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彼方の短編。

何十億の唯一つ

作者: 彼方わた雨

「少年、お前に特別な力を与えよう」


 暗闇の中で聞こえた、不気味な声。


「そう、世界の滅びを止める鍵となる力をね」


 拒否権など少年には与えられなかった。気が付いた時にはもう、光に包まれ、何か、とてつもない力が内に宿った気がしたのだった。











──10年後

 県立時雨川高校(けんりつしぐれがわこうこう)。その学校にある桜の木の下に、金色の髪の毛を輝かせた生徒が1人立っていた。まだ咲くには早い桜は蕾のままであった。


「今は咲かないで欲しいだなんて……」


 ぽつり呟いた、その言葉に反応するかのように強く風が吹いて、桜の木を揺らす。枝と枝とがぶつかり合い、何かを訴えているようだった。


 その1人は何を言わんとしているのか分かってしまった。桜の木に謝るかのように、幹を撫でその場を立ち去った。

 前を見据えた、その碧眼は空の色のように、澄んでいたが、涙の蒼のように悲しい色も含んでいた。



「始業式に遅刻たぁ、偉くなったな伊周(これちか)

「桜の木、見てただけだ」


 始業式が終わり、体育館からわらわらと生徒たちが各々の教室に戻っている最中、永野伊周は自分のクラスメイトの列に紛れ込んだ。

 それを目聡く見つけたのは同じクラスの藤原明(ふじわらあき)だった。


「いいんだぜ、嘘吐かなくてもさ」

「言ってろよ」


 肩に手を置いてきた藤原から、少し距離をとった永野。それに対して、藤原はため息を吐いた。


「冷たぁ」


 とっていた距離を縮めるように藤原は永野の隣に並ぶ。


「……悪いな」

「うわ、急にどうした? 伊周本当は体調悪いのか?」

「人がせっかく温かな反応してやってんのに」

「ぶは! やっぱ、変だよな、お前」


 藤原は吹き出して、歩きながら笑っていた。隣にいる永野にとってはうるさくて仕方がなかったが、それは何故だかとても大切な時間に思えてしまった。

 そんなことを思った永野は一緒になって笑った。


 笑いあっていた2人だが、藤原が何者かに頭を叩かれたことでそれは収まった。

 藤原が頭をさすりながら振り返ると、そこにいたのは機嫌の悪そうな顔をした女子だった。


「ってーよ、暴力反対」

「藤原はうっさいのよ」

「それ言うなら伊周(こいつ)にも言やぁいいじゃねぇか」

「あんたのはかんに障んのよ」

「落ち着けよ、(みなもと)


 源実乃理(みんなもとみのり)。彼女も永野たちと同じクラスであり、藤原とは幼なじみの間柄である。藤原との腐れ縁は幼稚園時代から続き、ずっと同じ学校、クラスだったのだ。

 周りから見れば仲が良いようにも見えるが、本当にそういった浮ついた事は無い。


「かんに障るだ? それはこっちのセリフだ! 暴力女」

「は? あんたの頭じゃ言っても分かんないからわざわざ手を使ってあげたのよ?」


 慌てて止めに入った永野にも意を介さず、2人は口喧嘩を始めてしまいそうになる。

 しかし、タイミング良く教室の前に着いたため、それは未遂で事なきを得る事になった。永野はホッとする。


 教室に入って、窓際の一番後ろ。そこが永野の席だった。外を見ると桜の木が見える。永野は席につき、これからの事を考えていた。担任が挨拶をし、行事の説明、進路の話をしていたが、永野には届かなかった。


