12 防衛線崩壊、そして……
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ゴブリンキングの咆哮が戦場や村中に響いた時、俺とアリシアは村の中央広場で避難してくる村人達の誘導を行っていた。逃げてくる村人達の顔には不安の色が色濃く出ており皆悲壮な顔をしており、小さな子供達は今にも泣き出しそう……いや、母親や祖母に縋り付き啜り泣いている。
そんな中で響き渡った、ゴブリンキングの咆哮だ。皆一様に顔を咆哮が響いた方……村の子供を除く男達が総出で防衛戦を繰り広げている森の方に向ける。
「……お父さん、大丈夫だよね?」
「ええ、大丈夫よ。お父さんはきっと、無事に戻ってくるわ」
不安気な表情を隠しもせず涙を目尻に浮かべながら聞いてくる質問に、大人達は語尾が震える口調でありながらも気丈に質問に答えていた。そのさまは、子供の質問に対する答えを自分も信じ込もうとするかの様に……。だが、そんな会話のやりとりも避難した者達の間では珍しくもなく、防衛戦開始直後から幾度となく繰り返し行われている光景だ。
俺とアリシアははそんな避難した村人達の輪から少し離れ、小声で話し合う。
「……ヴェルさん。まだ、ダメなんですか?」
「……」
「ヴェルさん!」
参戦の決断を悩む俺に、アリシアは険しい表情で問い詰めてくる。
先程の村中に響き渡る咆哮の後、防衛戦の行われている塀の方から聞こえる戦闘音は咆哮が響く前より激しさを増していた。村の中心の広場に避難している俺達にもハッキリと激しさが増した事を知らしめる程だ、戦闘の激しさはどれ程の物か……。
そんな時だ、村の外から眩しい光の柱が立ち上がり直ぐに消えたのは。
「あ、ヴェルさん! アレって!」
「ああ。アレは叡魔武装を展開した光……サイモンさんとノエルさんが本気で戦う合図だ。恐らくゴブリンキングが出張ってきたから、2人が戦うんだと思う」
光の柱が消えた方向を見ながら、俺はそう呟く。するとアリシアは宙に浮く俺に両手を伸ばし捕まえ、俺の顔を自分の方に強引に向けた。
一瞬、俺はアリシアの突然の行動に驚いたが、アリシアの目を見て押し黙る。
「ヴェルさん! 行きましょう! もう私、ここでジッと待っている事なんて出来ません!」
「……分かっているのか、アリシア? 今の俺達がのこのこと出て行っても、ほんの短い時間しか戦えないんだ。しかも制限時間を過ぎれば、戦場の真ん中であっても問答無用で俺達の叡魔武装は解除されるんだぞ!」
俺は小声ながらも声を荒立て、アリシアに無茶を言うなと説得しようとした。
しかし、アリシアは頭を左右に振って静かな口調ではっきりと自分の考えを述べる。
「そんな事分かってますよ、ヴェルさん。でも、ここで動かなかったら私、きっとこの先ずっと後悔し続けると思うんです」
「……アリシア」
「ヴェルさんが私の安全を考えて、戦いの場に行くのを引き止めてくれているのは理解しています。でも私……」
アリシアは俺を握り締めたまま、何とも言えない表情を浮かべたまま顔を俯かせた。
確かにこのまま俺がアリシアが戦いに行くのを引き止め続ければ、アリシアの身の安全は確保出来るかも知れない。だが代わりに、このまま何もしなければアリシアの心に取り返しの付かない傷を残させてしまうかもしれないとも思った。
まさに二者択一、進むも地獄退くも地獄と言った処だ。ならば、よりマシな地獄を選ぶしかない。
「……本当に良いんだな?」
「!」
俺がそう口にすると、アリシアは俯かせていた顔を跳ね上げ手の中に収まっている俺を凝視する。
「制限時間が過ぎれば、どんな状況でも俺達の叡魔武装は解除される。そして戦場で叡魔武装が解除されると言う事は、単独では戦う力がないアリシアが生身で放り出されると言う事だ。そうなったら間違いなく……死ぬぞ?」
「……私だって死にたくはありません。でもきっと、ここで動かなかったら死ぬより辛い目に遭うと思うんです。だから私は自分に出来る事を……ヴェルさんの力を借りてですが戦います」
そう答えるアリシアの顔には、少し前まであったゴブリンと対峙する事に対する怯えの色は微塵も無く、決意と覚悟を決めた瞳で真っ直ぐに俺を見据えていた。
「そうか……分かった。行こう、アリシア! 皆を助けるぞ!」
「はい!」
ゴブリン戦への参戦を決めた俺とアリシアは、避難した村人達の中で怯えるティム君を慰めるクレアさんを一瞥した後、こっそりと広場を離れ防衛戦が張られている塀の方へ……戦場へと向かった。
さぁゴブリンども……首を洗って待ってろよ!
