10 ゴブリン襲来、そして……
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すみません、昨日は投稿順を間違えてしまいました。
悪い予想と言うのは、嫌な物程よく当たる。何故なら日が暮れ始めた森の中から、棍棒を持った20~30体のゴブリンの集団が姿を見せたからだ。
「ゴブリン共が来たぞ! 総員、構え!」
ザックさんの声が響き渡り、塀沿いに並んだ男の村人達が手に持った石や弓をゴブリン達に向け構える。
「もう少し引き付けろ……!今だ! 攻撃開始!」
ザックさんの合図と共に、村人達から石や弓矢が放たれる。放たれた石や弓は山なりに飛び、ゴブリン達目掛け降り注ぐ。あるゴブリンには拳大の石が頭部に命中して血を流し、またあるゴブリンには弓矢が突き刺さり致命傷を与える。
「良し、良いぞ! このまま攻撃を続ける! 石と弓矢を絶やすな!」
投石と弓矢による攻撃の戦果を確認したザックさんは、村人達に投石と弓による攻撃を続ける様に指示を出す。村人達も必死の形相で足元に積み上げている石を拾い、ゴブリン達目掛けて力の限り投げつける。個々の命中率は悪いが数でカバーする投石の弾幕は有効に働き、ゴブリン達の進行を足止めしていく。
だが、残念な事に全てが上手くいくと言う事はない。
「クソ! ゴブリンが一体抜けてきた!」
「自警団! あのゴブリンを倒せ! 他の者は投石と弓による攻撃を継続しろ! 他のゴブリンを近付けさせるな!」
弾幕を抜けてきたゴブリンを塀の前で待機していた自警団に任せ、ザックさんは村人達に投石と弓矢による攻撃を指示する。今弾幕の手を抜くと、より多くのゴブリンが抜けてくるからだ。
「行くぞ! あのゴブリンを囲んで、袋叩きにするぞ!」
「了解!」
「1体相手なら、余裕ですよ!」
待機していた自警団の1チームが、弾幕を抜けて来たゴブリンを囲う様に近付いていく。2人が左右に分かれて前進し、1人が正面からゴブリンに近付く逆三角形の陣形だ。
そしてゴブリンの包囲が完了した瞬間、自警団の3人は少々タイミング外れている物の一斉に襲い掛かった。正面から対峙していた自警団員はナイフを頑丈な紐で括りつけた即席の槍を突き出し、左右の自警団員は鉈と斧を振り下ろす。ゴブリンは正面の自警団員が繰り出した槍を屈んで交わす事が出来たが、その際に動きを止めたのは致命的だった。少し遅れて振り下ろされた左右に展開していた自警団員の鉈と斧が、ゴブリンの体を捉えたのだ。鉈はゴブリンの首筋に命中し半ばまで切断、斧はゴブリンの背中に命中し刃が半ばまでめり込む。完全に、ゴブリンを死に至らしめる致命的な一撃だった。
「よし! 仕留めたな。次が来る前に、一度塀の所まで戻るぞ!」
「「おう!」」
ゴブリンを仕留めた自警団員達は素早くゴブリンが確実に死んだ事を確認し、一目散に元々待機していた塀の前に戻った。
「ザック! 抜けてきたゴブリンを仕留めてきたぞ!」
「助かった! 他にも弾幕を抜けてくるゴブリンがいるかも知れない、悪いが暫くそのまま待機していてくれ!」
「おう! 任せろ!」
「頼む! 皆! 動いてるゴブリンは残り少ない! もう一息だ、手を休めるな!」
「「「「おう!!」」」」」
こうしてザックさん達の奮闘のかいもあり、マルデフ村を襲ったゴブリン達は塀に到達する前に全て倒された。……そう、マルデフ村を襲ったゴブリン達の第一陣を。
ゴブリン達を撃退し後始末を終えた後、村の集会場ではチョッとした宴が開かれていた。村を襲ったゴブリンを撃退した事を祝う宴だ。流石にまだゴブリン達の襲撃があるかもしれない状況なので、酒は振舞われなかったが炊き出し手料理で大いに盛り上がっていた。
「見たか! 俺は弓で3体もゴブリンを仕留めたぞ!」
「何の! 俺は5体だ!」
「何ぃ!? お前は石を投げていただけじゃないか! 石でゴブリンが仕留められるか! 石が当たった拍子に、ゴブリンが倒れたただけだろ!」
「残念だな! 俺が狙って投げた石は、全部ゴブリンどもの頭に当たってたんだよ! お陰で一撃だったぜ!」
「何っ! って、お前狙って投げてたのかよ! だからお前だけ、投げる石の数が少なかったんだな!」
集会場のあちらこちらから、ゴブリン撃退戦で上げた自慢話が聞こえてくる。だがそれは、盛大に騒ぐ事で更なるゴブリンの襲来の不安をかき消そうとしているかのようだ。
