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改めて『フグ屋』の暖簾をくぐった。
私とメイヤ君がアパートから『フグ屋』まで移動する間に、主人は娘から電話ですべてを明かされたらしい。主人は泣いた。「良かった、良かった」と言って、真相が得られたことを大いに喜び、おいおい泣いた。報酬として分厚い封筒が用意されていた。遠慮なくいただき、懐におさめた。大して働いたわけではない。だから、全額受け取るかどうか迷った。だが、それも刹那のこと。基本的に金があるところからは、ふんだくる主義だ。
主人いわく、警察に裏金を渡して、留置所にいるハン氏に戻ってきてもらうとのことだった。その上で、やはり娘婿として迎え入れるという話だった。ベストな考え方だろう。明らかに悪いのは娘に絡んでいた男なのだから。とはいえ、店が毒を出したという話は少なからずあたりに広まるに違いない。すでに広まってもいるだろう。その点については、主人が信用の回復に駆けずり回らなければならないはずだ。
『フグ屋』からの帰路、私の隣をとことことついてくるメイヤ君である。
「なるほど。こういったかたちで探偵は事件を解決するものなのですね。勉強になりましたですよ」
「メイヤ君」
「はいです」
「君は今回の案件について細かくメモをとっていたようだけれど、結局それはなんの役にも立たなかっただろう?」
「まあ、そうですね。本件の場合はそうでした」
「いつか役に立つと思っているのかい?」
「なりますよ、きっと。何かの折にはエビデンスになるはずです」
「エビデンスだなんて、君は難しい言葉を知っているね」
「ボキャブラリーは豊富なほうなのです」
「いいことだ」
「でしょう?」
「うん。ところでなんだけどね、メイヤ君」私は彼女の恰好に注目する。「短いスカートばかりはくのはやめたほうがいい」
「それってどうしてですか?」
「異性の邪な欲求を掻き立てる要因になりかねないからだよ」
メイヤ君が自宅からウチへと転がり込んでくる際、私も引っ越し作業に駆り出された。プラスティック製の収納ケースをを運び出すのを手伝われされたのだ。計二つ、それぞれ三段重ねでそれなりに重かった。彼女はいわゆる衣装持ちなのだ。
彼女はやはりとことこと歩き、やがては私の隣に並んだ。
「わたしはミニスカはやめません」
「それってどううしてだい?」
「脚がすーすーしていないと気持ちが悪いのですよ」
「男の私からすると、わからない感覚だね」
「まあ、そうでしょうね。それにしても、良かったのですか?」
「何がだい?」
「ハンさんと娘さんは、ヒトを殺すことを企て実行した。それって立派な殺人事件です。なのに、マオさんは警察に話を持っていくつもりはないのですよね?」
「持っていったところで、私は得をしないからね」
「ということは、殺人を見逃すということですよね?」
「法的な善悪においては、私のやり方は間違いなんだろう。でも、私は自身の価値観を優先するタチなんでね」
「おぉっ、それってなんだかとってもカッコいいセリフです」
「綺麗ごとを言っているつもりはないんだけど」
「いいことはいいこととして押し通す。だけど悪いことは見過ごさない。要するに、マオさんってそうヒトなのですね」
「そうかい?」
「そうなのです。で、しょうもないっていうか、つまらないヤクザさんですか? それってどんなヒト達なのですか?」
「ケチくさい連中だよ。既得権益にしがみついているだけさ」
「取るに足らないヒト達だってことですか?」
「その通りだよ。しかし、そんな奴らが幅を利かせているのが実態だ。だからこの街は、こんなにも胡散臭い」
「マオさん」
「ん?」
「わたし、この仕事が好きになれそうです」
「それはまたどうしてだい?」
「事件の真相を突き止める。それって凄くカッコいいことじゃないですか」
「そうかなあ」
「そうですよぅ。いつか私も事務所を開きたいなあって思っちゃうくらい、カッコいいです」
「今すぐにでもいい」
「はい?」
「君が主人で私が助手でもいいと言っている」
「そんなそんな、滅相もない。わたしはまだまだ駆け出しですから」
メイヤ君は私の前方に躍り出ると、茶色いボルサリーノの左右のふちを掴んで、ぺこっとお行儀良く頭を下げた。
「マオさん、これからも色々とご指南いただきたいのです。よろしくお願いいたします」




