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ドジな猫と狡猾なネズミが演者であるアニメが終わったところで、ようやくメイヤ君はテレビのダイヤルを回し、番組を変えてくれた。映し出されたのは、囚人服のような白い着衣を身にまとい、座禅を組んでいる老人の姿だった。禿げ上がった頭部。右のほおには大きなシミ。真っ直ぐな視線。不健康そうな青白い肌。老人は画面いっぱいに大写しにされている。
老人が口を開いた。
「愚かな民は生きていることを良しとする。生にしがみついているからだ。肉体を捨てよ。魂を解き放て。さすれば新たな道が開ける。天へと続く階段が見えるようになることだろう」
老人が話すその言葉にはテロップが付いていた。
画面が切り替わる。今度はスタジオ内の様子が映し出された。三段のひな壇が設けられており、長椅子に整然と並んで座っている彼らは老人と同じように、白い囚人服のようなものを着ている。
「とまあ、あなたがたの教祖ですか? 彼はそのようなことを宣っているわけですがねぇ」
司会者とおぼしき日焼けした中年男がねちっこい口調でそう言った。最前列のひな壇の中央に座っている女性にカメラが向けられる。美しい人物だ。画像の粗いテレビ越しでもそれはわかる。どうやらこれは報道番組ではなく、ワイドショーであるらしい。
司会者と女性との会話が始まった。
「教祖の物言いを、あなたがたは真に受けていらっしゃるんでしょうかねぇ」
「真に受けるも何も、教祖のおっしゃられていることが真理なのです」
「私みたいな一般人からすれば、とてもそうは思えないのですがねぇ」
「それは修業が足りないせいです。教祖のお言葉に真摯に耳を傾けていれば、誰もが自ずと正しい答えを得ることができるはずです」
「だからですねぇ、お嬢さん、そうは思えないのですがねぇ」
「それだけ貴方は愚かだということなのでしょう」
「この場に教祖をお迎えすることは可能でしょうかねぇ」
「それは不可能です」
「どうしてでしょうかねぇ」
「教祖は常に私達の心に寄り添ってくださっています」
「もはや支離滅裂ですねぇ、わけがわかりませんねぇ」
「いずれ、私達も肉体という呪縛から解放されます」
「それは自殺されるということですかねぇ」
「自殺などではありません。魂の救済です」
「はい、はい、わかりました。じゃあ、ここで一旦CM」
司会者がそう言ったところで、画面はコマーシャルに切り替わった。若さを保つのに有効な成分が含まれている化粧品があるだとか、そんなどうでもいい情報が垂れ流される。
「まだ見ますか?」とメイヤ君に問われた。
「いや、もういいよ」と私は答えた。
彼女はテレビのスイッチを切ると、私のデスクの上に腰掛けた。真っ白なふくらはぎをぷらぷらと揺らす。
「教祖様って誰なのですか?」
「知らないのかい? だとするなら、君はもう少し、新聞をしっかり読むようにしたほうがいい」
「有名なヒトなのですか?」
「有名だよ。モレル教祖だ」
「そのモレルさんというのは、やっぱり宗教団体のボスか何かなのですか?」
「ヴァルナ教という。モレル氏は、元はこの国で最も有名な大学の教授だったそうだよ。七十まで職を勤め上げたらしい。そして、八十を過ぎた頃になって神の啓示とやらを受けた」
「その啓示というのが、肉体とか魂とかが、うんたらかんたらって話であるわけですね?」
「そういうことであるようだ」
「どうして今になって、そのヴァルナ教ですか? それが注目されるようになったのですか?」
「何も最近になって騒がれ始めたわけじゃない。以前から信者の自殺が相次いでいたからね」
「続けざまに自殺者が出るだなんて、まともな宗教ではありませんよね。なのにどうして警察はそのモレル氏を逮捕しないのですか?」
「見つからないからだよ」
「見つからない?」
「ああ。どこにどれだけ『がさいれ』をしても、どうしたって見つからないらしい」
「でも、モレル氏はご存命なのですよね?」
「多分だけど、そうなんじゃないかな」
「ちなみに、ヴァルナ教って、世間に迷惑をかけるような団体なのですか?」
「いや、自殺者が出ているというだけであって、他者に何か危害を加えるような真似はしていない。だから反社会的な組織であるのかと問われると、答えは微妙なものになるね」
「それでも警察は捕まえたがっているのですよね? じゃなきゃ執拗に『がさいれ』を繰り返したりしないでしょうし」
「実はモレル氏には警察が賞金をかけていたりする」
「賞金って、いくらなのですか?」
「跳ね上がりに跳ね上がって、今や五百万ウーロンだ」
「えーっ、五百万ウーロン!?」
「デッド・オア・アライヴだそうだよ」
「死体でもかまわないということですか」
「そうなる」
「うーむ、五百万、五百万ウーロンですかぁ」
「先に述べておくけれど、私は関わろうとしたことはないよ。いくら五百万と言えども、得体の知れない組織を探るにあたっては、それなりに危険が伴うと考えているからね」
「でも、五百万ウーロンなのですよ?」
「メイヤ君」
「わかってまーす。わたしも関わったりはしませんよぅ」




