聖剣、魔王と対峙する
聖剣は文乃を激烈に怒らせてしまったが、恩返しすることを諦めたわけではなかった。
なので、彼女の後ろを、彼女に気づかれないように着いていった。
ちなみに和花とは、ずいぶん前に別れている。
「ママー、剣が浮かんでるよー」
「しー! 見ちゃいけませんっ!」
本人――ではなく本剣的には、気づかれないように着いていっているつもりなのだ。
「……ちょっと、なんで着いてきてるのよ」
どうやら文乃に気づかれてしまったらしい。
さて、どう誤魔化す?
「奇遇だな、文乃。吾輩はたまたまこの方向に用事があったのだ」
「そんな見え見えの嘘が通じると思ってるの?」
鋭い。
「嘘ではない。吾輩は本当のことしか言っていない」
「ふーん、あっそ。なら、あんたはこっちの道を行くわけね?」
「ああ、そのとおりだ」
「なら、あたしはあっちの道を行くから」
「何!?」
「どうしたの? あんたはこっちに用事があるんでしょ?」
「そ、それはそうなのだが……」
「じゃあね。ばいばい」
文乃が行ってしまう。非常にまずい。
「ま、待て、文乃!」
「何?」
氷点下まで冷え込んだ声。
「……本当のことを言おう。どうか驚かないで聞いて欲しい。君は気づいていなかったと思うが、吾輩は君の後をつけていたのだ」
「は? 知ってたけど?」
「な、何だと!?」
聖剣が驚いた。
「当たり前でしょ。だってあんた、目立つんだから。気づかない方が無理よ」
「そ、そうか」
「で、何? あたしの前に二度と姿を現さないでって言ったはずだけど」
「それはそうなのだが……君を一人にするわけにはいかない」
「恩返しをするため?」
「ああ」
「必要ないって言ったでしょ」
「それはそうだが……」
聖剣は続ける。
「もし、ゴブリンやオーク、あるいはドラゴンが現れたらどうする? 君一人で対処できるのか?」
「この世界にそんなのいないから」
「君は奴らを知らないからそんなふうに呑気に言えるのだ。奴らは巧妙だ。闇の中で息を潜めて、こちらの命を虎視眈々と狙って――」
「ない」
「だが――」
「ないったらない。話はそれだけ?」
「う、うむ」
「なら、あたしは行くけど、あんたは着いてこないで。わかった?」
有無を言わさぬ声。
「そんなに胸部のことが――」
「あ゛?」
その瞬間、世界が止まった。
「な、何も言ってません」
聖剣は異世界で勇者とともに魔王と対峙した経験がある。
その時も相当なプレッシャーを感じたものだが、文乃から放たれたのはそれと同等、いや、それ以上だった。
正直、恐ろしすぎる。
彼女に対して胸部の話題は絶対口にしてはいけない。
聖剣は肝に銘じた。