じいさんに脅されて仕方なく筋トレをする話
腕立て伏せは、辛い。
「じゅうに、じゅうさん、じゅう・・・し!」
まして、夏の日差しが照り付ける中での屋外の腕立て伏せは、零のみならず人間にとっては地獄でしかない。
零の顔から出た汗が、頬骨を伝って顎先から滴り落ちる。
そして何より問題なのは、砂が手に食い込むので痛い、死ぬほど痛い。
「じゅう・・・ご、じゅうろげふっ!も、もう無理。」
顔から地面に突っ込んだので、零の顔は当然土だらけ、口の中に砂が入ったようで、じゃりじゃりして気持ち悪い。
「ちょっと、それぐらいでへばらないでよ。腕立て伏せ二十回もできないってどういうこと?」
そんな中でも陽夏のしごき・・・もとい指導は甘くない。
二十回の腕立て伏せというのは運動不足の零にとっては無理難題に近い。
にもかかわらずできるまでやらせようとするため、もはや述べ回数は五十を超えていた。
「いきなり二十回とかできるわけねーだろ。頼むからもう終わりにしてくれよ。」
「まったくこの根性なし・・・。まあいいわ。五分休憩ね。」
「まだやるつもりなのか・・・。」
どうしてこんなことになったのか。
その原因は零が陽夏の祖父であり、自身の育ての親でもある、暁一永のもとを訪れた時までさかのぼる。
「うーむ、こりゃまた派手に壊したのお、零。」
一永の部屋にてかつてゲーム機だった「何か」をつまみ上げ、一永が半ばあきれたような声を上げた。
一永がいすに座り、二人は立ったまま作業机を挟んで向かい合っている形だ。
「いやじいさん、それ壊したの俺じゃないから。こいつだから。」
「なるほど、ならまあしょうがないのお。」
一永は納得したという風にうなずいた。
自分の孫娘が怒ればこれくらいのことは起こって当然であるということ、そして何が彼女を怒らせたのかもだいたいわかっているうえでの言動なのだろう、と、付き合いの長い零はよく理解していた。
独特のしゃべり方をし、常に飄々としているが、実際は零たちの住む都南区三丁目のリーダーのような存在である。
ちなみにその独特のしゃべり方についてだが、本人は「わしが子供のころは年寄りはみんなこの口調だったんじゃ。」と、本人は言っているが、少なくとも「フォッフォッフォッ」という笑い方に関しては間違いなく嘘だと零は確信していた。
ちなみに年寄りのくせにかなりの甘党であり、今も彼の作業机の上にはリンゴが置いてある。
「零よ、この壊れ具合だと下手に修理するより一から作り直したほうがいいかもしれんぞ?」
なるほど確かに陽夏によって砕かれたそれは、修理するより原料として再利用したほうがまし、という有様であった。
「わかった。じゃあそうしてくれ。できるのはいつごろになりそうだ?」
「ふむ、もともと作りかけのゲーム機があるから一週間もすればできるじゃろう。」
「ありがとさん。じゃ、また一週間後にとりに来るから。」
そうして零は部屋を出ていこうと
「待ちなさい。話はまだ終わってないわ。」
したところで再び陽夏に襟首をつかまれた。
「おい、ちょっと放せ、放してください、放せってば!」
無駄な抵抗を試みる零の襟首をつかんだまま、陽夏が一永に事の次第を報告する。
陽夏の子供のような要領を得ない報告を一永は黙って最後まで聞いていた。
そして聞きおわると、何を思ったか作業机の上に置いてあるリンゴを手に取った。
「なあ零よ、覚えとるかのお?わしが自警団を設立すると決めた際にその目的を聞かせたはずなんじゃが。」
「なんだよ急に、確か治安維持がどうこうって言ってなかったっけ?」
何の脈絡もなく話し始めた一永に対して不信感を抱いた零は一永の心を読んで
「うむ、そのとおりじゃ。つまりのお、もしあくどい詐欺師が現れたらそれを制裁するのもわしらの仕事なのじゃ。」
自分がすでに詰んでいることをさとった。
「まあもし・・・。」
零は、徐々に逃げ道がなくなっていくのを感じながら、何を言われるか予測できる自分の能力を呪った。
「自警団に入ってくれるのなら見逃してもよいが・・・。そうでなければ、のう?」
そういって彼は持っていたリンゴを顔の上で握りつぶし、果汁を飲み干した。
そして果肉を口に押し込み、種ごとかみ砕いて飲み込んだ。
もはや零には選択肢は残されていなかった。
こうして零は無理やり自警団に入らされることになったわけだが、零の体力不足を懸念した陽夏が筋トレを提案し、現在に至っている。
「なあ、筋トレするにしてもせめて部屋の中にしようぜ。熱いし、手に砂が食い込んで痛えんだよ。」
「何バカなこと言ってんのよ。体力と一緒に根性もつけなさい、根性も。」
バカはお前だ、心の「声」と言ってることが全く一緒のくせに、と零は心の中で毒づく。
まあそれが、零が陽夏を信頼している理由でもあるのだが。
零が呆れながら今日五セット目の腕立て伏せに入ろうとした時、
「こちら伝治、もう会議の開始時刻だ。どうぞ。」
陽夏の持っていた無線から聞きなれた声が聞こえた。
「あー!忘れてた。こちら陽夏、今から行きます!ごめん!」
零は陽夏の心を読み取り、おのれの未来を見通しながら、
「零、今から自警団の会議があるから、一緒に来て!」
筋トレから解放される喜び以上の漠然とした不安に襲われていた。
そしてその不安は、見事に的中することとなる。
だいぶ遅れてしまいました。次回は明日投稿できる・・・かもしれません。
新キャラが続々登場です。