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パトロールという名の散歩をする話

予告より一か月以上遅れてすいません。

ほんとすいません。

 不幸は、突然やってくる。

 それが大きいものであれ、小さいものであれ、当人の心を深く蝕むのだ。

 

「働きたくねえなあ」


 それは「増幅器(アンプリファイアー)」の件から一週間後のこと。

 一永いちながによって作り直されたゲーム機で遊びながらのれいのつぶやきは、

 

 「零!パトロールに行きま……あれっ、鍵かかってる」


 陽夏ひなの声と、


 「まあいいわ、ふんっ!」


 力づくで鍵のかかったドアをこじ開ける、バキッという音にかき消された。

 

 「よし、パトロールに行くわよ、零」


 「人の部屋のドア壊しといてなお、反省のそぶりがないってのはある意味尊敬だな」

 

 「え、そ、尊敬してくれてるの?」


 「会話が成立してねえ……」


皮肉が全く通じていないが、それでめげる零ではない。


 「あのなあ、言わせてもらうけどかき氷売ってただけであんなことになったんだぞ?正直言ってもう絶対働きたくない。というか家から出たくない。だいたいお前さあ、もうちょっと気遣ってくれてもいいんじゃね?」


 痛いところをつかれた陽夏は言葉に詰まる。


 「そ、それはあたしだって心配だけど……。おじいちゃんに話したら何とかするって言ってたし、そもそもあんたが大してダメージ受けてる感じじゃないし、というかただサボってるだけに見えるし」

 

 今度は零が答えに窮する番だった。

 実際のところ零は今回の件でダメージを受けているわけではない。

 これは一永を信頼しているというのもあるが、何より月詠零という人間の本質に原因がある。

 零の能力は「相手の現在の思考を聴きとる能力」であり、基本的にはある程度意識を集中させないと聴くことはできない。

 ただし、相手が強く思っていることは特に集中してなくても聴こえることがある。

 他者の歓喜、興奮、絶望、敵意、嫉妬、殺意などといった強い感情や強い意志のこめられた信念や信条は零の頭の中に垂れ流される。

 さらに悪いことに目や耳に入ってくる情報と違い、脳に直接入ってくる「声」は遮断することができない。

 それゆえ零の感情は、信条は、信念は、意志は、ころころと変わってしまう。

 朝令暮改ならまだいいほうで、つい一分前と主張が逆転するというのも一度や二度ではなかった。

 いわば月詠零の本質は、芯のない、流されやすい人間なのである。

 であるからして、一週間前の恐怖など、すっかり消え失せており、ただそれを口実にしてダラダラしていただけなのである。

 

 「い、いやあべつにあれだよ?サボろうなんて思ってないし。っていうかパトロールはどうしたよ」

 

 内心を悟られないように零は慌てて話題を変える。

 が、すぐそれが最悪手であったことに気づく。

 何せ彼女はそれが目的で零の部屋に来たのだから。

  

 「そう、パトロールよ!零、一緒にパトロール行きましょう!また包丁男が来ても、あたしが返り討ちにしてあげるから、ね?」

 

「一つ訊いてもいいか?」

 

 この短時間で、用件を忘れる陽夏の記憶力に感嘆しながら、零は訊ねた。

 

 「なによ?」


 「それ、俺も着るのか?」

 

 零は陽夏を、正確には陽夏が着ている赤いTシャツと、もう一着、おそらくは零の分と思しき赤Tシャツを指さした。

 べつに零は赤色は嫌いではない。

 問題なのは、前に黒い字で「暁自警団」とでかでかと書かれていることだ。

 はっきり言ってこんなものを着るやつの気持ちが理解できない。

 羞恥心とかないのだろうか。

 というかそもそもいつの間に「暁自警団」なんて名前がついていたのかと突っ込みたい。

 まあ、ネーミング自体には別に不満はないが、零からすればそんな恥ずかしいTシャツを着るなどまっぴらごめんだった。

 が、陽夏がそんな零の心情を理解できるはずもなく、

 

 「当然でしょ、さっさと着替えなさいよ。ていうかその恰好じゃ暑いでしょ」

 

 ちなみに今の零の格好はいつも通りジャージ、陽夏は「暁自警団」Tシャツに、短パンであり、どちらが夏にふさわしい服装かは比べるまでもない。

 

 「いや、しかしなあ、どうもそのTシャツがなあ」

 「つべこべ言わない、ほらいったん出ていくからさっさと着替えなさい」

 

 問答無用、と言わんばかりに赤いTシャツを投げつけられた。

 鍵の壊れたドアを閉めるバタン、という音が零には死刑宣告に聞こえた。

             ***

 

 「そういえばこのTシャツって誰が作ったんだ?」


 仕方なくTシャツを着て、パトロールする中、ふと気になったので訊いてみた。


 「作ったのはおじいちゃんだけど、デザインを考えたのは詩音しおんちゃんなんだって。こないだ『零君もきっと喜んでくれます』って目をキラキラさせてたけど」

 

