議長がアホなせいで会議がグダグダになる話
「すいません、ブルーハワイ一つお願いします。」
「ブルーハワイ一つですね、二百円になります。」
「ふう、思ったより簡単だな、この仕事。」
客が去っていくのを見送りながら零はつぶやいた。
まず、氷をかき氷機にセットし、手でハンドルを回し、削る。それを紙コップで受け止め、青色のシロップをかける。単純な作業である。
「これでもし、移動さえなければ楽なんだがなあ。」
屋台を引き、パトロールしながらかき氷を売る、というのが一週間前行われた会議で決定した零に課せられた「仕事」であった。
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「え、ちょっと待ってくれ。自警団としての活動以外にも仕事をしなきゃなんねーのか?」
「そうよ、ただ働きだけじゃ生きていけないでしょ。あたりまえじゃない。」
会議で一体何を決めるのか、と陽夏に訊くと、新入りである零の仕事の割り振りだというので、思わず聞き返してしまった。
「というかあんた、何驚いてんのよ。それぐらいあたしの心が読めるんだからわかるでしょ。」
「あのなあ、何度も言ってるが俺に聴こえるのは他人が『今考えていること』だけなんだよ。いい加減付き合い長いんだからそれぐらいわかっといてくれ。」
そんなことを言いながら走っていると、ほどなく目的地である「卜部道場」の看板が見えてきた。
ちなみに、「とべ」ではなく「うらべ」と読む。
ここの道場主にして、零と陽夏の幼馴染である、卜部伝治の名字である。
戸を開けるやいなや、
「よお、久しぶりじゃねえか、零。ジジイから聞いたぜ、またバカなことやったんだってなあ。え?」
「零君、詐欺で生活してたって本当ですか?いったい何を考えてるんですか?」
伝次と、同じく幼馴染である、結城詩音に出迎えられた。
(全く心配させやがって、ほんとに何考えてんだこいつは。俺と暁がどんだけ心配してあちこち探しまわったと思ってやがる!)
(とにかく零君が、戻ってきてくれてよかったです。陽夏ちゃんも最近元気なかったですけど、これで元通りですね。)
二人とも、自分のことを心配してくれていたことがわかり、零はうれしいと同時に、申し訳ない気持ちになった。そして、
「ああ、心配かけて悪かったな、ところで、」
先ほどの二人の「声」を聴いて、気になったことを言ってみた。
「暁、お前俺が心配で、ずっと探して回ってたってホントか?」
「は、はあ、な、なに言ってんの?ばっかじゃないの?全然探してないわよ!」
「おい、どうした暁?顔が真っ赤だけど熱でもあるのか?」
「無いわよ!」
零が慌てる陽夏をおちょくって楽しむという最低なことをしていると、
「おい、卜部!何だべってんだ!」
奥のほうから聞こえる中年と思しき声によって、中断させられた。
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「えーと、遅れちゃってごめんなさい。それじゃ改めて第二十三回定期、じゃなくて、えっと、定例会議を始めます!」
ありふれた剣道場の中に、円卓と、人数分のパイプ椅子、そしてホワイトボードが置いてあるのは、きわめてシュールだった。
新入りの俺の分のいすが用意されてるってことは、どうやら俺の加入は決定事項だったらしい、と思うと、零はため息をこらえられなかった。
陽夏が議長らしく、会議をまとめている。
いや、正確には、まとめようとしている、といったほうが正しいだろう。
もともとの陽夏の容量の悪さもあるが、メンバーのほとんどが三十路を過ぎた男たちである。
自分たちの半分も生きていない、それも女が、指揮を執っていることが気に入らないのである。
そんな彼らの「声」を聴きとっていた零は、憤りを禁じえなかった。
(知っ、馬鹿どもが。大人が偉いのはじいさんみたいにその分詰んできたもんがあるってのが前提なんだよ。どうせお前ら暁の半分の握力もないくせに。まあ、俺もないけどな。)
ちなみに、陽夏と一永の握力はゆうに百を超えているが、それはともかく。
「えーと、じゃあまずは新入りが入ったから、まずは自己紹介ね!零!」
いきなり指名されて、零は戸惑ってしまった。
あくまで「今考えていることがわかる」程度の能力なので、陽夏のように行動が突発的だと、次の行動を予測するのは零にとっては非常に困難なのである。
「あー、どうも、月詠零です。暁陽夏さんの友人です。よろしくお願いします。」
それでも、なんとか自己紹介を終え、
「信じられないかもしれませんが、俺は人の心が読めます。なので、あくまで例えばの話ですが、誰が誰を嫌いかとか、不満があるとかも、全部わかっちゃうので、ご注意ください。」
と、皮肉をにじませると、何人かが気まずそうにうつむいた。
幼馴染のほうに、ちらと目をやると、伝次は、よくやった、というように親指を立て、詩音は、コクコクと首を縦に振っていた。
二人とも陽夏が快く思われていないことは、気づいていたのである。
ただし、当の陽夏だけは、わけがわからない、という顔できょとんとしていた。
そうして優越感に浸っていた零だが、
「えーと、あたしと、とべと、詩音ちゃんはわかるから・・・残りのみんなも自己紹介してあげて。」
年上に対するものとは思えない口調でしゃべる陽夏を見て、これは陽夏のほうにも非があるんじゃないかな、言い過ぎたかな、と反省していると、陽夏の左隣に座っていた三十代後半と思しき男が、口を開いた。
「俺は、狩野大吾というものだ。主に、とべと組んで自警団の活動をしている。よろしくな、月詠。」
狩野大吾と名乗ったその男は、ひげ面で、強面だった。
声を聞いて、月詠は、最初に陽夏を呼びつけていたのがこの男であるということに気づいた。
この男も、陽夏を嫌っているようだが、すでに零は彼らに同情し始めていたので、気にも留めなかった。
その後、一人、また一人と自己紹介を終え、最後にずっと立っていた書記の男が自己紹介をした。
「氷室栄介と言います。よろしく。」
零は、おや、と思った。英介の心の声を聴こうとした時、耳鳴りがしたのである。
(やれやれ、だいぶ疲れてるな。筋トレのしすぎか)
その時は、その程度にしか思っていなかった。