聖剣、業界に喧嘩を売る
瀬木文乃は、とても美しい少女だった。
大きな瞳が特徴的な、整った顔立ち。
さらさらの黒髪。
彼女に声をかけられ、喜ばない男はいないだろう。
だが、彼女の特筆すべき美点は、そんなところにはない。
何よりも彼女の素晴らしいところはその体型だ。
ほどよく引き締まった脚。
細すぎず、柔軟性を感じさせる腕。
そして、そのしなやかな体。
余分な贅肉がすべてそぎ落とされている。
特筆すべきはその胸部だ。
ここは他よりも重点的にそぎ落とされていた。
どれだけ激しく体を動かしても、そんな胸部が痛み出すことは、絶対にないはずだ。
本当に素晴らしい。
その点、彼女の隣を歩きながら、話をしている少女、文乃の友人で三野和花は、まったく駄目だ。
顔立ちなどは愛らしく、かわいらしい感じではあるが、そんなことはどうでもいい。
微塵も話にならない。
胸部の贅肉が多い。いや、あまりにも多すぎる。
ただ歩いているだけなのに、あれほど激しく揺れているのだ。
まったく信じられない。
体を動かしたらもっと揺れ、すさまじい痛みに襲われるのは
間違いないだろう。
さらに言えば、胸部の贅肉がない方が鎧などを作る際、材料費が安くなるという利点もある。
本当に文乃は素晴らしい。
つくづくそう思う。
彼がこれまでに判明している客観的事実を振り返り、改めて文乃という存在に感心していると、彼女の様子がおかしくなっていることに気がついた。
その変化は文乃のことを誰よりも大事に思っている自分にしかわからないに違いない。
そんなふうに彼は思った。
「ねえ、文乃ちゃん、どうしたの? なんか暗いよ?」
なんと、和花も気づいていたというのか。
いや、和花ならば、あるいは気づいてもおかしくはないか。
彼女は文乃の友人だ。
だが、それでも、よく気づいたと褒めるべきだろう。
「あー、うん。いったいどうしたものかなー、って思ってね」
「え、何が?」
「いや、何がって……気づいてるでしょ? 和花」
「えへへ~、まあね~」
ぺろっと舌を出して笑う和花の額を、文乃がこつんと叩く。
その瞬間は文乃の表情はやわらかくなるのだが、それはその一瞬だけだった。
すぐに陰が落ちた。
声にはそうとわかるほど疲れが滲んでいた。
「最近、変な奴につきまとわれて、本っっっ当に困ってるのよ」
文乃の言葉には、激烈な実感がこもっていた。
何ものかにつきまとわれている。
なるほど。それがここのところ、彼女を思い悩ませている原因か。
ならば、自分の出番だろう。
いよいよ文乃のために何かできると思うと、彼はうれしくて仕方がなかった。
「話はよくわかった。文乃、君の憂いを、吾輩が取り除こう!」
「よかったね、文乃ちゃん!」
和花がぱちぱちと手を叩く。
「文乃の感じからして、君につきまとっているという何ものかは相当な変質者だろう」
「え、そうなの?」
和花に尋ねられ、彼は肯定した。
「ああ、間違いない。相当レベルが高いはずだ」
「やり方というか、接し方というか。そういうのはいろいろ間違ってるとは思うけど、根は真面目で、誠実だと思ってたけど。へ~、そんな高度な変態さんだったんだ~」
和花が知らなかったという感じの顔で、彼をまじまじと見てくる。
そのことを不思議に思いつつ、
「どうやら君の口ぶりからすると、何やらその変質者のことを知っているみたいだな」
「ううん、知らないよ?」
「む。そうなのか? だったら、どこから真面目で誠実だとかいう言葉が出てきたのだ?」
「え、なんとなく?」
小首をかしげていた。
何だ、それは。
まあいい。
そんなことより、今は文乃を悩ませている変質者についてだ。
「それで文乃。その変質者は今もいるのか?」
「いるわ」
なんと。
「本当か!?」
「ええ」
自分に気づかれず、文乃のことをつけ回すとは。
やはり、先ほどの言葉は正しかった。
かなりレベルの高い変質者に、文乃は狙われている……!