多数の負傷者を出しながらもギリギリの所で死傷者は出さずに済んでいた防衛戦も、既に限界……破綻寸前であった。
「クソッ! もう投げる石がねぇ!」
「弓矢もだ、クソッ! ゴブリン共はまだまだ居るのによ!」
「誰か! 何でも良い! ゴブリンどもに投げつけられる物を、今すぐ持ってきてくれ!」
何時終わるともしれないゴブリン達との攻防の末、マルデフ村臨時防衛隊が遠距離攻撃用に用意していた石や弓矢は底を尽き、手近にある投げられる物も既に無い。あちらこちらから補給を求める悲鳴が上がるが、既にそれに応えられるだけの余力は……マルデフ村臨時防衛隊には残されていなかった。
「……クソッ! 総員、武器を持て! ゴブリン共を、村の中には一歩も入れるな!」
ザックさんは苦渋に満ちた声で、近接戦闘の指示を塀の内側から攻撃をしていた村人達に出す。
今まで村人達に死者が出ていなかった最大の理由は遠距離戦に徹していたからだ。だが近接戦に打って出れば、戦い慣れていない村人の中から死者が出るのは必至。ザックさんが村人達に出した指示は、村を守る為に死んでくれと言っている様なものだ。だが村人達は死守命令を出したザックさんを一切咎める事もなく鉈や斧、木の棒に包丁やナイフを括りつけただけの簡素な武器を手に取り塀から飛び出そうとしていた。
「すまない、皆」
武器を持った村人達の姿を一瞥し悲しげな表情を浮かべ、誰にも聞こえない程の小声でザックさんは胸中の思いを漏らした。
そしてザックさんは一瞬眼を閉じた後、村人達に攻撃を開始する指示を出そうと口を開こうとしたが……。
『グガァァァ!!』
ゴブリンキングの勝利宣言の様な咆哮と共に村を守る塀の傍まで何かが弾き飛ばされてくるのに驚き、ザックさんは思わず村人たちへの攻撃指示を出す事を忘れてしまう。土煙を上げながら転がる何かは弾き飛ばされた勢いそのままに塀にぶつかり動きを止めた。
そして土煙が晴れてくると、転がってき何かの正体が判明する。苦悶の呻き声を漏らし意識を失っている、血塗れの半獣半人だ。
「サイモン、ノエル……」
今にも塀の外に飛び出そうとしていた村人達や攻撃指示を出そうとしていたザックさんは絶句し動きを止め、誰が出したか分からない呻き声の様な呟き声が飛び出そうとしていた村人達の間に不思議なまでに浸透する。
マルデフ村で唯一叡魔契約を結び、叡魔武装と言う強力な力を振るう村最強の存在がゴブリンキングに負けたのだ。村人達は塀に迫っているゴブリンの存在も忘れ、血塗れで倒れる半獣半人姿のサイモンさんとノエルさんの姿を凝視し、次の瞬間には絶叫上げながらパニックを起こした。
「サイモンとノエルが負けた!?」
「うわぁぁぁ、もうダメだ!!」
「逃げろ! 俺達じゃ、敵いっこねぇ!」
多くの村人は手にしていた武器を放り出し、村の中央を目指し遁走し始める。村最強の存在が、ゴブリンキングに負けた。その事実は、辛うじて勝ち目のない抗戦を続けていた村人達の精神的支柱を折るには、十分過ぎる衝撃だったのだ。村人達は使命感と言うギリギリの理性で抑えていた感情を爆発させ、生存本能に従い恥も外聞もなく無様な姿を晒しながら逃げ出す。
そんな中、ザックさんは急いで塀を飛び出しサイモンさんとノエルさんの傍に駆け寄り、防衛戦の為に道具屋から供出させた中級ポージョンを振りかける。中級ポーションは直ぐに効果を発揮し、大きく右肩から左脇腹まで袈裟斬りにされていた外傷を塞ぎ流れ続けていた出血を止めた。
「しっかりしろ! サイモン! ノエル!」
「っ!? うっ、うぅ……ザック、か? ……すまん、ヘマをやらかした(……すまない、にゃ)」
