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超Q探偵  作者: XI
8/204

2-2

 行きつけの屋台で早めの夕食を済ませてから、とある『フートン』にある『フグ屋』を訪れた。コンクリート造りの平屋である。落ち着いたたたずまいの建物だ。壁にはシミ一つない。手入れに金をかけているのだろう。入口に吊るされている暖簾はすだれ状で、店先にある白いライトに照らされた立て看板には端的に『フグ屋』とある。フグは高級食材なので、当然、金持ち相手の商売なのだと思われる。


 メイヤ君が店の引き戸をがらっと開けるなり、板前の威勢のいい「らっしゃい!」が耳に届いた。その「らっしゃい!」とともに、たった一人、テーブル席についていた男が反射的と言える速さでこちらに視線をくれた。満月みたいにまん丸な顔をした男である。その顔が、ぱぁっと明るくなった。男はぱたぱたとせいた足取りで近づいてくる。でっぷりとした男だ。年齢は五十といったところだろうか。紺色の地に白いストライプが入ったスーツはいかにも仕立てが良さそうである。


「お嬢さん、こちらのかたが探偵さんなんだね?」

「そうなのです。この人物こそ、我が事務所のあるじ、マオなのです」

「よ、良かった。待ちわびておりました」


 太った男はへーこらへーこらと頭を下げてきた。スーツの胸ポケットから取り出した白いハンカチで忙しなく額の汗を拭う。それから内ポケットに手を忍ばせ、名刺を寄越してきた。


 『社長 リー 武龍ウーロン』とある。


 見た目に似合わぬ勇ましい名だ。そしてとんだ偶然である。ウーロンとはこの国で取り引きされている通貨の単位なのだ。偽名を名乗っているわけではないだろう。そうする理由がない。ウーロン氏は元からウーロン氏なのだと思われる。


 テーブル席へと促され、ウーロン氏と向かい合った。やはり顔はまん丸だ。愛嬌を感じさせる。


「では、お話を聞かせていただきましょうか」

「真相を突き止めていただきたいのです」

「その旨は助手から聞かされました。詳しいところをお伺いしたい」

「ハンがミスをしたとは、どうしても思えんのです」

「毒を出してしまったのがハンさんなる板前だということですか?」

「ええ、ええ、そうでして」

「亡くなられたのは男性ですか? それとも女性ですか?」

「若い男性です」

「確認させてください。調理を仕損じたとなると、信用問題に関わる。営業を続けてこられたということは、これまでに毒を出したということはなかったんですね?」

「はい。ウチの板前に限って、失敗などあり得ませんから」

「しかし、誰にでもしくじることはあると思いますよ?」

「とてもではありませんが、私にはそうは思えんのです」

「ミスではないと考えていらっしゃる?」

「はい、はい。そういうことでして」

「ハンさん自身はなんと?」

「やっこさんは、留置所の面会の場で、過失だと申しておりました。しかし……」

「ええ。過失でないとすれば、どういうことなんでしょうか」

「それがわかれば、探偵さんを雇おうなどとは思わないわけでして……」

「まあ、そうですね。ふむ。大体、理解しました」

「報酬ははずみます。話していてわかりました。貴方は賢いのだと思います。やはり、界隈随一の探偵さんなのだと思います」

「それはいささか迷惑な評価です」

「迷惑なんですか?」

「だって界隈随一だなんて、助手が勝手に言ったことですから」


 メイヤ君のことを見た。先ほどからしきりにメモを取っている彼女は、悪戯っぽくぺろっと舌を出して見せた。私は呆れてしまった。いい加減なことを言うのはやめてほしいと注意する気も失せてしまった。


「それでも、なんというかその、貴方にはオーラのようなものを感じます。きっと真相を究明していただける。そんなふうに思います」

「褒めていただいたところで、何も出やしませんよ。私は手品師ではないんですから」

「あの、実のところ……」

「なんでもおっしゃってください。それが情報になります」

「えぇっとですね、ハンは娘の相手にと考えている男でして……」

「娘婿にと?」

「ええ、そうなんです」

「お尋ねしたい」

「は、はい。なんなりと」

「亡くなられた男性について心当たりは?」

「ありません」

「しかし、あるいは娘さんと男性との間には何か関係性があるのかもしれない。私は探偵です。ですから、あらゆるケースを想定することにしています。要するに、娘さんが本件になんらかのかたち関わっているのではないかと疑っているということです」