「では、文乃。そいつはどこにいる? あ、いや、待って欲しい。ヘタに刺激して、文乃に危害が及んでは本末転倒だ」
指で示す?
いや、それは駄目だ。
相手に気づかれてしまう。
逃げられたら、仕留めることができなくなるかもしれない。
この場で確実にしておくにはどうすれば?
「よし、文乃。目だ」
「目?」
「うむ。さりげなくそいつがいるところを見て欲しい。本当ならそんな変質者のことなど見たくもないだろうが……頼めるか?」
「ええ、いいわよ。それで、そいつがなんとかなるなら、お安いご用だもの」
「助かる。では、見てくれ」
文乃は彼を見た。
自分の後ろにいるのだろう。
そう思って、体を横にスライドさせる。
文乃の視線が追いかけてきた。
「変質者の方を見て欲しいと言ったはずなのだが」
「だから見てるじゃない」
どういうことだ?
「だって、あたしをつけ回しているのって、あんただもの」
「なっ、文乃を苦しめていたのは、吾輩だというのか!?」
「当たり前でしょ!」
「なぜだ!?」
「な、なぜって本気で聞いてるの……?」
「うむ」
「うむじゃないっ! だってあんた、剣じゃない……!」
文乃の指摘に、彼はやれやれと思った。
「文乃にも困ったものだ。何度同じことを言わせれば気が済むのだ。吾輩は剣ではない。聖剣だ」
バスタードソードに分類される、片手でも両手でも扱える。
刀身はほのかに光を発していて、柄頭に蒼い宝玉があしらわれているぐらいで、それ以外の装飾は一切施されていない。
実用一点張り、という感じだった。
「え、同じでしょ?」
あんたバカなの? 死ぬの? という眼差しをする文乃。
「まったく違う。いいか、文乃。聖剣というのはだな」
「そういうご託はどうでもいいのよっ!」
「えー、わたしは聞きたいなぁ。だって聖剣だからって、普通はそんなふうにぷかぷか浮かないよね?」
「そうか?」
「そうだよ。他の聖剣、ええとエクスカリバーとかが有名だけど、ぷかぷか浮いてたって話、聞いたことないもん」
「なら、その聖剣は吾輩と違って、平凡な聖剣だったということだろう」
「お、聖剣業界に喧嘩を売っちゃったね? 大変だよぉ~?」
「事実を言ったまでだ。問題ない」
「さらに煽っていくスタイル! そこに痺れる~、憧れるぅ~」
「ちょっと! 話が進まないから和花は黙ってて!」
「は~い」
文乃がビシッと言い放つ。
「あんたは剣で! しかもあたしの後ろをぷかぷか浮いてて、どこへ行くにも着いてきて! 『ねー、お母さん。あのお姉ちゃんの後ろになんか浮いてるよー』『しーっ、見ちゃいけません!』とか言われたり、あんたとしゃべってるのを見て先生に『まあ、その、なんだ。何か悩みがあるなら言うんだぞ?』って本気で心配されるあたしの身にもなってよ!」
「大丈夫だよ~。わたしは面白いと思うよ~」
「面白く思われたいわけじゃないからね!?」
「え、そうなの!?」
「なんで驚くのよ!? 当たり前でしょ!」
「うん、知ってた~。冗談だよ~」
「あー、もうっ。話が進まないから和花は黙ってて!」
「二回目だね?」
「くのっ!」
物理的に黙らせた(口を塞いだだけ)。
開いている方の手を聖剣に、ずびしっ! と向けると、
「とにかく、そういうことなの! わかった!?」
今日中にあと何話か更新します!