1 森の中で村娘に合う
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俺は湖面に映る自分の姿を見ながら唖然とヴェルキュロサスの名を口にした時、俺の頭の中に膨大な情報が流れ込んできた。流し込まれる情報量の多さに、俺は思わず痛む頭を押さえ地面を転がる
「イタタタタッ!?!?」
時間にして1秒にも満たない情報の洪水だが、俺は暫く痛む頭を押さえたまま起き上がる事が出来なかった。漸く頭の痛みが引いた俺は、息?を荒立てながら上体を起こす。
「はぁ、はぁ、糞! 行き成りこんな量の情報を流し込みやがって……頭破裂して死んだらどうするつもりだ!?」
俺は誰が原因と言う訳では無いが、頭の痛みを紛らわす為に当り散らす。まさか転生して30分も立たずに、臨死体験をするとは思ってもみなかった。
俺は再び湖面を覗き込み自分の姿を映しながら、頭に流し込まれた情報を口にしながら整理していく。
「……どうやら俺は、ヴェルキュロサスに転生したらしいな。死ぬ間際に、ヴェルキュロサスのフィギアを持っていたのが原因か?」
俺は自分の顔の頬……ヴェルキュロサスの頬を指先で突く。そこに柔らかな感触はなく、頬と指先がぶつかり硬質な音が鳴り響く。
「硬いな。しかも……」
俺は立ち上がり、今度は湖面に全身を映す。白をベースに金の縁どり、赤青黒の3色のアクセントを施されたカラーリング、背中に1対2枚の大きな翼といった、映し出された自分の姿は確かにヴェルキュロサスの特徴を備えているのだが、俺にはその姿に大きな違和感があった。
それは……。
「何で精密デザインモデル姿じゃなくって、デフォルメモデル姿何だよ……。俺が買った限定フィギアは、精密デザインモデルだっただろうが……」
俺は溜息を吐きながら、自分の姿を嘆いた。全体的に丸みを帯びたデフォルメが施された、可愛らしい姿をしたヴェルキュロサスの姿が湖面に映し出されていたからだ。
そして自分の全身像を確認した事で、森の中を散策する過程で燻っていた疑問にも答えが出る。
「……こうなってくると、森の中にあった大木と思っていた木は、大木だった訳じゃなく俺が小さかっただけなんだろうな」
この異世界が地球に比べて全ての物がスケールアップした巨大世界でないのでなければ、普通の木が大木に見えると言う事は俺が周りの物に比べ小さいと言う事になる。
異世界ロボット転生……しかもデフォルメモデルって、何だよこれは。
背中の翼を広げた俺は、森の中を人間だった頃の歩く速さ程度のスピードで、フヨフヨと空に浮きながら森の中を移動していた。先程までより視点が上がったせいもあり、大木が乱立する様に見えていた森も普通の森に見えている。
「取り合えず。飛べる事が分かっただけでも、行動半径を広げる助けになるけど……」
そう呟きながら、俺は飛行練習も兼ね木々の間をスラロームしながら、行く宛もなく適当に飛んでいた。そもそも初めて見た異世界の森で、行く宛などあるはずもないしな。
そして暫く森の中を飛んでいると、遠くの方から人の悲鳴が聞こえてきた。
「!? な、何だ、今の悲鳴は!?」
俺は取り合えず、今自分が出せる全速で悲鳴が聞こえた方へ向かって飛行を開始する。迫る木々を交わしながら暫く森を飛んで行くと、14,5歳位の栗毛の女の子が震える手で小さなナイフを構えている姿を見つけた。
そして女の子が構えるナイフの切っ先には、棍棒を手に持った緑色の体をした人型の何かが下衆な笑?を浮かべている。
「ギョギョッ!」
「きゃぁ! こ、来ないでっ!!」
「ギョギョギョッ!!」
「い、いやぁぁぁ!? だ、誰か助けて!?」
女の子の甲高い助けを求める悲鳴が、森に響き渡るう。
俺は一瞬どうするか躊躇したが、女の子に緑色の人型が棍棒を振り上げ走り出したのを見て決断する。
つまり……。
「チョイサー!!」
俺は全力飛行の勢いそのままに、女の子の間近まで迫った緑色の人型目掛けて体当たりじみた飛び蹴りを敢行する。その結果、俺の蹴りは緑色の人型の顔面に減り込み、鈍い音と共に緑色の人型の顔面を蹴り砕いた。頭にある穴から紫色の血が盛大に飛び散り緑色の人型は力無く惰性で数歩歩いた後、女の子の少し手前で力無く倒れ屍を晒す。
「ひゃっ!」