「伊周さ、進路決めた?」


 始業式とホームルームが終わると今日は下校となったため、藤原が鞄を持って永野に話しかけた。


「……いや」

「おいおい……お前、成績優秀なのにやる気を感じられないなぁ」

「進路なんて俺には──」


 藤原が怪訝そうな顔をしたところではっとなり、永野は口をつぐんだ。


「今の、さすがにダメだぞ。秀才にんな事言われたら俺みたいなの全員敵に回るぞ?」

「……悪かった。帰ろう」


 鞄を机の脇からとると、永野はそそくさと教室を出て行ってしまった。


「やっぱあいつ、調子悪ぃんじゃないか……?」


 藤原は走って永野の後を追いかけた。



 部活もないため、生徒たちは早々に学校から出て行っていた。帰り道には多くの制服を着た人が談笑しながら帰っていた。


「聞いた? ネットのアレ」

「滅び、だっけ? どうせ、嘘でしょ」

「なんちゃらの予言とかそういうの大抵外れるし」

「だよねー」

「そう言えば、担任誰?」

「鈴木先生」

「え、いいなぁ!」


 久しぶりに会って、会話も帰り道でも途切れることはないようだ。あちこちから話し声が永野と藤原にも届いていた。


「お前も知ってる? 世界滅亡云々」

「……さぁ」

「おい、のってこいよ。会話終了かよ」


 那賀のがどうも乗り気じゃなさそうだったために、藤原は諦めて、春休みの事を話し続けるのだった。永野はそれに相槌を打ったり、自分自身の事を話したりしていた。


 高く遠い空が、どこまでも綺麗な日だった。



 毎日が過ぎていく、恐れていても、望んでいても、誰にとっても時は平等であった。そんな時の流れが、永野には恐ろしかった。



「おめでとうさん!」


 教室に入った瞬間、右の耳の鼓膜が破れそうな大きな音がパンと鳴る。右側の耳を押さえながら犯人を永野は睨んだ。


「伊周さん、おめでとうございます。なので、その怖い顔、やめようか」

「祝ってくれんのは嬉しいけど、近い。馬鹿か」


 藤原は苦笑いしながら永野をなだめていた。


「ま、まあまあ。永野も18だしお祝いしたかった藤原(こいつ)の気持ちも汲んでくれ、馬鹿だったけど」

「この女の言うとおり! 18禁解禁の記念日じゃないか!」

「明、だから源のかんに障るんだよ。最後に源言った事聞こえてんだろ」


 胸を張って堂々と言い張る藤原を永野と源がげんなりしながら見ていた。構っているのが面倒臭くなり、2人は藤原を置いて、源が作ったというケーキを食べ始めた。


「お前! 企画者は俺だからな!」

「源、ケーキ上手い」

「よっし! どういたしまして」

「え、スルーかよ!」


 朝からわいわいと笑えが耐えなかった。ケーキはクラス全員で平らげ、担任教師が来る前にせっせと片付けをしたのだった。

 それらが終わったのがぎりぎりでクラスの無理矢理つくっている平静が、永野にとって面白かった。


 永野は外を見る。

 桜色の絨毯が地面に敷かれ、桜の木は緑の葉をつけていた。もうすぐ夏が来ようとしていた。


(今日から、か……)


 18になった喜びよりも永野は悲しみの、苦しみの方が大きかった。そんな永野の気持ちは誰にも分からないまま。



──

「少年、お前に特別な力を与えよう」


 それは、永野が8歳の時だった。急に聞こえた声、それは夢かとも思われたが、残念な事に現実であった。

 部屋の中には永野だけしかいないはずだが、何者かの気配がしていた。永野はその気配に怯え、ベッドの中にうずくまっていた。


「10年後、この世界は私が終わらせる」

「……う、うそを言うな! お前だれだよ、夢なら覚めてよ!」

「私はファオル。まあ、神と言えばいいかな? 少年、これでよいか?」


 永野は恐る恐る布団から顔を出した。やはり、気配がするだけで誰もいない。


「少年、お前は分かっているのだろう? これが現実だと。まあ、いい。話を戻そう」


 ひんやりとした感覚が永野を襲った。


「この世界には退屈しててね。いっそ滅ぼそうとしたんだけど、ただ滅ぼすんじゃつまらない。人間にもチャンスを与えようと思ったんだ。そこで、くれてやろうお前に特別な力……そう、世界の滅びを止める鍵となる力をね」


 永野は飛び出そうとしたが、身体が何かに押さえられているのか全く動かなかった。


「まだ、話は終わっていないよ。ま、私もタダでそんな力を与えるほど寛大ではないから、1つ条件を出そう。それは──」

──



「永野!」


 反射的に永野は立ち上がった。

 冷静になって周りを見渡すと、永野にクラス全員の視線が集まっていた。

 クスクスと笑い声が永野に聞こえてくる。


「お前、優秀なの分かるが、寝んなよぉ」

「……すいません」


 恥ずかしさを押さえ切れない永野はゆっくりと座った。教師がまた何事もなかったかのように授業を再開する。

 視線を感じた永野はその方へ目を向ける。そこには藤原が居て、ノートに「だっせ」と大きく書いたものを永野の方に見せていた。


 永野は誕生日を祝ってくれた事は嬉しかったのにこういうところが腹立たしいと心の中で怒りに燃えていた。

 藤原を睨みつけた後、机に肘を突いて外を眺めていた。






 世界が崩れていくのは一瞬で、誰も気が付きなどしなかった。どこからともなく大地は崩れ、海は渦を巻いてどこかに吸い込まれ始めた。

 人々は恐怖と混乱でパニック状態になり、地獄絵図の如く街は荒れた。


「やあ、少年」


 あの時の声がする。


「10年ぶりだな。ファオル、だったか」


 振り返った先にいたのは真っ黒な服装の男だった。シルクハットにその場に合わない金色の刺繍が施された椅子に頬杖をついて足を組みながら座っている。

 紅い瞳が永野をとらえていた。


「選んだか? 己1人の滅びか、世界の滅びか」


 ファオルはにんまりと気味の悪い笑みを浮かべていた。


「残酷だな、お前。10年経ったらどっちみち俺は滅ぶ事になるんだからな」

「残酷? ははは、何を言う。世界を救うのにはそれだけの対価が欲しいのだよ。お前1人で救えるのも大サービスだがね」


 ファオルは椅子から立ち上がり、永野と向き合う。


「さ、結論を聞こうか」

「居なくなるのは、俺1人で十分だろう」

「Excellent」


 ファオルが指をパチンと鳴らした。






「なるほどねぇ。この世界はなかなかしぶとい」


 ファオルはクスクスと笑う。


「よくもまあ、必ず10年後に来る滅びを知って狂わずにいられる。私の選定が素晴らしいのかな」


 ファオルは先程の人間のことを思い出した。


「残酷、か。滅びと隣り合わせなんて世界には溢れている。それを知らなかったのかな、あの少年。ああ、なんと──」




「残酷かな」




 ファオルは嘲笑し、額に手を当てた。


「さあて、次は誰にしようか」





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