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超Q探偵  作者: XI
168/204

37-2

 メイヤ君は夕食をたんまりたいらげると、ソファに寝転がった。「今日はことのほか眠いのです。ごめんあそばせー」などと言って、早々とタオルケットにくるまったのである。


 日付けが変わる頃になっても、私は起きていた。そんなところにデスクの上の黒電話が鳴った。メイヤ君を起こすようなことがあってはならないと思い、すぐさま受話器を手に取った。オレンジ色の小さな電灯のもとで夕刊を熟読しているさいちゅうのことだった。


「マオ探偵事務所です」

「起きていたか」

「起きていましたが、それが何か?」

「いや、ラッキーだと思ってな」


 そう返してきたのは間違いなくミン刑事だ。多少ノイズが混じっているものの、長い付き合いだ、彼の声を聞き違えるはずもない。それにしても、こんな夜更けになんの用だろう。


「メイヤは? もう寝ているのか?」

「ええ、まあ」

「だったら、都合がいい。こっそり出て来い」


 ミン刑事が指定してきたのは近所の飲食店。クオリティは知れている安い店ではあるが、営業時間だけは長く、午前三時までやっている。


「急用ですか?」と確認した。

「それなりにな」と返答があった。


 やむなく事務所をあとにする。二人掛けのソファですやすや寝入っているメイヤ君に目を向け、その様子を微笑ましく思いながら。



 深夜という時間帯もあってだろう。客の入りは少なかった。店内にはテーブル代わりに大きなビア樽がいくつか置かれている。立食形式だ。とある樽の上にビールのジョッキ。ジョッキの前にはミン刑事。私はカウンターで焼酎のお湯割りをもらって、彼の向かいに立ったのだった。


「メイヤは元気か?」

「おや? 二人はしょっちゅう顔を突き合わせていることだろうと思っていましたが?」

「最近、ちょっくらご無沙汰でな」

「元気ですよ。というか、元気ではないメイヤ君などありえない」

「ま、そうだわな」

「それで、用件はなんですか?」

「ああ、とっとと切り出そうか。どうやらテイさんちのシュウエイさんが、ブタバコから出てきたようなんだよ」


 テイさんちのシュウエイさん。

 その名を聞いた瞬間、心臓が一つ、小さく跳ねたように感じられた。

 あえて焼酎をゆっくりとすすり、それから視線を前へと向ける。


「ソースは確かなんですか?」

「ソースも何もねーよ。俺が直接対応したんだからな」

「対応?」

「俺自身が街でテイの野郎とばったり出会ったんだよ。だからひとまず、ひっとらえた。だが、現状、やっこさんは何もしていないわけであってだな、よって釈放するより他なかった。なんだか悔しさみたいなものを覚えたよ」


 テイ・シュウエイなる人物とはちょっとした関係がある。悪い意味で縁がある。



 事件からもう五年ほどが経つだろうか。


 多くのヒトが行き交う大通りを歩いている最中に、うしろからいきなり発砲されたのだった。弾丸は私の顔のすぐそばをひゅんと通り抜け、こちらに向かって歩いてきていた男性の顔面に直撃した。素早く身を翻すとともに、私は懐からリボルバーを抜いた。十メートルほど先にテイがいた。私に銃口を寄越していた。まったく予期できなかったこと事態でもなかった。常に背後からつけてくる気配を察していたからだ。ついに撃ってきたか。平たく言えばそう感じた。


 テイは近くにいた女性の黒髪を引っ張って、その首に後ろから左腕を巻きつけた。女性のことを人質に取ったのだ。右手に持った拳銃、それを女性の頭に突きつけ、そして叫んだ。


「シャオメイ! この女を殺されたくなけりゃあ、こっちに来い!」


 そう。

 当時、私の隣には恋人であるシャオメイの姿があった。


「耳を貸す必要はありませんよ、シャオメイ」

「でも、マオ君っ」

「貴女をくれてやるつもりはありません。くれてやったら、それこそ相手の思うつぼだ」

「そうだけど……」


 人質となってしまった女性が怯えきっているのは見て取れた。だが、どうしても、シャオメイを渡すわけにはいかなかった。渡したくなかった


 私は一つ、発砲した。テイの額を狙ったのだ。

 しかし、外した、外して、しまった。


 次の瞬間、テイはトリガーを引いた。こめかみを撃ち抜くことでひとつ死体をこしらえた。物言わぬ女性の体を前方に突き飛ばすと、彼は狂ったように笑った。


「ヒャハハハハッ! 無力なもんだな、探偵さんよぉっ! お前のせいでこの女は死んだ! もう一回言ってやる! お前のせいで死んだんだぜ!」


 頭にかっと血がのぼった。右足で地を蹴った。放たれた弾丸がほおをかすめたものの、なりふり構わず突進し、顔面に飛び蹴りを浴びせた。仰向けにどっと倒れ込んだテイの腹を踏みつけ、銃口を彼の頭部に向けた。


 それでもテイは笑った。下品極まりない大声を上げて笑っていた。


 引き金にかけた指に力を込めようとした。

 なんのためらいもなく、私は彼を殺そうとしたのだ。


 だが、シャオメイが「ダメっ!」と叫んだ。彼女はすぐさま駆けてきて、私の右手に両手をそえた。「撃っちゃダメ」と私を止めた。かぶりを振りつつ、「撃っちゃダメ」ともう一度言った。子を諭すような言い方だった。


「シャオメイ」

「お願い、マオ君。私のために手を血で染めたりしないで」

「ラブラブしてんじゃねーよ、お二人さん! なあ、シャオメイ。お前は実は今でも俺のことが好きなんだろう? だから俺を殺させるわけにはいかねーんだろう? そうだよなあっ!」

「シャオメイっ」

「マオ君、黙って。警察、呼んでくるから。絶対に殺しちゃダメだよ? いいね?」


 真っ先に現場を訪れてくれたのはミン刑事だった。五分と経たずに来てくれたように思う。


 その折、ミン刑事は言った。


「間に合ったか。殺すつもりだったんだろう?」

「ええ」

「そこにあるのは憎しみか?」

「自分でも良くわかりません」

「そうか……」


 ミン刑事の部下の手によって、テイは連行された。

 彼は最後まで狂気に満ちた笑い声を発していた。


「なあ、シャオメイ、俺のところに戻ってこいよ。俺のことが好きなんだよな? そうだよなあっ!」


 無論、テイの言葉など嘘っぱちに過ぎないと考えたのだが、あるいはそれは勘違いなのかもしれないとも、多少、思わされた。


 そんな私の一抹の不安を悟ってか。


 その夜、シャオメイは暗い事務所の中で裸になってくれた。惜しげもなく肌を晒し、それから私に抱きつき、耳元で「大好きだよ、マオ君」とささやいてくれた。事務所の硬い床の上で、彼女を抱いた。彼女は私のことを心底気持ち良さそうに受け容れてくれたのだった。

 

「マオ君の代わりなんていないんだから」


 そう言われ、思わず「ありがとう」と言ったことを、今でも鮮明に覚えている。


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