女の子は突如眼前に出現した、緑色の人型グロテスクな屍を見て引きつった様な悲鳴を上げていた。
そんな女の子の様子をみた俺は飛ぶ高さを女の子の顔の高さへと調整し、心配気に声をかける。
「おい、大丈夫か?」
「ひっ!?」
だがそんな俺の気遣いも、眼前で突如起きた中々スプラッタシーンを目撃した女の子にはあまり効果はなかったようだ。
俺は怯えた眼差しで俺を見てくる女の子から少し距離を取り、女の子が落ち着くのを待つ事にした。暫く俺と女の子の間には沈黙が広がり微妙な空気が流れたが、ある程度落ち着きを取り戻した所で女の子が俺に話しかけてくる。
「あ、あの……貴方が、私を助けてくれたんですか?」
「あの緑色の人型の頭を粉砕したのが俺かと聞いているのなら、その通りだ」
「あ、あの! 助けて貰って、ありがとうございます!」
漸く状況を認識したらしい女の子は、俺に向かって頭を下げながらお礼を言ってきた。
「いや、俺が勝手に飛び出しただけだから別に気にしなくても良いんだけど……。それよりさ、俺の事変に思わないの?」
「……変、ですか?」
「あ、いや、だってさ? ほら俺、こんな成りしてるじゃないか? 何かないのかな……って」
そう言いながら、俺は女の子の前で一回転してみせる。普通、こんな成りの奴が自分を助けたと言ってきて、素直に信じるものなのだろうか?
しかし、女の子の反応は俺の予想を覆すものだった。
「あ、えっと。貴方、リビングアーマー、さんですよね?」
「……リビングアーマー?」
女の子の口から出た単語を、俺はオウム返して口にした。
すると女の子は戸惑いながら、訪ねてくる。
「えっ? あっ、その……違うんですか? だって、その……小さいですけどその繊細な細工が施された鎧といい、私とこうしてハッキリと会話が出来る事といい……貴方はリビングアーマーさんじゃないんですか?」
「リビングアーマー……」
俺はリビングアーマーと言う単語が示す言葉の意味を思い出す。確かリビングアーマーと言うのは……西洋の付喪神的な自分の意思で動き回る鎧の事だよなと、そこまで考えた俺は自分の体を見下ろした。
鎧にも見えないヴェルキュロサスの外装と自分の意志で自由自在に姿……うん。今の俺を指す言葉として、リビングアーマーと言うのは当たらずも遠からずって所だなよな。なので、俺の答えは……。
「あっ、うん。リビングアーマー、だね」
「やっぱり、そうなんですね!」
女の子はホッと安心した様な表情を浮かべ、胸の前で両手を打ち合わせた。
どうやら俺は、リビングアーマーとして異世界で生きていくのが決まった様です。
リビングアーマーとして生きていく事が決まった俺は、助けた女の子と共に緑色の人型の死体が残るその場を離れ、森を歩き彼女の住む村に向かいながら色々と質問をしていた。
Q:ココは何処か?
A:ゼファルス子爵領のマデルフ村近くにある森です。
Q:何こんな所に1人でいたのか?
A:この時期にだけ採れる、マデルフ村特産の希少果実の採取に来ました。
Q:あの緑色の人型は?
A:ゴブリンと呼ばれるモンスターです。
Q:モンスターとは?
A:魔素の影響を受け変質した危険生物の総称です。
Q:俺はモンスターではないのか?
A:リビングアーマーさんは叡魔種の方じゃないんですか?
Q:叡魔種とは?
A:本能に従い行動するモンスターとは違い、言葉による意思疎通が出来る知恵を持つ魔物の事です。
俺は女の子に幾つも質問を投げかけ、女の子も律儀に質問に答えてくれる。
そしてある程度質問が出尽くした所で、女の子が俺に質問をしてきた。
「あ、あのリビングアーマーさん! 私からも質問良いですか!?」
「えっ、ああ。勿論良いぞ、何だ質問って?」
「あの、リビングアーマーさんのお名前ってなん言うんですか?」
「あっ……えっ? 名前?」
「はい! リビングアーマーは、リビングアーマーさんの種族名ですし、お名前を教えて欲しいな……て」
ああ、なる程。確かに何時までも種族名で呼び合うのは変だよの。言ってみれば常に相手の事を、おい日本人!や、おい米国人!と呼びあっている様なものだからな。
それにしても、名前か……。そこまで考え俺は、一度自分の体を見下ろした。この体で、深澤康介ってのも変だよな……よし!