「今はそんな事を、気にするな! それより、しっかりしろ! 動けるか!?」
「……ダメだ。体に力が、入らない……。どうやら、血を流し過ぎた様だ(にゃぁ……)」
「っ!」
傷こそポーションのお陰で塞がったが流れ出した血液まではどうしようも無く、サイモンとノエルは既にこの時点で戦闘能力の全てを喪失していた。
ザックさんは2人の状態を確認すると、悪化した状況に思わず表情を歪める。遠距離武器は底を尽き、多くの村人達の士気は崩壊、村の最強戦力であるサイモンさん・ノエルさん組は無力化……。辛うじて自警団と少数の村人が抵抗を続けているが、それも何時までも続く物ではない。
その上、ゴブリン達は全体の数こそ減らしているが、ゴブリンキングやゴブリンメイジと言った主力は今だ健在、傷付いてこそいるが動きに支障がなさそうなホブゴブリンもまだ多く残っている。
すなわち……。
「ここまで、なのか……?」
「……(……)」
近寄ってくるゴブリン達を睨みつけながら無念さを隠そうともせず滲ませるザックさんの呟きに、サイモンさんとノエルさんは返す言葉を見付けられない。
だがその時、3人の前に空から何かが地面を砕き盛大な土煙を舞い上げながら落ちて……舞い降りてきた。
俺とアリシアは中央広場を離れた後、ウィリアムさんが防衛戦の全体指揮を取っている集会場に急いだ。 そしてやっと見えた集会場の中央では、ウィリアムさんが台の上に地図を広げ周りで働く村人達に指示を出していた。
「遠距離攻撃担当の1班に、石と弓矢の補充を急いでくれ! もう残りが少ない筈だ!」
「はい!」
「自警団の4班に、1班との交代指示を出してくれ! そろそろ休ませないと拙い!」
「ダメですよ、ウィリアムさん! 4班は先程の戦闘で班員の1名が負傷し、現在治療中です。無事だった班員も別々に、他の手隙の班の援護に回っていますので、4班は既に存在しません!」
「っ!? そうだったな! じゃぁ……代わりに7班に交代指示を出してくれ! 余り休憩を取られせられなくて悪いが、他に交代出来る班がない」
「……分かりました、直ぐに伝えてきます!」
「頼む!」
集会場は現在、さながら第二の戦場と呼べる物だった。
各所から上がってくる報告を聞いたウィリアムさんが引切り無しに指示を出し、村人を巧みに使い防衛戦を後方から支えている。未だ防衛戦が破綻すること無く機能しているのは、ウィリアムさんの手腕の賜物だろう。
だがそれでも、既に物資や人員の遣り繰りでどうにか出来る限界を超えていた。
「ウィリアムさん! 石と弓の在庫が、底を尽きました!」
「ウィリアムさん! 自警団員の負傷者が、既に自警団の半数を超えました!」
「ウィリアムさん!」
「ウィリアムさん!」
村人達はウィリアムさんに縋る様な眼差しを向け指示が出されるのを待つが、ウィリアムさんは地図を広げた台に両手を突き俯いている。村人達の声を受けても微動だにせず沈黙を保つウィリアムさんの姿は、万策尽きた……そう言っている様だった。
そんな時だ、再びゴブリンキングの咆哮が響いたのは。集会場に居た村人は皆、咆哮が聞こえた方を向き……そして次の瞬間前線で上がった絶叫を聞く。
「な、何だ!? 今の悲鳴は!?」
「いったい、何があったって言うんだ!?」
「だが今のは、尋常じゃない悲鳴だったぞ!?」
集会場にいた村人達は一様に不安に満ちた表情を浮かべ、直後に遁走して来た村人の姿と悲鳴を聞き集会場にいた村人達も顔色を変え一斉に遁走を開始した。僅かな間に起きた一瞬の出来事、その一瞬の間に集会所にいた村人の姿はウィリアムさんを残し誰もいなくなる。