 「へえ、この世にはきらきら光る節穴があるんだな。知らなかったぜ。」


 「え、何それ、初耳なんだけど」


 零の皮肉が全く理解できていない陽夏。もっとも、わからないことを前提として言っているのだけれど。

 パトロールと言っても大したことはなく、ほとんど散歩に近い。

 というか単なる見回りであれば、このようなパトロールより効率的な方法はいくらでもあるし、なんならその中の一つは、「増幅器(アンプリファイアー)」の件の翌日から詩音によって導入されている。

 ゆえに彼女がこうしてパトロールをしているのは、彼女なりに零を気遣ってのことだった。

 それをわかっているゆえ、零も仕方なく外に出たのである。

 

 「しっかしやっぱ外はつらいな。人生屋内が一番。なあ暁、家で引きこもっててもできる仕事ってねえかな?」


 「家で仕事するってのは難しいんじゃない?詩音ちゃんでもないと。それに、やっぱりいざってときのためにあたしと一緒にいたほうが……。あっ」 


 と、零の戯言を真剣に考えこんでいた陽夏の頭に一つの考えが浮かび、零も瞬時にそれを察知する。

 

「零、 今あたし思いついたんだけど」

「断る!」


話を聞かなくてもどこで働かされるかはもう『聴いて』わかっている。そしてそこで働。いた場合、自分の命が失われることも。

 

「大丈夫よ、そんな危ない仕事じゃないし。いざとなったら、まあ、どうにかなるでし

ょ」

 

 「危なくないのはお前だからだし、いざとなってもどうにもならねえだろ!だいたいなんであんな夜の仕事に行かなきゃならねえんだ!」

 

 「ちょ、ちょっと待ってよ零。それなんか変な意味に聞こえるんだけど」

 

 「知ったことかよ、夜しかやってねえのは事実だろうが。誰が好き好んでいくかよ、闘技場なんざ」

 

 陽夏の職場である闘技場は、簡単に言えばマネーファイトを行っている場所だ。

 武器さえ使わなければ、どんな手を使ってもよし、(ただし、グローブは認可されている。)時間無制限で、ポイントもなし、唯一の勝利条件はテンカウントだ。

 ちなみに、過去の成績に応じてS、A、B、Cの順にランク付けされており、陽夏はもちろんSランク、それもSランクの中でもトップの座に君臨し、いまだ無敗。

 あまりに強すぎるので、最近はもはや彼女が試合を組むのも難しくなっている。

 べつに零とて、夜間の仕事だから躊躇しているわけではないのだ。

 陽夏が近くにいるなら家でゲームしているよりよほど、『増幅器(アンプリファイアー)』たちから狙われる危険は減るだろうし。

 ただ、実際に死んだ者もいたくらいなので、むしろこちらのほうが危険かもしれない。

 あちらを立てればこちらが立たず、と零が思い悩んでいたそのとき、

 

「あー、こちら伝治(でんじ)、問題が発生した。至急陽夏の家まで戻ってくれ」

 

 陽夏の無線からノイズの混じった伝治の声が聞こえてきた。

 これは蛇足だが、零は無線や電話が嫌いだ。

 声を『聴く』ことができない以上、相手が本当のことを言っている保証がないからだ。

 とはいえ問題が起きた、と言われれば無視はできない。


 「こちら零、問題ってなんだ。何があった?」

  

 「悪い知らせが二つ、いや三つかな。とにかく戻ってくれ。聞くより直接見たほうが早い」

 

 「百聞は一見に如かず、だな。わかった、すぐ戻る」


 伝治の口ぶりからして自分たちがいないわずかな時間の間に、家に何かがあったのだろうと思われる。状況を理解した零が慌てて戻ろうとすると、

 

 「ひゃくぶん?ねえ零、今のどういう意味?」


 「知ってて当然の言葉だし、知らなくても会話の流れで察しろ、バカ」

 

 語彙力のない陽夏は、全く状況を理解できていなかった。

 

             ***

 「な、んだよ、これ」


 先程の穏やかな雰囲気はどこへやら、家に戻り伝治や詩音と合流した零は、やっとのことで声を絞り出していた。

 ほかの三人は言葉さえ出ない。

 伝治は歯がみしながら木刀を握りしめ、詩音はパソコンを抱えたままうつむき、陽夏は、唇をかみしめ、血がにじみ出るほど拳を固く握っていた。


 「俺の、俺たちの家、が・・・・・・。」

  

 壊されていた。


 不幸は突然やってくる。それがどのようなものであれ、人の心を蝕むのだ。


 

 


前書きにも書きましたが、遅れてすいません。

筆者は現在多忙ですので今後も亀更新で行きます。

本当にすいません。

謝罪を活動報告にも挙げています。

感想などお書きくださると筆者が喜びます。

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