そして、そんな空元気にも似た空気で盛り上がる宴の一角に、浮かない表情を浮かべている者達も居た。ウィリアムさん、ザックさん……そしてサイモンさんとノエルさんのペアだ。
「……それは本当かサイモン?」
「ああ、残念ながらな。俺とノエルが確認した」
「……」
ウィリアムさんは引き攣った表情を浮かべ、サイモンさんとノエルさんに確認を取るが事実に変化はなかった。報告するサイモンさんは無表情に淡々と、横に座るノエルさんは鎮痛気な表情を浮かべ頭を左右に振る。
その態度こそが、彼らが伝える報告が真実であると雄弁に語っていた。
「ゴブリンキングが配下を全て率いて村に襲い掛かって来る……か」
「俺とノエルがゴブリン撃退後、巣まで偵察に行ったらそうなっていたんだよ。ゴブリンキングが配下のゴブリンどもに檄を飛ばし、進行の準備を進めていた」
「……そうか」
「アイツ等も特別、夜目が利く種族って訳じゃないからな。おそらく襲って来るとしたら辺りが明るくなる日中、明け方に襲って来る可能性が高いと思う」
「早朝か……」
ウィリアムさんはサイモンさんの話を聞き、頭を抱えた。何故なら今からでは、村人を隣村等に避難させるのは極めて厳しいからだ。夜目が効かないのはゴブリンだけでは無く、人間も同じである。明かりの乏しい夜中の移動など、ゴブリンに襲われる前に他の|要因《他モンスターの襲撃や事故》で村人が死ぬ可能性も出てくるからだ。
その為、村人を避難させようとするのなら最低でも日が昇った後にしなければならないのだが、それでは避難をする前の一番無防備な所を襲撃体制を万全に整えたゴブリンキング達の集団に襲われるのと同義である。
「今から逃げ出すのは無謀だな……」
「そうだね、兄さん」
ウィリアムさんとザックさんは、同時に溜息を吐いた。
「なぁサイモン、ノエル? 率直な意見を聞かせてくれ。うちの村の戦力で、ゴブリンキング達の襲撃を援軍到着まで凌ぎきれる可能性はあるか?」
「「……」」
ウィリアムさんの問いに、サイモンさんとのエルさんは厳しい顔付きで考え込む。
領軍の援軍は、早ければ明日中には着くが……。
「……村の守りにつく男達を全て使い潰すつもりで戦えば、援軍到着まで持ち堪えられる可能性はある」
「ゴブリンキングやゴブリンメイジを自警団の連中で抑えられれば、持ち堪えられる可能性はあるにゃね。ただし、自警団の連中は間違いなく死ぬにゃ」
「それ程、ゴブリンキングやゴブリンメイジは危険なのか?」
「そうにゃ。サイモンとニャアが叡魔武装しても、ゴブリンキングには敵わないと思うにゃ。自警団の連中に援護してもらえれば、何とか均衡は保てるとは思うんにゃけど……」
「援護が途切れ、均衡が崩れれば間違いなく殺られるな」
「……そうか」
ある意味、分かりきっていた答えにウィリアムさんは無念そうに短く答えた。村長代理として、ウィリアムさんは決断を迫られていた。
村人に大勢の死者が出る可能性が高い夜間移動か、早朝まで出発を待ちゴブリンの襲撃がない事を祈って移動を開始する襲撃されれば全滅する可能性が高い移動か、村に立て篭り大勢の男手の犠牲を覚悟して援軍を待つか。どの選択肢を選んでも犠牲は出るだろう。
そして、サイモンさんは決断を下した。
「ザック。男連中を集めてくれ……話をする」
「……分かった」
ウィリアムさんは無表情でザックさんに指示を出し、ザックさんも唇を噛み締めながら立ち上がり宴会を開いている村人達の元へと歩いて行った。
「すまんな、ウィリアム。俺達にもっと力があれば、お前に辛い決断をさせずに済んだのに……」
「すまないにゃ」
「……2人が悪い訳じゃない。俺がもっと早くに村人達を説得し、村から逃げ出していればこんな事にはならなかったんだ……」
そう言ってウィリアムさんは、顔を俯かせ落ち込んだ。その背中には深い後悔の念と絶望感が、重く伸し掛っている様に見えた。
「あのタイミングでそれは無理だろう、幾らお前が直接説得に村を廻っても……」
「そうにゃ。援軍の宛があって直ぐにゴブリン達が襲って来ないと思っていたあの状況だと、ウィリアムが避難と言っても素直に避難をする事に同意する村人は少なかった筈にゃ。こんな事になったのは、あのバカな冒険者連中のせいにゃ!」
