占い師がゲームにつられて危ない橋を渡る話
「ええと、お名前はカネシロナオユキさん、ですよね?」
「な、なんで俺の名前を知ってるんですか?」
名乗る前に自分の名前を言われた男は動揺する。
目の前には17,8歳と思しき少年。二人がいるのは薄暗いテントの中。椅子に座っている二人の間にあるのはテーブルとその上に置いてある水晶玉。
直之の名前を当てた少年、月詠零はにこりともせず答える。
「そりゃあ、占い師ですから。」
「いやあ、さすがだなあ。噂通りですよ。この辺りにすごい占い師がいるって聞いて、正直半信半疑だったんですけど、来てよかったですよ。」
興奮してまくしたてる直之の話を聞き流し、零は淡々と述べていく。
「カネシロナオユキさん、28歳、ここに来たのは恋愛について・・・というより告白の成否を教えてもらうため。違いますか?」
「はい、そうです、すごいですね!さすが占い師ですね!」
「あーはいはい。とりあえず、占い料金1000円払ってください。」
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「うーん、これはかなり厳しいですねー。」
水晶玉を覗きながら零が語りかける。
「そ、そうですか。」
「はい、というか絶対無理ですね。今のままでは。」
零は直之に赤色のビー玉を渡し、
「この水晶玉を持って行ってください。これを持って一週間後に告白すれば、必ず願いは叶います。」
「え?これただのビー玉じゃ…。」
「ビー玉ではありません、特別な霊力を持った水晶玉です。赤は恋愛運、黄色は金運、青は交通安全、と、様々な種類があります。」
「そうですか、今日はありがとうございました!今から告白してきます!」
「ちょ、ちょっとあんた人の話聞いてましたか?一週間後ですよ、一週間後にそれ持って告白するんです!そしたら成功しますから!」
「あ、すいません。わかりました。一週間後ですね。」
「ああ、最後にもう一つだけ。」
帰ろうとする直之を零は呼び止める。
「なんでしょうか?」
「ビー・・・いや、水晶玉の代金5000円払ってください。」
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「ふ~、チョロいなホントに。」
誰もいなくなったテントの中で、零はつぶやく。
「今日だけで、14000円か。こんなにうまくいっていいもんかね。」
彼の「能力」で相手の名前や年齢、悩みを知り、相手の信用を得て、ただのビー玉を売りつける。ぶっちゃけただの詐欺だが、これが意外と儲かり、だいたい日当10000円ほどである。
しかも人が来ない間は読書やゲームをしていればいいので、零にとっての実質労働時間は客と接している時だけなのである。
ちなみに一週間という条件を付けたのは一週間ごとにテントを移動させており、振られた直之が抗議に来るのをかわすためである。
今までこの方法をとってきたおかげで、一切の抗議、苦情もないまま、現在に至っている。
ちなみに彼がこんな生活を送っているのはとある事情で済んでいた家から逃げ出したからである。
「ん、誰か来たな。」
人の気配を感じた零は、音を消していた旧式のゲーム機を机の引き出しにしまうと、
「いらっしゃいま・・・あっ」
型通りのあいさつをしようとしたところで、零は人影の正体に気づき、顔が青ざめるのが自分でもわかった。脱兎のごとく逃げ出そうとした零を、あっさり襟首をつかんで引き倒したのは、
「まったくどういうつもりなの?懐かしの幼馴染の顔を見て逃げるなんて」
友人の暁 陽夏だった。
「で、何してるのよ、あんた。」
とりあえず逃げる意思がないことを示し、向かい合って座るやいなや、陽夏が口を開く。
「何って見ればわかるだろ。占い師だよ。というかよくここがわかったよな。」
「この辺りに変な占い師がいるって噂を聞いてピンときたのよ。占いはちっとも当たんないのになぜか名前や年齢、悩みをぴたりと言い当てる謎の占い師がいるってね。だからあんたが「能力」を悪用してるんじゃないかと思ってきたんだけど、案の定だったわね。」
「ちょっと待て、占いが「悪用」だっていうのか?俺は悪いことなんて何もしてない。潔白だ。」
「何が潔白よ!ただの詐欺じゃない!ていうかさっきまでちょろいとか言ってたのはどこのどいつよ!」
「なんだおまえ、きいてたのかよ。悪かった、ごめんごめん。で、用件は何なんだよ。あ、やっぱ言わ
なくていいよ。もうわかったから。つまりは俺に」
「ねえ、そうやって人がしゃべる前に心を読んで先回りするのほんとにやめてほしいんだけど。」
そう、月詠には「人の心を読む能力」があった。
零はこの能力を使い、自称「占い師」をやっていたわけだがどうもそれが陽夏には詐欺をしているように見えたらしい。
ただ客の名前と生年月日を客が言う前に当て、適当な占いをして、ビー玉を買ってもらう、その行為のどこが詐欺なのか、と月詠は疑問に思う。
そもそも占いなんて信じるやつが馬鹿なのであって
「ねえあんたほんとに反省してる?悪いと思ってる?」
「ああ、もちろん」
反省してないし、悪いとも思ってない、と零は心の中でつぶやく。
「そう、まあ反省してないのに嘘ついてるようには見えないから、今回だけは見逃してあげる。」
当然だ、嘘はついてない。ただちょっと語尾を省略しただけだ。と、心の中で言い訳をする零。
