11 ゴブリンキング襲来
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俺とアリシアが叡魔契約を結び部屋で叡魔武装の具合を試していた頃、宴を追え帰宅したウィリアムさんは悲壮な覚悟を決めた表情を浮かべ、リビングでクレアさんと重苦しい雰囲気の中で静かに話をしていた。
「……そう、ですか」
「……すまない。これしか、無かったんだ」
「謝らないで下さい。他に方法がない事も、貴方が悩み苦しんで選んだ選択だという事も分かっています……分かっています」
クレアさんは肩を震わせ目尻から涙を流しながら、涙声を出すまいと唇を噛み締め声を押し殺していた。
「……すまん」
そう言ってウィリアムさんは席を立ち、クレアさんの頭を胸の内に抱きしめる。抱きしめられたクレアさんは一瞬呆気に取られた様子だったが、直ぐにウィリアムさんの胸に顔を埋め堰を切らした様に泣き出した。どうしてこうなったのかと、どうして貴方が行かなければならないのかと。クレアさんの口から止処無く漏れ出す言葉に、ウィリアムさんは何も答えを返せず無言でクレアさんの頭を撫で続けた。
そしてクレアさんとの最後の別れを済ませたウィリアムさんは、明日の早朝に襲撃をかけてくる可能性が高いゴブリン集団を迎撃する準備を整える為に家を出て行く。クレアさんは家を出て行くウィリアムさんの背中を泣き腫らし真っ赤に染まった目で見送った後、膝から崩れ落ち床に伏せ声を押し殺して泣き続けた。
太陽が山間から顔を見せ朝日が村に差し込むのと時を同じくし、朝の静けさを打ち砕く物見台からの警鐘が村中に鳴り響いた。
「ゴブリン達が、森から姿を見せたぞ!」
その物見台からの警告の叫び声により、マルデフ村の家々から村人達が次々に飛び出し各々行動に移る。
「急げぇ! ゴブリン達を迎え撃つぞ!」
「投石用の石を塀の近くまで運べ! そうだよ、全部運ぶんだよ!
「弓矢の補充分はどこだ!?」
「戦えない奴は全員、村の中心に避難しろ! 塀の傍には、絶対に近寄るなよ!」
村のあちらこちらで怒号が飛び交い、マルデフ村は喧騒に包まれた。だが、早朝と言う時間にも関わらず村人達の動きは機敏で、多くの村人達は迅速に動いている。
そんな中、俺とアリシアは自室で言い争いをしていた。寝起きで寝ぼけていたアリシアの顔を軽く叩き覚醒を促した俺にアリシアは抗議の声を上げたが、事情を説明するとアリシアがベッドからは跳ね起きゴブリン達の元へ出ていこうとしたからだ。
「ヴェルさん、私達も行きましょう!」
「ダメだ、アリシア! 今の俺達が出ていっても、何の役にも立たない! ギリギリまで我慢しろ!」
「でも、ヴェルさん! ここで、じっとしていたら皆が!」
「分かっている! だが、今の俺達が出て行っても足で纏になるだけなんだ!」
「!?!?」
アリシアは声を荒立てた俺をじっと睨み付けながら、悔し気な表情を浮かべ押し黙った。不満を顕にしているアリシアも、俺が言っている事が正しい事なのだと言う事は理解しているのだ。
だが、感情が邪魔をする。何故、皆を助けられるだけの力を手に入れたのに自分は動けないのか?と。
「アリシア、ヴェルさん! こんな時に何を言い争っているの!? 早く避難するわよ!」
俺とアリシアが睨み合いを続けていると、クレアさんがティム君の手を引きながら部屋に入ってきた。視線を二人の方に向けると、不安気な表情を浮かべるティム君はクレアさんの手を固く握り締めており、それだけでどれだけ今の状況を不安に思っているのかが一目で見て取れる。
