英雄タルモノ
ーーー5年前 地下ダンジョン B3 ーーー
4人組の冒険者は無限に広がる草原を駆け抜けていた。
「マジっっっでめんどくせぇ。一気にショートカットする道とかねーのかよ!」
相変わらず口の悪いフェン・リエル(fen rier)は大げさにため息をついた。
気が緩んだその瞬間に頭からは大きく毛深い耳が、お尻からは白銀の尻尾が飛び出た。
彼はウォーウォルフと呼ばれる種族の一人である。
ウォーウォルフはヒトの形をした狼で、敏感なまでの耳と鼻が特徴だ。
普通の者でも3キロ先の果物の匂いをかぎ分け、種類を見分けるほどである。
「あったら苦労はしない」
そんなフェンとは打って変わってエルフのユミル・スピカ(ymir spica)は冷静な対応を見せる。
エルフは特にヒトとは変わったところがないが、尖った耳が唯一の特徴だ。
特徴からもヒトよりも目と耳が優れており、身体能力も平均的に高い。
「ここから地面ぶち抜いちゃうとか?」
奇想天外な発想をレグルス・アマルテア(regulus amalthea)は展開させた。
彼は希少な種族であるスプリガンの一人である。
スプリガンは体の形を自在に変えることができ、そして何よりとても力持ちだ。
「バカ。ランク1の冒険者たちが落ちたらどうする」
そしてこの3人の指揮を取るのはヒトであるエーギル・アルクトゥルス(aegir arcturus)だ。
ヒトは特出した能力などは持ち合わせてはいないが、よく知恵が働き器用な種族である。
ちなみに地上で一番多い種族でもある。
「そんなことは分かってらぁ! もしもの話をしてんだよ」
そんな無益極まりない議論を交わしている4人組の視界に、大きなモノを担ぎながらのっそりのっそりと動く少年が映った。
普段なら無視をしているであろう4人組も流石に子供が一人で大きな荷物を抱えながら歩いている姿を見ると自然と足が止まった。
「ちょっとちょっと。あれ、何だと思う?」
「地下外生命体」
「それなら俺たちもそうだろう」
「ちげぇぞ。あれ、人間だ。しかも……子供!?」
「それなら地下外生命体で間違いない」
すると少年はついに担いでいるモノの重さに耐えかねて倒れ込んだ。
「そんなことを言っている暇もなさそうだ。ユミル、レグルスあの少年の回復を頼む」
「了解」
「あいあいさー」
「俺とフェンは周囲の敵を撃破」
「分かってらぁ!」
口数の減らない4人組は陣を展開させてフォーメーションを組んだ。
両翼のフェンとエーギルが一斉に敵を排除する。
その後をユミルとレグルスが追いかける。
その途中ーーー。
「うわっ。くせえっ。あのガキんちょが抱えてんの人間だ! しかも瀕死の」
フェンはあまりの臭いに鼻をつまんだ。
「あれ全部まとめて回復やっちゃうよ? ユミル」
「了解」
レグルスとユミルは少年たちを囲むように円を描き、両手をかざして詠唱を始める。
するとほの明るい薄緑の光が少年たちを包んだ。
早々に周辺の掃除を終えたフェンとエーギルは余裕な顔で、回復に勤しむ二人のもとへ向かった。
「ったく地下5階程度じゃ相手にならねぇっての」
「状態はどうだ?」
「全員無事」
「そんなことよりさぁ。全員子供なのはどういうことなんだと思う?」
レグルスは5人の子供たちを見て言った。
するとなかで何かがごそごそと動き出して、先程までこの人数を担いで歩いていたと思われる少年が出てきて立ち上がった。
少年は出てきてすぐにエーギルの方を向き、おぼつかない足取りで歩き始めた。
「友達……友達を助けて下さい。お願いします。助けて下さい。お願い、助け……て……」
再び倒れそうになった少年をエーギルは体で支えた。
そして頭に手を置いて優しい口調で言う。
「全員大丈夫だ。安心しろ。俺たちは最強の冒険者だ」
その言葉には数以上の計り知れない効果があった。
「ぼう……けん……しゃ……」
彼の言葉に安心したのか、少年の意識はそこで途切れた。
緩んだ少年の手から何かが転げ落ちた。
「このガキなんか握ってやがった」
「ワイルドボアーの堅牙」
「ワイルドボアーって言えば5階層の主じゃなかったっけ?」
「そう」
「つまりこのガキんちょどもは5階まで行って、そっからまたここまで戻ってきたってのか? しかもこの様子見ると1日やそこらじゃねえぞ」
フェンは再び鼻をつまんだ。
「ねぇねぇ。この子たち皆、精霊の加護がないよー」
「じゃあどうやって入ったってんだよ?」
「知るよしもない」
エーギルは少年を円のなかに寝かした。
「つまり、この子供たちはダンジョンへ忍び込み、何の助けもなく5階へ到達。何らかの方法でワイルドボアーの堅牙を入手し、そこからここまで戻ってきた」
「それってつまりスゴいってこと?」
そのレグルスの言葉を聞いて改めてこの少年たちを見直した。
エーギルはかすかな笑みを見せた。
「彼らは未来を担う存在になるかもしれない」
その言葉はこの場では不謹慎だったのかもしれない。
けれど、この場にいる誰もがそのことを思っていた。
「今の俺たちの言葉には少し年寄り臭いかもしれないがな」
「まあな」
「だろうね」
「やむなし同意」
「俺を見ながら言うんじゃねえ!」
未来を見据えてもなお、口数の減らない4人組だった。