が聞こえた後、アリシアは覗き穴を覗く人物に動揺しながら返事をする。
「な、何なんですか、ザックおじさん? そんな見てはいけない物を見てしまった、とでも言いたげな声を出して……」
「ちょ、ちょっと待ってろ! 今門を開けるからな!」
そうアリシアに言って、ザックおじさんと呼ばれた男は覗き窓を閉じ大慌てで門を開ける作業を始めた。門の向こうからザックおじさん?が、仲間を呼び集める声が聞こえてくる。
俺は唖然とした様子で立ち尽くすアリシアに、声をかける事にした。
「なぁ、アリシア? 一体全体、これはどう言う事だ? この村では村人が外から帰ってくる度に、こんなに大騒ぎするのが慣わしか?」
「い、いいえ! そんな事はある訳ないじゃないですか、ヴェルさん!」
「そう、だよな……じゃぁ、何でこんな騒ぎになっているんだ?」
「さぁ……? 何ででしょうか……」
俺とアリシアが門の前でそんな会話をしている内に門を開ける為の人手が揃ったのか、観音開きに門が開いていく。
そして……。
「アリシア! 良かった、どこにも怪我はないみたいだな!」
「ちょ、ちょっとやめてくださいよ、ザックおじさん!」
門が開くと同時にザックおじさん?と呼ばれる30代後半位の男が飛び出してきて、アリシアに大きな怪我がない事を確認した後アリシアを抱きしめた。アリシアはザックおじさん?の行動に困惑しながら、ザックおじさん?の腕の中から抜け出そうと藻掻く。
しかし余程強く抱きしめているのか、アリシアがザックおじさんの腕の中から抜け出せそうな気配はない。
「良かった! 本当に良かった!」
「お、おじさん?」
だが、腕から抜け出そうと藻掻いていたアリシアもザックおじさん?の、尋常ではない様子に只事ではない雰囲気を感じ取った。
アリシアは藻掻くのを止め、ザックおじさん?に何があったのかと声をかける。
「……おじさん、村で何かあったんですか?」
アリシアがそう尋ねるとザックおじさん?は、アリシアを抱きとめる腕を離しアリシアの目を見つめる。ザックおじさん?が顔に浮かべる表情は真剣その物、アリシアの顔が緊張からか引きつっていく。
「あ、ああ。そうだ。良く聞くんだ、アリシア。森に採取に向かった連中が、森の奥の洞窟でゴブリン共の巣を見つけたんだ! 今、村にその事を周知して回っているんだがアリシアを含めて何人かが、この話を聞く前に森に入ってしまったんだ。今、兄さんが狩人連中を中心に救出隊を編成している所だったんだよ」
「えっ!? ああ、でも、だから……あそこに居たんだ」
ザックおじさん?がアリシアにゴブリンの巣の存在を教えると、アリシアは驚きの声を上げたが直ぐに納得したと言いたげな表情を浮かべた。
そんなアリシアの様子に、ザックおじさん?は少々困惑した様な表情を浮かべる。
「ア、アリシア? 分かっているのか? ゴブリンの巣が見つかったんだぞ? それに、あそこに居たってのは、どう言う事だ?」
「あ、うん。あのね、ザックおじさん。私、森の中でゴブリンに襲われたの」
「何!?」
アリシアがザックおじさん?にゴブリンに森で襲われた事を伝えると、ザックおじさん?は目を剥きながらアリシアを驚愕の眼差しで見つめた。
「ああ、でも安心して。ヴェルさんに助けて貰ったから、怪我一つ無いから」
「……ヴェルさん? 森の中に、冒険者が居たのか?」
冒険者? そんなのまで居るのかよ、さすが異世界。
「ううん、違うよ。ほら、そこに居るのがヴェルさんだよ」
「……そこ?」
ザックおじさん?は、アリシアが指さす先を追って……俺と目があった。
目と言っても、俺の場合カメラアイ?何だけどな。
「な、なんだお前!?」
ザックおじさん?はアリシアを自分の背中に隠しながら、俺を指さし警戒心に満ちた問いを投げかけて来た。いや、そんなに警戒しなくても……。
俺は軽く一礼しながら、ザックおじさん?に挨拶をする。
「初めまして、ヴェルキュロサス……ヴェルと言います。よろしく、ザックさん?」
「ザックおじさん。ヴェルさんは、叡魔種のリビングアーマー族の方なんだよ」
「リビングアーマー族……?」
自己紹介する俺をアリシアがサポートした事で、ザックおじさん?の警戒が少し薄まる。
「ええ。森の中でアリシアさんの悲鳴を聞き駆け寄った所、ゴブリンに襲われる寸前のアリシアさんを見付けて助けに入りました」