「……行こう、アリシア。今はまだ、俺達は出られない」
「……はい」
アリシアもここで言い争っていても仕方ないと判断したのか、軽く深呼吸をして心を落ち着け避難する事に同意した。
「急いで着替えて準備をしなさい、直ぐに中央の広場に避難するわよ!」
「うん」
クレアさんとティム君が部屋を出ていくと、アリシアは急いで着ていた寝巻きを脱ぎ捨て外出着に着替え始める。まだ部屋にいる俺の目の前で……これって不可抗力だよな?俺は一応そっと後ろを向き、アリシアの姿を視界から外した。
緊急事態とは言え、もう少し周りに気を配って欲しいものだ。
「!? ヴェ、ヴェルさん!? そこに居たんですか!?」
アリシアは、悲鳴にも似た声を上げる。どうやら漸く、アリシアは俺が同室している事を思い出したらしい。出来れば、着替え始める前に気が付いて欲しかったよ。
「ああ、始めからな。いきなりアリシアが着替え始めたから、部屋を出るタイミングが無くなり出るに出られなくなったんだよ」
「あうあう……そう、ですか」
後ろを向いているので想像でしかないが、声の調子からしてアリシアは顔を真っ赤にしているのだろうな。振り向いてみたいと言う誘惑を感じない訳でもないが、流石に実行する訳にも行かないので、俺はできるだけ冷静な口調でアリシアに声をかける。
「で、アリシア? 着替えは終わったのか?」
「えっ、あっ、その……はい」
アリシアは消え入りそうな声で、着替えが終わっている事を告げる。アリシアの返事を聞き俺が振り開けると、そこには予想どうり顔を真っ赤に染めた寝巻きから外着に着替えたアリシアがいた、
「……まぁ、何だ? 今後はお互いに気を付けような?」
「は、はい……」
「じゃぁ、行こう。これ以上、クレアさんとティム君を待たせる訳にも行かないからな」
「……はい」
顔を真っ赤にしたままアリシアは頭を縦に振り、少々の手荷物を持ってクレアさんとティム君が待つリビングへと向かった。
ゴブリン達は森の淵ギリギリで動きを止めてマルデフ村をじっと睨みつけ、ゴブリンキングからの突撃開始の号令を今か今かと待ちわびていた。最前列に並ぶゴブリン達は棍棒を掲げ荒々しい雄叫び声を上げ村人を威嚇し、その後ろには使い古され錆が浮いた剣を装備した最前列のゴブリン達より一回り逞しい体付きのゴブリンが控えている。恐らくゴブリンの進化個体である、ホブゴブリンだろう。
そしてゴブリン集団の最後尾には、一際大きな体躯をしたゴブリンキングが悠然と構え控えていた。
「クソッ、最悪だな! ウィリアムの予想通り、ゴブリンキングの奴が配下を全て引き連れ攻めて来やがった!」
昨日の迎撃戦と同じく塀の前に陣取っていた自警団の団員の1人が、ゴブリン達の軍勢を目にし吐き捨てる。
「ああ。奴等も戦力を小出しにしてくれば、援軍が来るまで十分に持ち堪えられたのにな……。これじゃぁ、正面から潰し合うしか無いじゃないか! クソッたれめ!」
「でも、もう逃げる事も出来ませんよ。俺達がここで逃げたら……」
「ああ、分かってる! 分かってるよ! 分かってるさ!」
悲壮な表情を浮かべた若い自警団員の言葉に、壮年の自警団員は自分に言い聞かせる様に叫ぶ。自分達の後ろに守るべき者達がいる以上、援軍が来るまでこの場を離れる訳には行か無いのだと。例えそれが、どんなに勝ち目が無い戦いだとしても、ゴブリン達を迎え撃つ自分達が死ぬ可能性が高くとも、逃げ出す事は出来無いのだと。
壮年の自警団員は胸の内に貯めていた物を吐き捨てた後、大きく深呼吸をして荒立った心を落ち着かせる。