ノエルさんはウィリアムさんを慰めながら、こんな最悪の事態を引き起こした今は亡き冒険者達を罵る。辛うじて生き残り村まで逃げてきた冒険者も血を失い過ぎていた為、村人が治療を行いながら尋問を行った後に然程時を置かずに死亡していたので、当たる事も出来ず罵る事しか出来無いのだ。彼等が余計な事巣の襲撃さえしなければ、このような事態にはなっていなかったのにと。
村長が呼びに行った援軍さえ到着すれば、大した被害もなく終わっていた筈のゴブリンの巣退治がとんでもない事態になってしまった。
ウィリアムさんが男連中を集め状況説明と今後の行動についての話をしている頃、俺とアリシアは自室で向かい合って座っていた。
「ヴェルさん。ゴブリン達、襲ってきましたね」
「ああ、そうだな……」
援軍到着までゴブリンの襲撃はないかもしれないという淡い期待は、脆くも消え去った。ゴブリン達の襲撃は村人達の奮闘もあり、然したる被害もなく撃退することが出来たが……これで終わりと言う事はないだろう。何故なら、本命とも言えるゴブリンキングが動いていないのだから。
その上、戦闘後にゴブリンの死体の始末を手伝ったのだが、死んでいるゴブリンは指揮官らしき一体を除き全て通常のゴブリンだった。つまり今回の襲撃に参加したゴブリンは、集団の中では一番下っ端の雑兵……捨て駒扱いの先遣隊でしかないのだ。ゴブリン集団の主力と呼ばれるものは、一切消耗していないと見て良いだろう。
「ゴブリン達……また村を襲って来るんでしょうか?」
「……おそらく、襲って来ると思う。巣が冒険者に襲撃された復讐ってのもあるだろうけど、報復の為に送り込んだ配下が全滅したって言うのは巣の安全上でもゴブリン達には許容できないだろうね。だから、今度はゴブリンキングが直々に出て来ても可笑しくはないんじゃないかな?」
「そう、ですか……」
アリシアは青褪めこそしないが、顔色が悪い。ゴブリンが再び襲撃するかもしれないと聞いても取り乱したりしない所を見ると、ゴブリンに襲われて受けたトラウマもだいぶ軽くなったらしい。まぁ、これだけ繰り返しゴブリンが襲いかかってくれば、嫌でもなれるか……。
そしてアリシアは軽く深呼吸をした後、覚悟を決めた表情を浮かべる。
「あの、ヴェルさん。昼間に話したお話なんですが……」
「叡魔契約の話か?」
「はい」
何の事を言っているのかは分かっているが、俺は会えて確認の為に聞く。すると、アリシアは短く肯定の返事を返した来た。
「なぁ、アリシア? あの時も言ったけど、この状況下で俺と叡魔契約を交わすと言う事はゴブリンと戦う事と同義だぞ? アリシアは、ゴブリンと戦う覚悟が出来たのか?」
「……」
アリシアは俺の質問を聞き、目を瞑り口を固く閉じ暫く無言で沈黙した後……。
「はい」
短くも決意に満ちた返事を返して来た。
「……本当に良いんだな?」
「はい。先程行われたゴブリンの撃退戦を見て、覚悟が決まりました。何もしないで震えているより、私も自分に出来る事をしたいと思います!」
「……そうか」
覚悟を決めたと言うのが本当かどうなのかは、アリシアの顔を見れば一目瞭然だ。確かに顔色は若干悪いし、肩が微かに震えているが、俺を真っ直ぐ見つめてくる瞳には微塵の童謡もなかった。
なので、俺も覚悟を決め返事をする。
「分かった」
「本当ですか!?」
「ああ。だがその前に、一つだけ確認をしたい。本当に俺がアリシアの叡魔契約の相手で良いんだな? 俺と叡魔契約をしたからと言って、必ず戦う力が手に入るわけじゃないんだぞ?」
叡魔契約をアリシアと結ぶ事自体に問題ないのだが、叡魔契約で得られる叡魔武装は千差万別だとノエルさんも言っていた。故に、アリシアが望む力が手に入るとは限らない。
なので、俺は最終確認の意味も込めアリシアにこの質問を問い掛けた。
「分かっています。でも、何もしなければ何も変わりません。例えヴェルさんと叡魔契約を結んで戦う力が手に入らなかったとしても、私は私に出来る事をしたいと思います」
「そうか……分かった」
俺はアリシアの言葉を聞き、アリシアと叡魔契約を結ぶ事を決めた。
その後、俺とアリシアはノエルさんに教わった手順に従い叡魔契約を結んだ。結果はまぁ、少々予想外だったが良好な結末を迎えたとだけ言っておこう。
アリシアと叡魔契約を結びました。次回、ゴブリン達の侵攻開始です。