「ヴェルキュロサス……ヴェルと呼んでくれ」
「ヴェル、さんですか。分かりました、これからはヴェルさんと呼ばさせて貰いますね!」
「ああ、それで頼むよ。ああそう言えば、俺も君の名前を聞いていなかったな」
「あっ、そうでしたね!」
女の子は俺から少し離れ、軽く一礼しながら自己紹介を始める。
「自己紹介が遅れました。私、マデルフ村の村長の娘でアリシアと言います。危ない所を助けて頂き本当にありがとうございました、ヴェルさん!」
そう言って女の子……アリシアは満面の笑顔を浮かべ俺にお礼を言ってきた。
自己紹介を終えた俺とアリシアは、再びマデルフ村を目指し歩き出す。
「そう言えば、ヴェルさん。ヴェルさんは何で、あんな所に居たんですか?」
「ん?」
「この森、うちの村の人くらいしか滅多に足を踏み入れ無いんですけど……」
何で、って聞かれてもな……。
「宛もなく森の中を動いてたら、アリシアの悲鳴が聞こえたから飛んで向かった……かな?」
「宛もなくって……もしかしてヴェルさん、森に迷い込んで迷子になっていたんですか?」
「まぁ、端的に言うとそうなるな。こうしてアリシアに会えたのは、ある意味運が良かったよ」
迷い込んだというより、森の中に出現したってのが正確だけどな。迷子って言うなら、世界規模での迷子だよ。
俺の言葉を聞いたアリシアは若干呆れ気味の表情を浮かべた後、複雑そうな表情を浮かべた。
「と言う事は、ヴェルさんが森で迷っていなかったら、私はあそこでゴブリンに殺され死んでいたと言う事ですね」
「……そうなるな」
「そうですか」
アリシアは今生きている事が偶々運が良かっただけだと言う事実に改めて気が付き、体を両手で抱きしめ身震いをした。
「……大丈夫か?」
俺は震えるアリシアに声をかける。
「は、はい。大丈夫です……」
「そうか……それにしてもアリシア? この森にゴブリンなんて危険なモンスターが出るのなら何で1人で……しかも小さなナイフ1本だけ何て言う軽装で森に入ったんだ? 危ないだろ? せめて装備を整え誰かと一緒に森に入ってきていたのなら、今回みたいな目には合わなかったんじゃないか?」
俺がそう言うと、アリシアは若干困惑したような表情を浮かべながら事情を話してくれる。
「は、はい。えっとそれはそうなんですけど、でもその……この森、野生動物はいてもゴブリンの様な危険なモンスターはいなかった筈なんです」
「……居ない? でも現に、アリシアはゴブリンに襲われていたし、俺はそのゴブリンを倒したぞ?」
「そうなんですよね……」
アリシアは首を傾げ、何が起きているのか分からないと言いたげな不思議そうな表情を浮かべる。
そして2人揃って頭をひねっていると、アリシアが突然声を上げた。
「あっ、ヴェルさん。もう直ぐウチの村につきますよ!」
「ん? 分かるのか?」
「はい! ほらあそこ!」
アリシアが指さした先には、コケが表面を覆った古びた矢印型の看板が突き立てられていた。
「あの看板は、森に入った人が村への帰り道が分からなくならない様にって昔設置されたものです。あの看板の矢印が指す方向に進めば、村に着けます」
「へー、そうなんだ」
俺は村人達の生活の知恵に感心しながら、コケに覆われた矢印看板を眺める。
その後、幾つかの矢印看板に従って森の中を進んだ結果、俺とアリシアは森を抜けた。
「森を抜けましたよ、ヴェルさん!」
「ああ、そうだな」
森を抜けると、そこには柵に覆われた畑が一面に広がっていた。どうやらこの畑は、マデルフ村の人々が耕した畑らしい。
そして畑の先に見える木で作られた5m程の高さの壁の中に、アリシアの住む村……マデルフ村があるそうだ。俺とアリシアは畑の中にはしる農道を通り、木の壁に取り付けられた頑丈そうな大扉の前まで移動し門の前で立ち止まった。
「おかしいですね。何時もなら、当番の人が直ぐに声を掛けて門を開けてくれる筈なんですけど……」
「いないのか?」
「はい。あっ、でもちょっと待って下さい。そうみたいです」
首を傾げ不思議がっていたアリシアは、門の脇に設置されたドアノッカーに手を掛け3回打ち鳴らした。するとドアノッカーの音が聞こえたからなの、門の向こう側が俄かに騒がしくなり……。
「アリシア!? 無事だったのか!?」
門の脇に備えられた壁の一部、覗き穴が開き門の中からアリシアの姿を確認した男の歓喜に満ちた大声が響き渡った。
……何事なの?
自立思考ロボットって、モンスターがいる異世界ではリビングアーマーですよね?