「……逃げられな以上、俺達は領軍の援軍が到着するまで何としても奴らを足止めするしかない。……腹を括れ、俺達に引くと言う選択肢はもう無いんだ」
「ああそうだな、ここまで来たらやるしかないよな」
「そうですね、やるしか無いんですよね」
「「「……」」」
自警団員達は各々が手に持つ武器を力強く握り締め、不退転の覚悟を胸に抱きながら無言で森の淵に陣取るゴブリン集団を睨みつける。だがそれは、他の自警団員や塀の内側で投石や弓矢を放つ準備をしている村人も同じだった。
そして一瞬、マルデフ村とゴブリン達の間に静寂が流れ……。
『グガァァァ!!』
『『『『ギギィィィ!!』』』』
ゴブリンキングのあげた咆哮を合図に、ゴブリンとホブゴブリンがマルデフ村への突撃を開始した。ゴブリン達は一気に田畑を駆け抜け、マルデフ村へと近付いてくる。
そしてゴブリン達が、マルデフ村からある一定のラインまで近付いた時……。
「攻撃開始!」
ザックさんの合図と共に、投石と弓矢に夜攻撃が始まった。昨日と同じく放たれた石や弓矢はゴブリン達に降り注ぎ、多くのゴブリンを足止めし怪我や死亡させていったが、それは飽く迄も只のゴブリンの場合だ。ゴブリン達と一緒に突撃して来たゴブリンの進化個体……ホブゴブリンは己が手にする剣を使い、多少のキズを負いながらも石や弓矢を弾いていく。
「クソッ、手強い! もっと投石と弓矢を、アイツ等に集中させろ!」
「やめろ! 今弾幕をアイツ等に集中したら、他のゴブリン達の勢いを抑えきれなくなる!」
「じゃぁ、どうするんだよ!」
「……! 投石班はそのままの攻撃を継続、ゴブリン達へ石の弾幕を張り続けろ! 弓矢班、半数をホブゴブリンへの攻撃に割り振るぞ! 事前の割り振り通り、偶数番は弓による遠距離攻撃を継続! 奇数番は狙撃と抜けてきたホブゴブリンと戦う自警団員の援護だ! 自警団はホブゴブリンが抜けて来たら、頭を順次叩いてくれ!」
ザックさんの指示に従い、皆が動き出す。投石班は先程まで以上のペースで投石を続け、弓矢班も割り振られた通りに弾幕展開と狙撃を行っていく。
自警団員達もホブゴブリンが弾幕を抜けて来ても直ぐに対処出来る様にと目を凝らし、何時でも飛び出せる体制を整えていた。
「投げろ投げろ投げろ! 弾幕を絶やすな! 投げる石なら十分に用意しているんだからな!」
「よっしゃあぁぁ! ゴブの頭に直撃したぜ!」
「馬鹿野郎! 喜んでいるヒマがあるなら、手を動かせ! どんどん後続が来ているんだぞ!」
「分かってるよ! ちょっとぐらい喜んだって良いじゃないか!」
「良し、そのままそのまま……喰らえ! ……良しっ!」
「おお、スゲェ! こいつ、弓でホブゴブを仕留めやがった!」
「弓の腕には、ちょっと自信があるんだよ! それより、ほら! 次が来ているぞ! またホブゴブの足を止めてくれ、止まった所を狙撃する!」
「任せろ!」
「ホブゴブが、1体抜けてきたぞ! 他がゴブと連携を取られると厄介だ、今の内にアイツを確実に潰すぞ!」
「おう! なぁに、相手は1体だ! 囲って袋叩きにすれば、俺達でも勝てるさ!」
「そ、そうですね! 相手は1体何ですから!」
「ああ、そうだ。行くぞ!」
「おう!」
「はい!」
ゴブリンとマルデフ村臨時防衛隊の攻防は、一進一退。ザックさんの指揮の下、村人や自警団は負傷者を出しつつも的確に動きゴブリン達の倒し進行を押し留めていた。
だが、戦いの流れとは唐突に変わる瞬間がある。
『グガァァァ!! グガァァァ!! グガァァァ!!』