「さて、本題に入るわけだけど」
「いや、本題入んなくていいよ。ていうか今日はもう帰ってもらっていいよ。」
「まあ、もうわかってると思うけど」
「いや聞けよ。今日は遅いからもう帰れって。要件なら明日聞くから、な?」
「な?じゃないわよ!まだ3時だから全然遅くないし、明日になったらあんた逃げるつもりでしょ!」
「おいおい別に俺は逃げようだなんて、思ってないからな、別に逃げた後も占い師やろうなんて全然思ってなあああああ、痛い痛い髪が抜けるごめんなさいいい!」
「じゃあ改めて本題に入らせてもらうけど、」
零が髪の毛の一部を失い、暁が落ち着いたのち、再び陽夏が話し始めた。
「零には自警団に入ってほしいのよ。」
自警団、それは町など特定の地域の治安維持を主な目的とする組織である。
そして、その活動はボランティア、つまりただなのである。そんなことに月詠は興味を持てなかった。
だが、陽夏が自警団を彼女の祖父とともに設立した理由が理解できるのも事実だった。
そもそもの始まりは、少子高齢化によって地方の過疎化、都市の過密化が急速に進んだことにあった。
そして政府は20年ほど前に地方を「切り捨てる」ことを発表した。
具体的には、学校、裁判所、そして警察といった、「公」のものはほぼすべて地方から撤退し、都に置かれた。もっとも、当時都は「東京都」と呼ばれていたそうだが。
領土、領海、領空を維持するため、自衛隊は地方にとどまっているものの、治安維持などやってくれないし、災害時の救助活動も行わない。
したがってこの町、いや都以外のすべての地域では自警団を組織するのは理に適っている。だが、
「断る。」
零には全く入る気はなかった。
「はあ?なんでよ?なんで入ってくれないのよ!別に肉体労働をしろってことじゃなくってまとめ役になってくれって言ってるんだけど!」
「いや待ってくれ、俺は別に肉体労働が嫌だから断ってるわけじゃねーんだよ。だいたいなんで無償で働かなきゃなんねーんだよ。そんなこと時間があったらゲームするにきまってるだろ。」
と、月詠は机の引き出しのゲーム機を取り出して遊び始めた。
「ちょっと、人と話してるときにゲームするってどうなの?どういう神経してんの?」
「それはこっちのセリフだよ。人がゲームしてる最中に話しかけんなよ、どういう神経してんの?」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
重い沈黙が流れる。零はしまったと思った。心など読まずとも、目の前の幼馴染が怒っているのは容易に分かった。
「あ、いやその今のは冗談だ冗談。そりゃ俺だってゲームなんかより治安維持のほうが大事だとは思う、確かにな。」
「でしょ?じゃあ、自警団に入ってくれるわよね?」
「え、やだよ。めんどい。」
零はゲームの画面から目を離さず答えた。
「ぬああああああああ!」
暁は月詠の手からゲームを奪うと、地面に思い切りたたきつけた。
「あああああああ!何しやがる筋肉女!これがどんだけ貴重なもんだと思ってんだ!世界に一つしかねーんだぞ!」
零はかつてゲーム機だった、本体が真っ二つになったものを拾い上げる。
「別にいいじゃない、ゲームなんてケータイでするもんでしょ。あんたくらいよ?そんな電子辞書みたいなのでゲームしてるやつ」
「電子辞書と一緒にするのはやめろ、これはお前のじいさんが俺のために作ってくれたナンバーワンでオンリーワンのゲームだ。というか昔はこれでゲームするのが普通だったらしいぞ。はーあ、どうしようこれ」
零が遊んでいたゲーム機はかつて陽夏の祖父が子供だった時にはやり、昔の記憶を頼りに彼が作ったものである。なので、大げさでもなんでもなく、世界に一つだけのゲームなのである。
なお、何十年も前のものなので、当時のゲーム機と比べると画質が向上したり、年寄りのうっかりでなぜかYボタンだけ取り付けられていなかったりと多少異なる部分はあるのだが、そんなことを零は知る由もなかった。
「そうだ、おじいちゃんに直してもらえばいいじゃない!もし直せなくっても新しいゲームを作ってもらえばいいし。ねえ、今から行きましょうよ!」
ため息を聞いて申し訳なく思ったらしい陽夏がそんな提案をしてくる。
ゲームが生きがいとなっている零にとっては願ってもない提案だったが、彼にはホイホイとついていくわけにはいかない理由があった。
暁の祖父の家まで言ってただゲームを直してもらい、じゃあまたな、で済むはずがなく、必ず二人がかりで自分を説得しようとするに違いない、と月詠は確信していた。
推測ではなく、陽夏の心を読んだうえでの確信である。
もっとも彼女がそこまで打算的というわけではなく、たった今思いついただけであることも月詠にはわかっていた。
いずれにせよ、このまま陽夏についていけば間違いなく彼らは自分を勧誘し、自警団に入れようとするということに変わりはない。
当然、陽夏はそんなリスクを冒すつもりはなく、ゲームを諦め
「しょうがねーなあ、じいさんとこ行くか」
ることなどせず、陽夏の祖父の家まで行くことに決めた。
「よし、じゃあ、今から行きましょ、善は急げっていうしね!」
喜んでいる陽夏を見ながら、なに、ゲームを直してもらいに行くだけだ、ゲームを返してもらったらすぐ逃げればいい、それにじいさんもそこまで強引に説得してこないだろう、とその時の月詠は気楽に考えていた。