7-2
事務所のデスクにつき、今日も二日前の新聞に目を通している私である。メイヤ君はというと、二人掛けのソファの外に投げ出した真っ白な両脚をぷらぷらさせている。「暇です、暇です、暇なのですよぅ」と連呼する。メイヤ君は実るべきところは実り、くびれるところはくびれていてるのだけれど、やはり精神的にはまだ子供なのだ。暇を持て余すことが多少ならず苦痛であることはわからなくもない。
部屋のドアがノックされた。
メイヤ君が「やった!」と言って、テーブルに置いてあった茶色のボルサリーノをかぶった。「釣り針に魚がかかりましたですよ!」
その言い方はどうかと思うのだが、ともあれ、メイヤ君は事務所の戸を開けた。「どうぞ、どうぞ」と客を中へと導いた。
客は三十代の前半くらいであろう、女性である。黒い髪に黄色味を帯びた肌。背は低い。特に美人というわけではないが、まとうニュアンスは柔らかだ。
メイヤ君が「さあさ、こちらへどーぞ」と依頼人の女性を一人掛けのソファに促した。向かいの二人掛けのソファには、私とメイヤ君がそれぞれ座った。
「名刺をお渡ししたほうがよろしいですか?」
私がそう訊くと、女性は「い、いえ。大丈夫です」と多少どぎまぎした様子でかぶりを振った。名刺を作るにもコストがかかるので、渡さないで済むことには越したことはない。まあ、客に対して名刺を出し渋るほど、私はケチではないつもりだが。
「本当に必要ありませんか?」
「は、はい。結構です」
奥ゆかしい人物だなと、私は感じた。
「ご依頼ですか?」
「はい。お願いしたいことがあります」
「それはなんでしょう?」
「その……」
口ごもるようにすると、女性は下を向き、合わせた両手を胸にした。ヒトを前にしてうつむくのも胸に両手を当てるのも、内向的な人間に多く見られる仕草だ。女性はやはり、控えめで大人しい人間であるようだ。
女性はいきなり、意を決したように顔を上げた。「夫が浮気をしているのではないかと疑っているんです!」と大きな声を発した。
私は腕を組んで「ふむ」と、うなずくだけだったが、メイヤ君は女性の勢いに気圧されたようで、どひゃっとでも言わんばかりに諸手を上げた。
「そそ、それはまた、どうしてですか?」驚いているふうなメイヤ君が口を聞いた。「な、何かその兆しでもあるんですか?」
「彼女の言う通りです」私は落ち着いた口調で述べる。「それっぽい兆候があるんですか?」
「毎週、木曜日の夜は帰りが遅いんです。十二時を過ぎることもあるんです」と女性は言った。「でも、主人は飲み会だというだけで……」
「なるほど」私は今一度、うなずいた。「貴女はそこに嘘があるとにらんでいらっしゃる?」
「だって、毎度毎度木曜日なんですよ?」
「定期的に、すなわち毎週木曜日に酒を飲む。そのこと自体はおかしなことだとは思いませんが?」
「それは、そうなのかもしれませんけれど……」
「貴女がお考えになられていることは、杞憂にすぎないのでは?」
「かもしれません。かもしれませんけれど、真実を確かめたくて……」
「まあ、その気持ちはわからないでもないですね」
「……あの」
「はい?」
「実はおなかに、夫の子がいるんです」
「ほぅ。それはおめでとうございます」
「ありがとうございます。あの、だからこそ……」
「ええ。だからこそ、旦那様の木曜日の行動が気になるわけですね?」
「そうなんです……」
「であるなら、木曜日の行動について、直接旦那様にお伺いになられればいいと思うのですが、そうもいかない。具体的に言うと、今の貴女は旦那様にどう説明されても、それを信じることができる心境にない。だから、第三者の目を使って確かめてみようとお考えになられた」
「はい……」
「わかりました。お引き受けいたしましょう」
「本当ですか?」
「嘘は言いません」
女性はぽろぽろと涙をこぼし始めた。
「夫を信じてはいるんです。私のおなかから産まれ出てくる命をきっと祝福してくれるだろうって。だけど、どうしても疑念を晴らすことができなくて……」
「お話の内容は理解しましたよ。ちなみに、なんですが」
「はい。なんですか?」
「ご主人が木曜日の夜にどこに立ち寄っているのか、その点についてはお聞きになられているのでしょうか?」
「それは、はい」
「なら、話は早い。飲み屋の場所を教えていただけますか?」
メイヤ君が差し出したメモ帳に、女性は住所を記した。情報としては、それだけで充分だ。
「では、次の木曜日に、もう明日ですね。そのタイミングで、くだんの飲み屋を訪ねてみることにしますよ」
「ありがとうございます、ありがとうございます。それでその、お代金は……」
「事後、まあ、上手いこと解決を図ることができた際にですね、そのとき、頂戴することにします」
「ありがとうございますっ!」
「礼を述べていただく必要はありません。だって私はまだ何もしていないのですから。ああ、肝心なことを訊き忘れるところでした。旦那様のお名前はなんと?」
「シーピンです。シーピンといいます」
「シーピンさんですね。わかりました」