「さすが、お鋭い。実は、私はその日、ここにはいなかったのですが、今、調理場にいる二人の板前のうちの一人、丸坊主のほうですが、彼が一部始終を見ていたそうなんです」

「一部始終?」

「はい」


 ウーロン氏が調理場のほうを向いて、「カイ」と呼びかけた。「はいっ」と元気良く返事をしたカイ氏である。毒を出してしまったせいで客はいないわけだ。だから、それくらいしかやることがないのだろう。彼は熱心に包丁を研いでいた。


「カイ、ちょっとこっちに来なさい」


 その指示に応じ、カイ氏がこちらにやってきた。


「なんでしょうか? 社長」

「『あの日』に『あったこと』を、探偵さんにお話ししなさい」


 カイ氏がこちらを向いた。若い。成人を迎えたくらいの年齢ではないか。


「探偵さん、何からお話ししましょうか?」

「そうですね。では、まず、亡くなられた男性は一人で来店したんですか?」

「いえ。社長の娘さんとご一緒でした」

「娘さんと一緒に?」

「はい」

「だとすると、やはり二人の間にはなんらかのつながりがあったと見て間違いなさそうですね」

「そうなんだろうなって思いました。ご友人なんだろうなって思いました」

「見たことのない男性だった?」

「自分は見たことがありませんでした」

「『いちげんさん』だということですね?」

「自分が知る限りでは、そうです」

「その男性には何か特徴のようなものはありませんでしたか?」

「派手な服装で、チンピラみたいに見えました。本音を言うと、淑やかで、その、お美しい娘さんには似つかわしくないように思いました」

「ふむ」

「それと、気になったことがあって」

「お聞きかせ願いたい」

「男性はお酒が入ってくると急にハン先輩のことを罵り始めたんです。賑やかな店内にも響き渡るくらい大きな声でした」

「具体的にはなんと言って罵倒したんです?」

「えっと、言いにくいんですけれど……」

「それでも、おっしゃってください」

「そこのハンって板前は馬鹿だ。女を寝取られた間抜けだ。そんなことを言ったんです」

「なるほど。大体、わかりました。業務の最中に失礼しました」

「もういいんですか?」

「ええ、ありがとうございました」

「じゃあ自分、調理場に戻りますね」

「そうなさってください」


 ウーロン氏はこちらに向き直ると、恐縮するような顔をして、また額の汗を拭った。


「カイはああ言っているのですが……」

「娘さんが浮気をするとは考えられない?」

「ええ、ええ。そういうことでありまして」

「では、貴方にことの次第をお話しにならないのはどうしてだということになるわけですが」

「その点については、心当たりがないわけでもなくてですね……」

「というと?」

「娘は嫁の連れ子なんです。だから私はあまり信用されていないのかと……」

「それは考えすぎでは? 貴方の生真面目さ、誠実さは十二分に伝わってきていますから。娘さんも信頼されていると思いますよ?」

「そう言っていただけると……」いい年であろうに、ウーロン氏は大粒の涙をぽろぽろとこぼし始めた。「しかし、娘は本当に、一切、何も語らんのです。それが苦しくて苦しくて……」

「では、例えば奥様に話をしていただいたらと考えるのですが、それができるのなら、とっくにそうしていますね」

「そ、そこまでおわかりなのですか?」

「情報を客観的に整理すればわかる話です。奥様は他界されたのですね?」

「は、はい。二年ほど前に」

「恐らくではありますが、娘さんとハンさんは貴方に迷惑をかけたくないとお考えなのでは?」

「迷惑、ですか……?」

「ええ、娘さんとハンさん、それにくだんの男性との間に『いざこざ』があった可能性が極めて高い。ですが、娘さんは貴方を父親だと慕うがゆえに、ハンさんは貴方を敬うがゆえに、貴方に『こと』の真相を話さない。巻き込みたくはないから話さないままでいる。二人でそうしようと決めたんでしょう」

「そんな……娘とハンのためにであれば、私はどんな迷惑だってこうむります。二人が幸せになってくれたら、私はそれでいいんです」

「そのご心情は痛いくらいにわかりました」

「探偵さんにはもう、すべてが見えているのですか?」

「そこまでは言いません。でも、思い描いているヴィジョンはある」

「でしたら、探偵さん、いえ、探偵様」

「『様』は言いすぎです」

「正直にを申し上げますと、わらをもつかむ思いなんです。ですから、なにとぞ、なにとぞ、ご協力ください」

「承りましょう。まずは娘さんに取り次いでいただいてよろしいですか?」

「それは勿論」

「ご依頼をいただいた以上、やれることはやりますよ。お約束します」


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