「凄かったんだよ、ザックおじさん。ヴェルさん、ゴブリンを一撃で倒しちゃったんだよ?」
「ゴブリンを一撃……」
「アリシアさんを襲おうとする事にゴブリンが意識を集中していたから、不意を付けて倒す事が出来たんですよ」
俺の活躍?をアリシアは興奮した様にザックに説明するが、俺は大した事ではないと謙遜しながら答える。実際あれは、咄嗟に無我夢中でやった事なので、もう一度同じ事をやれと言われても出来るかどうか分からない。……咄嗟だからこそ、何の躊躇も無くゴブリンを蹴り殺せたんだから。
体がヴェルキュロサスに変わったからなのか、今もゴブリンを殺した事の罪悪感は感じないが、意識して殺すとなると出来るかどうか分からない。
「そうか……アンタがアリシアを助けてくれたのか。ありがとう、アンタのお陰でアリシアが助かった」
「気にしないでください、自分に出来る事をやっただけですから。それに、あのままアリシアさんを見捨てていたら寝覚めが悪くなりそうでしたしね」
「……ありがとう」
ザックおじさん?は、頭を深々と下げ俺にお礼を言ってきた。どうやら、俺に対する警戒は解いてくれたらしい。
そして、頭を上げたザックおじさん?は自己紹介をしてくる。
「挨拶が遅れてすまない。俺はアリシアの父親の弟で、ザックと言う。姪の危ない所を助けてくれてありがとう、ヴェルさん」
「いえ」
こうしてザックさんとの自己紹介を済ませた俺とアリシアは、ザックさんに付き添って貰いながらアリシアの家へと向かった。
アリシアの家に到着すると、ザックさんに似た顔立ちの男が心底安堵したと言う表情を浮かべながらアリシアを抱きしめた。
あれ?この光景前にも見なかったか?
「痛いよ、お父さん」
「ああ、良かった! ゴブリンの巣があると言う報告を聞いてから、本当に心配したんだぞ!」
父娘の抱擁が暫く続いたが、ザックが咳払いをし話し掛けた所で漸く2人は離れた。
「兄さん。アリシアが無事だった事が嬉しいのは分かるけど、先にこの方を紹介して良いかな。ゴブリンに襲われそうになっていたアリシアを助けてくれた、アリシアの命の恩人なんだ」
「何!? アリシア! ゴブリンに襲われたのか!?」
「う、うん。でも、ヴェルさんに助けて貰ったから、何ともないよ」
「そ、そうか」
ザックさん似のアリシアの父親はホッと胸をなで下ろした後、俺の方を向き頭を深々と下げてきた。
「アリシアを助け頂き、ありがとうございます!」
「あっ、いえ」
「貴方のお陰で、こうして無事にアリシアと再会する事が出来ました! 本当にありがとうございます!」
アリシアの父親の誠意と熱意溢れるお礼の言葉に、俺はどう返事を返して良いのか分からずザックさんに助けを求める眼差しを送る。
するとザックさんは苦笑を漏らし、アリシアのお父さんに声をかけた。
「兄さん、ヴェルさんが戸惑っているじゃないか? もう頭を上げたらどうだい?」
「いや、しかしだなザック」
「兄さん、ヴェルさんにお礼が言いたいの? それとも戸惑わせたいの?」
「むっ!」
ザックさんにそう言われ、アリシアのお父さんは渋々といった感じで頭を上げた。
「すみません、少し大げさ過ぎました」
「あっ、いえ。こちらこそ、せっかくお礼を言って貰っているのに、失礼な態度をとってしまい申し訳ありません」
バツが悪そうに謝るアリシアの父親と、バツが悪そうに謝る俺。気まずい雰囲気の中。不意に目があった俺達はほぼ同時に苦笑を漏らした。
どっちもどっちだよな。
「失礼しました、自己紹介が遅れましたね。私はアリシアの父親で、マデルフ村の村長代理をしているウィリアムと言います」
「リビングアーマー族のヴェルキュロサスです。ヴェルと呼んで下さい」
こうして俺とウィリアムさんは、少々気不味い感じが残ったが初めての挨拶を無事に交わした。
挨拶を終えた俺はアリシアと一緒に、ウィリアムさんにゴブリンに襲われた時の状況を説明する。ゴブリンの巣対策に奔走するウィリアムさんに取って、聞き逃せない情報だからな。
テーブルの上に森の地図を広げ、アリシアは指で襲われた場所を指し示す。
「アリシア? じゃぁ、お前が襲われた場所はこの辺りと言う事で良いのか?」
「うん。ここの辺りで果物を探していたから、間違いないよ」