自分達の命を賭しても必死に前線を支え村を守ろうとしていた村人達の意思も、情勢がどうしようもない程にゴブリン側に傾いた事で抵抗の意識を失くし脆く崩れさせた。
「……」
「……お父さん」
「……アリシアか」
打ちひしがれた様子で誰も居なくなった集会場を呆然と眺めているウィリアムさんに、アリシアは一瞬躊躇しながらも気丈に声をかける。だが、アリシアの声に反応し振り返ったウィリアムさんの顔は、感情を削ぎ落としたかの様に完全無表情。アリシアと俺を見詰める瞳は酷く濁っており、この先に起こるであろう出来事に絶望している事ありありと見て取れた。
「終わりだよ、アリシア。何とか援軍が来るまでと粘りはしたが、こうなってはもうマルデフ村がゴブリン達に購う力は残されていない……すまない、お前達を守る事が出来なかった」
「……お父さん」
何とか村を救おうと奮闘し、全力を尽くすも力及ばず敗北してしまった男の姿がそこにはあった。村長代理と言う重荷を背負い戦い続け、ゴブリン達に負けると言う最悪の結末を迎え絶望し後悔するウィリアムさんの姿を俺とアリシアは見ていられなかった。
だが、まだ負けが確定した訳では無い。俺とアリシアは互いの眼を一瞬見詰め合った後、同時に頭を縦に振り力強く頷く。
「お父さん! まだ結果は出ていないよ! だから、諦めないで!」
「……アリシア?」
絶望に打ちひしがれていたウィリアムさんは、アリシアの突然の物言いに戸惑う。既に防衛戦は崩壊し、人も物も無い状況だ。諦めるなと言うアリシアの心意気は買うが、マルデフ村にはもうゴブリン達に傾いた戦況を引っ繰り返すだけの手札が何も残されてはいない、とウィリアムさんは頭を左右に振る。
「アリシア、もう無理なんだよ。私達に残されている選択は、どれだけの者が生き残れるか分からないが近くの村まで走って逃げる事くらいしかないんだ。さぁアリシア、行きなさい。出来るだけ時間は稼いで見せるつもりだが、それ程長い時間は稼げないだろうからな。アリシア……母さんとティムを頼むな」
そう言ってウィリアムさんは近くに置いてあった武器を手に取り、幽鬼の如き足取りで前線え赴こうとした。だが、アリシアはそんなウィリアムさんの腕を掴み動きを止める。
「待って、お父さん!」
「……手を離しなさい、アリシア」
「お父さんが行っちゃダメ。武器を持って戦うのは、お父さんの役目じゃないよ。お父さんは残っている人を纏めて、防衛線を立て直して」
「……アリシア?」
ウィリアムさんはアリシアの真剣な眼差しから放たれた物言いに、絶望感で無表情になっていた顔を僅かに崩し驚く。まさかアリシアがこんな事を言ってくるとは思ってもみなかったのだろう。
しかし、本当にウィリアムさんが驚いたのはアリシアが発した次の発言だ。
「ゴブリン達とは、私とヴェルさんで何とかする」
ウィリアムさんは驚愕の表情を顔に貼り付け、俺とアリシアを交互に見た。
そして俺とアリシアの様子を観察した結果、ウィリアムさんはある一つの可能性に思い至る。
「まさかアリシア……お前ヴェルさんと?」
「うん。私がお願いしてして貰ったよ、叡魔契約」
「なっ! なっ!」
ウィリアムさんが声にならない驚きの声を上げている間に、アリシアはウィリアムさんの手を離し少し距離を取る。
そして……。
「見てて、お父さん。ヴェルさん!」
「おう!」
「「【ソウル・コネクション!】」」
俺とアリシアが叡魔武装を展開するキーワードを唱えると、集会場に光の柱が立ち上がった。
防衛線が崩壊しました。まぁ軍人でも無い只の村人達では、一度士気が崩れればもろい物ですよね。




