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超Q探偵  作者: XI
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2.『フグ屋』 2-1

 メイヤ君が転がり込んできたおかげで、寝床は奪われてしまった。二人掛けのソファで眠るのは彼女であり、私は払い下げの回転椅子に座って、同じく払い下げである安っぽいデスクに突っ伏して眠るのである。別にそれは苦ではない。私はどこでもどんな体勢でも眠ることができるという稀有な特技を持っている。


 その日も当然、目が覚めた。卓上に置いてあった腕時計に目をやる。気持ち良く眠っていたらしい。時刻は正午前である。メイヤ君の姿が見えない。彼女は私がプレゼントした茶色いボルサリーノをかぶり、今日も街をほっつき歩きに出ていったようだ。


 そのうち、メイヤ君が帰ってきた。彼女は「おみやげでーす」と言って、ソファセットのテーブルにビニール袋を置いた。「シュウマイですよ」ということだった。確かにそんな匂いがする。肉の類は値が張る。それでも買ってくるあたり、気前がいいと言うかなんというか。


「今日もせっせと出歩いていたようだけれど、まったく君は元気だね」

「元気ですよーっ」と右の拳を突き上げつつ、一人掛けのソファに腰掛けたメイヤ君である。「行動力があるっていいことでしょう?」

「ありすぎるのも困りものだっていうのが本音だよ」

「『人さらい』さんの話ですか?」

「まあ、彼らも明るい内から『仕事』はしないと思うけれど」


 『人さらい』とはその名の通り、ヒトをさらうことを生業としている。さらった上で、『人売り屋』に持ち込むのだ。当然ながら、あまり褒められた職ではない。でも、そういった連中が常日頃から目を光らせているのがこの街なのである。メイヤ君ほどの、言ってみれば美少女であれば、目ざとい連中に目をつけられないとも限らない。だから、彼女の一人歩きはちょっと心配だったりもする。


「このあたりの人達とはもうすっかり仲良しになりましたですよ」メイヤ君はなんだかうれしそうだ。「マオさんのところで働かせてもらってるんだって言うと、好意的に接してもらえるのです」

「私は一介の探偵に過ぎないよ」

「それでもヒトがいいって評判みたいです」

「お人好しってことなのかな」

「他意はないはずですよ。まあまあ、とりあえず、シュウマイを食べましょう」


 私はデスクから離れ、メイヤ君の向かいに腰を下ろした。彼女は早速ビニール袋の中からせいろを取り出す。せいろだ、せいろ。簡素な紙の箱にではなく、せいろに入っているのだ。すなわち、高いシュウマイを選んで買ってきたということである。


「小遣いを浪費することは感心できないな」

「何言ってるんですか。シュウマイくらい経費で落としていただかないと」

「さも当然のように言ってくれるね」


 メイヤ君の物言いに少々呆れてしまった私である。


 彼女は割り箸でつまんで「ふーふー」をしてからシュウマイを食べた。はふはふと口を動かしながら美味しそうにニコニコと笑う。私はというと、「ふーふー」をすることもなくシュウマイを丸ごと口へと放り込み、咀嚼し終え、飲み込んだ。


「熱くないのですか?」

「熱いよ。だけど私の場合、平気でね」

「不感症の口なのですね」

「味くらいはわかる」

「美味しいですか?」

「ああ、美味しいね」

「ところでボス」

「ボスじゃないよ。マオだよ」

「そうでした。マオさん。実はわたし、仕事を仕入れてきましたですよ」

「仕事?」

「そうなのです。お仕事なのです」

「メイヤ君」

「はい。なんでしょう?」

「一つ釘を刺しておくとだね、探偵は、自ら好き好んで事件に首を突っ込んだりはしないものなんだよ。基本的には依頼を待つ立場なんだ」

「でも、どうあれ仕事を拾ってきちゃったのです」

「その仕事は、どうやって見つけてきたんだい?」

「ですから、何かの折にはぜひマオ探偵事務所をご利用くださいと、あちこちに触れ回った上での賜物なのです」

「ホント、迷惑なことをしてくれるね、君は」

「仕事熱心だと言ってください」

「じゃあ、順を追って話をしようか。誰が依頼主なんだい?」

「『フグ屋』のご主人です」

「『フグ屋』の主人? 君は『フグ屋』にまで宣伝していたのかい?」

「そうですよ。とにかくあちこちに顔を出しまくってます。お困りの際にはぜひ我がマオ探偵事務所をご利用くださいませと言いまくってます」

「その行動にはいちゃもんをつけたいところだけれど、まあいい。詳しい話を聞かせてもらおうか」

「そうこなくっちゃです」


 メイヤ君いわく、『フグ屋』が毒を出したということだった。そのせいで一人、亡くなったらしい。だとすると、板前がフグを調理するにあたってミスを犯し、だから死者が出たというだけのことではないのか。私はメイヤ君にそう問い掛けた。


「だけどご主人いわく、その板前さんは店で一番の腕前らしいのですよ」

「それでも、失敗する時は失敗すると思うよ。だってニンゲンなんだから」

「そうなのでしょうか」

「察するに、主人は起きた『こと』について不思議に思っていて、その不思議を解消したがっているってことなのかな?」

「そうそう、そうです。まさにそういうことらしいのです」

「ふむ」

「とにかく仕事ですよ。ちゃんと働きましょう」

「耳が痛いことを言うね」

「行きますよね?」

「君が引き受けてきた仕事だ。私が請け負わないわけにはいかないだろう」

「そうこなくっちゃです」

「詳しい話はこれからなんだね?」

「はい。そのかわり、探偵さんにお越しいただければ、包み隠さず、すべて話すとのことでした」

「わかった。承知した」

「あ、最後のシュウマイ、食べちゃってもいいですか?」

「いいよ。食べなさい」

「マオさんってば優しいのです」

「君の食欲の旺盛さには辟易している」

「そうなのですか?」

「そうなんだよ」


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