「そうか……。すみません、ヴェルさん。ヴェルさんは森のどの辺りを移動していたか、分かりますか?」
ウィリアムさんに話を振られ、机の上に立って地図を眺めていた俺はどう答えたら良いのか頭を抱える。迷子にそれを聞かれてもな……。
俺は悩んだ末、少々恥ずかしいが正直に答える事にした。
「すみません。迷子になっていたので、自分がどの辺りを移動していたかは……って、ああそうだ」
「何か思い当たることが?」
「ああ、その。一度森の中にある池で、休憩を取っていたのを思い出しまして」
俺は自分の体を水面に写し確認した、池の事を思い出しウィリアムさんに話す。
「池ですか? と言う事は……ここですね」
ウィリアムさんは俺の池と言う答えを聞き、地図の一点を指さす。アリシアが指さした地点からは、そう遠くには離れてはいない。まぁ空を飛んでたとは言え、歩く程度の速度で無駄にスラローム飛行をして蛇行していたからな。
しかしウイリアムさんは俺とアリシアの説明を聞き終え、眉間にシワを寄せ難しそうな表情を浮かべていた。
「どうしたんですか、ウィリアムさん? そんなに険しい顔をして……」
「あっ、その……」
ウィリアムさんは一瞬俺の問いに返事を躊躇したが、小さく息を漏らしたあと説明をしてくれた。
「実は……アリシアが襲われた地点がそこだと、大変拙い事になりそうなんです」
「それはどう言う事なの、兄さん?」
それまで俺達3人の話を黙って聞いていたザックさんが、ウィリアムさんの拙い事と言う言葉に反応し話しに割って入ってきた。
ウィリアムさんは一瞬ザックさんに視線を送った後、再び地図に視線を戻しある一転を指さす。
「ここが、今回ゴブリンの巣があると報告された位置です」
そして更に、ウィリアムさんはもう一点を指さす。
「そしてここが、私達が今居るマデルフ村です」
「「「……」」」
「?」
地図上に指し示された4点を見比べ、俺とザックさんはウィリアムさんが拙い事になると言った意味を理解し背筋に嫌な感じを覚えた。アリシアは良く理解出来ていない様だが、ウィリアムさんはそんなアリシアに気遣う素振りを見せたながらも説明を続ける。
そう、ウィリアムさんが言う拙い事と言うのはつまり……。
「ゴブリンの巣とアリシアが襲われた地点を結んで、ゴブリンの巣を中心に円を書くと……」
「あっ!?」
漸く事態を認識したアリシアが、悲鳴にも似た短い声を上げる。
何故ならウィリアムさんが描いた円の中に、マデルフ村がギリギリで入るか入らない位置にあったからだ。
「恐らく、もう直ぐこのマデルフ村もゴブリンの行動圏に入るものかと……」
「……ゴブリンが近日中に村を襲いに来るかも知れない、そう言う事ですか?」
「可能性としては……無くもないかと」
俺達4人の間に、沈黙が広がる。ウィリアムさんとザックさんの顔は険しくし、アリシアは顔を真っ青にしていた。
俺は地図を見ながら、ウィリアムさんに質問をする。
「この村には、ゴブリンに対抗出来る戦力はあるんですか?」
「……あるにはありますが、飽く迄も少数のゴブリンに対抗出来る程度でしかありませんね。普段森に入って狩りをする狩人が数名いますが彼等は飽く迄も野生動物相手が専門で、巣を張る様な数のモンスターが相手となると……」
ウィリアムさんの表情を見る限り、対抗は厳しそうだ。
「じゃぁ、応援は? 外部からの助けを借りて、ゴブリン達を排除すると言うのは……」
「それでしたら既に村長である父が、ゴブリンの巣を殲滅する為の援軍を派遣して貰える様に要請する為に領都に向かっています。朝の内に馬で出発しましたので、早ければ今日中には領都に到着出来るかと。領主である子爵様は民思いの方なので、父の要請を聞けば領軍を派遣してくれる筈です」
「そうですか。でもそうなると準備や移動で、援軍が来るのは早くても3,4日は掛かるんじゃないですか?」
「はい。恐らく、その程度に日数はかかるかと……」
つまり、その援軍が来るまでは自分達の持つ乏しい戦力で、ゴブリン達に対抗しなければならないと言う事だ。ウィリアムさんのその答えで、再び俺達の間に沈黙が流れた。
……って、異世界転生初日に村の存亡イベントに強制参加ってどう言う展開だよ!?
ゴブリン襲撃イベントのフラグが立ちました!さてさて、どうなるのか?