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「ここが、トレン・デパートかぁ~」
派遣先に付いた朱里は、仕事道具の入ったリュックを下に置いて、大きな目をますます見開いて建物を見上げて呟いた。
目の前にあるのは、6階建ての高層型デパート。しかし、現在ではムシの危険性があるからか、建物は静まり返っていて窓等も閉鎖されていた。
入口には立ち入り禁止の文字。
朱里は今回の依頼内容を、改めて反芻していた。
ムシが発見されたのは3日前。まだ、小型のタイプのもので、発生したのは1階の廊下に2匹だった。すぐに非常線がひかれ、その間誰も出入りはしてないらしい。
「う~ん、こんな大掛かりな場所。なんでうちの事務所にきたのだろう?」
本来、巨大デパートなどは大きな事務所を斡旋するのが普通だった。しかし、今回は大掛かりな依頼が数件同時に来たらしく、主力の会社の方に行ったと言う情報も入っていた。
「初期段階だからだとは思うけど。取り敢えず外装もそのままだし、少なそうだから何とか出来そうだけど…」
朱里は早速、装備のチェックをした。
「陽君に口うるさくいわれるからね」
その手際は慣れたものだ。
銃の方も弾を確認して、気合を入れ直すためにか長い豊かな髪を上に結んだ。最後にゴーグルをし、一息大きなため息をつく。
「よし、行くぞ!」
「やっと支度出来たのか?」
自分を奮い立てるようにそう声を出した時、後ろからそう声を掛けられて、朱里は飛び上がるほど驚いた。
慌てて後ろを振り返ると、長身の軽薄そうな雰囲気の男がいた。
その後ろには、漆黒の執事服に身を包んだ小柄な青年が控えていた。
「あんた、誰?」
思わず朱里は聞いた。
「おーい、俺をしらねぇのか?」
青年は呆れたようにおおげさなアクションで言った。
「この、デパートのオーナー様に決まっているだろう?」
その言葉に、朱里は「真壁飛鳥かぁ…」と苦虫を噛んだ顔をした。
トレン・デパートのオーナー、真壁飛鳥。真壁財閥の御曹司で、親の力でデパートをいくつも経営するが、朱里の耳にはバカ息子の悪い噂がわんさか入ってきていた。
「なんで、こんなとこにいるのよ」
朱里は仕方なしに聞いた。
「もちろん、ビーデルハンターの仕事を間近でみられるチャンスとあっては、見逃すわけにいかないだろう?」
朱里は思わず依頼主を怒鳴りつけた。
「あんた、馬鹿じゃあないの?そんな危険なこと、了承するわけないじゃあない」
飛鳥は馬鹿と言われたことが気に障ったのか、少しむっとしつつも、「コウ」と執事を呼んだ。執事は返事をして、胸元から封筒を取り出し朱里に差し出した。
「なに、これ?」
中を開いて見ると、それはトレン・デパートとビーデルハンター協会が交わした契約書だった。下の備考には、赤字で『尚、任務遂行の際には、依頼主の立ち会いを許可するものとする』と書いてあった。
「何、これ聞いていなーい!」
思わず大声で朱里が叫んだ。
そのあまりの声に、飛鳥が耳を押さえた。
「そんなの知るかよ。連絡ミスしたのは、そっちだろう。とにかく、これがある限りは、同行させてもらうからな!」
「ううう…」
初仕事だけでも不安なのに、素人を連れてハンターをするなんて…、朱里は「こんなことなら、陽君についてもらえばよかった…」と思わずつぶやいた。
「そういや、あんた名前なんてんだ?」
朱里が打ちひしがれていると、飛鳥が聞いてきた。
それに朱里は、噛みつくように「朱里!」と答えた。
「へぇ~。朱里ちゃんか。俺気の強い女嫌いじゃあないぜ」
飛鳥は、一人にまにましていて、朱里もう言葉もでなかった。
「それじゃあ、行こうとするか?」
飛鳥は朱里を待たずに、デパートに入ろうとした。
「ちょ、ちょっと、待って…」
何の装備のないまま、ムシのいる場所へ入ろうとするなんて考えられない。
朱里は飛鳥を引き止めて、自分の持ち物に防護系のものが探そうとした。
「飛鳥様」
その時、後ろに控えていた執事が主人に声を掛けて、小さな押しボタンのようなものを渡した。
「それは…」
朱里が声を掛けると、飛鳥はにんまりと笑って、かざして見せた。
「ムシ用簡易シールド」
このボタンを押すことによって、一定の時間虫の攻撃から身を守ることができた。
しかも、飛鳥が持っていたのは、時間、強度ともに最高のもので、その金額たるや朱里には到底手が出せない。
(こっちは、最低ランクのやつを買っても、もったいなくてあまり使えないくらいなのに…)
この金持ちが~っと、恨みのこもった目で睨んだが、飛鳥には通じてないらしい。
「じゃあ、行くかぁ~」と声を掛けて、執事を伴って中にさっさと入って行った。
「ちょっと、勝手に行かないでよぉ~」
朱里もその後を追いかけて慌てて入って行くことになった。