三度ゴブリンキングの咆哮が戦場に鳴り響くと、ゴブリン達の動きが一瞬止まった。マルデフ村の者達もゴブリンキングの咆哮に驚き、投石や弓矢を打つ手を止め成り行きを見守る。
そして戦場に一瞬の沈黙が広がった後、遂にゴブリンキングが動き出した。
『グガァァァ!』
『『『『ギギィィ!!』』』』
ゴブリンキングが手に持っていた赤黒い大剣を頭上に振り上げ咆哮と共に振り下ろすと、配下のゴブリン達も咆哮を上げ先程まで以上の猛攻を開始した。
「こ、攻撃再開しろ!! 奴らを、村に近寄らせるな!」
突然のゴブリンキングの咆哮と言う事態に迎撃の手を止めていたマルデフ村臨時防衛隊は、ザックさんの悲鳴の様な攻撃再開の指示に慌てて迎撃を再開する。
だが、戦場での数秒の動きの遅れは極めて大きな影響を戦況に与えた。
「ク、クソッ! ホブゴブの野郎が何体も、弾幕を抜けやがった!」
弾幕の展開が再開までの数秒の間に、5体ものホブゴブリンが弾幕……石や弓矢の集中落下点……を走り抜けていた。一度に5体ものホブゴブに抜けられた為、自警団は迎撃を行う為これまでゴブリン達相手に必勝を支えた3人1組も陣形を崩す。1人で1体のホブゴブリンの相手をしなければ、全てにホブゴブリンの対処に手が廻らないのだ。
「お前は、あのホブゴブの足止めを頼む! 俺とコイツでこのホブゴブを2人掛りで潰して、直ぐに援護に回るからな!」
「任せろ! だが、出来るだけ早くしてくれよ!」
「はい! 直ぐに倒して、援護に行きます!」
「じゃぁ、行くぞ!」
「おう!」
「はい!」
こうした自警団の奮闘もあり、何とかゴブリンの進行も抑えられているかにも見えたが、1度崩れた均衡はそう簡単には取り戻せない。
その最たる物は……。
「なぁ、ノエル? 俺達、何でこんなのと対峙しているんだろな?」
「今更、愚痴を言っても仕方ないにゃよ? 何でかと言ったら、村を守るために決まっているにゃ!」
サイモンさんとノエルさんが対峙する、ゴブリンキングの参戦だ。
ゴブリンキングの迎撃の為、自警団員としてゴブリン迎撃の主力を担っていたサイモンさんとのエルさんの離脱の影響は大きい。多少余裕があった迎撃ローテーションもサイモンさんとのエルさんの離脱、ホブゴブリンの同時多数突破で既に崩れていた。これから先は、いつ防衛戦が崩れても不思議ではない。
「そうだよな……良し、何時までもグチグチ言っていても仕方ない! やるぞ、ノエル!」
「おうにゃ!」
サイモンさんは死力を尽くす覚悟を決めた叫びをあげ、ノエルさんも覇気をの籠った返事で応える。
「「【古の契約に従い、今こそ我が真実の姿を此処に!!】」」
2人が同時に叡魔武装を展開するキーワードを叫ぶと、それは起きた。サイモンさんとノエルさんの足元に光り輝く叡魔契約を結ぶ時に描く六芒星の魔法陣が現れ、2人の姿が光に変換され混じりあう。そして数旬後、眩しい光の柱が魔法陣から立ち上がった後に、それは姿を現した。
「さぁて、ゴブリンキングさんよ……暫く俺達に付き合って貰うぜ! (サイモン! 無理はせず、足止めに徹するにゃよ! にゃぁ達の目的は、時間稼ぎにゃんだからにゃ!) 分かってるよノエル、サポートを頼むな! (任せるにゃ!)」
サイモンさんの体をベースにノエルさんが混じった、目付き鋭い半獣半人の狩人が。ゴブリンキングも突如現れた半獣半人を警戒し、手に持つ赤黒い大剣を構え低い唸り声を上げていた。
「行くぞ! (行くにゃ!)」
こうして叡魔武装を果たしたサイモンさんとのエルさんは、ゴブリンキングとの戦闘を始めた。
ゴブリン達との先頭が開始しました。キングも出てきたので、どうなるのやら。




